えんぶ本誌の宝塚記事取材の機動力を生かして、宝塚歌劇の製作発表、会見などをいち早く紹介。 宝塚OGの公演やインタビューのほかに公演の批評なども展開しています。

座・ALISA『キセキのうた』

レビュー

稀代のエドガー役者「明日海りお」を待ち続けた奇跡の舞台化! 宝塚歌劇花組公演ミュージカル・ゴシック『ポーの一族』

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少女漫画史に燦然と輝く萩尾望都の傑作「ポーの一族」の初の舞台化である、宝塚歌劇花組公演ミュージカル・ゴシック『ポーの一族』が日比谷の東京宝塚劇場で上演中だ(25日まで)。

「ポーの一族」は少女漫画界の押しも押されもせぬ第一人者である萩尾望都が、1972年に「別冊少女コミック」にて第1作を発表して以来、多くの人々を魅了し、熱狂的なファンを世界規模で獲得している、少女漫画界の金字塔的作品の1つ。西洋に伝わる吸血鬼伝説を基に、少年の姿のまま永遠の時を生きるバンパイア=バンパネラ、エドガーを主人公に、個性豊かな登場人物たちが200年以上の時を駆ける連作漫画で、1976年に物語は完結していたが、2016年から2017年にかけて、40年ぶりの新作が書き下ろされ大きな反響を呼び起こしたことは記憶に新しい。
この傑作漫画に魅了され、いつかミュージカル化したいとの夢をもって、宝塚歌劇団に入団した小池修一郎が、萩尾望都との偶然の出会いの折に、上演を直談判。それが縁となって、小池作品を観劇した萩尾が、この人ならばと「いつでもOKです」と宝塚歌劇での上演を快諾。以来実に30年。主人公エドガーが宝塚歌劇のスターが通常演じる年齢設定よりも、年若い少年であることをはじめ、様々な要因で上演の実現に至らなかった間も、多方面からの度重なる上演依頼を「お約束している方がいますので」と萩尾が固辞し続けるという、想いの深さが僥倖となり、明日海りおという稀代のエドガー役者を得て、遂に宝塚の舞台に『ポーの一族』が登場することとなった。

【STORY】
イギリスの片田舎スコッティの森。当人たちには何の咎もない出生のいわれから、森の奥深くに置き去りにされた兄妹、エドガー(明日海りお)とメリーベル(華優希)は、薔薇の咲き乱れる館に住む老ハンナ・ポー(高翔みず希)に助けられ、健やかに成長していた。自分たちがもらわれっ子だと自覚しているエドガーにとって、メリーベルはたった1人の肉親であり、命に代えても守るべき者として慈しみ、メリーベルもエドガーを世界の全てのように慕っていた。
ある日、村の子供たちから捨て子だとからかわれてケンカ沙汰になったエドガーの前に、美しい貴婦人シーラ(仙名彩世)が現れる。傷の手当てをしてくれたシーラとの語らいに心弾ませるエドガー。それは初恋とも言えない、記憶にない母親という存在への思慕に似た想いだったが、その想いは一瞬にして儚くも萎んでいく。シーラは老ハンナの一族ポーツネル男爵との結婚の赦しを得る為に、薔薇の館を訪れたのだ。
その夜二人の婚約式が行われるから、離れから出ないようにと言い含められたエドガーは、婚約式に出られないのは「私達がもらわれっ子だから?」とのメリーベルの悲し気な問いを否定するように、婚約式をのぞき見る。だが、エドガーが見てしまったのは、老ハンナから首筋に口づけされ、人ではない一族に加わったシーラの姿だった。「ポーの一族」はすなわち、吸血鬼=バンパネラの一族だった。エドガーはその利発さと芯の強さを、将来の一族の長にと見込まれ、老ハンナに引き取られたことを悟る。
「大人になったら、我々の一族に加わるね?」
秘密を知ってしまったエドガーに誓約を迫る老ハンナの言葉に、エドガーはメリーベルを巻き込まないことを条件にうなづくしかなかった。エドガーの希望で、薔薇の館からメリーベルは養女に出され、エドガーは永遠に時を止める瞬間が迫ることにおののきながら生きることになる。だが、その瞬間は唐突にやってくる。かねてから館の住人に疑惑の目を向けていた村人たちが、一族の正体に気づき、杭と松明を手に館を取り囲んで、最初の犠牲者となった老ハンナが消滅する。妻の想いに応える為、一族の中で最も強く濃い血を持った大老ポー(一樹千尋)は、エドガーの首筋に口づけると、ポーツネル男爵夫妻にエドガーを託し、村人たちとの戦いの中で消えていく。
混濁した意識の中でエドガーは、自らが変化していくのを感じていた。時の流れが永遠に止まり、少年のままバンパネラとなったエドガー。永遠に成人しない彼はもう、1つ所に長く暮らすことは許されない。終わらない旅に出る前に、一目だけでもとメリーベルに会いに行ったエドガーだったが、兄が迎えに来る日を信じて待ち続けていたメリーベルもまた、エドガーに全てを委ねて共に行く道を選ぶ。
1879年。新興の街ブラックプール。まるで絵のように美しい一家と噂されるポーツネル男爵夫妻と、その「息子」エドガー、「娘」メリーベルは、男爵夫妻が密かに一族に加えるに相応しい人物を探していることを知っていた。永遠に続く旅路は、愛がなければ進むことができない。その時エドガーの前に、心の拠り所を持たず、愛を知らぬまま孤独に生きる少年、アラン・トワイライト(柚香光)が現れて……

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原作となった萩尾望都の「ポーの一族」は、いくつものエピソードが連なる1篇1篇が、連作漫画として発表され回を重ねた作品で、200年以上に渡る物語が、時系列には並んでいない。美しい絵柄と、詩篇にも似た言葉が綴られたエピソードが、時代を自在に行き来しながら、エドガー、アラン、メリーベル、ポーツネル男爵夫妻、等「ポーの一族」が、如何にして一族となっていったのかが、少しずつパズルのピースのようにはまっていくのだ。そこには、作品の発表のされ方自体にすでに、深い霧に包まれた森の中から忽然と現れる、薔薇の館にも似た神秘性があり、そのミステリアスな独特の世界観に熱狂する少女たちを世界中に生み出した。
今、改めて考えると、携帯電話もインターネットもない、容易に求める情報が得られない時代に、永遠の少年の深い孤独と、愛を乞う想いを、敏感に察知していった少女たちの感性には、研ぎ澄まされた独特の嗅覚が備わっていたのだなと、つくづくと感じさせられる。そしておそらく、溢れかえる情報の海の中で、瞬時に画一的な答えが出ることが当たり前になってしまった今の時代では、このような作品の発表の仕方そのものが極めて難しいだろう。物語を紡ぐ側だけでなく、受け取る側に余白を楽しむ豊かな想像力と文学への素養があった、「物語」にとって幸福な時代にこの作品は生まれ出て、今尚、愛され続けているのだ。

その「物語」を人が演じる時に、宝塚歌劇の幻想性が最も相応しいと、宝塚の座付作家への道を歩みはじめた小池修一郎が夢を見て、原作者の萩尾望都がその夢を信じた、その一致した想いには、「物語」にとって幸福な時代に、ジャンルは違えど稀有な才気を持って生まれてきた者同士の、やはり嗅覚が働いていたのは間違いない。二人の天才は、共に天才故の洞察力で「ポーの一族」の命運を、宝塚歌劇に託した。この物語を具現化できるのは、この世ならぬ美を描き続けてきた、宝塚歌劇という世界しかないと。
だが、ことはそう簡単には進まない。実際に宝塚歌劇の劇作家となって、小池は気づく。宝塚の男役トップスターが「少年のまま」という作品は、ほぼ例がないことに。更にその永遠の少年は「バンパネラ」だ。彼が永遠に生きていく為には、人のエナジー=生き血を必要とする。彼ら「ポーの一族」は単純に異端の者ではなく、人にとって害をなすものだ。ここには自分と同じ思想や、宗教を持った者たちを排斥しようとする狭量さを批判するだけでは、解決できない問題が横たわっている。侵害されるのが思想や民族の絆ではなく、命そのものであった時に、一族の館を襲撃する村人たちを、誰が責めることができようか。つまり主人公が人にとって負の存在であること。これは、稀有な例外を除いて、主人公が等しくヒーローである宝塚にとって、極めて困難なハードルだと言わざるを得ない。
だから小池は「ポーの一族」の宝塚化の夢を封印し、実に30年の時が流れた。その間の心境を、萩尾がいみじくもパンフレットに書いている。「私は思った。(私の生きてるうちには、見られないかもなぁ)そしたら天国で見るかなぁ。それでもいいか」
原作者をして、生きているうちには実現しないかも、と思わせた企画。それでも尚、宝塚歌劇にしか託せなかった企画。その企画が遂に実現したこの舞台を、奇跡と呼んでも、これは決して大げさではないだろう。その奇跡を起こしたのが、他ならぬ花組トップスター明日海りおであり、現在の花組の面々だ。

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実際、エドガーの魅力は、美しさの中にある毒に他ならない。この美しい少年の中には、極めて危険な香りがある。でもだからこそ惹かれる。彼の孤独をひと時癒す為ならば、文字通り命を捧げても構わない。氷の刃に身を委ねてしまって悔いはない。そう思わせた時に初めて、人に対して負の存在であるバンパネラの姿は、鮮やかに反転し「美は正義なり」の宝塚世界に、主人公として降り立つことが可能になる。その離れ業を、明日海りおはやってのけた。幼少の時に妹と共に無残に捨てられ、望まぬままにバンパネラとならざるを得ず、愛を求めて永遠の時を彷徨う。エドガーの哀しみと、葛藤と、心の渇きを、明日海が繊細に描き出し、旅の道連れを求める姿に心を寄せられた瞬間、この異色の主人公が、宝塚歌劇のトップスターが演じるに相応しい役柄となった。30年、小池と萩尾と、何より作品そのものが、明日海りおを待っていた。最早、それ以外に言葉がない。

