えんぶ本誌の宝塚記事取材の機動力を生かして、宝塚歌劇の製作発表、会見などをいち早く紹介。 宝塚OGの公演やインタビューのほかに公演の批評なども展開しています。

座・ALISA『キセキのうた』

レビュー

落語世界と宝塚の見事な融合と、紅色のステージで弾けるトップスター紅ゆずるの真骨頂 宝塚歌劇星組公演『ANOTHER WORLD』『Killer Rouge』

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死後の世界で繰り広げられる抱腹絶倒の人情話と、トップスター紅ゆずるの「紅」色に染まるショーが爽快な意欲作、宝塚星組公演 RAKUGO MUSICAL『ANOTHER WORLD』と、タカラヅカワンダーステージ『Killer Rouge』が日比谷の東京宝塚劇場で上演中だ(22日まで)。
 
RAKUGO MUSICAL『ANOTHER WORLD』は落語噺「地獄八景亡者戯」「朝友」「死ぬなら今」など、死後の世界を舞台とした作品を基に、宝塚ならではの純愛物語をからめて「あの世」で起こる様々な出来事が描かれた谷正純の作品。誰も知らない死後の世界が、こんなに賑やかで楽しいものだったら本当に良いだろうなと思わせつつ、与えられた命を精一杯生きることの尊さも描いた宝塚ミュージカルになっている。

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【STORY】
大阪の両替商「誉田屋」の若旦那・康次郎(紅ゆずる)は、天空に蓮の花が咲く幽玄の花園で目を覚ます。なんて綺麗なところだろう、でもどうして蓮の花が空で咲いているのか?と疑問に思ったその時、康次郎は思い出す、そう、自分が死んだことを!康次郎は高津神社の境内で出会った、どこの誰ともわからぬ「嬢(いと)さん」に恋い焦がれ、やっとのことで相手が大阪の菓子屋「松月堂」のお澄(綺咲愛里)だと突き止めたものの、想いを募らせ過ぎた恋患いであっけなく命を落としてしまったのだ。
下界を見下ろせば康次郎の亡骸を前に嘆き悲しむ母・於登勢(万里柚美)と、父・金兵衛(美稀ちぐさ)の姿が……と思いきや、金兵衛は恋患いで死んだ息子を恥じ、両替商の跡取りならせめてもの償いに、貸した借金を返さぬままに死んでいった亡者たちから取り立ててこいと、頭詫袋に証文を詰め込み棺桶に投げ入れているところだった。あの世でまでも借金を取り立てろという父親の仕打ちに腹を立てた康次郎は、現世への未練を断ち切り「あの世」で人間らしく暮らそうと決意する。
そんな康次郎の前に「誉田屋」の手伝(てったい)・喜六(七海ひろき)が現れる。何故お前までがあの世へ!?と驚く康次郎に、喜六は康次郎が死んだ責任を取らされ、五日前に捌いた鯖の刺身をあてに自棄酒を煽っていたところ、鯖にあたってコロリとあの世にやってきたと話し、「松月堂」のお澄も康次郎への恋患いで身罷ったと話す。お澄もあの世にいるのならば、なんとしても閻魔大王(汝鳥怜)の裁きで極楽と地獄に分けられる前にお澄を探し出さなければ!と、康次郎は喜六と共に冥途の旅に出る。その道中であり余る金を持て余しこの世の遊興三昧に飽き飽きして、わざわざフグの肝を食べてあの世へとやってきた、江戸の米問屋「寿屋」の若主人・徳三郎(礼真琴)率いる賑やかな一行や、いつか極楽にいき福の神に生まれ変わりたいという夢を持ちながら「冥途観光案内所」の案内人を務めている貧乏神(華形ひかる)等、旅は道連れ世は情けと賑々しく仲間を増やしていく康次郎。やがて、古今の美女たちが一堂に会して踊る「美人座」で、あの世にも大流行しているというインフルエンザで休演中の静御前に代わって踊る、新入りの菓子屋の娘が評判を呼んでいると聞き、それはお澄に違いない!と、駆け付けた「美人座」でついにお澄に再会。この世で果たせなかった「夫婦」となる約束をあの世で交わしあった康次郎とお澄の純愛話は、「美人座」の呼び物となり満員札止めの盛況が続く。だが「美人座」の大繁盛を妬んだ他の小屋から手が周り、康次郎は冥途の新入りにも関わらず異例の早さで閻魔大王の裁きの場に呼び出されることになって……。

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谷正純という劇作家には一風変わったところがあって、様々な日本物の作品で人情にあふれた人生の機微を描き出すかと思うと、一転、ドラマの展開の中でほとんどの登場人物が死んでしまうという、凄惨な物語を創り出すことも多く、作家の中で両者のカタルシスはどうつながっているのだろう?と常々不思議に思っていた。そんな振り幅の大きな谷作品の中で、突出して高い評価を得てきたのが『なみだ橋 えがお橋』『くらわんか』『やらずの雨』『雪景色』といった落語噺を基にした作品群で、その楽しさと同時にたくましさを感じさせる人生賛歌が、様々な試みをすべて「宝塚歌劇」の大枠の中に取り込んで咀嚼してしまえる劇団の懐の深さの中で、両極端とも見えるチャレンジを続けて来た作家の真骨頂として輝いていたのが印象深い。
そんな落語を題材にしたミュージカルを谷が満を持して大劇場で、しかも死後の世界「あの世」を題材に選んで上演すると聞いた時には、ずいぶんと思い切った試みをと驚く気持ちもあった一方で、谷の落語ものならきっと楽しいに違いないという信頼感が勝ったものだったが、幕を開けたRAKUGO MUSICAL『ANOTHER WORLD』は、まさに作家谷正純が大劇場で放ったクリーンヒットと言える快作。捧腹絶倒の中にホロリとさせる感動もある宝塚ならではの娯楽作品になっている。
考えてみればANOTHER WORLD=あの世に行ってみて帰ってきたという人は誰もいない。人はどこから来てどこに帰るのかの真実を、知っている人はいないだろう。だからこそその神秘には畏敬の念と共に恐れがあり、その恐れに救いを求める宗教が人にとって大きな拠り所ともなってきた。けれどもここで描かれるANOTHER WORLDには、とにかく前向きで明るい楽しさが詰まっている。「美人座」には古今の美女が集って舞を舞っているし、鬼が襲ってきても鬼退治で有名な桃太郎も渡辺綱も坂田金時も揃っている。更に、冥途歌舞伎座では十二代の市川團十郎が揃って各役を演じる「仮名手本忠臣蔵」が上演されているというのには爆笑させられたし、真打ち冥途歌劇団では男役スターが踊り、ラインダンスが華やかに繰り広げられて、『ベルサイユの蓮』が近日上演予定とのこと。この明るさ、煌びやかさはどうだろう。もちろん地獄八景の苦しみさえも笑い飛ばそうという落語噺の力強さを底本にしているとは言え、それが宝塚歌劇でしかできない華やかさに昇華されていて、ベテラン座付作家としての谷の力量を改めて感じさせた。何より大切な誰かを見送った経験のある人ならば、こんなに楽しい賑やかなところで愛する人が過ごしていると思えるだけで、温かい気持ちが満ちてくるはずで、これほど美しいANOTHER WORLDを堂々と描けるのは、宝塚歌劇を於いて他にない。

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そんな作家谷正純に会心作を生み出させる原動力になったのが、主演の紅ゆずるの存在そのものであることは論を待たない。これまではいくら紅ゆずるというスターが卓越したコメディーセンスを持ち、豊かなサービス精神で場を盛り上げることに長けているからといって、宝塚歌劇でセンターを張るスターに、いつまでもコメディーリリーフを期待するのは違うのではないか?という気持ちがどこかにあったものだが、この『ANOTHER WORLD』の登場で、そんな杞憂もすべて雲散霧消するのを感じた。それほど紅の康次郎は膨大な台詞を澱みなく話し、想い人を追って駆け回り、徹底的に上方の「つっころばし」の滑稽味を持ちながら、ちゃんとスターで、ちゃんと二枚目だった。この離れ業は誰にでもできるというものではなく、紅の当意即妙の変幻自在ぶりにはただ感嘆するのみ。一生懸命に生きようと決意するラストシーンまで、紅ワールドの力量全開で、揺るぎない代表作を勝ち得た快演となった。

その康次郎が恋するお澄の綺咲愛里は、ドラマの半ば過ぎという遅い登場でも康次郎が探していたのはこの人だ!という印象を保ち続けたのが、トップ娘役の矜持を感じさせる。お澄という役柄は時にギョッとするような発言もしているのだが、持ち前の愛らしい顔立ちでなんとなく騙されて、あくまでも愛らしい「嬢さん」におさまってしまえるのが綺咲の綺咲たる所以。声質が意外にもアルトなのも今回の役柄には効果的で、愛くるしさの中に密かな良い意味の毒が潜む綺咲の個性が活かされたヒロインぶりだった。

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現世の放蕩三昧に飽き飽きして「あの世」へやってきた徳三郎の礼真琴は、上方の二枚目の康次郎に対して江戸のいなせを担う役どころ。キメにキメた所作も粋だし、何より高い歌唱力が実は相当難易度の高い持ちナンバーを、そうとは気づかせずに楽々と歌っているのに地力を感じさせる。遊びという遊びを尽くした人が「恋の為なら死ぬという奴は大勢いたが本当に死んだ人を見たのははじめてだ」と康次郎に肩入れするという流れも面白く、悠々と舞台に位置していた。

康次郎の冥途旅のはじめの供となる喜六の七海ひろきは、微笑ましい天然ぶりが板についていて、学年を考えると驚くほど可愛らしく、台詞のないところでもそのふわふわパタパタした動きに度々目を奪われた。渋いナイスミドルも堂々と演じる七海が、こういう役どころにも楽々と染まるのは驚異的で、宙組時代にいきなりヒロインに抜擢されていっぱいいっぱいだった『風と共に去りぬ』のスカーレットから、ここに至るまでに七海が示した進歩と進化には惚れ惚れするばかり。美しき実力派として更に貴重な存在になっている。
 
また専科から特出の華形ひかるの貧乏神は『くらわんか』で華形自身が演じた役どころで、知っている人には更に思い入れが深まる粋な配役。福の神になれて良かったねと心から思えるし、もちろんこの作品だけを観ても華形の温かい持ち味が活かされていて舞台の彩を深めている。「めいど・かふぇ」の茶屋娘・初音の有沙瞳は可愛らしい外見を裏切るドスの効いた役柄を巧みに演じ、歌唱力も万全。三途の河の船頭・杢兵衛の天寿光希が、渡し賃が六文から六両に値上がりしている!と息巻くのが、康次郎が持たされた借金の証文につながるのも面白く、天寿の手堅い演技が展開をよくつなげている。

