えんぶ本誌の宝塚記事取材の機動力を生かして、宝塚歌劇の製作発表、会見などをいち早く紹介。 宝塚OGの公演やインタビューのほかに公演の批評なども展開しています。

舞台『刀使ノ巫女』

レビュー

明日海りおのカリスマ性と花組スター陣の百花繚乱が煌めく舞台!宝塚花組公演『MESSAIAH─異聞・天草四郎─』『BEAUTIFUL GARDEN─百花繚乱─』

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明日海りお率いる花組がオリジナル作品二本立てに挑んだ絢爛の舞台、宝塚歌劇花組公演ミュージカル『MESSAIAH─異聞・天草四郎─』ショー・スペクタキュラー『BEAUTIFUL GARDEN─百花繚乱─』が、東京宝塚劇場で上演中だ(14日まで)。

ミュージカル『MESSAIAH─異聞・天草四郎─』は、江戸時代初期に起こった、日本史上最大の一揆「島原の乱」の最高指導者として歴史に名を残す天草四郎の謎多き人生を、新たな視点で描いた原田諒の作品。歴史上の通説とは全く異なる描き方ながら「神とは、信仰とは」という命題に果敢に切り込んだ意欲作になっている。

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【STORY】
寛永十四年(1637年)春、東シナ海。倭寇の頭目夜叉王丸(明日海りお)は、仲間の不動丸(飛龍つかさ)、多聞丸(一之瀬航季)らと共に、南蛮渡来の財宝が眠るという伝承を頼りに、数年振りに日本を目指していた。だがその最中突然の嵐に見舞われ、船は難破。仲間は散り散りになってしまう。
時は移り、明暦二年(1656年)江戸城。南蛮絵師・山田祐庵(柚香光)は、若き将軍・徳川家綱(聖乃あすか)から呼び出され「島原の乱」で一揆軍が立てこもった原城で見つかったという未完成の聖母マリアの絵を見せられ驚愕する。それはかつて祐庵が描ききれなかったマリア像に違いなかった。家綱から「島原の乱」の真実を知りたいと請われた一揆軍唯一の生き残りである祐庵は、自身にとって最も辛い記憶である二十年前の出来事を語りはじめる。
再び時は遡り、寛永十四年。九州天草の地。ここはかつてキリシタン大名・小西行長の領地であったことからキリスト教が広く人々に浸透し、禁教となった現在でも密かに信仰を持ち続ける人々が復活祭の祈りを捧げていた。そこに不審な男が流れ着いたという報せが入り、小西行長の遺臣・渡辺小左衛門(瀬戸かずや)が駆け付ける。果たして男は嵐の海から奇跡的に天草に打ち上げられた夜叉王丸だったが、彼は倭寇の頭目であることは勿論、名さえ名乗のろうとはしなかった。だが、そんな夜叉王丸が禁教を取り締まる幕府の間者等ではなく、いつか自分たちにとって大切な人物となると直感した小左衛門は、妻・福(桜咲彩花)の父・益田甚兵衛(一樹千尋)に夜叉王丸の世話を頼む。快く引き受けた甚兵衛は夜叉王丸に「四番目の子」として「益田四郎時貞」の名を与えて迎え入れる。素性も知れぬ自分を何ひとつ訊かずに受け入れてくれた天草の人々に、夜叉王丸=四郎はかつてない想いを抱くようになる。
そんなある日、四郎はやはり難破した船から生き残って天草にたどり着いた不動丸、多聞丸に再会。この地に眠る財宝を探そう!という二人の話しを、人々の貧しい暮らしを見て来た四郎は一笑に伏すが、対岸の島原と天草の間にある岩ばかりと聞かされていた無人の島・湯島に何かあるに違いないという二人の言葉に動かされ、密かに湯島に渡る。
そこで四郎が見たのは財宝ではなく、数多の聖人画だった。それはリノの洗礼名を持つ南蛮絵師・山田右衛門作(のちの祐庵)が、人目を忍んで人々の信仰の為に描き続けているものだった。ご禁制の聖人画を見られた以上生きて帰す訳にはいかないと、刀を手にして四郎に斬りかかろうとしたリノを止めたのは、聖人画のモデルを務めていた島原の娘・流雨(仙名彩世)だった。流雨の美しさと毅然とした振る舞いに心惹かれながら四郎は湯島を後にする。
だが、流雨が忘れられず数日後再び湯島に渡った四郎は、自らの出世欲の為だけに領民から過酷な年貢を取り立てるばかりか、干ばつで作物が実らず年貢を納められない一家を皆殺しにする等の圧制を強いてきた島原藩主・松倉勝家(鳳月杏)が、民の苦しみを見かねた流雨の兄・松島源之丞(和海しょう)の命を賭した救済嘆願を聞き入れる代わりに、流雨を城にあげよと命じたことを知る。民を人とも思わぬ松倉のもとに行けば、流雨がどんな目に遭わされるか知れたものではない。流雨を守るべく四郎はリノと共に天草に流雨を伴うが、自分を匿えば天草の人々にまで迷惑がかかる、島原の人々が少しでも救われるなら城にあがると、身を挺する覚悟を決めた流雨は島原に戻ろうとする。そこへ宗門改めに藩の侍が駆け付け、踏み絵をためらったリノを庇い自ら踏み絵を踏んで見せた四郎は、懺悔を勧める人々に「死して魂が救われることを待つのではなく、自分たちの手で今この世界に理想の『はらいそ』を創ろう!」と説く。禁じられた信仰にすがりいつか「はらいそ」(天国)に迎え入れられることだけを信じて、艱難辛苦に耐えてきた人々は四郎の姿に希望を見出し、彼こそが「MESSAIAH=救世主」だと信じてついに立ち上がる決意を固め……

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キリスト教に限ったことではないが、死後魂が救われると説くあらゆる宗教には、それぞれの神を信仰し、教えを守り、祈りを捧げる敬虔な人々の、現実世界に降りかかる苦難を、なぜ神は救済できないのか?という根本的な命題を常に隣り合わせにしている。例えば病に臥した期間のことを「神が休養をお与えくださった」と表現するのをしばしば耳にするし、夭折した幼子を「神に深く愛されたが故にあまりにも早く天に召された」と語ることも多い。どんな迫害にあおうとも信仰を貫いた人を殉教者と崇めるのは、その最たるものと言えるかも知れない。
もちろん信じる神、宗教があることがどれほど人の心に安らぎをもたらすかは計り知れないし、宗教が生活に深く根付いた国の人々の行動に畏敬の念を抱き、とても敵わないと思わされることもしばしばある。だがその一方で、何故救われるのは死後の魂だけなのか?と思わざるを得ないほどの苛烈な運命に見舞われる人々が、歴史上も現在も世界に絶えないことを、神、宗教、信仰がどう説くのかにもまた、あまりに重いものがある。