しかも、その同じ時代の、同じ花組に柚香光がいたことが、この奇跡を完全なものにする。エドガーが最後にその手を取るアランは、約束された未来がありながら、真実欲しているものを何1つ手にすることができずにいる少年だ。その孤独を演じるのに、柚香の美しさと、内にある少年性が、どこか空恐ろしいまでに共振し、未だ発展途上の、多分に粗削り故の勢いも、アランという役柄全てにプラスとなった。しかもこれまでのキャリアで明白だった、人外の者を演じさせたら右に出る者のない柚香独特の空気感が、ラストシーンでほぼ立っているだけのアランが、すでにバンパネラであることをものの見事に表出してくる。やはり30年の歳月は伊達ではない。ここまで完璧な一対が、再び宝塚に揃うことが果たしてあるだろうか。

更に小池が、バンパネラが生きていく為に欠くべからざる、共に永遠の時を生きる「愛する者」の存在を、よりロマンティックに色濃く描き出したことが、宝塚版『ポーの一族』の顕著な点で、その象徴として、トップ娘役の仙名彩世に、愛の為に自らバンパネラとなることを選択した貴婦人シーラをあてたことも、作品の宝塚らしさに大きく寄与している。愛の為に迷いなくバンパネラとなるシーラの強さは、ある意味尋常ならざるものだ。作品の中で、冷静な状態でバンパネラになることを選んだ、唯一の人物と言っても良いシーラが、仙名が演じることでよりクローズアップされ、疑似親子だったエドガーとの関係に、真の絆を結ぶ場面が殊更胸に響くのは、仙名の高い地力と共に、キャスティングの妙。彼女と永遠に結ばれ共に散るポーツネル男爵の瀬戸かずやの、ダンディーで怜悧な誇り高さも印象的で、原作とは描き方の異なる二人の最期も実に幻想的で美しい。

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また、エドガーが最後まで守ろうとし、アランも真っ直ぐな心を寄せるメリーベルの華優希は、ピンクのドレスと金髪の鬘が抜群に似合い、まるで生きて動いている人形のよう。エドガーがこよなく愛するに相応しい、ひたすらに可憐で、美しくいてくれることが必須命題のメリーベルとして、文句のつけようのない造形を示した。この人の存在もまた、作品の重要なピースとなっている。

彼ら「この世ならぬ者」の空気感に伍して、極普通の人間臭さをきちんと出したクリフォードの鳳月杏の、嫌味なくプレイボーイを演じる達者さは貴重だし、その婚約者ジェインの桜咲彩花の、自らの負の感情を戒めようとする慎み深さの表現も見事。はじめ物語全体を外から見ているストーリーテラーであり、やがて時代を遡り、血続きの祖先として登場するバイクと、バイク4世を演じる水美舞斗の存在感が大きくなったことが、この二重構造を支えている。同じ役割りで冒頭を担うドン・マーシャルの和海しょうは、過去のシーンで歌唱力を、マルグリットの華雅りりかはキュートさをと、それぞれ持ち味が生かされ、ルイスの綺城ひか理が、新人公演での主演経験を経て、スター性を増し、ラストシーンの展開を印象的につなげている。原作からそのまま抜け出したかのような小生意気なマーゴットを、十分に美しい城妃美伶が思い切りの良い演技で描写している健気さも、宝塚ならではの美徳。バンパネラを憎む村人ビルと、アランの伯父ハロルドという、共に重要な役柄を演じ分けた天真みちるは、ますます良い役者ぶりに磨きがかかっているし、村の牧師とオルコット大佐の二役の羽立光来も、持ち前の歌唱力だけではなく演技者としても着々と進歩していて頼もしい。原作では大きな役どころであるグレンスミスの優波慧、オズワルドの冴月瑠那、ユーシスの矢吹世奈が、ピンポイントの出番で役柄の存在感を示したのには、本人たちの力量を感じる。優れたダンサーでもあった矢吹の、新人公演学年での退団が惜しまれる。そのユーシスの母を、やはりこの公演で退団する紗愛せいらにあてたのも粋なはからい。物語後半の展開にスピード感を与える降霊術師ブラヴァツキ—の芽吹幸奈の、良い意味のアクの強さを、やはりこの公演で退団するイゾルデの菜那くららの、純朴な持ち味がより引き立てる効果になっている。バンパネラとなったエドガーが初めてその手にかける、デイリーの音くり寿も美しい歌声を響かせた。

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もちろんベテラン勢の活躍は大きく、老ハンナの高翔みず希は、最早男役女役を問わない優れた役者として全体を引き締めているし、アランの母レイチェルの花野じゅりあの、母である前に女である存在が、過度に嫌味にならない弱さの表出が巧み。贅沢な起用になった専科勢は、大老ポーの一樹千尋が、余人に代えがたい骨太の存在感を表せば、医師カスターの飛鳥裕が、この人ならではの穏やかな人柄がにじみ出る演じぶりで、個性的な役柄の多い作品の中にあって殊更に目を引く。これだけのキャリアを重ねて尚、優しさにあぶれた役柄、良い人の造形に最も真価を発揮することがブレなかった飛鳥が、役者としてだけでなく、組長として長く重用されてきたことに得心がいく、この人らしい温かい有終の美だった。

この幽玄の世界観から、シャープなフィナーレにつながって違和感がないどころか、二度美味しいと思わせてくれるのも宝塚ならではで、KAORIaliveの振付も新鮮。また、作品の世界観からして太田健の楽曲に、もうひとさじ複雑さがあっても良かったか?とは思うものの、平易なメロディー故の覚え易さという利点があったのも確かで、原作世界を時系列に添った物語としてわかりやすく提示した、小池の脚色との相性も良かった。
総じて、明日海りお率いる今の花組でしかできない、一期一会の作品として『ポーの一族』が宝塚歌劇の舞台に具現された、あらゆる意味での「奇跡」に想いを至す舞台となっている。

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初日を前に通し舞台稽古が行われ、花組トップコンビ明日海りおと、仙名彩世が、フィナーレのデュエットダンスの衣装で、囲み取材に応えて公演への抱負を語った。

囲み・明日海

その中で、不朽の名作の宝塚ならではの見どころは?と問われて、明日海が原作世界への敬意を改めて語りながら「宝塚の生徒にしか出せない団結力が見どころです、と言えるようにできたらいいなと思います」と、花組を率いるトップスターとしての力強い意欲を語る。

囲み 仙名

同様に仙名が「舞台の上でそれぞれのキャラクターが呼吸をして息づいている姿、そのエネルギーを皆様に感じて頂けたらと思います」と、やはり花組全員への想いを語り、トップコンビとしての同じ目線を感じさせた。

囲み 明日海&仙名 1

そのトップコンビとしては、今回の役どころの関係性が異色のものになったが、演じる側としては?という質問に、明日海が、普段のスタイルとは異なる関係性だからこそ新鮮で面白いと感じると語り、劇中刻々と変化していく感情があり、最後にデュエットダンスで出会った時にまたいつもと違う感覚があるので気合が入ると、今回ならではの心境を解説すると、仙名も最初のエドガーが「体育座りをしていて」と実際にドレス姿でポーズを取る一幕も。

囲み 明日海&仙名 体育座り

その状態から上を見上げて笑う明日海のエドガーを「キュッと(抱きしめたくなる)」と表現し、この作品の互いの関係性を、二人が深く楽しんでいることが伝わる時間となっていた。

囲み 明日海縦位置

尚、囲み取材の詳細は、舞台写真の別カットと共に、5月9日発売の「えんぶ11号」(6月号)にも掲載致します!どうぞお楽しみに!
 
囲み 明日海&仙名 縦位置
囲み 明日海&仙名 全身


〈公演情報〉
宝塚歌劇花組公演
ミュージカル・ゴシック『ポーの一族』
原作◇萩尾望都「ポーの一族」(小学館フラワーコミックス)
脚本・演出◇小池修一郎
出演◇明日海りお、仙名彩世 他花組
●2018/2/16〜3/25◎東京宝塚劇場
〈料金〉SS席12.000円 S席8.800円 A席5.500円 B席3.500円
〈お問い合わせ〉0570-005100 宝塚歌劇インフォメーションセンター
〈公式ホームページ〉 http://kageki.hankyu.co.jp/




【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】



雑誌「えんぶ」2018年4月号販売ページ


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動乱の時代を生きた男の人生を、轟悠が骨太に活写 宝塚歌劇星組公演ミュージカル『ドクトル・ジバゴ』

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ロシア革命前後の時代のうねりの中で、医学を学び詩を愛した男の人生を2時間に凝縮したミュージカル宝塚星組公演『ドクトル・ジバゴ』が、専科の轟悠以下、星組の選抜メンバーにより赤坂のTBS赤坂ACTシアターで上演中だ(26日まで)。

原作となる「ドクトル・ジバゴ」はソ連の作家ボリス・パステルナークが1957年に発表した小説。ロシア革命前後の混乱に翻弄されながらも懸命に生きる主人公を描き、戦争、革命の中に於いても、人間は愛を失わないというテーマが高い評価を得て、名曲「ララのテーマ」がとりわけ有名な1965年デヴィッド・リーン監督による映画版をはじめ、幾たびかの映像化がなされている。また2015年にはブロードウェイミュージカルとしても上演されていて、今回は、原田諒がオリジナルの宝塚版として創作した作品となっている。