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彼らを含めた康次郎ご一行様以外は、星組の多彩なスターたちがワンポイントで登場する上に、ほとんど特殊メイクに近い状態なので、あの人はどこ!?で大忙しになる公演でもあるのだが、その中でも大きな役どころ赤鬼赤太郎の瀬央ゆりあが、いくら凄んでもあまり怖くないのが瀬央らしさと共にスターらしさを感じさせるし、青鬼青次郎の麻央侑希のおおらかさも良い。閻魔大王の裁きの場で自らが裁かれてしまう右大臣・光明の漣レイラと左大臣・善名の紫藤りゅうも変化をよく現していて、ドラを叩く紫藤の姿の良さが光る。赤鬼赤三郎の桃堂純、赤鬼赤五郎の天華えまも冥途に最初に登場する鬼として目を引くし、桃太郎の極美慎の美しさがこの装束に生かされた。この公演で退団する小五郎の十碧れいや、蔦吉の白鳥ゆりやが特殊メイク班でないのも、座付き作者の配慮として美しい。それらの中で閻魔大王の愛人艶治の音波みのりが、現世では虞美人だったとわかる美貌の娘役ならではの役どころで、星組に音波がいる強さを感じさせる。

もちろん専科から特出の閻魔大王の汝鳥怜の存在感、廉次郎の母・於登勢の万里柚美、父・金兵衛の美稀千種のベテラン勢も適材適所。美稀には「冥途歌劇団」のスター役もあり、やり甲斐も大きいことだろう。何よりも桜の若衆と美女の「チョンパ」ではじまるオープニングから、徹頭徹尾宝塚の良さが生きたANOTHER WORLDが展開された、紅ゆずる率いる星組ならではの娯楽作品となったのが素晴らしかった。

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そんな楽しさに弾けた作品の後に控えたのが、タカラヅカワンダーステージ『Killer Rouge』で齋藤吉正の作。今年三回目となる宝塚歌劇台湾公演でも上演されるショー作品で、「素晴らしい」「格好良い」「魅了する人」などを意味するスラング“Killer”と、紅ゆずるのその名もズバリ紅色=“Rouge”をテーマに展開される、スピーディーなショー作品だ。
幕開けから「紅」が印象的な舞台は「Rouge」一色。もちろん場面によっては他の色も様々に出てくるのだが、観終わってみると「紅色」が脳裏に焼き付いているのは、紅ゆずるその人の多彩なエンターテイナーぶり故に違いない。芝居のつっころばしの雰囲気とはガラリと変わったキレの良いこれぞ宝塚スターのカッコよさを見せたかと思うと、ゴミ袋をさげた冴えないサラリーマンが一転してスーパー刑事「Killer Rouge」に変身する等、紅ならではのシーンがたっぷり。高価な宝石を奪う女怪盗「Mask of Rouge」に七海ひろきが扮したのも、美貌と共に良いアクセントになっている。

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もちろんトップ娘役綺咲愛里も冒頭の銀橋からの初登場を含めて大活躍。童話の世界が様々に混線する「赤ずきんちゃん」の愛らしさと変身の妙も楽しめる。ここでオオカミに扮する礼真琴の茶目っ気も楽しいし、メインシーンの「TANGO ROUGE」では高い身体能力も示して盤石。この場面で相手役を務める音波みのりの礼とのバランスが抜群で、学年的には難しいと知りつつも、音波トップ娘役待望論が絶えないのも納得の美しさを披露している。歌唱力に優れた有沙瞳もますます洗練されてきて艶やか。

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また、瀬央ゆりあの存在感がひと際大きくなり、「POST ROUGE」では一場面を悠々と支えてより頼もしい男役になってきた。麻央侑希の男役スターとしての大きさはやはり魅力だし、いつまでも清新さを失わない紫藤りゅうに男役の色気が出てきたのも発見で、アピール力抜群の天華えま、美貌の極美慎と共に勢いを感じさせる。小桜ほのか、星蘭瞳の娘役有望株もよく目立っているし、専科の華形ひかるがショーにも出演して、持ち前のダンス力が活かされたのも嬉しく、見せる歌が歌えるようになったのはやはり経験の賜物だろう。

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何より退団の十碧れいやにサヨナラショーのようなシーンが用意され、白鳥ゆりやも特段に目立つ配置になっているのに、齋藤の宝塚愛と美徳を感じる。これがきちんとあるから、アニソンや図らずも追悼の趣を帯びた西城秀樹のヒット曲や、及川光博の「紅のマスカレード」などJPOPが多数織り込まれている齋藤好みの選曲が悪目立ちすることなく、宝塚歌劇のショー作品に融合した効果は見逃せない。「桜」にちなんだヒット曲のサビ部分をある意味臆面もなくつないだラインダンスの編曲もいっそ清々しく、攻めの姿勢を貫きつつ、台湾でもきっと喝采を浴びるに違いないと確信できる仕上がりのショー作品となった。

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初日を控えた通し舞台稽古のあと、星組トップコンビ紅ゆずると綺咲愛里が囲み取材に応えて公演への抱負を語った。

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で、作品の見どころを問われた紅は「芝居とショーのギャップ」を挙げて、多彩なショー場面を含めて本人も変身の妙を楽しんでいることが伺えた。また「関西弁のお芝居は少ないので、大阪をますます好きになってもらえるのでは?」と東京公演への意欲を見せた。

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綺咲は「お芝居もショーもスピード感があり、お客様が観終わった時に『ああ、楽しかった』と思って頂けるものにしたい」とこちらも意欲的なコメントを披露。

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自身のお気に入りと、互いのシーンで好きなところは?との問いには、紅と綺咲双方がフィナーレナンバーから続く、ラストのデュエットダンスを挙げ、囲み取材にこの衣装を選択した2人の息もピッタリ。紅から見た綺咲のお気に入りシーンが「赤ずきんちゃん」、綺咲から見た紅のお気に入りシーンがだめんずサラリーマンの「紅パパ」と、双方変身の醍醐味があるシーンを選んだところも面白く、トップコンビの絆の深さを感じさせる時間となっていた。

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尚、囲み取材の詳細は舞台写真の別カットと共に9月9日発売の「えんぶ」10月号にも掲載致します。どうぞお楽しみに!


〈公演情報〉
宝塚星組公演
RAKUGO MUSICAL『ANOTHER WORLD』
作・演出◇谷正純
タカラヅカワンダーステージ『Killer Rouge』
作・演出◇齋藤吉正
出演◇紅ゆずる、綺咲愛里 ほか星組
●6/22〜7/22◎東京宝塚劇場
〈料金〉SS席 12,000円 S席 8,800円 A席 5,500円 B席 3,500円 (全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉東京宝塚劇場 03-5251-2001




【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】  




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珠城りょうの正統派個性で光る作品のハッピーオーラ 宝塚歌劇月組公演『雨に唄えば』

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珠城りょう率いる月組選抜チームのパワー弾けるミュージカル『雨に唄えば』が、TBS赤坂ACTシアターで上演中だ(4日まで)。

ミュージカル『雨に唄えば』は、1952年に大ヒットしたジーン・ケリー主演の同名ミュージカル映画を1983年にロンドンで、1985年にブロードウェイで舞台化し、今尚愛され続けている作品。宝塚歌劇では2003年に安蘭けい主演の星組で初演、2008年に大和悠河主演の宙組で再演されていて、今回はその宙組公演から10年の時を経ての上演となった。

【STORY】
1927年サイレント映画黄金期のハリウッド。モニュメンタル映画の看板スター、ドン・ロックウッド(珠城りょう)は、リナ・ラモント(輝月ゆうま)とのコンビでヒット作品を連発していたが、時代や設定を変えただけで同じ内容のラブロマンス映画に出演し続けている自分の仕事と、ドン&リナの人気を煽ろうと宣伝部が仕掛けた「二人は私生活でもゴールイン寸前」というゴシップを信じこんでいるリナの恋人気取りの態度とに心底うんざりしていた。そんなドンを常に励ましていたのは、親友でピアニスト兼作曲家のコズモ・ブラウン(美弥るりか)。かつてボードビルの舞台で歌い踊っていた時代の相棒だった二人は、立場が変わり成功を納めても変わらぬ友情を育み続けていた。
そんなある夜、コズモに代役を頼み、1人街歩きを楽しんでいたドンは、目ざとく彼を見つけたファンから逃れる為、たまたま居合わせた1人の女性キャシー・セルダン(美園さくら)の恋人を装いその場をやり過ごす。だがキャシーはドンの振る舞いに抗議。スターならば何でも許されると思ったら大間違い、サイレント映画のスターは台詞ひとつなく、ただパントマイムをしているだけで到底役者とは言えない、と酷評して去っていく。だが、初めて自分を特別扱いしなかったキャシーの面影は、逆にドンの心に強く残り、やがて運命に導かれるように再会した二人は互いに恋に落ちてゆく。
そんな折も折、ハリウッドにもトーキー映画の波が押し寄せ、モニュメンタル映画もドン&リナの新作「闘う騎士」を急遽トーキー映画で撮影することになる。だがリナは人前で挨拶をさせることさえ宣伝部が避けてきたほどの悪声の持ち主だった。当然ながら「闘う騎士」試写会は大失敗。この映画が公開される6週間後には自分の名声も終わりだと落ち込むドンを、いつものように励ましていたコズモがある名案を思い付き、キャシーも諸手をあげて賛成するが……

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この作品と、その元になった映画を観る度に思うことなのだが、アメリカの古き良き時代のストーリーの逞しさと、あくまでもハッピーな在りようにはただただ感嘆させられる。映画がサイレントからトーキーへと生まれ変わった時代と言えば、映画界にとっては間違いなく革命が起きた時代で、新たなスターが生まれ、映画の可能性が大きく広がった影で、ルドルフ・ヴァレンチノをはじめとしたサイレント映画の大スターが「英語の台詞を流麗に話せなければならない」という新たな要求の前に、敗れ去っていった格闘の歴史がある。もちろんスタッフ陣にとっても、製作会社にとっても、この大変革がどれほど困難な挑戦の連続だったかは想像に難くない。
けれどもこの作品がそうした全てを、何もかもひっくるめて笑い飛ばして、あくまでも前向きで元気でハッピーなエンターテインメントに仕上げているのには恐れ入る。ドンがトーキー映画の大失敗に将来を悲観して自宅が抵当に取られると嘆くと、コズモが明日は日曜だから週明けまでは大丈夫だと保証(?)したり、ドンが職を失うと言えば、コズモがまた靴磨きでも新聞売りでもできるさと答える。それじゃあ全然励ましになっていない、という気がするのはこちらの感性がウエットなせいで、生きていれば必ず朝がきて、また良いことがある!と歌う「GOOD MORNING」の清々しさや、なくてはならないものだけれども、外出の日に降っているとちょっと憂鬱という雨の日を、最高のハッピーに変えてしまう「SINGIN' IN THE RAIN」には、アメリカのエンターテインメントがある時代まで確かに持っていた王道の力が漲っている。スーパーバレエダンサーとして一世を風靡したアダム・クーパーが、鮮やかなミュージカル俳優デビューを果たしたロンドン製作のバージョンでは、この雨の中のダンスに12トンもの本水が降り注ぎ、舞台も客席もずぶぬれで大騒ぎ!の一大ページェントが繰り広げられてもいて、これは2014年、17年と来日公演が行われているからご覧になった方も多いだろう。とにかく万事に陽気で、アグレッシブなパワーがあふれるミュージカルなのだ。

