宝塚ジャーナル : 「絵のように美しい」メッセージを届ける！音楽劇『ピトレスク』

シアタークリエの人気シリーズ「SHOW-ism」の第７弾を飾る『ピトレスク』が、３月27日に開幕した。（４月３日まで）

直訳すると「絵のように美しい」というタイトルを持つこの作品は「SHOW-ism」シリーズを構成・演出してきた小林香の目指す表現が、１つの成果を花開かせた作品と言っていいだろう。

物語は1942年９月から12月までの３か月という時間軸のなかで展開する。ラジオからは、イギリスに亡命したドゴール将軍の訴えるレジスタンス闘士たちに向けてのBBC放送が、雑音混じりに聞こえてくる。ここは額縁工場の地下。パリの閉鎖されたキャバレーで働いていた人々が集まり、別の場所にキャバレーを存続させようとショーの練習をしている。

キャバレー関係の人間は、裏方だったシャン・ルイ（中川晃教）、パンを卸していたピョートル（岡本知高）、衣裳係だったカミーユ（彩輝なお）、歌手のマヌエラ（JKim）、肉屋の配達をしていたリュシエンヌ（風花舞）とその夫のトマ（三井聡）、女給のイヴェット（美鳳あや）。
そのほかにドイツの貴族階級でパリに亡命してきた元画家のタマラ（保坂知寿）がいて、そこにタマラが連れてきたユダヤ系ドイツ人のマルゴー（クミコ）が加わり、さらにカミーユに惹かれて後をつけてきたドイツ兵のフリードリヒが現われる。
そんな彼らがこの地下室「イチジクのなる部屋」の仲間となって、自分たちにできる「歌や踊り」という形で、ナチスへのレジスタンスを企てる。そのプロセスのなかで、それぞれの立ち位置や、この戦争によって抱えている悲しみや痛みがしだいに明らかになっていく。

物語を彩る舞台美術と照明が効果的だ（島川とおる／高見和義）。ほとんどの場面は工場の地下なのだが、正面には石壁があり、それが開くと向こうはホリゾントになる。その空間を使って照明の変化で見せる場面が、まさに「絵のよう」に美しい。たとえば血のような照明のなか列車で送られていくユダヤの人々、収容所で腕輪や指輪をはずし、最後は靴を脱がされるさまを、影絵のような動きで映し出す。また、額縁ショーのような形で始まる「退廃芸術展」を揶揄した場面の耽美なビジュアル、海賊たちの物語で全体主義をパロる場面での海の映像など、どれも圧巻だ。

音楽は、シャンソンやロシア民謡、クラシックなど多ジャンルから選んだ既成の曲が、その場面にふさわしい形で使われていて、小林香のショー作家としての感性の良さを感じさせる。JKimの「黒い瞳」はロマの悲しみを伝え、クミコの歌う「群衆」は不条理に引き裂かれる人々を歌う。そして「リリー・マルレーン」や「ラ・ボエーム」、「Silent Night」なども、場面のメッセージとともにストレートに響いてくる。作曲でも参加した中川晃教の楽曲は、「とじた口」「ピトレスク」と２つが入っていて、オープニングに登場する「とじた口」が訴えるキーワードは、劇中の絵として出てくる「ひらいた口」とともに、この作品全体のテーマを担っている。

そんな舞台のいちばんの見どころは、やはり個性溢れるキャストの面々だろう。いい意味でデコボコ感のある顔ぶれだからこそ表現できる世界になっていて、それぞれ背景の違う人間が生きる戦時下の暮らしと、彼らなりの反戦の闘いがリアルに伝わってくる。それになんといっても、彼ら１人１人が実にチャーミングなのだ。

ユダヤ民族の悲しみと苦悩をたたえたクミコのマルゴー。恋人を失った絶望のなかにアーティスト魂を感じさせる中川ジャン・ルイ。偏見を持つ自分を恥じる素直さが伝わる岡本ピョートル。優しさのなかの脆さが魅力的な彩輝カミーユ。流浪の民・ロマの強さを身にまとったJKimマヌエラ。美を愛する精神を感じさせる舘形フリードリヒ。真っ直ぐで家族愛に満ちた風花リシュエンヌ。妻の尻に敷かれているようで男らしい三井トマ。正直でしっかり者の美鳳イヴェット。祖国を捨て芸術まで捨てようとする誇り高い女性像の保坂タマラ。

優れた技術を持つこのキャストたちが、その歌唱力とダンス力を惜しみなく発揮してみせる。クミコやJKimの人生を感じさせる声の凄み、中川の熱い絶唱、的確に芝居を歌に落とし込んでみせる保坂、岡本のソプラノは高みへと突き抜ける。また風花、舘形、美鳳、三井というダンサー陣は、場面と曲に応じて表現の違うダンスを自在に踊る。そして彩輝は歌やダンスに加え女性美や退廃美で場面を彩る。

そんなキャストたちの個性を生かしながら、ストーリーと音楽のつなぎ方、ショー場面への切り替え、テーマを取り扱う手つきなど、細部まで丁寧な小林香の演出ぶりは鮮やかだ。彼女が模索し続けるSHOW-ismという世界が、それぞれの分野で高い技術を持つ演者たちとの幸せな出会いを得て、また１つステップアップした。そして、まさにタイトル通り「絵のように美しい」だけでなく、心にも「美しい世界」を届けてくる舞台となっている。