【STORY】
20世紀初頭のロシア。モスクワの街頭ではロマノフ王朝を倒し、新しい時代を求めようとする人々が生きる権利を主張し、「民衆にパンを!農民に土地を!」とシュプレヒコールをあげるデモが頻発。それを抑えようとする竜騎兵との衝突が続いていた。
幼い頃両親を亡くしたユーリ・ジバゴ(轟悠)は、叔父のアレクサンドル(輝咲玲央)に引き取られ、医学の道を志している。共に育ち心を寄せて来た従妹トーニャ(小桜ほのか)との結婚も決まり、確かな未来が待っているかに見えるユーリだったが、詩人としての才にも長けていた彼は、古き良きロシアの息吹を詩に綴る一方で、この国を支えているのは労働者であり、貴族が安逸を貪る時代が終わろうとしていることを悟っていた。
そんなユーリとトーニャの婚約披露パーティーの席上で、客の1人だった弁護士コマロフスキー(天寿光希)が、拳銃で撃たれる騒ぎが起こる。コマロフスキーを撃ったのは洋裁工房「アマリヤ」の娘ラーラ(有沙瞳)だった。彼女には帝政打倒の革命に情熱をもやす学生パーシャ(瀬央ゆりあ)という恋人がいたが、母アマリヤのパトロンであるコマロフスキーにそのことを知られ、母に告げると脅され執拗に関係を迫られていたのだ。だが、事を公にするのは得策ではないと判断したコマロフスキーは、ラーラを警察に引き渡すことはせず、パーシャと共にその場を引き取らせる。そんなコマロフスキーの手当てをしたユーリは、彼こそが父親の財産を騙し取り死に追いやった張本人だと気づく。それでもユーリは傷ついた人を助けるのが医師の使命であると、己を律してコマロフスキーの治療をした。
1914年、ロシアは第1次世界大戦に突入し、ユーリは自ら志願し、友人の医師ミハイル(天華えま)と共に、ウクライナの野戦病院で、多くの負傷兵の治療にあたっていた。そんな日々の中で、ユーリは従軍看護婦として働いていたラーラと再会する。コマロフスキーから逃れたラーラはパーシャと結婚し、別の村で新たな生活を始めていたが、コマロフスキーとラーラとの関係の疑念を拭い去れないパーシャは、彼女のもとを去り、入隊してしまったという。ラーラは行方のわからないパーシャを追って従軍看護婦に志願していたのだ。失意のラーラを温かく励ますユーリ。彼にもまたモスクワに残した妻トーニャがいたが、妻を思う気持ちの一方でユーリは、ラーラとの縁に運命的なものを感じていた。
そんな中、遂に皇帝が退位し、ロシア帝国は崩壊したとの報せが届く。祖国は社会主義国ソヴィエトへと変貌し、ユーリとラーラは互いに心を残しつつ、ウクライナを後にする。
家族の元に戻ったユーリが目にしたのは、変わり果てたモスクワの街だった。邸宅はソヴィエトの方針によって、人民の共同住宅となり、「アマリヤ」のお針子で、トーニャのドレスの仮縫いをしていたオリガ(紫りら)が、今や党の委員として邸宅を管理。特権階級だったトーニャへの憎しみから、度々食べ物を没収するなど厳しい処遇を強いていた。個人の権利を認めないモスクワで人間らしい暮らしを営むことはできない。国が生まれ変わるというのなら、新たな土地で新たな生き方を見つけよう。そう決意したユーリは、家族を連れ亡き母の残したユリャーチン郊外にあるワルイキノの別荘を目指し、汽車の旅に出る。
だがその旅の途中、スパイの疑いで赤軍派の将校に尋問されたユーリは、革命思想に反するものには血も涙もない粛清を行う、と恐れられている赤軍派の将軍ストレ二コフこそ、ラーラの夫パーシャだと知る。革命への狂信以外の何もない男に変貌しているパーシャを見て、ユーリはラーラの身の上を案じながらも、ワルイキノでの生活をはじめ、トーニャとの間には新しい命も宿っていた。ところがその束の間の穏やかな日々の中で、ユーリはまたも運命の人ラーラにめぐり合ってしまう。運命の歯車は再びユーリを大きなうねりの中へと押し出していき……

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人類史上初めて、社会主義の名のもとに新しい社会体制をつくり出したロシア革命は、私有財産制による社会の不平等を廃し、生産手段の共有と共同管理による平等な分配を目指して、ロシアに劇的な改革をもたらした。この社会主義社会の思想と運動を「人類史の大いなる進歩」と位置づけ、社会主義革命の輸出に力を注いだ、ソヴィエト連邦にとって、平等を目指した自国の社会に起こっている矛盾や、混乱を赤裸々に描き出した小説「ドクトル・ジバゴ」は、ロシア革命を批判する、革命が人類の進歩と幸福に必ずしも寄与しないことを証明しようとした無謀なものとして、激しい非難の対象となった。その為、作品はソヴィエト連邦で発表・出版することが許されず、密かに持ち出されたイタリアで刊行され、ようやく世界的に知られるところとなり、世界18ヶ国で出版。1958年にはノーベル文学賞が作者パステルナークに授与された。
だが、ソ連共産党がパステルナークをソ連の作家同盟から除名、更に国外追放もありうる、と宣告する等の手段で、受賞の辞退を強制。受賞すれば亡命は避けられない考えたパステルナークは「祖国を去ることは、死に値する」と受賞を辞退した。これは、政治的な理由でノーベル賞受賞の辞退を余儀なくされた初の例となったが、ノーベル委員会はこの辞退を認めず、パステルナーク不在のまま、予定通りノーベル文学賞を与え、これによってパステルナークは辞退扱いになるのを免れ、今も公式に受賞者として扱われている。
このパステルナーク同様に、音楽史にその名を残す著名な作曲家ラフマニノフも、亡命後のアメリカで作曲活動を行わない理由を問われ、「私はもう長いことロシアの大地を踏んでいない。ロシアの白樺も見ていない。リラの花の香りもかいでいない。このような状態でどうして筆を進められようか」と答えている。社会の形が根底から覆され、自由な発言も封じられた中で、更に極寒の厳しい風土を持つ北の大地を、彼らは何故そこまで愛し、慕うのか。その根本にある、祖国への迸る思いとこの作品とは、切っても切れない関係で結ばれている。そこには、厳しくも大きなロシアの大地への揺るぎない愛があり、社会の形がどんなものになろうと、この土地で生を受けた自分が、如何に人間らしく生きるか?という命題との闘いは、土地への愛、人への愛を失わないことだった。それだけが、彼らにとっての生きる尊厳であったに違いない。

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そんなあまりにも骨太な作品を宝塚歌劇で描き出すのは、非常に大きな困難を伴う。「死の後まで愛によりて結ばれん」を貫く純愛こそ至高としてきた宝塚の世界で、この作品のユーリが取る行動は、下手をすれば、単なる不実な浮気者とも取られかねないからだ。
けれどもそこに轟悠がいることによって、この大地と人への大いなる愛をまっとうする主人公の不器用な生きざまが、宝塚歌劇として成立する力となっている。時分の花を咲かせて、その花が最も美しい時にいさぎよく散ることを美学としている宝塚歌劇のトップスターの中で、現在唯一、宝塚の大地に深く根を下ろし、永遠の大木であり続ける道を選んだこの人だけが、ユーリ・ジバゴの人間愛を、その誇りを、あくまでも気高く表出することができる。轟とのタッグが3回目となる作・演出の原田諒が、それをきちんと見極め、轟悠主演という機会を待って『ドクトル・ジバゴ』に取り組んだのは、作家の優れた慧眼として評価できる。実際、原作があると言ってしまえばそれまでだが、大きく変転していく主人公の運命と、ロシアの広大な大地を、過度にならない映像を駆使しつつ、時には極めてアナログな転換も交えて見事に描いたのは、原田作品お馴染みの装置の松井るみの仕事にも力を得た、優れたものだった。これまでの作品群から、原田は2時間が割けるこうした別箱の仕事に、より成果を発揮するようだ。あとは、大劇場作品を手掛けた時、その足りない30分をどう咀嚼するかが、これからの原田の課題と言えるかも知れない。次作品にも期待したい。
また、玉麻尚一の音楽も、麻咲梨乃をはじめとした振付家陣の振付も、いきなりロシア民謡になる、いきなりコサックダンスになる、というベタな方法論には決して陥らずに、そのエッセンスを絶妙に加味しながらのオリジナルで、作品をしっかりと支えていて、轟悠主演作品のスタッフワークには、常に驚くべき力感がある。

そのスタッフ陣の本気を引き出す存在でもある轟悠が、ユーリ・ジバゴの生きざまを、つまりは『ドクトル・ジバゴ』という作品を、宝塚歌劇として成立させた様には、ただ感嘆するしかない。医学生としての登場時が、どこか頼りなげで、ふわふわとして見えるのは、轟がかつて任でない役柄をも懸命に演じていた若手時代を彷彿とさせて微笑ましいが、それもきちんと計算されていて、そこからユーリが芯を持った大人の男へと成長していく様を映し出して鮮やか。特に医師であり、詩人でもあるというユーリの純粋な魂が、永遠のタカラジェンヌであるこの人が持っているファンタジー性と上手くつながり、ラーラと迎えた朝の会話に迸る美しい色気には見惚れるばかり。雪原の幻、そしてラストシーンと、極めて宝塚らしい様式美と、作品の社会性を融合させた、轟悠がいなければ成立しない作品が、また1つ生まれたことは、この人が宝塚に存在し続ける意義を、改めて知らしめる場となった。