原田諒が描いたミュージカル『MESSAIAH─異聞・天草四郎─』には、この軽々に口にするのが極めて難しい問題に、天草四郎という歴史上確かに実在していたが、その実像はほとんど明らかになっていない人物を擁して、真っ直ぐに切り込んだ鮮やかさがある。弱冠十六歳の少年が島原の乱の総大将であったという事実から、カリスマとして描かれ続けてきた天草四郎には、新約聖書でキリストが為したとされる「奇跡」に準ずる、例えば目の不自由な人の視力を取り戻したにはじまり、果ては大阪夏の陣で散ったと信じられていた豊臣秀頼が、生きて天草に逃れたのちの落し胤だ、までの、ほとんど「源義経=ジンギスカン説」に近い伝承が残っている。それらどう考えても創作であろうと思われるが「事実」として流布されてきた逸話に比して、原田が大胆に提示した天草四郎像に、むしろ説得力があるのに驚かされる。天草四郎は世界を見て来た倭寇の頭目で、弾圧される人々が苦しい暮らしの中で尚よそ者の自分を受け入れ、家族として遇してくれた。その人々の心根の中にこそ神があると感じ、この人々と共に生きている今の世に理想の世界を創ろうと立ち上がる。もちろん倭寇の頭目だった人だから、人心を掌握するリーダーとしての資質も、戦闘能力も持ち合わせている、という流れに無理がない。しかも四郎自身が、キリシタンとしての信仰を持ったのかどうかは、どこにも描かれていない。いないが故に「神とは、信仰とは」という非常にデリケートな部分を迷いなく口にすることができる。この仕掛けは実に巧妙で、「異聞・天草四郎」と、史実に反していますと宣言された、完全な創作の世界の中の天草四郎が、人々に「救世主」と崇められる物語に実存感を与えていた。

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その、原田版・天草四郎に明日海りおが扮したことが、この作品の力感を存分に高めている。元々明日海りおに天草四郎が似合うのではないか?という発想には、天草四郎が十六歳の少年とされていることや、伝えられている装束からの神がかり的な人物像と、透明感とフェアリー的資質を併せ持つ明日海の個性とが合致したことが始まりだったろう。だが前作『ポーの一族』で永遠の少年に扮したばかりの明日海に、続けざまに少年役を演じさせることを、おそらく避けたのではないか?というめぐり合わせが好転して、花組トップスターとして年月を重ねた明日海のカリスマ性が、作品の四郎の骨太な存在感と完全にリンクしたのが活きていた。四郎をメサイアと天草の人々が手を伸ばし取り囲む場面、一揆軍の砦となった原城での死闘、人々の屍が十字架となる大階段。原田の絵創りの上手さと、明日海のトップランナーぶりが、怒涛のように展開する物語に芯を通していて、今更ながらに明日海の充実ぶりが際立つ舞台になっているのが素晴らしい。

流雨の仙名彩世は、四郎との交流は実はかなり少ないが、その中で二人が思いを交わしたことが伝わるのはやはり固定されたトップコンビを敷く宝塚のスターシステムあったればこそ。何より仙名の流雨の表現から、四郎に対する愛が「敬愛」でもあり「崇拝」でもあることが伝わるのが、この作品の中では効果的で、常日頃主演コンビの恋愛要素が薄いことが、宝塚の座付き作者としては課題だと思われる原田の作風が、今回は逆に上手く機能する形になった。

柚香光の山田祐庵=リノは、物語の語り部でもある役どころ。島原の乱一揆軍の唯一の生き残りである、という歴史の事実に役柄が寄りかかっている部分が大きく、流雨への想い、更に四郎との関わりにはどうしてももう一場面欲しい。だが、だからこそ流雨をめぐる四郎との三角関係ではなく、リノのキリシタンとしての深い信仰心と、四郎が説く現世での「はらいそ」の輝きとのせめぎ合いによる苦悩が前に出たことを考えると、この関係性にも得心がいく思いがする。柚香の鋭さのある存在がリノの懊悩をよく現していて、彼の魂が救われる終幕に涙を禁じ得なかった。

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その「神とは、信仰とは」という作品を貫くテーマに沿って、多くの役柄が書き込まれているのも原田作品の進化として評価できる点で、一樹千尋、高翔みず希、瀬戸かずや、桜咲彩花、城妃美怜、華優希、舞空瞳など天草の人々が、それぞれに四郎を受け入れる敬虔なキリシタンとしての度量の大きさを感じさせて、物語をスムーズに進めている。おだやかな性質の役柄は久しぶりに思える瀬戸がここに入った効果が大きいし、城妃演じる咲が四郎にほのかな想いを寄せ、咲に恋心を抱いている長一郎の帆純まひろが四郎に反発するなど、サイドストーリーも丁寧だ。
一方、我が国を代表する歴史小説家・司馬遼太郎に「日本史のなかで、松倉重政という人物ほど忌むべき存在は少ない」と言わしめたほどの悪政を敷いたことで知られるが、その息子の勝家を演じる鳳月杏が、宝塚でしかも二枚目男役がここまで悪役を演じることは極めて異例と言える人物を果敢に描き出した上で、ほのかに色気もあるのが驚異的だ。領民が蜂起するのを当然と思わせた凰月の役割は大きい。更に、江戸幕府側では、実質四万石の石高を十万石と過大に見積もった松倉に疑惑の目を早くから向けた鈴木重成の綺城ひか理、そもそもこの物語をはじめるきっかけを作る将軍・徳川家綱の聖乃あすかが、共に非常に重要な役柄を、真摯にかつ涼やかに演じていて目を引く。鈴木が一揆軍への憐憫抑えがたく持ち帰った聖母マリアの絵が家綱に渡り、絵師であるリノ=祐庵の元に帰ったことで、祐庵の、更に「はらいそ」に行ったすべての人々、引いては観客にも救いをもたらす展開は、見事の一言。若き二枚目の二人が重責を果たした功績も光る。その流れが美しいだけに、本来「知恵伊豆」と評され、歴史上徳川幕府300年の礎を創った人物でもある老中・松平信綱の水美舞斗の役回りがやや割を食った格好にはなったが、水美のすっきりと美しいこの時代に忠実な装束の着こなしが醸し出す、静謐な佇まいが役柄を助けていて地力を感じさせた。

他に倭寇の頭目としての四郎の仲間である不動丸の飛龍つかさの豪放磊落な持ち味、残念ながら休演となった亜蓮冬馬に変わって多聞丸を快活に演じた一之瀬航季も、天草の人々とのカラーの違いを鮮明に出していて効果的だった。何より過去の大劇場公演の原田作品としては、最も人が描けていることが宝塚期待の作・演出家の成長を感じさせて嬉しく、すべてを浄化する「はらいそ」の場面の輝かしさと共に心に残る作品となった。

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そんなある意味で重いテーマに斬り込んだ作品のあとに、心躍る華やかなショーがあるのが宝塚歌劇の素晴らしさで、ショー・スペクタキュラー『BEAUTIFUL GARDEN─百花繚乱─』がなんとも美しい。花組の多彩な陣容を「百花繚乱」と例えた作者の野口幸作の視点が効いていて、美しい庭園の映像から蝶の舞い踊るプロローグ、パリ、アンダルシア、トロピカルな熱帯、ローマ、ニューヨークと、レビュー大定番のお国巡り形式をとりながら、スターたちの大活躍が楽しめる。

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特に明日海&仙名のクラシカルでノーブルな持ち味と、柚香のシャープでエッジィな個性がそれぞれの場面の色合いを鮮やかに変えていく効果が大きい。明日海の深みのある美しさと豊かな歌唱力、観ている者までがつくづく「楽しそうだなぁ」と心躍る柚香の踊りっぷりにも惚れ惚れする。