その点で今回10年ぶりに宝塚の舞台に蘇った『雨に唄えば』は、非常に正しいショーアップがなされていた。特に、「SINGIN' IN THE RAIN」のナンバーで本水が使われることが主流になり、役者の着替えや舞台の清掃などの為に、このタイトルナンバーまでを1幕に入れてしまう必要が生じて以来、この作品の難しさはドラマの大きな動きの部分がほぼ1幕で語られてしまうことにあった。物語のハッピーオーラが明確なだけに、リナの懸命の悪だくみが成功しないことは完全に見えていて、ドラマツルギ—としてのバランスは必ずしも良くない。だが、それが宝塚の手にかかると、2幕でコズモがミュージカル映画の構想を語る「ブロードウェイ・メロディ」のショー場面の華やぎが、謂わばお手の物の輝きを示すから、2幕にもちゃんと大きな山場があると感じることができる。特にショー作家として安定した作品を創り続けている中村一徳の演出が、ショーアップのツボを心得ていることが大きく、KAZUMI-BOYの振付と共に2幕を大いに支える力になった。他にも玉野和紀のタップダンス指導と振付、関谷敏昭の装置等、美しく軽やかなスタッフワークの良さが舞台に際立っている。

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そんなステージの中心に立つドン・ロックウッドの珠城りょうの持ち味が、この役柄に殊の外よく合っていて惹きつけられる。珠城の舞台には抜擢されはじめた下級生時代からすでに、骨太な貫禄が感じられていたものだが、特にサイレント映画の大スターという今回の役柄が、彼女の真っ直ぐで正統派の、これぞ王道のスターぶりに合致した効果は見逃せない。ドンが少年時代から大スターとなった現在までを語る序盤のシーンは、それこそ今なら「経歴詐称」と叩かれるに違いない粉飾だらけのものだが、スターにはプライベートを秘匿する権利があり、情報網も限られていた時代ならではの大物感の中に、生一本な真面目さという芯が通っているのが、珠城ドンのしっかりとした個性になっている。これによって、ドンがキャシーのことをずっと気にかけているという設定にも真実味が生まれて、非常に誠実な好人物のドンとして、月組の『雨に唄えば』を創り上げた功績には大きなものがあった。

そのドンの長年の盟友であるコズモ・ブラウンは、これまで主としてコメディ・リリーフとしての役割りを担ってきた大役だが、そこに美弥るりかが入ることによって、コメディアンとしてだけでなく、ドンの華やかな相棒としての側面がより深まって感じられたのが新鮮だった。ビッグナンバーの「MAKE'EM LAUGH」はもちろん、ドンとのタップダンス、芝居のやりとりすべてに華があり、ここまでドンとコズモにバディ感が生まれたのは、宝塚の過去の上演だけでなく、来日公演等を通じてもこの月組パーションが突出していたと思う。トップに次ぐ強力な男役がいることが、宝塚歌劇が面白くなる大きな要素のひとつだが、今の月組はその意味で群を抜いていて、美弥の存在はやはり月組にとって、ひいては宝塚にとって貴重の一語だ。

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この二人のコンビ感が強いだけに、ドンと恋に落ちるキャシー・セルダンの美園さくらは大変だったと思うが、歌唱力に秀でているという役柄に説得力を与える歌声がまず美しい。メイン3人に全員歌える人が揃ったのも、宝塚の過去の上演の中で初めてで、『雨に唄えば』のナンバーであることを離れて、スタンダードナンバー化している楽曲が非常に多いこの作品の魅力を伝えていた。芝居もよく考えられているし、フィナーレの珠城とのデュエットダンスの髪型が一番顔立ちに映えて美しかったので、ビジュアル面の研鑽も積めば更に伸びてくることだろう。

そしてもう1人、この作品に欠かせない重要な役どころリナ・ラモントには輝月ゆうまが扮した。これまでも真飛聖、北翔海莉と男役の期待株がこの役柄を演じてきたが、それだけに難しいポジションを輝月が十二分に演じたのは賞賛に値する。まずまさかこの顔からこの声が出るとは!?と驚かせられるほど綺麗でないと成り立たない上に、完全なヒールになってしまうとまた違う、適度にヌケている必要もあるという役柄をちゃんと造形して、輝月の力量を改めて示す場になった。特に公演初日から終盤にかけてどんどん華やかさが増したのは、実力派だけに脇に回ることが多かった輝月のキャリアに、センターにいることの経験値が増えた証で、作品にとっても本人にとっても幸運な出会いになったことが何よりだった。
 
また、映画監督ロスコ—・デクスターの蓮つかさは、台詞、仕草全ての間に快調なテンポがあり、ここまで上手い人だったのか!と感嘆させられたし、リナの「友達〜」のゼルダ・サンダースの叶羽時が、歌にダンスに技術の高さを見せていて、ヘアメイクのセンスも抜群。リナの発声指導者ミス・ディンスモアの玲実くれあのカリカチュアされた役作り、映画宣伝部ロッドの春海ゆうの地に足の着いた演技双方が、作品のバランスを絶妙に支えている。惜しくも休演となった佳城葵の代役で、発声コーチを務めた朝陽つばさの大健闘も特筆もので、この公演で退団するメイク係の茜小夏にフィナーレでも目を引く配慮がなされているのは、これぞ宝塚の美徳で作品同様に心温まるものだった。

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ベテラン勢では、撮影所長シンプソンの光月るうが月組副組長となって、ゆったりとした演じぶりと役柄の据わりが格段に良くなったし、この時代を象徴する存在である映画コラムニスト、ドラ・ベイリーで専科から特出した五峰亜季が纏っている宝塚の品格が、この古き良き時代の作品の世界観を創り上げたのはさすが。スターダンサーだった五峰が経験を重ねて貴重な演技者になっていることが素晴らしい。

ひとつ、少年時代のドン白河りりと少年時代のコズモまのあ澪がとても愛らしく目立つだけに、すぐ続くシーンでも少年役として出てくるのがちょっと混乱を招くのが気になったものの、深刻な時代も事柄もすべて歌と踊りで笑い飛ばす、徹頭徹尾ハッピーなミュージカルを月組選抜メンバーが力強く支えたパワーの光る舞台となっていた。

【囲みインタビュー】

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初日を翌日に控えた舞台稽古の後、珠城りょうと美弥るりかによる囲み取材が行われ、二人が公演への抱負を語った。

珠城 皆様本日はお忙しい中お集まり頂きましてありがとうございます。今なんとか無事に舞台稽古を終えてホッとしております。とてもやることが多くてちょっとバタバタしてはいるのですが、でもすごく自分自身もやっていて楽しいなと感じている作品ですし、ご覧になられたお客様にもきっとハッピーになって劇場を後して頂けるるような作品になるのではないかなと思いますので、心を込めて明日から頑張りたいと思います。よろしくお願い致します。 
美弥  (司会に「美弥さんどうぞ」と振られて「え?私も?そうなんだ」と、一瞬笑いながら)本日はお忙しい中ありがとうございます。通し稽古が終わって本当に作品を観て頂く方には、気楽に楽しく観て頂きたいなと思うのですが、意外と結構裏はバタバタしておりまして(笑)、自分が観ていた頃はこんなに大変だとは思っておらず、改めて大変さを実感しております。梅雨の季節ではありますが、皆様に雨が好きになって頂けるような素敵な作品に、(珠城)りょうちゃんを中心に皆で頑張っていきたいと思います。よろしくお願い致します。 

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──ハッピーな気持ちになれるとのことですが、見どころを教えてください。
珠城 見どころは全部と言いたいところなのですけれども、本当に1人ひとりのキャラクター、役名がある人たちだけではなく映像を撮影しているスタッフとか、ちょっとした役で出ている子たちも、細かいところまで役づくりをして、生き生きとお芝居をしてくれています。また、ミュージカルナンバーがすごく沢山ありますので、きっと『雨に唄えば』という作品をご覧になられていない方でも、曲だけは知っているという方もたくさんいらっしゃると思いますので、 そういったダンスナンバーも魅力なのではないかと思います。 
美弥 りょうちゃんが言ってくれたように、沢山の名曲があります。 1幕ラストは本当に雨が降っていて、舞台稽古で初めて私たちも雨が降っているのを見たのですが、結構どしゃ降りで(笑)。大雨警報が出そうなくらいの雨なのでドキドキしながら見ていたのですが、袖にハケてきたりょうちゃんは「楽しかった〜」みたいな感じで戻ってきたので「すごい!」と思ったのですが、(珠城に)どうですか?
珠城 そうですね。お稽古場では水があると想像してやっていたので、実際にやってみると気持ち良く、どんどん高揚していくというか、それによって自分もより嬉しくて幸せな気持ちになります。今まで雨って「憂鬱だな」と思うことが多かったのですが、この作品を通して「雨も嫌いじゃないな」と思えるようになりました(笑)。

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──雨は実際に体験してみてどうでしたか?
珠城 結構すごいどしゃ降りなんです!でもこの季節にはちょうどいい温度で。 
美弥  本当に!?
珠城 冷たすぎずぬる過ぎず気持ちがいいです。でも結構どしゃ降りなので、まつ毛だけは死守したいと思っていますが(笑)。最後は帽子も取ったりしていますし、あの場面の衣装は濡れると色が変わっていく生地になっているので、そこも見て頂けたらいいなと思います。 
──美弥さんは大ナンバーがありますが、その場面の感想を教えてください。
美弥 前回の星組さん、宙組さんとは、大道具や小道具がちょっと変わってニューバージョンなのですけれども、とにかくずっとマラソンを走り続けている感じで、とてもやりがいのあるナンバーです。本当に皆との息が合わないと完成しない場面なので、皆で色々なことを相談しながらタイミングとかを細かくやっていきたいです。でも観ている人にはこちらの大変さなんてどうでも良くて(笑)、クスッと笑って頂けるような場面になればいいなと思います。 

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──ショーとの二本立て作品と変わらないほどの体力が必要な作品ではないかと思いますが、特にタップダンスなどはいかがでしたか?
珠城 ここに来るまでが大変で、毎日美弥さんと「1日1回はタップシューズを履こう!」と言って、2人で毎日練習してきたので、その成果が少しでも出ていればいいなと思いながらやっております。(美弥に)どうですか?
美弥 ドキドキするよね!今回はタップシューズにもマイクをつけて頂いていて、すごく鮮明にね。
珠城 はい、音が!
美弥 ある意味失敗しても鳴ってしまうので、そこはちょっとドキドキしたりしますが、でも本当に2人で一生懸命お稽古してきたので、その成果が皆様に伝わると嬉しいです。 