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その轟の運命の相手ラーラを演じた有沙瞳は、激動の時代の中流転していく女性の、芯の強さの中にある、はかなさ、脆さを美しく表出して、ユーリに別かち難い楔を残す女性であることに説得力を与えている。金髪のカツラも実によく似合い、持ち前の歌唱力だけでなく、激しい芝居にもわざとらしさを感じさせない演技力も深まり、星組に加入以来破竹の勢いで伸びている姿が眩しいほど。轟と対峙したことでまた得るものも更に大きかったことだろう。ますます注目していきたい。

パーシャの瀬央ゆりあは、本人の資質からくる温かい優しい男役としての持ち味を封印した、凄味ある演技で目を奪う。特にストレリ二コフとなってからの冷徹な鉄仮面ぶりに全く無理を感じさせず、堂々と轟に立ち向かったことはは、瀬央の確かな成長を感じさせた。絶命する場面の、宝塚の粋を超えていると思えるリアルな表現も果敢にこなし、劇団期待の95期生の中では遅咲きに属する人だが、一気に駆け上がって来ているのは頼もしい限りだ。

ユーリの妻トーニャの小桜ほのかは、夫の心にラーラがいることを感じながらも、夫への尊敬と愛を貫く役どころを健気に演じている。夫にしたためる手紙が、この女性もまた知性と教養を備えた人物なのだと感じさせ、その凛とした姿が美しい。出すぎず、引きすぎずの好演だった。また、ユーリの親友の医師ミハイルの天華えまは、意外に描き込まれていない役柄を、天華えまというスター個人の存在感で際立たせていて、それによって最後のナレーションが唐突にならなかったことを思うと、この人の躍進にも目覚ましいものがある。

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他にも、ユーリの養父アレクサンドルの輝咲玲央が、轟の養父にちゃんと見える佇まいを示したのはあっぱれだし、彼らの家に仕えるエゴローヴナの白妙なつの献身、革命を体現する存在であるオリガの紫りらの冷ややかさ、母である前に女であるラーラの母アマリヤの白鳥ゆりやの打算、ユーリを浚うパルチザンの首領リヴェーリィの朝水りょうの美貌を活かした怜悧、ユーリの運命を結果として狂わすヴドヴィチェンコの蒼舞咲歩の朴訥、ラーラの理解者ワーシャの天希ほまれの爽やかな二枚目としての資質など、登場人物も充実。原田の感性とはやや合わないのか『ベルリン、我が愛』に続いて役不足感が残るガリューリン少尉の麻央侑希も、少ない出番で押し出しの良い舞台ぶりを見せていて、捲土重来を信じたい。

その原田の感性にとびきり響くのだろう天寿光希が、ユーリとラーラの出会いとその後のすべてに関わるコマロフスキーを、心憎いほど自在に演じていて、轟に続く影のMVP的存在。低くつぶやくような発声ながら、全く聞き取れないことはないという、絶妙な台詞術に裏打ちされた立ち居振る舞いで、この人物の胡散臭さと、二人に立ちはだかる障害の大きさを表現していて、作中の役柄としても極めて大きな比重を支え切ったことは喝采に値する。『ベルリン、我が愛』でも、最も儲け役と言える役柄を引き当てていたが、こちらは単なる儲け役には留まらない難役であり、重要な役柄をこれだけ堂々と演じられると証明したのは、男役天寿光希にとって、重大なエポックメイキングとなることと思う。今後の活躍にも期待したい。

総じて、轟悠という大木を得て、星組メンバーが歯ごたえの大きな作品に立ち向かった力感が生きていて、この挑戦が組の財産ともなる成果を残すだろう作品となっている。

〈公演情報〉
宝塚歌劇星組公演
ミュージカル『ドクトル・ジバゴ』
〜ボリス・パステルナーク作「ドクトル・ジバゴ」より〜
脚本・演出◇原田諒
出演◇轟悠(専科)有沙瞳 ほか星組
●2/20〜26◎TBS赤坂ACTシアター
〈料金〉S席 7,800円 A席 5,000円 (全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉宝塚歌劇インフォメーションセンター 0570-00-5100(10時〜18時)
〈公式ホームページ〉http://kageki.hankyu.co.jp/


【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】




帝劇ミュージカル『1789』
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不老不死の苦悩から浮かび上がる愛の尊さを描く愛月ひかる東上初主演作品! 宝塚宙組公演『不滅の棘』

不滅 愛月ソロ

宙組の男役スターとして進境著しい愛月ひかる、待望の東上初主演作品である、宝塚歌劇宙組公演ロマンス『不滅の棘』が、日本青年館ホールで上演中だ(29日まで)。

『不滅の棘』は、チェコの代表的な作家カレル・チャペックの戯曲「マクロプロス事件」をもとに、木村信司がヒロインの設定をヒーローに置き換え、新たな脚本として書き下ろした作品。2003年に当時の花組トップスター春野寿美礼主演で初演され、純白で統一されたセットと衣装、望まぬままに永遠の命を与えられた青年が辿る数奇な運命を描いた、非常に歌の比重が高いオペラティックな作風などが話題となり、大好評を博した。以来、約15年。新トップスター真風涼帆率いる新生宙組で、ますますの活躍が期待されている愛月ひかるを中心とした宙組選抜メンバーで、待望の再演の幕が開くこととなった。

不滅 椅子

【STORY】

1603年、ギリシャ・クレタ島。医師ヒエロニムス・マクロプロス(水香依千)は、国王ルドルフ2世を欺むき、不死の秘薬と偽って王に渡した薬の効力がないことが発覚し、王の差し向けた刺客に襲われ命を落とす。だが、1人残された息子のエリィ・マクロプロス(愛月ひかる)は、衝撃の事実を知り呆然としていた。父が研究していた薬の中で、ただ1つ本当に不老不死の効果をもたらす薬を、知らぬ間に自分が飲まされていたというのだ。望まぬままに不死の命を得てしまったエリィは、1人悲嘆に暮れる。

1816年、プラハのカレル橋。不死の身のまま今は、宮廷のお抱え歌手エリィ・マック・グレゴル(愛月)として生きる彼に、物乞いの女性が「施しを」と声をかける。その日自分が寝泊まりをするに足りる金額だけを残して、財布ごと女性に投げ与えてしまうエリィ。ところが、物乞いに身をやつしていたのは、彼を慕い続ける令嬢フリーダ・プルス(遥羽らら)だった。ひたすらにエリィの愛を乞うフリーダに、例え誰を愛してもその相手は自分を置いて世を去ってしまうと、自らに人を愛することを禁じてきたエリィの心は揺れ動き、二人は1つの影となってカレル橋を去っていく。

1933年、プラハ。4代前から引き継いだ、100年に及ぶ裁判の原告であるフリーダ・ムハ(遥羽・二役)は、弁護士コレナティ(凛城きら)の助言を無視し、訴えを最高裁に持ち込んだものの、敗訴の判決が下るのは確実との報せに苛立っていた。コレナティの息子アルベルト(澄輝さやと)は、確たる証拠もないまま訴訟を急ぐフリーダの姿勢の理解に苦しむが、フリーダは人は100%死ぬのだから、生きている間にお金が欲しいのだとキッパリと言い放つ。
そこへ突然、公演の為にプラハに滞在中の有名歌手エロール・マックスウェル(愛月)が現れ、呆気にとられる一同をよそに、フリーダの訴訟に興味を示したばかりか、100年も前の事件についての有力な情報を次々と明かしだす。
そんな彼の様子にアルベルトは強い不信感を抱くが、裁判の結論をひっくり返せるかも知れない新事実にフリーダは飛びつき、コレナティもその情報を裏付ける証拠さえあるなら、と言い募る。するとエロールは、証拠は訴訟相手のプルス男爵邸の書棚にあるはずだから、今夜盗みに行こうとこともなげに提案する。見ず知らずの、しかも大スター歌手が何故自分の訴訟に、そこまで協力しようとするのかを、さすがに訝しんだフリーダに、エロールは「お前には幸せになって欲しい」と、謎のような言葉を残し、アルベルト、コレナティと共にプルス男爵邸に向かう。

プルス男爵邸にはフリーダの訴訟相手の男爵未亡人タチアナ(純矢ちとせ)と、酒に溺れる日々に幻覚さえ見るようになっている息子ハンス(留衣蒔世)と、そんな兄を心から案じるクリスティーナ(華妃まいあ)が暮らしていて、泥酔したハンスを巡ってこの日も口論が続いていた。そこに忍び込んだエルーロたちは、折悪しくクリスティーナに気づかれ、アルベルトとコレナティを逃がしたエロールは、恐慌して銃を構えるクリスティーナを懐柔しようとするも失敗。背中を撃たれてしまう。人を撃ってしまったと取り乱すクリスティーナに、エロールは傷口をかばいながらも、明日の公演を必ず観に来て欲しいと告げて姿を消す。

翌日の夜、エロール・マックスウェルが負傷したらしいというゴシップ記事をよそに、エロールは何事もなかったかのように舞台に姿を現わした!100年前の事件を詳細に語り、背中に銃弾を受けたはずなのに、華麗に歌うエロール・マックスウェルは何者なのか?。フリーダ、アルベルト、クリスティーナ、タチアナ、ハンス、コレナティ。彼をめぐる人々の渦の中で、事態は次第に不穏な様相を呈していき……。

不滅 全景

永遠の命を得る、不老不死を扱った物語は、古今東西数多く創作されていて、奇しくも現在宝塚大劇場で上演中の『ポーの一族』を含めて、宝塚の舞台にも幾たびか登場している。ただ、それらの多くは所謂「吸血鬼伝説」を基にしていて、永遠の命をつなぐ為には、人の生き血を、つまり、同時代に生きる人の命を奪う必要がある、人外の者の苦悩と、当然ながら人々に弾圧される姿が描かれていくものがほとんどだ。そこには不老不死=人ならざる者という図式が横たわっていて、それ故に、永遠の命を得た者は、鏡に映らない、太陽の光に弱い、十字架に含まれた信仰を恐怖するなどの、様々な弱点も抱えている。
一方、この作品『不滅の棘』が描いているのは、不老不死の身となる秘薬によって、人ならざる者でなく、人として300年以上の年月を生きている男の物語だ。老いることもなく、病に倒れることもなく、死ぬこともない。如何に若く美しくいられるかを、非常に手近なものでは化粧品から、高度なものでは整形手術などによって、追い求める人々が決して少なくない、アンチエイジング全盛の現代の目から見れば、『不滅の棘』の主人公は、人類の究極の夢を叶えた人物とさえ言えるかも知れない。