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更に、アンダルシア、ローマとドラマ性の高い場面が二つ入っていて、こうした構成はややもすれば重くなるケースも見受けられるものだが、明日海の相手役を仙名と、女性役に回った柚香に振り分けたことで、その危険を楽々と回避している。両場面、また芯となる場面もあり大活躍の水美のジャンプアップも頼もしい上で、瀬戸、鳳月にも働き場が多い目配りが良い。娘役も同様で、華、舞空と期待の新進娘役をあげながら、桜咲、城妃、音くり寿にも活躍の場がきちんと設けていて周到。しかも、この公演で退団する天真みちるに、彼女がその知名度を飛躍的に高めた「タンバリン芸」をストレートに連想させる、タンバリンを無理なく持たせるシーンを作るあたりは涙が出るほど。

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作者の想いが溢れすぎて、常に退団公演か?と思わせてしまう歌詞をトップスターに書いてしまうのだけが問題と言えば問題だが、ポップスをふんだんに入れても全体の質感がエレガンスなのが野口の大いなる美点で、ショー作家の期待の星として、今後の活躍への楽しみが高まる優れたショー作品となっている。

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また初日を前に花組トップコンビ明日海りおと仙名彩世が囲み取材で、記者の質問に応えた。

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中で、二作品の見どころを問われた明日海が芝居は立場の違う役柄を演じつつの、ショーでは「百花繚乱」の名の通りの、全員の総力戦をあげ、花組の団結を表現する。

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仙名も芝居でそれぞれが深めた役柄の関係性によるエネルギーと、ショーの盛りだくさんなワクワク感を語り、トップコンビの二人が全員での舞台創りに懸ける想いを感じさせた。

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更にそれぞれの好きなシーンは、囲み取材に登場した衣装を着る場面であるフィナーレナンバーだと意見が一致。お互いが見て好きなシーンでは、仙名が中詰めで着ている白いメルヘンチックな衣装を羨ま しいとつぶやいた明日海が「あ、着たいという意味ではないです」と笑わせる一コマも。明日海の素敵なところを語りだして止まらなくなった仙名と共に、トップコンビの和やかさを感じさせる時間になっていた。

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尚、囲み取材の詳細は、舞台写真の別カットと共に11月9日発売の「えんぶ」12月号にも掲載致します。どうぞお楽しみに!

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〈公演情報〉
宝塚歌劇花組公演
ミュージカル『MESSAIAH─異聞・天草四郎─』
作・演出◇原田諒
ショー・スペクタキュラー『BEAUTIFUL GARDEN─百花繚乱─』
作・演出◇野口幸作
出演◇明日海りお、仙名彩世 他花組
●2018/9/7〜10/14◎東京宝塚劇場
〈料金〉SS席12.000円 S席8.800円 A席5.500円 B席3.500円
〈お問い合わせ〉0570-005100 宝塚歌劇インフォメーションセンター
〈公式ホームページ〉 http://kageki.hankyu.co.jp/




【取材・文・撮影(囲み会見)/橘涼香 撮影(舞台)/岩村美佳】




舞台『刀使ノ巫女』


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台湾公演に先立って繰り広げられる熱い舞台 宝塚歌劇星組公演『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』『Killer Rouge/星秀☆煌紅』上演中!

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紅ゆずる率いる宝塚歌劇星組の選抜メンバーが、10月〜11月にかけて行う第3回台湾公演の上演作品である異次元武侠ミュージカル『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』タカラヅカ・ワンダーステージ『Killer Rouge/星秀☆煌紅』(アメイジングスター☆キラールージュ)が、東京・日本青年館ホールで上演中だ(24日まで)。

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』は、台湾で「知らぬ人はいない」と言われるほど、伝統的に親しまれている人形演劇である「布袋劇」に、現代の風を持ち込んで制作された冒険ファンタジー。アニメ・ゲーム界を中心に幅広く活躍する人気シナリオライター・虚淵玄が原案・脚本・総監修を務め、2016年に日台合同映像企画として新たに制作、TV放映され、2017年新作が劇場上映、2018年にはTVシリーズ第2期の放映が決定しているなど、アジア各国で高い人気を集めている。今回の異次元武侠ミュージカル『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』は、そんな作品初のミュージカル化で、宝塚得意の華麗なるビジュアル再現率が大きな話題を集める舞台が繰り広げられている。
 
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【STORY】
かつて魔界の軍勢が人類を滅亡させようと人間界に押し寄せた際、人々は魔神に対抗する為に強力な武器群を鍛造した。中でも最も危険な力を持つとされる聖剣「天刑劍(てんぎょうけん)」は、悪鬼の手に落ちることのないよう、刀身のみの状態で鍛劍祠(たんけんし)の祭壇に祀られて、柄と鍔が取り付けられ本来の姿が戻った時にだけ、初めて台座から引き抜けるようその力を封じ込められていた。
その鍛劍祠を守る役目である護印師(ごいんし)の兄妹・丹衡(たんこう・桃堂純)と丹斐(たんひ・綺咲愛里)は、兄が剣の柄を、妹が鍔を身につけ聖剣・天刑劍を守っていたが、聖剣や宝剣に並々ならぬ執着を示す玄鬼宗(げんきしゅう)の頭目・蔑天骸(べつてんがい・天寿光希)の手下、殘凶(ザンキョウ・大輝真琴)に襲われ、決死の戦いの末に兄・丹衡は瀕死の重傷を負い柄を奪われるも、「鍔さえ揃わなければ天刑劍が蔑天骸の手に落ちることはない、逃げ延びろ!」と妹・丹斐に天刑劍の運命を託して絶命。丹斐は深手を負いながらも辛くもその場を逃れる。
一方、寂れた仏堂の前で、折からの雨に石仏に立てかけられていた傘を持ち去ろうとした旅人・殤不患(しょうふかん・七海ひろき)は、鬼鳥(きちょう)と名乗る煙管を手にした謎の美丈夫(紅ゆずる)に「借りを返す覚悟はあるのか?」と話しかけられる。御仏に捧げられた傘を手にした以上、この先の旅路で誰であれ最初に出会った人に御仏に代わって慈悲をかけることになるという鬼鳥の言葉通りに、殤不患の前に深手を負ったままの丹斐が現われる。彼女を追ってきた殘凶と渋々ながらも剣を交えた殤不患は、見事殘凶を討ち果たす。丹斐から聖剣・天刑劍を巡る争いの一部始終を聞いた鬼鳥は、鍔を守り抜き奪われた柄を取り返すことが自分の使命だと語る丹斐に快く協力を申し出るが、厄介事に関わるのはごめんだと、殤不患はその場を後にする。だが鬼鳥は殤不患との再会までに長い時間はかからないことを確信していた。
果たせるかな丹斐を助け殘凶を殺したことで、玄鬼宗から命を狙われる立場になってしまっていた殤不患は、一夜の宿を求めた宿場で襲われ、助太刀に飛び出した血気盛んな若者・捲殘雲(けんさんうん・礼真琴)と、彼が憧れる弓の名手・狩雲霄(しゅうんしょう・輝咲玲央)と出会う。だがこれもまた鬼鳥の筋書き通りで、彼らは蔑天骸の居城七罪塔(しちざいとう)の結界を破る為に必要な人物たちだった。鬼鳥は夜魔の森に住む妖魔・刑亥(けいがい・夢妃杏瑠)、残忍な殺し屋であり、自らの命を狙っている殺無生(せつむしょう・麻央侑希)までを味方に引き入れ、それぞれの思惑を秘めたかりそめの仲間たちは、共に七罪塔を目指すが……