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──2人のコンビがかなり重要になってくると思いますが、お互いの魅力は?
珠城 最近、お芝居を通して関係を深めていったり、『All for One』ではもともと仲間としてやっていたりとか、お芝居ですごく深い関係性の役をさせて頂いてからの幼馴染みという役なので、すごく安心感があります。 
美弥 ありがとうございます!私も学年の差はあるのですが、それをお互いが感じさせず、心の会話と言いますか。お芝居もそんなに2人で細かく相談をするタイプではなくて、お互いがやってきたことを 「そうやるんだ、じゃあ自分はこうしてみようかな」と自然とやっている感じなので、言葉が少なくても友情関係が見えていくというところに繋がればいいなと思っております。

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〈公演情報〉 
宝塚歌劇 月組公演
ミュージカル 『雨に唄えば』
演出◇中村一徳
出演◇珠城りょう ほか月組
●6/16〜7/4◎TBS赤坂ACTシアター
〈料金〉S席8,800円 A席6,000円
〈お問い合わせ〉宝塚歌劇インフォメーションセンター 0570-00-5100 (10時〜18時)



【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】



Todos del Tango Verano 2018
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劇作家の作家への愛に溢れた作品で月城かなと東京初主演!宝塚歌劇月組公演『THE LAST PARTY〜S.Fitzgerald's last day〜フィッツジェラルド最後の一日─』

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宝塚月組の男役スター月城かなとの東京初主演作品Musical『THE LAST PARTY〜S.Fitzgerald's last day〜フィッツジェラルド最後の一日─』が上演中だ(日本青年館ホールは20日まで。大阪・梅田芸術劇場シアタードラマシティは6月30日〜7月8日まで上演)。

Musical『THE LAST PARTY〜S.Fitzgerald's last day〜フィッツジェラルド最後の一日─』は「華麗なるギャツビー」をはじめとした、狂騒の20年代を象徴する、アメリカ文学史上に大きな足跡を残した作家、スコット・フィッツジェラルドの半生を描いたミュージカル。04年に大和悠河主演の宙組、大空祐飛主演の月組で初演され、06年に東京再演を果たした植田景子の意欲作で、主演のスコット・フィッツジェラルド役に月城かなとを擁して、12年ぶりの上演となった。

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【STORY】
1940年12月21日。アメリカ文学を代表する小説家スコット・フィッツジェラルド(月城かなと)は、恋人であり、保護者のような存在でもあるシーラ(憧花ゆりの)の、ハリウッドのアパートメントで、長編「ラスト・タイクーン」の執筆に取り組んでいたが、重い心臓発作に倒れる時が刻一刻と近づくのを感じていた。彼は人生の最後の幕が下りる前に、その半生と自分を取り巻いた時代と人々を思い起こす。

アメリカ中西部の田舎町セント・ポールで貧しい少年時代を過ごしたスコットは、偉大な作家となり富と成功とアラバマ・ジョージア2州に並ぶ者のない美女、ゼルダ(海乃美月)を手に入れるという、野心に燃えていた。スコットにとってゼルダは夢のすべての象徴だった。そんな彼の才能を認めたスクリブナーズ社の編集長マックス(悠真倫)の尽力により、1920年「楽園のこちら側」で文壇デビューを果たしたスコットは、ニューヨークにゼルダを呼び寄せて結婚。アメリカに訪れた空前の好景気の中で、ハンサムな人気作家と、彼が描くヒロインのモデルであり、フラッパーガールのシンボルでもあるその妻は、瞬く間に時代の寵児となっていく。
だが、大衆受けする売れっ子作家としての名声も手放したくないながら、本格派の芸術作品を書きたいとの作家としての欲求の間で揺れ動くスコットは、連日連夜のパーティに明け暮れる日々の中で、次第に自己の葛藤を肥大させていく。一方ゼルダもまた「人気作家の妻」としてではなく、自分自身で自己実現を果たしたいという想いに苛まれていた。
そんな妻の想いを知らぬまま、スコットは1924年すべてをやり直そうとアメリカを離れ、南仏のリヴィエラに居を構え、長編「華麗なるギャツビー」の執筆に作家生命を懸けて打ち込んでいく。そんなスコットの姿に更に焦燥と不安を募らせていったゼルダは、彼女に想いを寄せる海軍士官エドゥアール(英かおと)と密かに親密な関係を築いてしまう。妻の異変に気付いたスコットは、その疑惑をも「華麗なるギャツビー」の世界に投影させて作品を書き進めていたが、遂にゼルダとエドゥアールの密会現場に遭遇し、ゼルダを激しく責める。絶望したゼルダは多量の睡眠薬を飲み自殺を図り、かろうじて一命はとりとめたものの、すでに二人の間には修復不可能な亀裂が生じていた。その傷口を見つめたまま二人はリヴィエラを去る。
「華麗なるギャツビー」を書きあげたスコットは、名実ともにアメリカ一の作家との賞賛を浴びる中で、1人の青年の原稿に才能の煌めきを感じ、彼をマックスに紹介する。その青年こそアーネスト・ヘミングウェイ(暁千星)だった。
そして1929年、ニューヨーク株価の大暴落により世界恐慌がはじまり、狂騒の20年代・ジャズエイジの時代は終焉を迎え、その時代と共にあったスコットの栄光に彩られた人生も、大きく変転していく。スコットの描く小説は空疎な絵空事と捉えられるようになり、リアリズムから立ち上がる骨太な芸術作品を志向するヘミングウェイが次々に発表する作品群が、皮肉にも作家フィッツジェラルドの脅威となっていく。やがて妻ゼルダは精神に異常をきたし、医師(響れおな)に全快の見込みはないと告げられる。スコットはゼルダの治療費と娘スコッティ(菜々野あり)の教育費の為に、意に添まないただロマンチックなだけの恋愛小説を書き飛ばす日々を送らざるを得ず、筆が荒れると共に酒に溺れてゆき……

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小説に限らず、音楽でも美術でも、作品が生まれた時代の評価と、後世の評価が大きく隔たることはしばしばある。特に、スコット・フィッツジェラルドのように作家自身が生きた時代と、その作品とが分かち難く結びついていた作家の場合、時代にもてはやされた分だけ、その終焉と共に作品が不当に低く評価されてしまう面があるのは、避け難い事実だろう。実際、こうして作家スコット・フィッツジェラルド自身を主人公にした本作に接しても、或いはかつて宝塚歌劇団に在籍していた劇作家荻田浩一が創り、月影瞳が一人芝居で演じた、フィッツジェラルドの妻ゼルダを主人公とした舞台『ゼルダ』や、やはり霧矢大夢が一人芝居で演じた同じゼルダを主人公とし、奇しくもゼルダ最後の日を描いているウィリアム・ルース脚本のストレートプレイ『THE LAST FLAPPER』等の作品を観ても、フィッツジェラルドの生み出した小説世界と、彼らの実人生があまりにも近しくオーバーラップすることに改めて驚くほどだ。ましてや所謂バブルが弾け、天国から地獄にも似た激変の中で苦しんだ人々が、狂乱の時代に熱狂した対象にむしろ憎しみの目を向けたとしても不思議ではない。

植田景子の描いたこの作品Musical『THE LAST PARTY〜S.Fitzgerald's last day〜フィッツジェラルド最後の一日─』には、そうしたある時期には時代の徒花と考えられていた作家スコット・フィッツジェラルドへの、深い愛情が満ち溢れている。夢を追い続けた青年の日々。時代の寵児となり巨万の富を得て尚、真の芸術家を志向する姿勢。作家としての名声が凋落しても、身を削って妻や娘を安楽な生活に置こうとする誠実さ。この作品で描かれるスコット・フィッツジェラルドの苦悩と、あくまでも真摯な姿からは、劇作家植田景子が彼に寄せる強い想いが迸るようだ。
とは言え実のところ、この作品が「スコット・フィッツジェラルドの半生を描く芝居」として創られていて、月城かなとがフィッツジェラルドを演じている役者TSUKISHIROだという謂わば大枠の設定、二重構造が果たして必要だっただろうか?という小さな疑問もないではなかった。特にラストシーン近くで「スコットの死をどう表現するかが勝負だ」という趣旨の台詞を月城が言った時、「あ、そういえば役者役だっんだっけ?」に近い、どこかでびっくりしたような気持ちになったほど、あまりにも作品世界にに没頭していただけに、別にストレートに月城かなとがフィッツジェラルドを演じているで良いのではないか?と思いもした。
けれども、スコット、ゼルダ、ヘミングウェイ、更にその時代に生きた人々がその後歩んだ人生を語るだけでなく(人生を語るだけなら、役の本人が語ったとしても成り立つ)、彼らを後世がどう評価しどう感じたか、つまりは現代の劇作家植田景子が彼らを如何に尊敬し愛しているかを、どうしても言葉として残したかった作家の情熱が、この大枠を創らせたのだろうと思えば、その熱もきちんと受け取ろうという気持ちにさせられる。初演から14年の時を経た今の植田景子が、このテーマを一から取り上げたとしたら、或いは別の表現方法を選択したかも知れない。それでも細部には様々に手を入れつつも、敢えて大ナタを振るわなかったことに、1人の劇作家が1人の作家を愛した気概が感じられた。

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その感触を増幅したのが、主演の月城かなとのどこか朴訥な持ち味だろう。初演を担当した大和悠河のアイドル性、大空祐飛の極めつけのスタイリッシュと、現時点の月城との最も大きな違いは、男役としての素朴さだ。そこには計算し尽くさなくても素のままで美しい月城の恵まれた容姿と、その素材にしては比較的抜擢が遅かった人ならではの、促成栽培ではないからこその穏やかさとがあって、その魅力がこの作品のスコットの誠実さに直結する効果を生んでいた。中でも細やかで深い芝居には強く引き込まれ、すでに観ている作品にも関わらず二重構造を一時忘れさせたほどのパワーが秘められていたことに感嘆する。東京での初主演に際して、男役月城かなとが芝居の人であることが改めて再確認できたのも収穫で、更なる期待を抱かせる機会になったのが何よりだった。

ヒロイン・ゼルダの海乃美月はスコットの夢の象徴としての存在感がくっきりと舞台に立ち上るのが、大舞台で重ねた大役経験の蓄積を感じさせる。月城の誠実さに対して、享楽的でエキセントリックな面を端々に漂わせていくのが、後半の展開につながっていて見事。月組期待の娘役として抜擢された当初から、むしろ大人っぽい個性だったことが学年を重ねてしっくりと馴染んできて、逆に可憐さや儚げな雰囲気をもまとってきたのが発見で、この役で更に一皮剥けた印象が強く、作品に相応しいヒロインぶりだった。