けれども、作品が決してハッピーな色合いのものではなく、更に、主人公のエリィ=エロールが、全く幸福に見えないのは何故かと考えた時、やはりいくら肉体が永遠に老いず、死なないとしても、人の精神がそれだけの年月を健全なまま耐えることはできないのだろうという、想いに至らざるを得ない。誰を愛しても、誰と友情を育んでも、その相手は必ず老いていき、やがて天寿を全うし、去っていってしまう。そんな数限りない別れをただ見送るばかりで、自分だけが変わらないまま、永遠に置き去りにされるのだ。それは想像しただけでも、背筋が凍るほど恐ろしい終わりなき時間に違いない。主人公の目に映る世界のすべてが、凍り付いた白に覆われているのも理解できる。

だからこそ、別れを恐れ、他者と行きずりでない関わりを持つことを禁忌としていた主人公が、ただ1人愛した人の面影さえ、今はおぼろになってしまった哀しみと、それでも尚300年の時を経て、その「愛した記憶」が時折胸を疼かせる『不滅の棘』として、永遠に残る、というタイトルに帰結するロマンの香りが、なんと切なくも美しいことか。ここには、こうした永遠の命を描いた物語のある種のセオリーとも言える、限りある命の尊さに帰結するだけに留まらない、人を愛することへの想いの深さと、畏敬の念がある。木村信司という劇作家が描くテーマや、書く言葉には、しばしばこちらの心の襞のようなものを、真っ直ぐに射抜いてくる、成人男性がつまびらかにするには、ためらいも大きいのではないかと思うほどの清らかさがあるが、その純なものがこの作品の中に、それこそ棘のように潜んでいて胸に染みる。それでいて、エンターテイメント性や、宝塚の男役ならではの気障さや、ポップな遊び心もあって、作品のバランスも良い。改めて、15年ぶりにこの作品が、愛月ひかる主演によって蘇ったことに、喜びを感じる仕上がりとなった。

不滅 主演コンビ

と言うのも、愛月の持つどこか素朴で、人間らしい温かみのある個性と、宝塚の二枚目男役になる為に生まれたかのような抜群のプロポーションで繰り出す、気障にキメた男役度の高さという、二つの魅力の色合いの差異が、300年の時を生きることになるエリィ=エロールの造形に生きているのだ。特に、冒頭永遠の命を得てしまったことに慟哭する青年という、実に短いが、大変重要なシーンで愛月が見せる純粋さ、真っ直ぐさが、役柄が永遠の時を生きる間に、澱のようにたまっていく虚無感との落差を鮮明に表してくる。更にそれでいながら、宮廷歌手のエリィや、大スター歌手エロールの中にも、300年の時のはじめには、純粋で温かい青年だった、という人物の根っこが透けて見えるのが、愛月が演じるならではの主人公像として、新鮮かつ魅力的だった。初演の春野寿美礼の、これぞカリスマの大スターぶりももちろん魅力だったが、愛月の人間味の垣間見える造形が、また新たな作品の輝きを生んだことは、再演に当たっての大きな成果と言える。何より、宙組の前任トップスター朝夏まなとの時代に、二枚目男役としては稀有な、振り幅の大きい個性的な役柄を次々と演じてきた愛月が、その経験を肥しにして、尚かつ「これぞ宝塚の二枚目スター!」と呼びたい、胸のすくカッコよさを見せたことは、男役愛月ひかるにとって貴重なポイントとなるに違いない。名歌手の誉高かった春野に合わせて書かれた、まるでオペラのような楽曲の数々をきちんと歌いこなしたのも好印象で、宙組の新たな時代に、貴重な生え抜きスターとしてますます活躍してくれることだろう。その道程に注目していきたい。

相手役のフリーダを演じた遥羽ららも、新人公演ヒロインや、バウホール公演での準ヒロインを経て、東上公演の初ヒロインの座を勝ち取った。彼女の個性に適っているのは、1816年に登場し、主人公の心に永遠の棘を残すフリーダ・プルスの方だが、出番としては圧倒的に「お金が欲しいの!」と直截に言い切る、1933年のフリーダ・ムハが多い。こうした現代的な役柄では、しばしば苦戦の跡を感じさせていた遥羽だけに、成果に注目していたが、今回は思い切りの良い演技で、相当な進歩が見られるのが何より。1場面の出番のフリーダ・プルスが印象的なのも作品にとって必要なことだし、フリーダ・ムハが最後に取る行動が、主人公の積年の虚しさをある意味浄化するのに、遥羽の湿度の高い演技が生きてもいて、宝塚のヒロインとしてはかなり難しい設定をよく支えていた。

フリーダ・ムハを愛するアルベルトの澄輝さやとは、美しいマスクの中に、常に知的なものがあるのが、役柄に新たな効果を生んでいた。初演の瀬奈じゅんの陽性な個性は、春野のクールを互いに照射して高め合ったものだが、愛月の根底にある温かみと、澄輝の精巧なカットグラスのような個性もまた、違った意味で照射しあっていて、これはキャスティングの妙。その澄輝に対して、かなり若い時の子供なのだろうなとは思わせるものの、飄々と父親として位置できる凛城きらの力量も貴重だ。

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また、準ヒロインとも言えるクリスティーナの華妃まいあが、如何にも宝塚の娘役らしい愛らしさと、健気さを見せていて、宙組は現トップ娘役・星風まどかの快進撃の影で、下級生の娘役にやや光が当たりにくかった時期があるが、華妃を含めて、今後また新たな娘役たちが台頭してくることだろう。そんな期待を抱かせるに十分な存在感だった。その兄、ハンスの留依蒔世は、今回は彼女の盤石の武器である歌唱力以上に、演技力で目を惹きつけたのが収穫。欲を言えばやはりもっと歌って欲しい人だが、作品の大切なアクセントになっていて、成長を感じさせた。二人の母タチアナの純矢ちとせは、一癖も二癖もある食えない母親でありつつ、十分に魅力的な女性でもあるという役柄を、いとも軽々と演じていて、もうこういったポジションは彼女の独壇場。主人公が辿った足跡を証明する存在でもある、老女カメリアの美風舞良は、思い切った年輪の造形で、脚本が求めた役割をきっちりと果たしていて手堅い。

他にもエロールのコーラス・ガール愛白もあ、花咲あいり、桜音れい、花菱りず、道化の星月梨旺、掃除婦の里咲しぐれ等印象的な役柄や、楽曲の極めて多い作品の中で、ソロを担う人材も多く、カンパニーも充実。15年ぶりの再演が、作品を新たに磨き上げ、鮮烈な印象を残す舞台となったことを喜びたい。


〈公演情報〉
宝塚宙組公演 ロマンス『不滅の棘』
原作◇カレル・チャペック
脚本・演出◇木村信司
出演◇愛月ひかる ほか宙組
●1/23〜29◎日本青年館ホール
〈料金〉S席 6,800円 A席 5,000円 (全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉宝塚歌劇インフォシメーションセンター[東京宝塚劇場]0570-00-5100
公式ホームページ http://kageki.hankyu.co.jp/



【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】




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少女漫画の金字塔の見事な舞台化で輝く、柚香光東上初主演作品!宝塚花組公演『はいからさんが通る』

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宝塚花組の男役スターとして進境著しい柚香光の東上初主演作品である、宝塚花組公演ミュージカル浪漫『はいからさんが通る』が日本青年館ホールで上演中だ(30日まで)。

「はいからさんが通る」は1975年〜77年に「週刊少女フレンド」で連載された大和和紀の少女漫画。大正浪漫華やかなりし頃の東京を舞台に、未だ女性の生き方に大きな制約があった時代に、快活にひたむきに生きる「はいからさん」花村紅緒と、祖父母の代からの許婚で、日本人の父とドイツ人の母の間に生まれた眉目秀麗で笑い上戸の陸軍少尉、伊集院忍との運命の恋が描かれる、波乱万丈な王道ラブコメ。作品は連載当時から大人気を博し、アニメ化、舞台化、テレビドラマ化、実写映画化と、時代を超えて様々なメディアに取り上げられ、本年から来年にかけて新たな劇場版アニメーションも公開予定の、不朽の名作として少女漫画の歴史に燦然と輝き続けている。
宝塚歌劇では、1979年に平みちの伊集院忍、花鳥いつきの花村紅緒他の出演で、テレビドラマが作られているが、以来、40年近く待望論の絶えなかった舞台化が遂に実現。宝塚期待の男役スター柚香光の東上初主演公演として上演されることになった。