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伝家の宝刀『ベルサイユのばら』を例に引くまでもなく、宝塚歌劇はこれまでにも様々な漫画、アニメ、ゲーム等、まずビジュアルありきの作品の舞台化で数々の成功を納めている。近年では『ポーの一族』『はいからさんが通る』『天は赤い河のほとり』等の記憶が新しいし、原作ファンからも「神レベル」と称され、宝塚ファンのみならず原作ファンも多く客席に詰めかけた『るろうに剣心』『ルパン三世』『戦国BASARA』─真田幸村編─『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』等、宝塚歌劇としては一見異色と思われる作品群でも、高い評価を得て、新たなファンの獲得に成功してきた。
 
まして今回の作品『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』が、10月20日〜28日に台北、11月2日〜5日に高雄で上演される宝塚歌劇第3回台湾公演の為の演目であることを考えれば、台湾で愛され日本でも多くのファンを持つ冒険ファンタジーに原作を求めた脚本・演出の小柳奈穂子の視点は確かなものだったと言えるだろう。正直各キャラクターの名前を1回で聞き覚えるのはかなり難しいし、スピーディなアクション満載の2.5次元舞台に見慣れてしまった今の日本では、どうしても殺陣が緩やかに感じられる部分は残る。けれども、エクスカリバー伝説にも通じる「聖剣」を巡る争いという主筋がわかりやすいし、紅ゆずるの役どころのように偽名を名乗り、本名が別にあるというキャラクターや、通り名のあるキャラクターも宝塚ファンならスターで見分けられる利点があり、面白く観ることができる。
何より、こうしたキャラクターありきの作品に欠かせない、キャラクターと演者の個性のすり合わせを最優先事項にしていると思えるキャスティングの妙と、宝塚スターの優れたビジュアル再現率が、ストーリーを見事に運んでいる様が心憎い。

その筆頭が、はじめ鬼鳥(きちょう)と名乗る、博識かつ狡知に長けた謎多い人物・凜雪鴉(りんせつあ)に扮した紅ゆずる。常にくゆらせている煙管の煙で術を仕掛けたり、幻覚を見せるなどの技を持つものの、基本的に手練手管で人を操り、人を動かす人物で、自らはほとんど戦わない。全てに恵まれた人特有の何もかもが手に入る世界に飽き飽きしていて、刺激のある面白いと思えることをひたすら求めている美丈夫だから、所謂高みの見物を決め込むことが極めて多く、アニメーションでならとても個性的な人気の出るキャラクターなのも納得だが、極めて限られた上演時間の舞台で主人公として位置することは、相当にハードルの高い人物設定だ。けれどもこの役柄をきちんと主役として存在させてしまえるところが紅の強みで、男役としてはかなり高めに作った台詞発声と、天性の雰囲気作りで、凜雪鴉をトップスターが演じる役柄にちゃんと見せた力量はたいしたもの。これだけ動きの少ない役どころで真ん中を張れるのは並み大抵のことではなく、『ANOTHER WORLD』に続いて、トップスター紅ゆずるの真価を観た心持ちがした。

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丹翡(たんひの)綺咲愛理は、バービー人形のような抜群の頭身バランスと小顔が、最大限に活かされた役柄に巡り会い、どんなに気丈に振る舞っても強くなり過ぎず健気になる、愛らしい持ち味で役柄を美しく見せている。礼真琴演じる捲殘雲(けんさんうん)に一目惚れされる設定だが、礼との並びもとてもよく似合う上に、紅の凜雪鴉(りんせつあ)、七海ひろきの殤不患(しょうふかん)が、それぞれの思惑がありつつも、彼女に手を貸していく流れを極自然に納得させる、可憐さが大きな武器となった丹翡だった。

その丹翡に恋をする捲殘雲(けんさんうん)の礼真琴は、天下に名を馳せたいと願っている血気盛んな若者役で、久々に本人の学年と個性に合った役柄を溌剌と演じている。非常に早い時点で組の二番手男役になった為に、どうしても大人の役柄が回ってくることが多く、急速に貫禄も身につけているが、こうした猪突猛進の若者役はやはり礼の輝きを際立たせて実に伸びやか。約1時間半の上演時間にキャラクター紹介からストーリーの顛末、更に妖術までを詰め込んでいる関係上、ミュージカルナンバーは少なめなのだが、捲殘雲が英雄になりたいと故郷を旅立つシーンからはじまる冒頭に歌唱力も活かされていた。

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そして、義にも人情にも厚く腕も立つ殤不患(しょうふかん)の七海ひろきは、宝塚的に言うなればWトップが演じてもおかしくない、実質主人公とも言える役柄を、悠揚迫らぬ余裕さえ漂わせて演じているのに舌を巻いた。ストーリーの展開で大切なところは、ほとんど殤不患が担っているという大役中の大役を、ここまで七海が自然体で表出しているのに接すると、場を与えればこれだけ光の輝ける人がこのポジションにいる星組の贅沢さを改めて痛感させられる。凜雪鴉(りんせつあ)とはまさに対照的な人物で、だからこそ凜雪鴉が彼に興味を持ち物語が続いていくだけに、紅に対して絶対に位負けしては成立しなかった役柄を、七海が堂々としかも美しく描き出したことに拍手を贈りたい。改めて大切に遇して欲しいと願うや切の男役だ。

この七海を筆頭に、やはりキャラクターに人材を当てはめていったならではの大役に恵まれたスターたちが多くいるのも嬉しいことで、殺無生(せつむしょう)の麻央侑希は、抜群のプロポーションを活かしただけでなく、こせついたところのない大きな存在感が、原作の人気キャラクターの造形を的確なものにしたし、狩雲霄(しゅうんしょう)の輝咲玲央は、原作ファンから間違いなく絶賛を浴びるだろう見事なキャラクター再現率で地力を発揮。蔑天骸(べつてんがい)の天寿光希は、あまり大柄な人ではないことを全く感じさせないボスキャラぶりが卓越していて、その手下獵魅(りょうみ)の有沙瞳、凋命(ちょうめい)の天華えまが、同期生ならではのコンビネーションで黒い役柄を魅力的に見せ、それぞれ良いアクセントとなっている。廉耆(れんき)の美稀千種、刑亥(けいがい)の夢妃杏瑠、殘凶(ざんきょう)の大輝真琴ら、上級生が底支えする中、丹斐(たんひ)の兄・丹衡(たんこう)の桃堂純が、物語の端緒となる非常に重要な場面を立派に務めたのが印象的だった。

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そんな出演者の卓越したキャラクター造形が光る作品のあとに控えたのがタカラヅカ・ワンダーステージ『Killer Rouge/星秀☆煌紅』(アメイジングスター☆キラールージュ)で齋藤吉正の作。4月〜7月まで『ANOTHER WORLD』と共に星組が上演していた『Killer Rouge』をベースに、新場面を加えたこちらも台湾公演用のショーステージとなっている。
トップスター紅ゆずるにちなんで、 Rouge(紅)色で染まる冒頭から、テンポ良く一気呵成。人数が半分になっていることを感じさせないばかりか、オケボックスのない日本青年館のステージから、客席に届く圧はむしろ高まっているのでは?と思わせるショーアップの連続が楽しい。