アーネスト・ヘミングウェイの暁千星は、役柄自体の出番が1幕の終盤になってからなだけに、「待ってました!」感の強い登場が鮮やか。月城に鼻持ちならない部分がほとんどないだけに、ヘミングウェイの立ち位置はむしろ難しかったと思うが、早期抜擢の急カーブでスター街道を駆け上ってきている暁の持つ、若いけれども十分に場慣れしているという空気感が絶妙に作用して、そんなスコットとの対比がよく出ていた。抜擢に芝居力が追い付いてきたのも頼もしい上に、やはりフィナーレのダンスナンバーは絶品。ポーズしているシルエットだけでゾクゾクさせるのは暁ならでは。非常に考えられた良い配置だった。

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また、一人前の作家を育てて初めて一人前の編集者になれる、という美徳が生きていた時代の編集者マックスを慈愛深く見せた専科から特出の悠真倫。どこかで母親的存在とは言いつつも、スコットの最後の恋人として月城にちゃんと添える娘役魂が光ったシーラの憧花ゆりの。この人がスコットの傍を去らざるを得なくなる状況があまりにも切なかった秘書ローラの夏月都。等、スコットの周りの人物たちの献身をベテラン勢が美しく描き出せば、ゼルダの浮気相手エドゥアールの英かおとが良い意味のアクの強さを、スコットの娘スコッティの菜々野ありが純真さだけでなく少女の敏感さをそれぞれ確かに演じて気を吐いたし、ゼルダの担当医の響れおな、スコットに辛辣な批評家の颯希有翔がポイントの出番で作品の的確なピースになっているのも月組芝居の伝統を感じさせる。とりわけ若手ホープの風間柚乃が、時代に忘れられていたスコットの小説の美点を、そうとは知らずにスコット本人に語る学生として、短いながら極めて重要な場面を少しもあざとくなく際立たせたのは賞賛に値する。ギャツビーの影、失業者などの役どころもそれぞれ陰影深く演じ、踊り、素質の高さをここでも印象づけていた。

総じて、最下級生の蘭世惠翔までそれぞれに大きな役割りがある作品の美点を、出演者全員が体現していたのが素晴らしく、月組の地力を感じさせる公演となっている。

〈公演情報〉
宝塚月組公演
Musical『THE LAST PARTY〜S.Fitzgerald's last day〜フィッツジェラルド最後の一日─』
脚本・演出◇植田景子
出演◇月城かなと ほか月組
●6/30〜7/8◎梅田芸術劇場シアタードラマシティ
〈料金〉全席 6,800円 (全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場シアター・ドラマシテイ 06-6377-3888


【取材・文・撮影(1幕)/橘涼香 撮影(2幕)/岩村美佳】






『カリフォルニア物語』
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宙組20周年の祝祭公演で新トップコンビ真風涼帆&星風まどかお披露目! 宝塚歌劇宙組公演『天は赤い河のほとり』『シトラスの風─Sunrise─』

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新宙組トップコンビ真風涼帆と星風まどかのお披露目公演であるミュージカル・オリエント『天は赤い河のほとり』、ロマンチックレビュー『シトラスの風─Sunrise─』〜Special Version for 20th Anniversary〜 が東京宝塚劇場で上演中だ(17日まで)。

ミュージカル・オリエント『天は赤い河のほとり』は、小学館発行の「少女コミック」で1995年〜2002年まで連載され、絶大な人気を誇った篠原千絵の大河少女漫画を、宝塚ミュージカル化した作品。紀元前14世紀古代オリエントのヒッタイト帝国を舞台に、帝国の跡継ぎと目される皇子と、現代日本からタイムスリップした女子高校生との、次元を超えた運命の恋と帝国の怒涛の歴史が描かれている。

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【STORY】
紀元前14世紀、古代オリエント。黒海へと流れ込む赤い河マラシャンティに抱かれたヒッタイト帝国の首都ハトゥサは、皇帝シュッピルリウマ1世(寿つかさ)の治世のもと、繁栄の時を迎えていた。そんなヒッタイトで血筋、知性共に次代の皇帝に相応しいと衆目が認める第三皇子カイル(真風涼帆)は、暁の明星の輝く明け方、王宮の泉から忽然と現れた自分たちとは全く異なる装束の少女鈴木夕梨(ユーリ・星風まどか)に出会う。皇妃ナキア(純矢ちとせ)の手勢に追われていたユーリを行きがかりから助けたカイルは、ユーリが遥か未来の日本から、自分を亡き者とする為の形代として、ナキアの呪術でヒッタイトにタイムスリップさせられた少女だと知る。ナキアは自らの子を帝位につける為、他の皇子たちの命を狙っていたのだ。ユーリがナキアの手に落ちることは互いの命を危うくすることだ、と咄嗟に判断したカイルは、ユーリを一目で気に入り側室にすることにしたと宣言。ユーリにナキア同様水を操る神官である自分が、再び泉に水が満ちる一年後、必ず元の世界に戻してやると約束。カイルの言葉を信じる以外に寄る辺のないユーリは彼と行動を共にし、黒太子マッティワザ(愛月ひかる)率いる東の強国ミタンニとヒッタイトとの戦いを目の当たりにする。それは現代日本で、戦争を知らずに育ったユーリが想像もできなかった壮絶な光景だったが、だからこそ、自分が国を治めるようになった暁には、戦いのない国を創りたいと願うカイルの信念に共感を覚え現代人の感覚で行動。いつしか人々はユーリを「戦いの女神イシュタル」と崇めるようになり、そんなユーリを傍近くで見守っているカイルもまた、ユーリを正妃とし共に平和な国を築く力になって欲しいと願い、ユーリもカイルの高潔な精神に惹かれていく。
だが、ますます人望を集めるカイルとユーリを一気に失脚させる為、ナキアの仕掛けた大胆な罠に足元をすくわれ、カイルとユーリは皇帝暗殺の嫌疑をかけられてしまう。間一髪、異母弟ザナンザ(桜木みなと)に託してユーリを逃がしたカイルは、自らも逃げることはヒッタイトがナキアの意のままになることだと、敢えてその場に留まり捕縛される。一方なんとか逃げ延びたと思ったのも束の間、ナキアに忠誠と愛を誓う神官ウルヒ(星条海斗)の呪術により洗脳されていた部下の反乱にあい、命賭けでユーリを守ったザナンザは落命。1人残ったユーリも瀕死の重傷を負い力尽きて倒れる。だが、そんなユーリを救ったのは「戦いの女神イシュタル」にひとかたならぬ関心を寄せていた、大国エジプトの知将ラムセス(芹香斗亜)で……。

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実は2018年の現代から決して遠くない時代まで、女性の生き方には大きな制約があった(と、過去形にして良いのかさえ戸惑うぐらいに)。幼い時は親に従い、嫁しては夫に従い、老いては子に従う「三従」を、女性は当然の如く強いられ、一生の間、全世界(三界)のどこにも安住の場所がない=「女三界に家なし」という言葉があるくらいだ。そうした時代、更に表向きはともかくも、そうした価値観が心の中には根強く残っている時代に、少女漫画やハーレクインロマンスといった、女性に向けた夢を描く作品群の中で大きな人気を集めたのが「ヒロインが浚われる」という設定だった。例えば砂漠のシークに、また例えば遠い異国の王族に見初められた女性が、強引に現実世界から連れ去られ、逃れられない状況の中でほとんどすべての登場人物に愛され、全く新たな人生の幸福を見出すに至る。この種の物語は膨大な数創り出されていて、どの作品が何を模倣したというような話に納まるものではなく、もう完全に王道パターンとして定着している。その中で最も肝心なポイントは、ヒロインが家や家族への奉仕であったり、家業の労働力としての役割りであったりといった、自分が本来背負わなければならないものを自ら捨て去ったのではない、という点だ。ヒロインは、ただ愛されたが故に現実世界から引き離された、あくまでも被害者であって、そこに自己責任は何もない。と、書いていても切なくなるほど、こうした究極のファンタジーに仮託して、せめて夢を見ることしかできなかったほど、女性がその人生で選べる選択肢はあまりにも少なかったのだ。
20世紀の1995年から足かけ7年、コミックスにして28巻という長大な物語が描かれた少女漫画「天は赤い河のほとり」にも、この王道のパターンは貫かれている。ヒロインは現代の日本から、タイムスリップによって古代ヒッタイトに飛ばされる。想像しようとしてもしきれないほど、それは確かに訳のわからない状況だろう。そこで美丈夫の異国の皇子から「必ず元の世界に帰してやる」と言われれば、それにすがるしかない。守られていれば愛しさも生まれる。ましてヒロインには古代の人たちが誰も知らない現代の知識がある。その知識から「闘いの女神」と崇められ、魅力的な登場人物ほとんどすべてから愛されても全く不思議ではない。原作の篠原千絵が、こうした王道パターンを踏襲しながら、如何に波乱万丈の物語を創り出し、ヒロインとヒーローの恋と成長を描いていったか、その力量がよくわかる。
そんな作品を宝塚で取り上げるにあたり、脚本・演出を担当した小柳奈穂子が、全28巻を95分間の舞台にまとめようという大冒険に出たのには、正直かなり驚かされた。もちろん小柳は同じ大人気少女漫画「はいからさんが通る」の舞台化にあたっても、物語全編を舞台で描くことに成功しているが、両者には原作作品の長さと舞台の持ち時間に開きがある。更に、例えば帝国劇場で上演された『王家の紋章』も長大な原作から使われたのは極一部だったし、つい先日まで宝塚で大好評を博した『ポーの一族』も、連作短編の原作からポイントを絞った部分が抽出されていたことを考えても、これは大きな賭けだったと思う。