【STORY】
時は大正七年、春四月。陸軍少尉・伊集院忍(柚香光)は幼い頃に定められた許婚のもとを初めて訪ねる道すがら、自転車で暴走してくる少女に遭遇。派手にひっくり返って、赤いリボンを捻じ曲げたまま、自分に猛抗議をしてきた「ハイカラ娘」を、まるでつむじ風のようだ、と感じる。
そのハイカラ娘こそが、忍の運命の相手・花村紅緒(華優希)だった。かつて忍の祖父と紅緒の祖母は二世を誓った恋人同士だったが、御一新の世に、公家の家柄の伊集院家と、代々徳川家に仕えた旗本の花村家の婚礼は叶わず、二人はやむなく引き裂かれてしまう。その別れに際して二人は、いつの日か身分や家柄に縛られない平和な世が来た暁には、ふたつの家をひとつにしようとの誓いを立てる。だが、両家に生まれたのは共に男の子。二人の願いは、三代目である忍と紅緒に引き継がれたというのだ。
恋も結婚も自分で選ぶ!良家の殿方の申し入れを待つような人生はまっびら!と思っていた紅緒には、到底納得できない話だったが、両家も、更に忍も結婚してから愛を育めば良いと、この婚約になんら不満はない様子。たまりかねた紅緒は、忍に恋している同級生の華族令嬢・北小路環(城妃美伶)、幼馴染で紅緒を慕う歌舞伎の女形役者・藤枝蘭丸(聖乃あすか)の協力のもと、伊集院家の嫁としては到底受け入れられない娘の烙印を押されるべく、嫁入り修行の行儀見習いに入った伊集院家で大騒動を繰り返すが、それらの顛末を面白がるばかりの忍を筆頭に、伊集院家の人々に次第に愛されていく。しかも紅緒自身がいつしかそんな忍に惹かれていく自分に戸惑いを覚えるようになる。だが、そんな中、忍と紅緒の婚約披露の席で起きた騒動から紅緒は伊集院家を飛び出し、酔った勢いで忍の亡き戦友の内縁の妻である柳橋の芸者・吉次(桜咲彩花)にからんでいた陸軍中佐・印念(矢吹世奈)に酒を浴びせかけてしまう。駆け付けた忍のとりなしでその場は収まり、二人は互いの気持ちが更に深く近づいたことを悟るが、忍の上官であった印念中佐は憤懣やるかたなく、そこに配属された者はやがてシベリア戦線に送られることを承知で、忍を小倉連隊へと転属させる。
自分の為に、忍が左遷されたことに苦しむ紅緒を励ました忍は、今度東京に戻った時には正式に結婚しようと誓いを交わして紅緒の元を去るが、ほどなくしてシベリアの前線に送られる。その極寒の地で忍は、孤立した小隊を守る為決死の脱出を試みるが、傷ついた部下・鬼島軍曹(水美舞斗)を助けに戻った際コサック兵に襲われ行方知れずとなってしまう。
やがて、紅緒のもとに忍戦死の報せが届き……。

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基本的に舞台空間を縦三段で展開できるように作りつけられた一杯飾りのセットに、映像を組み合わせて舞台は展開するのだが、何よりも驚かされたのはコミックスにして全8巻、しかも大正7年のシベリア出兵からはじまり、関東大震災をクライマックスとする長大な原作世界のすべてを、2時間半の作品にまとめあげた脚本・演出の小柳奈穂子の手腕だった。原作世界が大河ドラマの場合、多くはそのどこかに焦点を絞って作品が作られるものだし「はいからさんが通る」の過去の映像などの作品群も、ほとんどがそうした手法を取っている。だが、今回の宝塚版に際して原作の大和和紀氏から、物語全体を舞台化して欲しいとの要望があったそうで、その原作者の想いを見事に具現化し、しかも単なるダイジェスト版に陥ることなく、波乱万丈な激動の時代に、運命の恋を貫く忍と紅緒の姿を浮かび上がらせた小柳の仕事ぶりは、賞賛に値する。これによって、それぞれにスピンオフが作られるほど、良い男揃いの原作世界の人気キャラクターが、ほぼ舞台に網羅されることになったし、何よりも、才色兼備でなくドジでおっちょこちょいのヒロインが、様々なタイプのイケメン登場人物すべてから愛されるという、1970年代の少女漫画の、王道ラブコメに共通した世界観を、決して否定はしないままほんの僅かに後退させ、過酷な運命の中で、自ら未来を切り開いていくヒーローとヒロインの歴史大河ドラマ色を前に出した視点が効いていた。この世界観なら、永遠に変わらないようでいて、やはり少しずつ色を変えている現代の「乙女の夢」に、作品がすんなりと着地することができる。これは、今やこうした長大な原作ものを宝塚化する作業においては、確実に一、二を争う小柳奈穂子の面目躍如たるもので、軽快なリズムとテンポをもった主題歌にのって、登場人物が勢ぞろいする冒頭からフィナーレまで、1つの無駄もなくスピード感を保って舞台が進む様はあっぱれだった。

そんな作品の中で、原作のキャラクターに扮した花組の面々の、原作再現率の高さがいずれも完璧なばかりでなく、演じたスターの個性も決してかき消えていないことがすばらしい。

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その筆頭が言うまでもなく伊集院忍に扮した柚香光。日本陸軍の軍服姿で舞台のセンターに登場した刹那から、「生き少尉」という最大級の賛辞を大和氏から贈られたのも納得の、完璧なビジュアルを披露。日本陸軍の軍服だから、当然ながら宝塚で通常スターが履く膝までを隠す丈でなく、極普通のロングブーツなのだが、それでも長い手足のスタイルは全く損なわれることなく美しく、彫りの深い顔立ちも混血の少尉そのままだ。しかも、どんなに気障に決めても嫌味にならない二枚目男役の押し出しの中に、素の茶目っ気とどこかやんちゃな少年性が覗く柚香の個性が、笑い上戸という原作設定の忍に打ってつけで、その明るさが際立つからこそ、物語後半の悲痛な表現も生きてくる。踊れる人ならではの身体能力の高さも、漫画世界が動き出した姿にピッタリのキレの良さを示していて、実際、ここまで全てが整った東上初主演も珍しいというほどの、文字通りの代表作を一気に勝ち得たのは、、やはり柚香光というスターが星を握って生まれてきた人である証だろう。話題性1つを取っても十分大劇場で通用した作品を、敢えて短期の別箱公演にぶつけてきた歌劇団の力の入り方も含めて、今後柚香がどこまで大きなスターとなっていくか、その輝く道程がハッキリと見えた公演として、長く語り継がれるものになるに違いない。

その相手役、と言うよりも、原作世界の揺るぎない主人公・花村紅緒には、華優希が抜擢された。花組の直近の大劇場公演『邪馬台国の風』新人公演のヒロインで注目を集め、そのまま一気に紅緒役へと駆け上がった、謂わばシンデレラガールで、当然ながらまだ技術的に拙いところも見受けられるものの、むしろそれすらが紅緒らしさに通じる、体当たりの熱演が清々しい。宝塚のオリジナル作品のヒロインと比べても、格段に出番も多く、役割も大きい紅緒を一心不乱に演じている華を、微笑んで見守る柚香から、自然な包容力が生まれる力にもなっていて、この抜擢は大正解。誰もが応援せずにはいられない、愛すべき紅緒像を描き出していて、『ハンナのお花屋さん』の舞空瞳同様、花組娘役の台風の目になりそうだ。注目していきたい。

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そんな紅緒を思う、良い男軍団では、職業夫人として編集者を目指す紅緒が務める出版社の編集長・青江冬星の鳳月杏の存在感が際立つ。物語の展開上、主な出番はほぼ2幕からなのだが、日本人で巻き毛のロングヘア—の男性という、これぞ漫画世界の登場人物を悠々と表出していて、出番の遅さを全く感じさせない力には舌を巻く。出版社の名前が「冗談社」というネーミングからもわかる通り、女性に触れられると蕁麻疹が出るという、単なる二枚目なだけではないカリカチュアされた設定も、抜群のプロポーションで余裕にこなし、紅緒を巡って忍と三角関係になる終盤のドラマをよく支えていた。
キャラクターの再現率という点では、こちらもピカイチの鬼島森悟の水美舞斗は、馬賊の装束の着こなしも完璧で、一見強面だが、信義に厚く、情も深い男の中の男を骨太に演じて見応えがある。特に、やはり柚香との同期ならではの阿吽の呼吸が、少ない出番で忍と鬼島の絆を現す原動力になっていて、これはキャスティングの妙。男役としてますます力をつけていて、この人の主演作も是非観てみたい。
紅緒を慕っているだけでなく、紅緒が幼馴染の彼を守ろうとすることでドラマが動くキーパーソンでもある藤枝蘭丸の聖乃あすかは、何よりも美しい男役であることが、この役柄に生きている。まだ男役として発展途上なことも、歌舞伎の女形である蘭丸を演じるには効果的な要素になっていて、振袖姿もなんとも艶やか。作品の重要なポジションをしっかりと務めていた。

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また、ヒロイン経験のある娘役が、それぞれの役柄に力を発揮しているのも大きな要素で、北小路環の城妃美伶は、華やかな容姿と洗練された娘役芸が、お転婆でじゃじゃ馬という設定の紅緒との対比をよく現し、役柄の存在価値を高めている。2幕冒頭の「モダンガール」のナンバーも豊かな歌声で盛り上げ、新しい生き方を模索する華族女性を見事に表現していた。芸者・吉次の桜咲彩花も、たおやかでいながら一本筋の通った気風の良さも持ち合わせた柳橋の芸者を、馥郁と演じていて、作品の良いアクセントになっている。若手娘役が台頭している花組だが、やはり彼女たちの地力は貴重で、今後も大切に遇して欲しい。もう1人、後半の鍵を握る女性ラリサに扮した華雅りりかも、難しい役どころを悲しみと哀れさを保って表現していて好感が持てる。出番の多寡としても今回のラリサの塩梅は絶妙で、粘着質の嫌な女に陥らなかったのは、小柳の筆と華雅の端正な演技故だろう。