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礼真琴のオオカミに綺咲愛里の赤ずきんちゃんをはじめ、賑やかに童話の登場人物たちが集うシーン、紅のスーパー刑事と黒髪ロングヘア—で更に艶やかな七海ひろきの女怪盗の攻防シーンなど、お馴染みとなった人気場面に加え、礼、綺咲、天華えまで歌われるロックシンガートリオや、スモークに包まれた幻想的な舞台で黒燕尾の紅が歌い踊る新場面も快調。中でも「紅子、海を渡る」と題された、紅演じる客席案内係「紅子」の久々の登場に、テンションの上がる観客も多いことだろう。

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紅の話術の素晴らしさにはますます磨きがかかっていて「二階の皆さんには見えているのかしら、それが何より気がかりだわ」と「紅子」が気遣いたっぷりなことが、おそらく見切れる観客の多いはずの二階席の空気も掌握することは間違いない。ここで登場する他のメンバーもとても可愛らしく微笑ましい。その紅はもちろん、大車輪の活躍の綺咲、キレまくるダンスがひと際秀逸の礼、あまりにも美しい男役ぶりが光る七海はじめ、選抜メンバーが大活躍。天華のジャンプアップした存在感、桜のラインダンスのセンターの有沙瞳などに加え、夕凪りょう、湊璃飛、希沙薫等の活躍も目を引く。

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中でも新場面の紅のソロから、男役群舞、娘役群舞、中心スターたち、そしてトップコンビのデュエットダンスまで息もつかせぬフィナーレナンバーはいつ観ても圧巻。この熱いショーの感触を更に熱くする絶大な効果をあげる構成に感嘆する。
総じて芝居、ショー共に台湾公演での喝采が予見できる仕上がりになったのが嬉しく、彼の地での成果を心待ちにできる舞台となっている。

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〈公演情報〉宝塚歌劇星組公演
異次元武侠ミュージカル『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』
〜虚淵玄 原案・脚本・総監修「Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀」より〜
(c)2016-2018 Thunderbolt Fantasy Project
 
脚本・演出◇小柳奈穂子
タカラヅカ・ワンダーステージ
『Killer Rouge/星秀☆煌紅』(アメイジングスター☆キラールージュ)
作・演出◇齋藤吉正
出演◇紅ゆずる、綺咲愛里 ほか星組
●9/13〜24◎日本青年館ホール
〈料金〉S席 8,800円、A席 6,000円 
〈お問い合わせ〉宝塚歌劇インフォシメーションセンター[東京宝塚劇場]0570-00-5100
公式ホームページ http://kageki.hankyu.co.jp/


【取材・文・撮影/橘涼香】


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宝塚が今に問う価値ある再演と熱いラテンショー 宝塚雪組公演『凱旋門』『Gato Bonito!!』〜ガート・ボニート、美しい猫のような男〜

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専科の轟悠が18年ぶりの再演に挑んだ傑作ミュージカル宝塚歌劇雪組公演かんぽ生命ドリームシアター ミュージカルプレイ『凱旋門』─エリッヒ・マリア・レマルクの小説による─と、雪組トップスター望海風斗のイメージからインスパイアされたショー・パッショナブル『Gato Bonito!!』〜ガート・ボニート、美しい猫のような男〜が、日比谷の東京宝塚劇場で上演中だ(9月2日まで)。

ミュージカルプレイ『凱旋門』は、エリッヒ・マリア・レマルクの小説を基に、祖国を追われた亡命者たちが集う、第二次世界大戦前夜のパリで、ドイツから亡命してきた医師ラヴィックが、友人ボリスに助けられながら、運命的に出会った女性、ジョアンとの鮮烈な恋を軸に、過酷な運命に翻弄されつつも懸命に生きる人々を、シャンソンをモチーフにした音楽を絡めて描いた柴田侑宏脚本、謝珠栄演出による作品。2000年に当時の雪組トップスターだった轟悠主演で初演され、轟が文化庁芸術祭賞演劇部門優秀賞を受賞するなど絶賛を博した。今回の上演は、そんな傑作ミュージカル18年ぶりの再演であり、同じ轟悠主演で、望海風斗と真彩希帆以下、現雪組生の出演による、宝塚歌劇としては非常に稀な形での邂逅になっている。

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【STORY】

1938年、第二次世界大戦前夜のヨーロッパは、ファシズム台頭の暗雲に覆われ、革命や内戦、ナチスの選民思想による迫害等から逃れた亡命者たちが、わずかに灯を残すパリに集まりはじめていた。そんな一人に、ゲシュタポに追われている友人を匿ったという容疑で激しい拷問を受け、ナチスの強制収容所から辛うじて脱出したドイツ人の医師ラヴィック(轟悠)がいた。彼は旅券も身分証明書もない亡命者たちの事情を汲んで、宿を提供しているフランソワーズ(美穂圭子)の経営する「オテル・アンテルナショナール」に、様々な事情を抱える亡命者たちと共に身を置き、私立病院の院長でラヴィックの医師としての能力を高く買っているヴェーベル(彩凪翔)のあっせんで、モグリの医師として生きていた。
ある雨の夜、ラヴィックはセーヌ川にかかるアルマ橋の上で、憔悴しきり今にも身投げせんばかりの女性ジョアン(真彩希帆)に出会う。イタリアからパリに来たばかりだというジョアンは、連れ合いの男性がホテルで死んでしまい、どうしてよいのかわからないと錯乱していた。行きがかりから彼女を助ける形になったラヴィックは、ロシアからの亡命者であり親友のボリス(望海風斗)に託し、ボリスがドアマンを勤めるナイトクラブ「シェーラザード」でジョアンが働けるよう取り計らう。
それから三週間。ようやく「シェーラザード」を訪れたラヴィックを、今やクラブの人気歌手となっていたジョアンは、全身に喜びを表して迎え、ラヴィックに生きる希望を与えられ自分は生まれ変わったと、真っ直ぐな愛情をぶつけてくる。寄る辺ない亡命者という自覚から、自らの心を押し殺していたラヴィックも、そんなジョアンのひたむきさに惹かれていく気持ちを抑えることができなくなっていた。
激しく愛し合うようになる二人。だが戦争の暗い影は日一日と濃くなり、束の間の安らぎを求めて旅立ったアンティーブでジョアンは、彼女のファンだという俳優アンリ(彩風咲奈)の歓待を受け有頂天になるが、そんな安らぎに満ちた生活を彼女に与えることは、今のラヴィックにできようはずもなかった。折も折、ジョアンと共にパリに戻ったラヴィックは、義侠心から通りすがりの怪我人を助けたことで、亡命者の身の上が発覚し国外退去を命じられてしまい……