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だが、この作品が宙組新トップコンビ真風涼帆と星風まどかのお披露目公演であることから、二人がヒッタイト帝国の皇帝と皇后に即位するラストシーンが、物語の終幕に相応しいと決意したという小柳は、ヒーロー・カイルの従者キックリ(凛城きら)を語り部に、原作世界と古代史に照らして物語を猛スピードで展開し、怒涛のミュージカルを仕立てた。その構想は一方では成功していて、原作世界のキャラクターたちが次々と登場して居並ぶ冒頭は、作曲にゲーム音楽を多く世に出している下村陽子を起用したことと、宙組スターたちの見事なビジュアル再現率も相まって、さながらゲーム作品の舞台化のようなワクワク感がある。新トップコンビの二人が人々に、つまりは組のメンバーたちに見守られて即位する大団円も、如何にもお披露目に相応しい華やぎにあふれるものとなった。さすがに展開が早すぎて敵味方の関係がよくわからない部分もあるものの、美しい絵姿にトップコンビが納まるのを見れば、奇しくも生誕20周年を迎えた宙組の、ここからはじまる新しい歴史に期待する気持ちも膨らむ。
ただその一方で、このラストシーンに至る為、28巻もの原作世界を95分にまとめようとした時に、最もフォーカスすべきはカイルとユーリが互いに結ぶ愛と信頼ではなかったか?という想いにも、拭い去り難いものがある。というのもこの95分間で行動原理の背景や心境が最も色濃く描かれているのは、カイルとユーリを陥れようとするヒッタイトの皇后ナキアと、ヒッタイトと覇権争いを繰り広げる大国エジプトのネフェルティティ王太后(澄輝さやと)なのだ。
彼女たちが何故権力に固執し、非道な行動を辞さないのか?は、それぞれの若き頃の回想シーンまで用意された周到さで劇中で説明されていて、あくまでもカイルとユーリの側から見れば敵である彼女たちも、己の信念を貫き懸命に生きている女性だということがよく伝わる。ナキアを演じている純矢ちとせの、相変わらず舌を巻くばかりの上手さと、男役が女性役に回ったからこその存在感と、クールビューティーぶりが光るネフェルティティの澄輝さやとが共に素晴らしいだけに、劇中に彼女たちが占める割合いが殊更に大きく見え、全体のバランスをきしませている(もちろん好演している彼女たちの咎ではない)。何よりヒロインのユーリが突然日本からヒッタイトに飛ばされた混乱が、ほとんど感じられないのがどうしても辛い。何はなくともこの混乱がないと、ユーリが唯一の希望であるカイルに惹かれていく過程が見えにくいし、劇中にユーリが現代人ならではの発想をするシーンも薄い為に、彼女が「戦いの女神イシュタル」と崇められ、カイルや他の登場人物たち、端的に言えば良い男軍団が揃ってユーリを愛する理由もわかりにくくなってしまう。それはつまり、この長く愛されてきた原作世界が描き切った王道パターンの、要の部分が弱いということにつながるだけに、非常に惜しまれる点だった。
もちろん女性の自己実現の手段が広がった時代に生きているだけでなく、劇作家、演出家を志し、その目指した道で着実に功成り名を遂げている小柳が、自己責任のないユーリではなく、生き残る為に手を汚しても突き進むナキアやネフェルティティによりシンパシーを感じたのも無理はないと思う。二人をきちんと描いたからこそ、心に残る台詞も多かった。だが、この作品が新トップコンビのお披露目公演であること。更に原作漫画「天は赤い河のほとり」が、長い間受け継がれてきた女性の切ない夢を描いたものだということ。この二つはやはり何をおいても大切にして欲しかった。原作の補完知識がない状態で観劇すると、華妃まいあと夢白あや、宙組期待の若手娘役たちが演じている若き日のナキアとネフェルティティの登場場面が、それぞれの回想シーンだとは理解できないのではないか?という演出上の危惧も含めて、小柳には改めて自作を見つめて欲しいと願う。

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その中でカイルを演じた真風涼帆の泰然自若な持ち味が、カイルをヒーローとして作品に立たせる力になったことは見逃せない。元々若手の頃から大きな芸風に魅力のあった人だが、いよいよ大舞台のセンターを任せられた時、その存在が役柄をより引き立てて、劇中ではほとんど説明が省かれている、何故第三皇子が世継ぎとして人々に認知されているのか?に、ほとんど疑問を抱かせないのはあっぱれ。平和な世を求める若き皇族として、古代オリエントの希望を双肩に担うに相応しい舞台ぶりでトップスターとしてのデビューを飾った。
対するヒロイン・ユーリの星風まどかは、組配属の前から宙組での抜擢に次ぐ抜擢で、トップ娘役に駆け上ったシンデレラガール。その勢いがユーリの元気溌剌な面を強調していて微笑ましい。前述したように役柄自体の書き込みに浅い面があり、それを現時点の星風に埋めろというのはあまりにも酷だから、現代の少女が古代に飛び込んでも前向きに生きるという役柄に、星風の個性がピッタリとハマったことを喜びたい。王宮の宴でカイルの妃として披露される、やはりこうした王道物語の大定番「磨けば光る私」のシーンが、後もののレビューも含めて最も美しかったのも、理に適っていた。
エジプトの知将ラムセスの芹香斗亜は、これが宙組本公演デビュー。清廉な皇子の部分が強調されている宝塚版のカイルに対して、ある意味「チャラい」雰囲気を持ってラムセスを見せているのは、ヒーローに相対する二番手として非常に優れた判断で、経験値の高さを感じさせた。新宙組にとって強力な戦力の加入で、新天地での更なる活躍に期待を抱かせた。

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芹香の同期生でもある愛月ひかるは黒大使マッティワザに扮し、抜群のプロポーションとキャラクター再現率で魅了する。出番があまりにも飛んでいて、一応台詞説明はあるものの、カイルの宿敵からいつの間に味方に?と混乱した向きも多かったと思うが、それは少ない出番の中で客席にそれだけの印象を愛月が残している証でもあり、スター力を見せつけた。20周年を迎えた宙組の生え抜き男役として、今後も大切にして欲しい存在だ。
同じく同期生で弓兵隊長ルサファの蒼羽りくは、カイルの側近たちの中でも更に骨太な存在として目を引き、やはり一日の長を感じさせる。カイルの異母弟ザナンザの桜木みなとは、ヒーローの弟らしい華やかな甘さの中に、力強さを秘めてきて、落命するシーンに特段の迫力があった。カッシュの和希そらのシャープな動きは、全体の中から抜きん出るパワーを持っている。ミッタンナムアの留依蒔世、シュバスの瑠風輝はその設定故に印象的なのは間違いないながら、宙組のホープだけに出番の短さにつながるのがもったいない。その中で、カイルの身代わりとなる従者ティトの愛海ひかるが、非常に大きな役で抜擢に答え爽やかな印象を残している。その姉のハディにこちらも宙組デビューの天彩峰里が扮し、男勝りな雰囲気が良く似合った。リュイの水音志保、シャラの花宮沙羅のシンクロした動きも実に可愛らしい。ネフェルトの遥羽ららにはもう少し大きな役が欲しいが、その中でも遥羽がここにいます!をきちんと示せる力をつけてきたことを感じさせている。
他に、皇帝の寿つかさ、ハトホルの美風舞良がそれぞれの存在感で作品を支えているのはもちろん、怒涛のドラマの語り部として極めて重要な役割を担ったキックリの凛城きらをはじめ、トトメスの松風輝、タロスの風馬翔、イル・バーニの美月悠の存在感が、組長たちに追いついているのがなんとも頼もしい。加えて星吹彩翔も実力者だから、役柄を是非考慮して欲しい。
そんな中で、ナキアを愛し忠誠を誓う神官ウルヒに専科から星条海斗が登場したことが、更にナキアの物語の切なさを深めていて、どちらかと言えばフルパワーで押してくる印象が強かった星条が、ここまで抑えた耐える演技で魅了することに感嘆した。本当に頼もしく成長してくれた時に、退団という道を選ぶのは宝塚の宿命とは言え惜しみても余りあるが、金色の長髪がよく似合い、レビューの大活躍も含めて見事な花道となった。
総じて長大な原作だけに役柄が多く、宙組のメンバーが様々に活躍できたことは大きな利点で、ここからはじまる真風の時代への期待を強く感じることができたのは幸いだった。 

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そのここからはじまる真風の時代と、宙組創立20周年の歴史を見事につないだのが、ロマンチック・レビュー『シトラスの風─Sunrise─』〜Special Version for 20th Anniversary〜 で、レビュー作家の重鎮、岡田敬二が長く取り組んできた「ロマンチック・レビューシリーズ」の記念すべき20作品目という、大きな祝祭が幾重にも重なるものとなった。宙組創立を飾ったレビュー『シトラスの風』の再演場面に、新場面も加えた文字通りの宙組 20th Anniversaryが展開されていく。
『シトラスの風』はこれまで全国ツアー等でも何度か再演されているが、やはり岡田レビューの真骨頂は大階段があり、人海戦術が展開できる大劇場でこそ、その真価が発揮される。美しい色合いがあふれ出るオープニングから舞台はロマンチック・レビューの美の世界一色。「ステート・フェアー」の明るさ、伸びやかさが新コンビを彩る様も美しく、宙組20年の生き証人寿つかさが往年のダンスの名手「Mr Bojangles」に扮した新場面も胸を打つ。分けてもやはり、これぞ宙組!、宙組の代名詞ともなった「明日へのエナジー」の輝きが、20年の時を経て全く衰えを知らないのは大きな喜びで、この節目の年に真風涼帆を中心とした新たな「明日へのエナジー」が観られたことは、ここからの宙組の何よりの礎となるに違いない。

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その「明日へのエナジー」の力があまりに大きく、すべてを越えてクライマックスに昇華してしまうだけに、全体のバランス的な座りが揺らぐ部分はあるものの、それほどの場面がタイトルそのままに、宙組の明日へのエナジーとなることを感じさせる仕上がりを寿ぎたいレビューだった。

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また、初日を前に通し舞台稽古が行われ、新トップコンビ真風涼帆と星風まどかが囲み取材に応えて公演への抱負を語った。

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中で公演の見どころを問われ、真風が『天は赤い河のほとり』が、プロローグから自分もドキドキするような仕上がりになり、レビューは宙組誕生20周年の組の歴史を感じながら、新しい、このメンバーにしか出来ない『シトラスの風』を作りたいと意欲的に語った。

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また星風は、人気少女漫画の舞台化で、 原作ファンの皆様、宝塚ファンの皆様共に喜んで頂ける舞台になっているのではないか。また宙組で何度も再演されているレビュー『シトラスの風』に、自分自身も出演できることの幸福を述べた。

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更に真風が、宙組に組み替えしたのが、奇しくも東京公演の初日と同じ2015年5月11日で、丸三年が経ったという逸話を披露。新たに宙組を率いる縁と気概を感じさせる時間となっていた。

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尚、囲み取材の詳細は、舞台写真の別カットと共に7月9日発売のえんぶ8月号にも掲載致します。どうぞお楽しみに!