難しい役どころと言えば印念中佐の矢吹世奈も、忍と紅緒の運命を流転させる陰湿な男を精一杯演じていて、まだ新人公演学年の男役であることを考えると、超のつく好演。原作とは異なり役柄に救いがあるのも小柳の優れた配慮で、良い経験になったことと思う。力のある人だからこそこういう役柄が回ってくるが、爽やかな持ち味が似合う役も観てみたい。更に、こちらも原作再現率が高く、しかもコメディリリーフとしても秀逸なのが、牛五郎の天真みちる。この人の一挙手一投足に可笑しみがあり、かつ温かい個性は貴重の一語で、作品に豊かさを与える力になった。如月の毬花ゆめも、漫画が動き出したかのような造形で惹きつける。もちろん、専科から特出の伊集院伯爵の英真なおきの、権高さの中にある愛らしさの表出は喝采ものだし、そんな英真に対して全くひけをとらない演じぶりを示した伊集院伯爵夫人の芽吹幸奈、紅緒の父・花村政次郎の冴月瑠那らの好演も見逃せず、和海しょう、春妃うらら、亜蓮冬馬ら、ポイントの出番の面々も個性をよく発揮していて、軽やかに弾む舞台を支えていた。

たったひとつの惜しまれる点は、これだけの話題作でありながら公演期間が短く、チケット入手の困難さが壮絶を極めたことで、希望しながら観劇が叶わなかった観客も多くいたことと思う。柚香光の代表作になるのは論を待たないから、いずれかの時期でもっと大きな劇場、ゆくゆくは大劇場での上演も検討して欲しいと切に願うが、そんな願いを持てる優れた作品を生み出した花組メンバーにまずは拍手を贈りたい仕上がりとなっている。


〈公演情報〉
宝塚花組公演 ミュージカル浪漫『はいからさんが通る』
原作◇大和和紀「はいからさんが通る」(講談社KCDXデザート)
脚本・演出◇小柳奈穂子
出演◇柚香光 ほか花組
●10/24〜30◎日本青年館ホール
〈料金〉S席 6,800円 A席 5,000円 (全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉宝塚歌劇インフォシメーションセンター[東京宝塚劇場]0570-00-5100
公式ホームページ http://kageki.hankyu.co.jp/




【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】



誰か席に着いて
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胸躍るロマンティック冒険活劇の快作!宝塚月組公演『All for One〜ダルタニアンと太陽王〜』上演中!

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アレクサンドル・デュマの「三銃士」を基に、小池修一郎が全く新しい発想で描きだした、宝塚月組公演三井住友VISAカードシアター浪漫活劇(アクション・ロマネスク)『All for One〜ダルタニアンと太陽王〜』が日比谷の東京宝塚劇場で上演中だ(10月8日まで)。

『All for One〜ダルタニアンと太陽王〜』は、今尚世界中で愛され、読み継がれ、幾多の映像、演劇、アニメ、人形劇等々、あらゆるジャンルでの創作が続いている、アレクサンドル・デュマの傑作小説「三銃士」の主人公ダルタニアンと、アラミス、アトス、ポルトスの三銃士が、原作設定のルイ13世時代を飛び出し、フランスのブルボン王朝に燦然と輝く太陽王ルイ14世時代で活躍するという、脚本・演出の小池修一郎の大胆な発想で生み出された爽快なエンターテインメント作品となっている。

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【STORY】
17世紀のフランス。太陽王と称されるルイ14世(愛希れいか)はまだ年若く、母であり摂政であるアンヌ(憧花ゆりの)、その後ろ盾であるマザラン枢機卿(一樹千尋)の助言のもとに国を治めているが、イタリア人であるマザランとそのファミリーがフランスを牛耳っている現状に、国民の不満の声が高まっていた。
そんな国王が隊長を務め、国家と王家を守護する任務にあたっている銃士隊一の剣の使い手ダルタニアン(珠城りょう)は、銃士隊の仲間であり「三銃士」と謳われる、元修道士でありながらも世紀の色男と言われるアラミス(美弥るりか)、銃士隊隊長代理で沈着冷静なアトス(宇月颯)、大酒飲みだが大胆不敵なポルトス(暁千星)との固い友情を育みながら、任務に誇りを持ち日々邁進を重ねていた。
そんなダルタニアンに国王の剣の稽古の師範代を務めよという命がくだる。バレエに夢中の国王ルイは剣の稽古に身が入らず、何かと理由をつけては次々と指南役を罷免し続けていたのだ。三銃士に励まされ、緊張しながら王宮に伺候したダルタニアンは、アンヌ、マザラン、国王のいとこモンパンシェ公爵夫人(沙央くらま)、マザランの甥で護衛隊隊長のベルナルド(月城かなと)らの見つめる前で、ルイとの手合わせを命じられる。生来ひ弱なルイの指南には手加減を加えるように、と申し渡されていたダルタニアンだったが、次第に熱を帯びた稽古の中で、つい剣を振り払ったはずみでルイを倒してしまう。激昂したルイはダルタニアンを自分の指南役には不適格と断じたばかりか、銃士隊の解散も考えると言い放って去っていく。
その夜、落ち込むダルタニアンを三銃士が慰めていた酒場に、ベルナルド率いる護衛隊が現われ、銃士隊がマザラン枢機卿を侮辱したとして乱闘がはじまってしまう。その騒ぎの中、ダルタニアンはルイーズという娘を助ける。ルイ14世に目通りした話を聞きたがるルイーズに、ダルタニアンは自分が如何に王家と国家を愛し、それを守護する職務に誇りを持っているか、更に、国王はマザランの言いなりになるのではなく、自らフランスを治めるべきだ、そうしないと国民の信頼を失ってしまうと語る。熱心に耳を傾けていたルイーズだったが、ダルタニアンが彼女のことを訊こうとすると、慌てて逃げ帰ろうとし、行かせまいとしたダルタニアンは、思わずルイーズに口づけをする。剣一筋に生きてきたダルタニアンだったが、この一夜の出会いで、ルイーズに心を奪われてしまったのだ。
そんな中、銃士隊に突然の解散命令が下る。狼狽する銃士たちを前に、ダルタニアンは護衛隊に武力を集中する為に、銃士隊解散を狙ったマザランの策略を言い当てるが、三銃士をはじめ誰にも国王の名で発令された命令を取り消すすべはなかった。散り散りになる仲間たち。だが、失職したはずのダルタニアンに、もう1度国王ルイの師範代をせよとの呼び出しがかかる。再びルイと面会したダルタニアンは、ルイが抱えていたブルボン王朝を揺るがす大きな秘密を知ることになって……

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浪漫活劇=アクション・ロマネスクと題されたこの作品には、その言葉通りのロマンと冒険がぎっしりと詰まっている。それは開幕していきなりアラミスの美弥るりか、アトスの宇月颯、ポルトスの暁千星、そして真打ちダルタニアンの珠城りょうがそれぞれセリ上がりながら歌い継ぎ、多くの銃士隊員の壮大なダンスナンバーへと発展する「All for One」1曲で、まず心をわしづかみにされる魅力だった。
ここで、ダルタニアンをはじめとした銃士たちの衣装が、ブルーデニムという軽やかさも良い。デニム生地を使った衣装というとフレンチミュージカルの『ロミオとジュリエット』や、最近ではバウホール作品の『パーシャルタイムトラベル 時空の果てに』等が思い出されるが、その中でも作品の世界観を一目で表わしたという点において、この銃士隊にブルーデニムを使った判断が効いていた。アニメの主題歌もかくやとばかりのキャッチーな音楽(太田健)、衣装(有村淳)と、聴覚と視覚で、ルイ14世時代に活躍するダルタニアンと三銃士という、デュマの原作にも、史実にもとらわれない、宝塚版だけの『All for One』が怒涛のように展開することを、一気に認知させてくれる。
そこからはもう、物語のテンポの良さと、東京宝塚劇場のステージ、セリ、階段、盆、銀橋、花道といた舞台機構のすべてを縦横無尽に使い尽くした見事な転換とで、一気呵成に進むドラマに魅せられていくばかり。時に『ロミオとジュリエット』だったり、時に『るろうに剣心』だったり、時に『スカーレット・ピンパーネル』だったりと言った、小池修一郎が手掛けてきたこれまでの作品を思わせる仕掛けが出てくることも、むしろ喜びにつながっていくほど舞台は弾みに弾む。レイピアの殺陣をはじめとした効果音の使い方もテンポの良さを増幅させるし、特に台詞からミュージカルナンバーに至る流れが、1拍の無駄もなく全くひっかかりがないのは驚嘆すべきことだ。海外ミュージカルの潤色・演出で宝塚歌劇のみならず、日本のミュージカル界の巨星となっている小池の、ミュージカル創りのノウハウが如何に優れたものであるかが、図らずもしっかりとこの舞台に現れていて胸躍った。

しかも何よりも良いのは、17世紀のフランスを舞台にしながら、この作品が王道の「ラブコメ」を貫いていることで、冒険活劇とブルボン王朝とラブコメが、ここまでしっくりと馴染む世界は宝塚をおいて他にないだろう。もちろん重厚な悲劇も、新たな挑戦作もそれぞれに魅力があるが「ああ正しい宝塚を観た!こんな作品が観たかった!」という気持ちになれる王道作品には、やはり代え難い魅力がある。

その満足感の中に、このドラマの登場人物たちが、珠城りょう、愛希れいかのトップコンビ以下、月組の陣容にピッタリとハマった、あてがきの見事さが大きく寄与していることも見逃せない。スターが作家に愛されている作品ほど、観客が幸せになれるものはないのだ。