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2000年に初演され高い評価を得たこの作品は、迫りくるファシズムの足音の恐怖に苛まれながら、明日への希望を見出せずにいる人々が、尚懸命に生きようとする心の在りようを描いた柴田侑宏の繊細な脚本に、回り舞台を多用した舞台転換と、ダイナミックなダンスを持ち込んだ謝珠栄の演出のエネルギーが加わった、骨太な仕上がりが特徴的なミュージカルだった。特に、宝塚で通常描かれる男女の、美しく至高の恋愛像とは相当に異なる、嫉妬や妄執や独占欲といった、人間臭い愛憎を絡めながらも、これが遺作となってしまった宝塚のモーツァルトとも称された寺田瀧雄の「パララ、パララ、パララー」のフレーズが殊更印象的な主題歌「雨の凱旋門」をはじめとしたオリジナルの佳曲と、数多のシャンソンの名曲の見事な融合が彩りを添え、暗く重い時代を描きながら適度に現代的なミュージカルナンバーを挿入させるバランス感覚が、作品を宝塚の舞台に着地させていたのが印象深い。何よりも主演の轟悠と月影瞳のコンビが、当時の宝塚全体の中でも突出して大人の雰囲気を持っていたことと、香寿たつき、汐風幸、安蘭けい、朝海ひかる、成瀬こうきなど、男役の層が特段に厚かった雪組の陣容が、作品に群像劇の香りも醸し出していて、フィナーレ付の後もの作品だった初演での、パリ解放のシーンを挟み、華やかなパレードに突入する流れに、希望が感じられたものだ。
その一方で、この作品は翌年の2001年博多座でも上演されていて、この時には荻田浩一の傑作ショー『パッサージュ』との二本立てによる前ものになったことから、ラヴィックの「灯火管制か。あまりに暗くて凱旋門も見えない」の台詞のあと、背中を見せた轟のシルエットに幕が下りてくるという終幕になり、この時点で雪組トップスターとして充実の時を迎えていた轟が、背中で幕を切った見事さが深い印象を残している。しかもこの公演には更なるサプライズがあって、休憩後ショーの開演直前に戦闘の音が響き、やがてそれが去っていくと同時に『パッサージュ』の幕が上がり、場面が進行したのち、最後のパレードだけが初演の『凱旋門』のパレードに準拠したものに入れ替えられて、『パッサージュ』自体が戦禍を経た後のパリの姿、というひとつの大きな世界観の中に二作品が納まるミラクルが仕掛けられていた。ここにもやはり、『凱旋門』の時代を生きた人々が辿る艱難辛苦の果てに、パリが解放され平和な時代を迎える、希望を見出すことができていた。

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だが、2018年の今改めてこの『凱旋門』という作品に接して感じるのは、長引く戦乱と、それが生む膨大な難民を抱えながら、世界全体が保護主義という名の排他的空気に覆われている今の時代が、初演時より遥かにこの作品の時代に生きた人々の苦悩に、現実感を与えてしまっているという事実だった。本来ならば、20年近い時の流れの間に、この空気は更に遠く、歴史のひとコマに近づいていってくれていることが、世界の理想だったはずだ。それがむしろ身近になっている事態には暗澹とするばかりだが、だからこそ今回2018年版の『凱旋門』の描いたラストシーンには、今のこの時代に生きる人々が為すべきことが描かれている。終幕ラヴィックは万感の思いを込めて舞台の奥の暗闇に沈む凱旋門を見つめ、銀橋から花道に去り、本舞台でボリスをはじめとしたパリに残る人々がもうひとつの主題歌とも言える「いのち」を歌い上げる。どのような不安の中でも、絶望の中でも、人は光を求め、自由を、明日を信じて生きるのだと、祈りのように、誓いのように歌われる、信じる心があれば明日はくる、決して希望は潰えはしないというコーラスの中、2018年版のミュージカル『凱旋門』の幕は下りる。胸を鷲掴みにするこの終幕に、2018年の今『凱旋門』が再演された、この作品を宝塚が改めて世に問うた意義のすべてが詰まっていた。どんな時代であっても、どんな空気の中にあっても理想を語ること、希望の未来を信じることの尊さを、この終幕は見事に伝えてくれている。

そんな2018年版の『凱旋門』を初演の主演者である同じ轟悠が務めているのは、宝塚歌劇という世界の中ではほとんど奇跡に近いものだ。時分の花を咲かせて潔く散ることを美学としている宝塚のトップスターの任期は、ここ最近では3年〜長くても5年程度で、男役としての充実を見ることは多くあっても、成熟を見ることは少ない。現に轟自身を思っても、この『凱旋門』の博多座公演で幕を切った背中には、客席にいて男役の本懐を遂げたものが見てとれて、もういつ花道を飾っても悔いがない次元に到達しているやに感じられたものだ。けれどもその感触が全く的外れなものだったことを、2018年再びラヴィックを演じる轟から教えられた想いがする。それほど轟のラヴィックは、人間味に溢れ、自らに禁じていた恋に溺れ、嫉妬に狂い、また一方で自分の運命を暗転させたゲシュタポへの復讐に燃える、ドロドロとした感情を全てさらけ出して尚、宝塚の男役だった。そこには寸分の隙もない、スタイリッシュなこの世のものではない男性像を追求する男役道を極めて、それらを意識の中から完全に外しても美しい、という境地に達した人だけが持てる究極の自然さがあって、ただ目を瞠る。実際轟のラヴィックはここまで宝塚の男役が、しかも大劇場の主人公がボロボロになった姿を露わにしたことがかつてあったろうか?と思うほどの迫真の演技を見せたのち、ラストシーンで花道に去る直前、涙を浮かべながら微笑む。この瞬間に微笑むラヴィックというのは、どこか想像の外にあって、虚を突かれたような思いがしたが、ボリスが用意したパリで生き延びる唯一の手段を若い恋人たちに譲り、強制収容所に入る道を選ぶラヴィックが、ジョアンとの恋の果てに見たもの、明日への希望を託した思いを、微笑みとして集約し得たのは、時分の花を咲かせて散ることを選ばなかった轟にだけ許された表現だったろう。春日野八千代が男役として成熟していく過程には立ち会えなかった世代にとって、スターとしての男役芸が円熟していくのを見たのは初めてのことだ。このラヴィックが宝塚の舞台に再び現れてくれたこと、企画と轟の存在、そして共に舞台を創り上げた雪組メンバーすべてに感謝したい。

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その筆頭がもちろんボリスに扮した望海風斗で、ここまで巨星と言える存在になった轟のラヴィックに対峙して、ちゃんと親友だったばかりか、むしろ懐深くラヴィックを包み込む存在としてボリスを演じきった望海の力量には、尋常ならざるものがある。当代きっての実力派スターだということは周知の事実であるとしても、ここまでその深さが絶大だったことには、改めて感服するしかない。ストーリーテラーとしての要素が書き加えられているとは言え、トップスターとしてはもちろん、二番手の男役が演じる役柄としても決して出番が多い方ではないボリスを、望海の存在感が十二分に膨らませ、多彩なミュージカルナンバーを時に洒脱に、時に切々と歌いあげたことが、作品にどれほど大きな効果をあげたかは計り知れない。特に終幕の「いのち」の想い深い絶唱が、望海の豊かな歌唱力によって届けられたことは、作品にとってもちろん観客にとって何より幸福なことだった。

一方ジョアンを演じた真彩希帆も、宝塚のヒロインとしては非常に難しい役柄に、情熱のすべてで飛び込んだ潔さが際立っている。自分の欲望に正直で、極端に孤独を恐れるジョアンが、手を差し伸べてくれたラヴィックに一途に恋するのも、そのラヴィックが突然目の前から消えてしまった恐怖を埋める為にアンリに走るのも、どこかで仕方がないなと思わせたのはたいしたもの。この女性の持つ心許なさを表わし、嫌な女に見えかねない危険をはらむジョアンを、ヒロインとして支えた真彩の果たした功績にも大きなものがあった。