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〈公演情報〉
宝塚宙組公演
ミュージカル・オリエント『天は赤い河のほとり』
原作◇篠原千絵「天は赤い河のほとり」
脚本・演出◇小柳奈穂子
ロマンチックレビュー『シトラスの風─Sunrise─』〜Special Version for 20th Anniversary〜 
作・演出◇岡田敬二
出演◇真風涼帆、星風まどか ほか宙組
●5/11〜6/17◎東京宝塚劇場
〈料金〉SS席 12,000円 S席 8,800円 A席 5,500円 B席 3,500円 (全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉東京宝塚劇場 03-5251-2001

http://kageki.hankyu.co.jp/




【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】  




『大人のけんかが終わるまで』
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極めて異色な二本立ての登場 宝塚歌劇月組公演『カンパニー』─努力、情熱、そして仲間たち─『BADDY』─悪党は月からやってくる─

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珠城りょう&愛希れいか率いる宝塚月組が、宝塚歌劇としては極めて異色で、実験的な二本立てに取り組んだ宝塚歌劇月組公演、ミュージカル・プレイ『カンパニー』─努力(レッスン)、情熱(パッション)、そして仲間たち(カンパニー)、ショー・テント・タカラヅカ─『BADDY』─悪党(ヤツ)は月からやってくる─が、日比谷の東京宝塚劇場で上演中だ(5月6日まで)。

ミュージカル・プレイ『カンパニー』─努力(レッスン)、情熱(パッション)、そして仲間たち(カンパニー)は、伊吹有喜の小説『カンパニー』を原作に、石田昌也が脚本・演出を担当したオリジナル作品。合併騒ぎに揺れる製薬会社のサラリーマンが、社が協賛公演を行う全く畑違いのバレエ団に出向を命じられ、協賛公演を成功させる為に奮闘するうちに、自らも仲間を得て成長していく、現代日本を舞台にした宝塚歌劇としては非常に珍しい設定の作品となっている。

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【STORY】
現代の東京。有明製薬のサラリーマン青柳誠二(珠城りょう)は、病で妻に先立たれて以来、その運命を受け入れることができず、無為の日々を過ごしていた。そんなある日、有明製薬がヘルシーフーズと合併するという青天の霹靂の事態が起こり、社員は合併によるリストラや配置転換を予想して浮足立つ。そんな中、有明製薬の広告塔としてオリンピックを目指していたマラソンランナー鈴木舞(美園さくら)が、妊娠していることが発覚。引退して母になることを選択した舞の行動に、社のナンバー2脇坂専務(光月るう)は激怒。舞の専属トレーナー瀬川結衣(海乃美月)にも解雇を言い渡す。いきなりのクビ宣告に呆然とする結衣の処遇をなんとかとりなそうと、青柳は脇坂専務に掛け合いに行くが、自らも専務の逆鱗に触れ、有明製薬が協賛公演を行っている敷島バレエ団のプロデューサーという名目で、結衣もろとも出向させられてしまう。
その頃敷島バレエ団では、有明製薬のイメージ・キャラクターを務めている、敷島バレエ団出身で現在は世界的プリンシパルとして活躍中の高野悠(美弥るりか)を欧州から帰国させ、バレエ団のプリマバレリーナである有明製薬社長令嬢の有明紗良(早乙女わかば)のオデット姫と悠の王子で、合併後の新会社「有明フーズ&ファーマシー」発足記念公演「白鳥の湖」を上演する準備が進んでおり、紗良はこの公演を自身の引退公演にしようと考えていた。だが打ち合わせの時間になっても肝心の悠が現れない。そんな悠をホテルに出迎えにいった青柳は、ストーカーまがいのファンに手を焼いていた悠が、実は長年バレエダンサーとして酷使してきた身体に、数々の故障を抱えていることを知る。全幕を通じて踊らなければならない王子役を務めることは、できなくはないものの、本意ではない踊りを観客に見せたくはない。と語った悠は、敷島バレエ団代表である敷島瑞穂(京三紗)が、かつて同じようにバレエダンサーとして限界を感じていた夫の為に創った、悪魔ロット・バルトに焦点を当てた「新解釈・白鳥の湖」でロット・バルトを踊りたいと申し出る。
だが、社が公演に協賛するのは、イメージ・キャラクターの悠が主役を踊ることが大前提になっていて、それでは了解が得られないと訴える青柳に、悠は「それを説得してこそバレエ団のプロデューサーだ。君はもうイエスマンのサラリーマンではない」と諭す。一念発起した青柳は社長の有明清治郎(綾月せり)に直談判。なんとか了承を取り付けると、バレエ団の団員高崎美波(愛希れいか)の協力を得て、バレエの猛勉強をはじめる。そこで知ったのは、日本のバレエ団の置かれている厳しい現実だった。かつてバレエ留学もし、プリマの紗良のアンダースタディ—も務める美波でさえも、バレエを踊ることで収入を得ることはできず、コンビニでのアルバイトで生計を立てていた。そんな美波に青柳は亡き妻の面影を重ね、美波もまたコンビニの客として以前から見知っていた青柳に、恋心を抱くようになる。
そうして、悠の身体のメンテナンスを任せて欲しいという結衣の申し出こそ聞き入れられないものの、すべては少しずつ明るい方に前進しているかに見えた。だが、悠と踊って引退しようと考えていた紗良が「新解釈・白鳥の湖」の王子役に「有明フーズ&ファーマシー」のCMソングを担当するヴォーカル&ダンスユニット「バーバリアン」のボーカル・水上那由多(月城かなと)を指名したことから、事態は急展開。「新解釈・白鳥の湖」はコンテンポラリー寄りの振付で、かつて4年間バレエを習った経験があり、筋も良い那由多なら王子役が務められる上、話題性も十分と考えた青柳だが、バレエ団の上層部の意見にどうしても納得がいかない悠が、公演を降りると宣言してウィーンに帰国してしまい……

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宝塚歌劇団にとって「現代もの」が最大の冒険だった時代はそう遠いことではない。女性だけで究極の非現実の世界を創り上げる宝塚歌劇の世界は、男装の麗人があくまでも現実にはいない、理想の男性像を演じることを骨子としている存在だから、そこに現実感を双肩に担った普通の男性が登場することに、ほとんどメリットがなかったからだ。だが、近年では、所謂イケメン俳優がアニメや、漫画の世界を具現化する「2.5次元」と呼ばれる舞台が一大勢力となった時代の流れも手伝って、宝塚歌劇団の男役と現実の綺麗な男の子たちとの差異が急速に縮まってきている。その為、かつては宝塚の世界に入ってきただけで、その浮きっぷりにとまどった現代のツール=スマートフォンや、パソコンの類を、男役が舞台上で操ることにも違和感がなくなっているのに驚かされることもしばしばだ。現実に「平凡な普通のサラリーマン」が主人公だった『Shall we ダンス?』もすでに宝塚の舞台に登場している。
ただ、そうした現代のツールを持ち込んだ舞台も、これまでの宝塚歌劇作品では必ず、海外を舞台にして登場人物を外国人に設定するという、現実ではありつつも隣のお兄さんではない、ひとつのフィクションのとしてのフィルターをかけることを常にしてきている。それは前述した、周防正行監督の同名映画『Shall we ダンス?』の舞台化の折にも踏襲された戦略で、平凡なサラリーマンだけれども、骨格も容貌も異なる外国人。現実だけれどちょっと非現実、という宝塚得意の世界に寄せる作業はなされていた。
そこからすると、今回の『カンパニー』─努力(レッスン)、情熱(パッション)、そして仲間たち(カンパニー)のド直球ぶりには、改めて驚かされるものがあった。もちろん原作の『カンパニー』の主人公青柳誠一は、会社ではリストラ要員で、家では妻に先立たれたのではなく妻に離婚を迫られている、家庭も仕事も崖っぷちの人物で、そう比較すれば、気は優しくて力持ち、誠実を絵に描いたようなこの舞台の主人公・青柳誠二は(微妙に名前も変えている)、かなりカッコよい人物に描かれているし、その改変は至極妥当なところだろう。宝塚で「できちゃった婚」だの「コンビニ弁当廃棄問題」だの「合併によるリストラ、配置転換」だの、という話を聞くことがあるとは、正直これまであまり予想してはいなかったが、104年の歴史の中で常に宝塚はなんらかの形で「はじめて」を繰り返してきたのだと思えば、これも新しい何かにつながるひとつなのかも知れないとも思う。

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ただ、この作品を舞台芸術=バレエの側から見た時に、常に高野悠が言っていることが正論で、主人公たる青柳をはじめ、プリマの紗良、団長の敷島、宇月颯演じるバーバリアンのリーダー阿久津仁、ヴォーカルの那由多、等々が無理難題を言い連ねているように見えることは、トップスターを頂点とする宝塚歌劇のセオリーとして良いのだろうか?と、居心地の悪さをどうしても覚えてしまう。その座りの悪さがどこからくるのかと言えば、コンテンポラリー寄りの振付や、新解釈との理由をつけてはいるものの、やはり「バレエ団」の公演、しかもプリマバレリーナの引退公演で、世界的プリンシパルを相手役に招聘したほど大がかりな公演に、バレエ歴4年のアイドル歌手が全幕王子役を踊る、という設定そのものだと思えてならない。
たぶんこれが「ミュージカル劇団」が舞台なら通ったと思う。現実にテレビで人気のアイドル歌手が次々に舞台で重要な役柄を務めるのは、日本では非常によくあることだし、それこそ舞台を日本に設定する大きな理由にもなっただろう。ただやはりクラシックバレエ団でとなると、途端に厳しさを孕んでくる。特に、新解釈と何度も解説をしていながら、肝心のバレエ公演のシーンの衣装が極めて一般的な「白鳥の湖」のイメージを踏襲している為に、この違和感が強まったのは否めなかった。いっそ那由多の衣装をそれこそ宝塚ならではの、男役の王子様スタイルにもってきてしまっていれば、ずいぶん印象も違ってきたと思うだけに、もったいなさを感じる。
もちろん、これらは原作小説「カンパニー」に提示されている設定で、宝塚の舞台もその展開に添っているのに違いない。実際全体がサラリーマン夢物語と言っても良い、一種のお仕事ファンタジー小説である原作世界では、これらはそこまで大きな引っかかりには感じられない。バレエという芸術が、ファンタジーのある意味道具として機能していてもカタルシスは得られる。けれども宝塚歌劇はそれ自体が舞台芸術だから、同じ舞台芸術に敬意や愛が感じられないと、観ている側が苦しくなる。バーバリアンの阿久津の発言はほぼ論外としても、悠がバーバリアンのメンバーに「君たちの活動を馬鹿にしているんじゃない。ただ俺が命を賭けた世界に足を踏み入れて欲しくないだけだ」という台詞があまりにもまっとう過ぎて、孤高のバレエダンサーのワガママには到底見えない。見えないから、公演を成功させたい一心で悠を説得に行く青柳の行為の方が、下手をすると打算的に映ってしまい、観ている側の苦しさが更に強くなっていく。スターに舞台への愛や理解のない台詞を言って欲しくない。それほど宝塚は、舞台も客席も等しく愛が循環している世界なのだと、スタッフ諸氏には是非わかってもらいたいと願う。

そんな中で青柳誠二を演じた珠城りょうが、その持ち味と存在感ひとつで、役柄を支えた様にはただ頭が下がる。あまりにも美丈夫で、冒頭から無気力に生きているようにこそ見えないが、とにかく朴訥で誠実で実直で一生懸命で、この男性に心を寄せるヒロインの美波の気持ちが理屈抜きによくわかる。この設定のこの役柄で、トップスターとしての矜持を維持した珠城は只者ではない。これもかなり珍しいことだと思うが、劇中で主題歌「カンパニー」ただ1曲しか歌っていない中で、語りに近い冒頭、メロディー、サビと、歌い方を巧みに変える歌唱力も立派で、トップスターとしての力量を改めて感じさせていた。

ヒロインの高崎美波の愛希れいかも、物語展開だけを観ていると、トレーナーの瀬川結衣、プリマの有明紗良と、誰がヒロインになってもおかしくない流れの中で、しっかりと美波こそがヒロインだと提示できたのは、愛希本人のトップ娘役としての経験あったればこそ。青柳への恋心もいじらしく、バレエシーンも盤石で、バレエ団のリアルを懸命に支えていた。