その1番手はもちろんダルタニアンの珠城りょうで、ガスコーニュ生まれで、父親の教育のもと剣の道に邁進し、国王と国家を守る銃士隊の一員であることに誇りを持つ真っ直ぐな青年という設定が、まるで珠城その人のようにマッチして個性を輝かせている。元々どっしりとした貫禄を下級生時代から持っていた人だが、月組の未来を担うべく早くから次々に大きな役柄を演じ続けていた中で、基本的に各時代のトップスターよりも上背があり、体躯もしっかりしていたから、学年よりずっと大人の役が回ってくることが多く、どこか影のある役も多かった。それだけに、このダルタニアンの清々しさ、おおらかな優しさが、珠城本来の魅力を開花させた様には目の覚めるばかりの効果があった。「この地上の何処かに」の晴れやかで、伸びやかな歌声も心地よく、トップスターとして2作目の公演で、早くも真価を発揮したのが嬉しい。

そんな珠城に、ルイ14世として対峙する愛希れいかが、入団当初は男役だった経歴を如何なく発揮している。愛希がルイを演じるというところで、ブルボン王朝が抱えている秘密というのは言ったも同然だし、事実作中でもその秘密は非常に早い段階でつまびらかになるのだが、それでもこれは元男役のトップ娘役・愛希れいかがいたからこそ実現した設定なのは間違いない。さすがは昔とった杵柄で、男役姿に違和感がなく、だからこそ真実を明かした心の叫びも真に迫り、壁ドンをはじめとした珠城との少女マンガの世界さながらの恋模様も適度にコミカルで、かつ胸キュンでなんとも愛らしい。バレエシーンもふんだんにあり、余人に代えがたい役柄となった。

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そんな二人を支える、三銃士の面々もそれぞれの個性をよく活かしていて、目に耳に楽しい。世紀の色男、というキャッチフレーズで登場するアラミスの美弥るりかは、その華やかな容姿ばかりでなく、女性への気遣い、髪の跳ね上げ方、足の組み方などの実に細かい部分で、アラミス像を創りこんでいる。この人の華があることによって、ダルタニアンの実直さも活きる効果も生んでいて、美弥ならではの美しきアラミスが見事だった。フィナーレ冒頭の歌手の煌めきも目を奪う。
銃士隊の隊長代理アトスの宇月颯は、銃士隊全員を統括する役柄を、的確な演技力と髭の似合うダンディーなビジュアルで活写している。常に先を読むアトスの行動は、作中でも物語を大団円に導く重要なポジションを占めていて、起死回生の計画を歌い上げる歌唱も十全なら、キレのある動きでの殺陣やダンスも見惚れるばかり。コツコツと精進を重ねてきた実力派が、相応の働き場を得て輝いている姿は、後進の何よりの励みになることだろう。確かな成果を喜びたい。
もう1人の三銃士ポルトスの暁千星は、自身に役柄を近づけたポルトス像を披露。健康的な個性の持ち主だし、元々原作設定にこだわっていない作品だから、大酒飲みではなく、大食漢でも良かったかな?とは思うが、王宮に偵察に行きながら酒瓶に手を伸ばしてしまうという小芝居も楽しく、衛兵姿もとぴっきり可愛い。ダルタニアンを含めた四銃士の個性が、多彩に分かれたのも効果的だったから、暁のポルトスとして面白く観られた。

彼らに立ちはだかるマザランファミリーでは、マザランの甥ベルナルドの月城かなとの比重が大きい。この役を美弥という考え方も或いはあったかも知れない、というほどの役柄だが、主人公の敵方に回ることが多かった美弥が、共に戦う三銃士という配置は新鮮だったし、これが本公演の月組には初加入となる月城にとっても、「壁」をキーワードに徹底的な敵役ではなく、コメディリリーフの香りさえあるベルナルド役に挑めたのは、良い経験となったことだろう。事実大劇場上演時よりずっとコメディの間が良くなっていて、当たり役の蒼紫を思わせる二刀流のサービスまであり、上々の月組デビューとなったのが何よりだった。

マザランファミリーは大人数で、束ねるマザラン枢機卿の一樹千尋の重厚感と食わせ物感は最早絶品の粋だし、ベルナルドの兄フィリップの紫門ゆりやは、本人は香りに慣れすぎて感じなくなっている香水マニアの、はた迷惑感を嫌味なく見せた。姪たちの中ではやはりマリー・ルイーズの早乙女わかばの美貌が光り、こせついたところのないおっとりした芸風が、紫門同様役に生きた。紫乃小雪の愛らしさも目立つだけに退団が惜しまれる。
ベルナルドの護衛隊では、千海華蘭と輝月ゆうまの色濃い造形が光るし、銃士隊から護衛隊に寝返る貴澄隼人と春海ゆうも、重要なアクセントになっている。貴澄はダルタニアンの回想シーンの父親役、輝月はルイの回想シーンのルイ13世役で、それぞれソロも取り、歌唱力も活きた。ソロと言えば、銃士の夢奈瑠音、蓮つかさもそれぞれ良い歌を聞かせたし、やはり退団の輝城みつるに目立つ場面がきちんとある目配りも美しい。

元銃士という位置づけでダルタニアンたちに加担するビゴーの綾月せり、その妻シモーヌの白雪さち花の剣戟一座が重要な関わりをもってくるのも脚本の面白さで、二人が呼び込みでラップを歌うぶっ飛び感も楽しめる。二人に育てられたジョルジュの風間柚乃は、作品のキーマンともいえる役柄を果敢に演じ、演技巧者の片りんを感じさせて末頼もしい。

王宮ではアンヌの憧花ゆりのの重石がありつつ、ちょっとした台詞で笑わせる緩急が光るし、スペイン王女マリア・テレサの海乃美月のコケティッシュな演じぶりも巧み。肖像画通りの難しい髪型を再現しているが、十分愛らしく公演毎に綺麗になっていて、娘役としてますます磨きがかかってきた。ルイお抱えの振付師リュリの佳城葵も良い味を出しているし、ボーフォール公爵の光月るうが極自然に大物感を発揮して、マザランに格負けしていない。

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そして、特筆すべきはモンパンシェ公爵夫人の沙央くらま。専科転出後、更に進境著しい演技派男役だが、小池作品では過去も様々な女性役を演じてきていて、今回はそれらすべての経験がつぎ込まれたかのような、美しく、艶やかで、思い込みが激しく憎めないという女性像を生き生きと演じ、出てくる度に場を浚う快演だった。公演中に次に出演が決まっている雪組公演での退団が発表され、ファンの心中やいかばかりかだし、フィナーレのグラマラスビューティぶりを見ると、これからまだまだたくさんの可能性を秘めていた人だと思えるだけに、ここでの退団発表は無念だが、『All for One』大成功の一翼を担った功績は長く記憶されることだろう。男役に戻っての集大成となる次公演の大いなる成果を祈っている。

と、とても書ききれないほどの役があり、そのすべてで出演者一同がそれぞれのカラーで舞台に息づいたことが嬉しく、宝塚の宝塚たる魅力にあふれた、爽快なオリジナルミュージカルが生まれたことを誇らしく思える舞台となっている。


囲み 立ち

また、初日を前に囲み取材も行われ、月組トップコンビ珠城りょうと愛希れいかが公演への抱負を語った。

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はじめに珠城りょうが「本日はお忙しい中お集まり頂きましてありがとうございます。今日から東京公演がはじまります。大劇場では本当に多くのお客様にお越し頂いて、 皆様が楽しんでくださったのが私達にも伝わり、大変気持ちのいい公演期間でございました。 東京公演でもたくさんのお客様に楽しいひと時をお届けできるように頑張って参りたいと思います。本日は短い時間ではございますが、よろしくお願い致します」と挨拶。

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続いて愛希れいかが「本日はお忙しい中お集まりくださいまして、誠にありがとうございます。私自身もこの公演をさせて頂き、とても楽しくて、本当にワクワクして毎日公演をさせて頂きました。東京の皆様にもそういう気持ちがしっかりと伝わるように「明日からも頑張ろう!」という気持ちになってもらえるように頑張りたいと思いますので、よろしくお願い致します」と挨拶。続けて記者の質問に答えた。 
 
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その中で、特に苦労した点は?という質問に珠城が、やはりこの世界ならではのレイピアを使った殺陣が、剣の長さもあり西洋剣術の独特さもあり、はじめはとても大変だった。と語ると、愛希がルイ14世の声を如何に低く発声するかに腐心したという、それぞれこの公演ならではの特徴をあげて振り返っていた。

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また、お互いに好きなシーンは?との問に、珠城が愛希のルイ14世の出生の秘密が明かされる「呪われた運命」を挙げると、愛希が珠城のダイナミックな立ち回りを挙げて、それぞれの目線で互いの魅力を語りあう、和やかな空気に場が和んだ。

6囲み

一転フォトセッションでは、愛希がルイ14世の衣装だったこともあって、男役同士のようなキリッとした空気感が立ち昇り、この公演限定の雰囲気が醸し出されたのが印象的な時間となっていた。

またこの日は特別に、作・演出家の小池修一郎の囲み取材も行われ、小池から見た珠城&愛希をはじめとした月組の魅力や、潤色・演出作品と、オリジナル作品のそれぞれの作り方の違いなどが、真摯な言葉で語られる貴重な内容となっていた。

囲み キメ

この珠城&愛希、小池修一郎の囲み取材の詳細は、舞台写真の別カットと共に11月9日発売の「えんぶ」12月号にも掲載致します。どうぞお楽しみに!


〈公演情報〉
宝塚歌劇月組公演
三井住友VISAカードシアター アクション・ロマネスク(浪漫活劇)
『All for One〜ダルタニアンと太陽王〜』
脚本・演出◇小池修一郎
出演◇珠城りょう、愛希れいか 他月組
●9/1〜10/8◎東京宝塚劇場
〈料金〉SS席12.000円 S席8.800円 A席5.500円 B席3.500円
〈お問い合わせ〉0570-00-5100 宝塚歌劇インフォメーションセンター
〈公式ホームページ〉 http://kageki.hankyu.co.jp/


【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】


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