そのジョアンを嫌な女に見せなかったことに大きく寄与したのが、アンリを演じた彩風咲奈の存在。彩風がアンリ役というキャスティングが発表された段階では、初演のイメージもあって相当意外な思いがしたものだったが、アンティーブのシーンで彩風のアンリが颯爽と登場した時の、舞台がパッと明るく輝いた効果の大きさにすべての得心がいった。パリの暗い空の下ではなく、この太陽の下の豪華な暮らしや、安定した身分が保証されているアンリに、ジョアンの心が動くことを決して責められない。そう思わせるに足る彩風の力量とスター性を見事に活かした起用になった。

また医師としてのラヴィックを信頼し、パリでの生活をある意味で保証してもいる病院長ヴェーベルの彩凪翔も、轟のラヴィックの友人として過不足ない大人の男を表出して目を引く。ある意味の利害関係があることで、同じ友人とは言ってもラヴィックに対して、ボリスとは明らかに立ち位置が異なるヴェーベルを、パリジャンの粋も含めて描き出していてますます力をつけている。

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彼ら主要人物の存在感が大きいだけに、初演では群像劇と感じられた部分がやや後退してはいるものの、亡命者グループにもそれぞれ大きな役割があるのがこの作品の豊かさ。その中でラヴィックが未来を託すハイメの朝美絢とユリアの彩みちるは、『レ・ミゼラブル』のマリウスとコゼットに当たる役柄に説得力を与える、あくまでも仲睦まじいカップルであることを、歌やダンス、更に台詞がないところでも体現していて美しい。ゴッホの絵を片時も手放さないローゼンフェルトの永久輝せあは、恐らく本公演でここまで大きな役がついたのは初めてだと思うが、そのことの方にむしろ驚かされる安定感。どこかで茶目っ気があるのもこの役柄を活かしている。一方その逃げ足の早さで「死の鳥」とあだ名されるマルクスの煌羽レオは、笑顔の中に眼光の鋭さを秘めたマルクスの、ナイフのように冷ややかな内面をよく表現している。この人も本公演でここまでの大役は初めてだと思うが、全く危なげないばかりか、望海、永久輝と三人でのナンバーも遜色なく務め、改めて優れた力量を示していて頼もしい。ゴールドベルクの真那春人の誠実さ故の不幸と、夫人の朝月希和とヴィ—ゼンホーフの縣千との人目を憚る余裕もなくなっている浮き立つ恋との対象を、三人が巧みに演じ互いに照らし出している。また、フランスに亡命しているユダヤ人家族というだけで、ドラマに悲しみを加えるビンダー一家の久城あす、早花まこ、潤花の存在が切ない。

他にもヴェーベルの病院の看護婦長ウ—ジェニーの梨花ますみ。ラヴィックの仇のゲシュタポ・シュナイダーの奏乃はると。ラヴィックに命を救われる娼婦リュシェンヌの舞咲りん。そのヒモのペペの綾凰華。命を長らえることだけが生きていることではないとラヴィックに語る重要な役柄ケートの沙月愛奈。ラヴィックを利用している病院長デュランの透真かずき。パリ警察のアベールの桜路薫。粋なバーテンの橘幸。回想シーンのラヴィックのかつての恋人シビールの星南のぞみなど、雪組のひとりひとりが働き場を得ているのが作品を底支えしているし、更に特筆すべきがオテル・アンテルナショナールの経営者フランソワーズで専科から特出した美穂圭子。義侠心を持ち、危険を冒して亡命者を守るが、あくまでも商売ですと振る舞う、劇中最も大きな心根を持つ人物を美穂が見事に描き出し、その滋味深い豊かな歌声で作品に寄与した力が素晴らしかった。

総じて、今何故『凱旋門』なのか?の答えを、轟悠と望海風斗以下出演者全員が、舞台から発している見事な仕上がりで、宝塚歌劇の持つ力を最大限に示した再演となっている。

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そんな重厚な作品のあとに控えたのがショー・パッショナブル『Gato Bonito!!』〜ガート・ボニート、美しい猫のような男〜で藤井大介の作。クールでしなやかで、なついたかと思うとプイっと背を向ける気まぐれさが人を魅了してやまない猫のイメージと、男役・望海風斗のミステリアスでシャープな持ち味とを重ね合わせた熱いラテンショーになっている。
 
冒頭からあっと驚かされる仕掛けの連続で、彩風以下銀橋にズラリと並んだ男役たち、やがてまさに猫のように横たわる望海と、たたみかける登場の迫力に惹きつけられる。特に「コパカバーナ」の望海と真彩の掛け合いが、歌えるトップコンビの特性を十二分に活かしたフルパワーのぶつかりあいで、宝塚としては極めて珍しいデュエットに爽快な醍醐味があふれる。

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彩風と朝月を中心にしたシーンはピアノをモチーフにしたセットも美しいし、彩風、彩凪、朝美、永久輝が望海に妖しく絡むシーンもカラフルで、スターを寄って見た時はもちろん引いて全体を観ても美しい場面の連続。タンゴクラブのANJU、サバンナのアフリカンなダンスの中塚皓平と、振付陣の仕事にも目を引くものが多い。

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何より、雪組のスターというスターが上級生から下級生まで実にバランスよく場面を担っていて、目に耳に楽しく、その上で歌える人が歌い、踊れる人が踊る藤井の目配りの巧みさには感嘆する。ラテンショー=黒塗りという発想は、そろそろ打ち止めにしても良いのでは?と思わないではないものの、日焼けにヒョウ柄がトレードマークのショー作家・藤井大介の優れた仕事を目にすると、まぁ黒塗りもたまには良いかな?と思わされる、望海風斗が率いる雪組のパワー全開の、何度でもリピートしたくなる魅力にあふれたショー作品だった。

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初日を前に通し舞台稽古が行われ、雪組トップコンビ望海風斗と真彩希帆が囲取材に応えて公演への抱負を語った。

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まず望海が「本日は暑い中、朝早くからありがとうございました。台風も来ていて心配なんでですけれども、9月2日まで皆でどんどん熱い舞台をお客様にお届けしたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします」

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また真彩が「皆様本日は東京宝塚劇場に足をお運びくださいまして、本当にありがとうございます。暑い中、来てくださるお客様にも、毎日楽しい舞台をお届けできるように、私自身も体調に気をつけて精一杯頑張りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします」とそれぞれ溌剌とした挨拶を。

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続いて質問の中で、作品の見どころを問われた望海は、初演出演者の轟悠さんと美穂圭子さんが空気を作ってくれるのに、雪組一同が如何に食らいついていけるか。この作品を通して、人間本来が持っている命を輝かせる美しさをお届けできたらと芝居への意欲を語ると、真彩も轟さんのお力を頂きつつ、映画のような作品の世界観をお伝えしたいと思いを語る。

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またショーについて外のジメジメとした暑さを吹き飛ばすような、カラッとした熱いショーにと望海が述べると、真彩もお客様にも「もう終わってしまったんだ」と思って頂けるようなショーになっているので楽しみにして欲しいと言葉を揃える。