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高野悠の美弥るりかは、この公演で新たに美弥の熱烈なファンになった人がどれくらいいることか…と思えるほど、役柄を活かした惚れ惚れとするプリンシパルぶり。バレエに誇りを持ち、プライドもありつつ、青柳へ、紗良へ、結衣へ、那由多へ、関わる人々にかける言葉のひとつひとつに重みがあり、他者を認める度量もある。バレエシーンも、一瞬1本立ての「フィナーレの歌手」を連想した銀橋のソロも華やかにこなし、この公演はほぼ美弥オンステージ。つくづくと、この人の貴重さを再認識できる舞台になっているのが、この作品の示した最大の利点だったと言えるだろう。

それに続いたのが有明紗良の早乙女わかばで、後援会社の社長令嬢である限り、プリマとして舞台に立っていることを色眼鏡で見られるのは覚悟の上と言い切り、悠への直截なプロポーズ?も、美波の恋を見破る言葉もサバサバと気持ちが良い。悠と踊ることができないなら、と、冒険に出たものの、プリマとして当然の踊りに難癖をつけられたことから起きたアクシデントにさえ、自分に非があると認め美波の背中を押す。この公演で退団の早乙女にとっては最高の花道で、裏表が少しも感じられない伸びやかな美しさが魅力の早乙女の、集大成に相応しい役柄になったのが何よりだった。

一方、バーバリアンのボーカル水上那由多の月城かなとは、非常に難しい役柄だが、この人も本人にどこか朴訥な香りがあるのがキャラクターを助けていて、天然な考え方をするだけで、鼻持ちならないアイドルには見えなかったのが良い効果を生んでいる。その那由多をプロデュースする立場でもある、リーダーの阿久津仁の宇月颯は、自身がとびっきり優れたダンサーでもある宇月が、この役柄の物言いを自分の中に落とし込むのは容易ではなかったのではないか?と推察される中、尚きちんと無神経な上に筋違いな人物を無頼に演じているのが、退団公演なだけに涙を禁じえない。いっそ悪役ならまだ演じやすかったと思うが、それでも阿久津が自分の非を認め、堂々と謝るその頭の下げ方に、重心を落とした印象的な工夫があり、舞台のどこにいても真摯だったこの人の美点が浮かび上がっていた。そのバーバリアンには月組期待の若手が多く入っていて目に楽しいし、やはり退団の貴澄隼人がアクシデントのショックで動けない那由多に代わってソロを取り、美声を聞かせたのも良い配慮だった。

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他にバレエ団の若手ダンサー長谷山蒼太の暁千星は、劇中のバレエシーンで一番踊っているのは彼女だと思うが、改めて踊る暁の素晴らしさを認識させているし、トレーナーの瀬川結衣も、ほとんどのシーンでジャージ姿という宝塚の娘役としては相当異例な状況でも、猪突猛進の賢明さを健気に見せていて地力を感じさせる。社長の有明清治郎の綾月せりが、青柳の無気力を心にかけている辺りは、本来大きな企業としてはあり得ないことだが、そんなファンタジーは「カンパニー」としての宝塚に打ってつけで、やはり退団の綾月の優しさのある持ち味が良く出ている。紫門ゆりや、輝月ゆうま以下会社側、京三紗、憧花ゆりの以下バレエ団側、双方に一言の台詞や場面でも、凝った芝居をする面々が数多く観られるのは、さすがに月組の伝統を感じさせて、所謂小芝居を観る楽しみも大きい。
何よりも、芝居そのものの設定以上に、心と心をつなぐ仲間、カンパニーの素晴らしさ=宝塚の素晴らしさを感じさせる団結力が舞台に漲るのは、宝塚歌劇の美点そのもの。バレエシーンも美しく、舞台にいる真摯で真っ直ぐな1人1人に愛おしさを感じる舞台だった。

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そんな異色作品の後だからこそオーソドックスなショーであれば、ずいぶん全体の印象も異なったと思うが、更に攻めに出たショー・テント・タカラヅカ─『BADDY』─悪党(ヤツ)は月からやってくる─が控えたことが、この月組公演の先鋭的なムードを決定づけている。宝塚104年の歴史で初めての女性演出家のショー作品で、更に担当が上田久美子となれば、オーソドックスなものがくるはずはないのは十分に予想できたが、これがまたとびっきりとんがった作風になっている。

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TAKARAZUKA-CITYを首都とするピースプラネット地球では、飲酒、喫煙、戦争、犯罪、すべてのワルイことが駆逐され、国民は天国に入ることを目指して善き人生を歩んでいる。その秩序を守っているのは女捜査官グッディ(愛希れいか)。今日も地球はこともなし…のはずだったが、月からポンコツロケットが着陸し、降り立ったのはバッディ(珠城りょう)。地球にいられなくなったワルイ人間の巣窟である月の中の、悪党中の悪党バッディとその一味は、早速喫煙をはじめ地球の秩序を乱す。そうはさせじとバッディを追うグッディ、二人の戦いが今はじまった!
という、全体に貫かれたSTORYに基づき、登場人物はほぼ通し役。それでいて、プロローグ、中詰め、ラインダンス、デュエットダンス、パレードというセオリーはきちんと組み入れている手腕は買うし、特にバッディによって「怒り」という感情を知ったグッデイを中心に繰り広げられるラインダンスは非常に面白い。ピースプラネットの首都がTAKARAZUKA-CITYであることも、ワルイことの象徴を敢えて喫煙に持ってきていることも、上田が言わんとしているのだろう「窮屈な時代への抵抗」を、ある意味暗喩が透けて見えやすいように、敢えてしていることもよくわかる。芝居でも感じたことだが、宝塚104年の歴史は、こういうとんがった作品が批判を浴びることもありながらも、そのパワーで築き上げてきたものだし、ショーにテーマ性をもたせるのも時にはあっても良いと思う。
ただ、非常に気になるのが、このショーの世界観、設定、展開を上田がすべて台詞説明に頼っていることだ。最初から最後まで、登場人物たちは言葉で状況や心境を語っていて、そうなると、この世界観を上田がショー作品で表現しようとした意図が曖昧になってしまう。特に宝塚歌劇の場合、芝居とショーの二本立てを基本としているから、ショーにストーリー性があっても良いが、それが「ダンスがたくさん入るだけの芝居」に近いものとなると、興行の構成上効果的でなくなるという問題もある。宝塚に傑作ショーの金字塔として輝く『ノバ・ボサ・ノバ』も、ストーリーがあり大方が通し役だが、台詞はほぼなく、それでいて誰にでも設定も話の流れもテーマも伝わる。実際上田自身が、今回のショーの中でバッディの一味クールの宇月颯と、ピースプラネットの王女早乙女わかばとの出会いから、互いが惹かれていく過程、けれとも決して相いれない二人の立場、というサブストーリーを、全く台詞もなく、メインの場面でさえない中できちんと提示している。しかもおそらく宝塚ファンで、このサブストーリーを見逃している人は、ほとんどいないと思う。退団の二人に、こうしたあくまでもサブストーリーを用意して、気づく人だけ気づいてください、と観客を信じることができた上田なのだから、せっかくショー作家としてデビューする機会に、もっと観客の理解を信じても良かったのではないだろうか。基本的には文学の人である上田が今後もショー作品に挑むのだとしたら、その辺りを是非考慮して欲しい。
そんな作品の中で、バッディの珠城が悪党というよりは、ちょっと強面の警察幹部に見えたのは、珠城の珠城たるゆえん。彼女の公明正大な魅力が更にハッキリと表れて、これは良かったと思う。グッディの愛希は、初登場から刻々と変化していく役柄に加え、怒りのダンスの身体表現が見事で目を奪われる。互いが命を賭けた大階段のデュエットダンスというのも、記憶にない斬新さだった。

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斬新と言えば、スイートハートの美弥るりかの設定も、二番手男役としては相当に斬新だが、本当に何をやらせても上手い上に、ミステリアスな魅力を放つのが素晴らしい。月城かなとの終幕の驚きにも、本人の個性が生きている。
ただ、何しろほとんどのメンバーが通し役なので、退団者だけで銀橋を渡るなどの場面がなかったのは残念だったが、前述のデュエットダンスでの宇月のカゲソロの絶唱は忘れ難い。『アルジェの男』の終幕のカゲソロで、すでに当時から定評があったダンス力だけでなく、歌唱力も印象づけた宇月の、宝塚での「歌手」としての記録がカゲソロで終わるのも何かのはからいのようだが、遅咲きの実力派が花開いたところで去ってしまうのは、惜しみてもあまりある。  

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両作品を通して、宝塚らしさとは?という問題とは、別の部分で考慮すべき点のある作品ではあったが、それだけに月組全員の果敢なチャレンジが、深く記憶に残る公演となっている。

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また初日を前に通し舞台稽古が行われ、月組トップコンビ珠城りょう&愛希れいかが囲み取材に応えて公演への抱負を語った。

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その中で、珠城が「お芝居は宝塚では珍しく現代の日本を舞台にした作品、ショーは今までとは全く違うストーリー仕立てのショー作品ということで、大劇場が始まる時には、皆様にどのように受け入れていただけるのかと不安もあったのですが、すごく温かく見守ってくださいましたので、東京公演もこの勢いで、より熱い舞台をお届けできますよう、気合十分頑張って参ります」

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また愛希が「お芝居もショーも本当に新たな挑戦をさせていただいております。東京のお客様に楽しんでいただけますよう、精一杯努めて参りたいと思います」
と、それぞれ挨拶。やはり、異色の作品に挑戦する気概を各々が持っていることを感じさせていた。

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また役柄に共感できるところは?という問いに珠城が「関わっていく1人1人に対して、真っ直ぐ向き合っていく人だというところ」と答えると、愛希が「舞台に携わる姿勢や、カンパニーの中での色々な感情や人々との出会い」と答え、それぞれの役柄から伝わってくる美点と、演じる本人が共感している部分が一致していることに、深く納得できる時間となっていた。

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尚、囲み取材の詳細は、舞台写真の別カットと共に5月9日発売の「えんぶ」6月号にも掲載致します。どうぞお楽しみに!  

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〈公演情報〉
宝塚月組公演
ミュージカル・プレイ『カンパニー』─努力(レッスン)、情熱(パッション)、そして仲間たち(カンパニー)
原作◇伊吹有喜
脚本・演出◇石田昌也
ショー・テント・タカラヅカ─『BADDY』─悪党(ヤツ)は月からやってくるミュージカル
作・演出◇上田久美子
出演◇珠城りょう、愛希れいか ほか月組
●3/30〜5/6◎東京宝塚劇場
〈料金〉SS席 12,000円 S席 8,800円 A席 5,500円 B席 3,500円 (全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉東京宝塚劇場 03-5251-2001




【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】 
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