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更に、ショーのモチーフが猫であることに関連して「空前の猫ブームですが、猫の魅力についてどう感じますか?」という問いには望海が「人懐っこさもありつつ、すべてを委ねない感じが追いかけたくなるんじゃないかなと思います。ちょっと凛としているイメージがあります。飼ったことないのですが(笑)。猫って暑さに強いイメージがないので、猫×夏×ラテンというのが、なかなか想像つかないですけど、でも『ニャー』とか言って、人間が使わない言葉を使うとテンションが上がるというか、猫の力を今回は借りているなと思います」答えると真彩も「演出の藤井大介先生が書かれた配役名にたくさんの猫の名前が書いてあって、皆さんもパンフレットをご覧になったらわかると思うのですが、どの猫も演者の皆さんにピッタリだなと私はとても感動して、ぜひ時間があったら調べて頂きたいです。猫の魅力は愛らしいところもありつつ、でも捕まえられないというか、懐いたなと思ったらすぐにプイッとしてしまうという、私も猫を飼ったことはないのですが(笑)。猫の力をかりてプラス『猫のような』なので、自分も演じている中で猫から要素を頂いて演じられたらと思っています。可愛いので、猫大好きです」と、熱く猫の魅力を語りつつも、お互いに猫を飼ったことはない!と答えて笑いを誘う、和やかな時間になっていた。

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尚、囲み取材の詳細は、9月9日発売の「えんぶ」10月号にも舞台写真の別カットと共に掲載致します。どうぞお楽しみに!

〈公演情報〉
宝塚歌劇雪組公演 
かんぽ生命ドリームシアター ミュージカルプレイ『凱旋門』─エリッヒ・マリア・レマルクの小説による─
脚本◇柴田侑宏
演出・振付◇謝珠栄
かんぽ生命ドリームシアター ショー・パッショナブル『Gato Bonito!!』〜ガート・ボニート、美しい猫のような男〜
作・演出◇藤井大介
出演◇轟悠(専科・『凱旋門』のみ)、望海風斗、真彩希帆 他雪組
●7/27〜9/2◎東京宝塚劇場
〈料金〉SS席12.000円 S席8.800円 A席5.500円 B席3.500円
〈お問い合わせ〉0570-005100 宝塚歌劇インフォメーションセンター
〈公式ホームページ〉 http://kageki.hankyu.co.jp/


【取材・文・撮影/橘涼香 】 


座・ALISA『キセキのうた』
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落語世界と宝塚の見事な融合と、紅色のステージで弾けるトップスター紅ゆずるの真骨頂 宝塚歌劇星組公演『ANOTHER WORLD』『Killer Rouge』

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死後の世界で繰り広げられる抱腹絶倒の人情話と、トップスター紅ゆずるの「紅」色に染まるショーが爽快な意欲作、宝塚星組公演 RAKUGO MUSICAL『ANOTHER WORLD』と、タカラヅカワンダーステージ『Killer Rouge』が日比谷の東京宝塚劇場で上演中だ(22日まで)。
 
RAKUGO MUSICAL『ANOTHER WORLD』は落語噺「地獄八景亡者戯」「朝友」「死ぬなら今」など、死後の世界を舞台とした作品を基に、宝塚ならではの純愛物語をからめて「あの世」で起こる様々な出来事が描かれた谷正純の作品。誰も知らない死後の世界が、こんなに賑やかで楽しいものだったら本当に良いだろうなと思わせつつ、与えられた命を精一杯生きることの尊さも描いた宝塚ミュージカルになっている。

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【STORY】
大阪の両替商「誉田屋」の若旦那・康次郎(紅ゆずる)は、天空に蓮の花が咲く幽玄の花園で目を覚ます。なんて綺麗なところだろう、でもどうして蓮の花が空で咲いているのか?と疑問に思ったその時、康次郎は思い出す、そう、自分が死んだことを!康次郎は高津神社の境内で出会った、どこの誰ともわからぬ「嬢(いと)さん」に恋い焦がれ、やっとのことで相手が大阪の菓子屋「松月堂」のお澄(綺咲愛里)だと突き止めたものの、想いを募らせ過ぎた恋患いであっけなく命を落としてしまったのだ。
下界を見下ろせば康次郎の亡骸を前に嘆き悲しむ母・於登勢(万里柚美)と、父・金兵衛(美稀ちぐさ)の姿が……と思いきや、金兵衛は恋患いで死んだ息子を恥じ、両替商の跡取りならせめてもの償いに、貸した借金を返さぬままに死んでいった亡者たちから取り立ててこいと、頭詫袋に証文を詰め込み棺桶に投げ入れているところだった。あの世でまでも借金を取り立てろという父親の仕打ちに腹を立てた康次郎は、現世への未練を断ち切り「あの世」で人間らしく暮らそうと決意する。
そんな康次郎の前に「誉田屋」の手伝(てったい)・喜六(七海ひろき)が現れる。何故お前までがあの世へ!?と驚く康次郎に、喜六は康次郎が死んだ責任を取らされ、五日前に捌いた鯖の刺身をあてに自棄酒を煽っていたところ、鯖にあたってコロリとあの世にやってきたと話し、「松月堂」のお澄も康次郎への恋患いで身罷ったと話す。お澄もあの世にいるのならば、なんとしても閻魔大王(汝鳥怜)の裁きで極楽と地獄に分けられる前にお澄を探し出さなければ!と、康次郎は喜六と共に冥途の旅に出る。その道中であり余る金を持て余しこの世の遊興三昧に飽き飽きして、わざわざフグの肝を食べてあの世へとやってきた、江戸の米問屋「寿屋」の若主人・徳三郎(礼真琴)率いる賑やかな一行や、いつか極楽にいき福の神に生まれ変わりたいという夢を持ちながら「冥途観光案内所」の案内人を務めている貧乏神(華形ひかる)等、旅は道連れ世は情けと賑々しく仲間を増やしていく康次郎。やがて、古今の美女たちが一堂に会して踊る「美人座」で、あの世にも大流行しているというインフルエンザで休演中の静御前に代わって踊る、新入りの菓子屋の娘が評判を呼んでいると聞き、それはお澄に違いない!と、駆け付けた「美人座」でついにお澄に再会。この世で果たせなかった「夫婦」となる約束をあの世で交わしあった康次郎とお澄の純愛話は、「美人座」の呼び物となり満員札止めの盛況が続く。だが「美人座」の大繁盛を妬んだ他の小屋から手が周り、康次郎は冥途の新入りにも関わらず異例の早さで閻魔大王の裁きの場に呼び出されることになって……。

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谷正純という劇作家には一風変わったところがあって、様々な日本物の作品で人情にあふれた人生の機微を描き出すかと思うと、一転、ドラマの展開の中でほとんどの登場人物が死んでしまうという、凄惨な物語を創り出すことも多く、作家の中で両者のカタルシスはどうつながっているのだろう?と常々不思議に思っていた。そんな振り幅の大きな谷作品の中で、突出して高い評価を得てきたのが『なみだ橋 えがお橋』『くらわんか』『やらずの雨』『雪景色』といった落語噺を基にした作品群で、その楽しさと同時にたくましさを感じさせる人生賛歌が、様々な試みをすべて「宝塚歌劇」の大枠の中に取り込んで咀嚼してしまえる劇団の懐の深さの中で、両極端とも見えるチャレンジを続けて来た作家の真骨頂として輝いていたのが印象深い。
そんな落語を題材にしたミュージカルを谷が満を持して大劇場で、しかも死後の世界「あの世」を題材に選んで上演すると聞いた時には、ずいぶんと思い切った試みをと驚く気持ちもあった一方で、谷の落語ものならきっと楽しいに違いないという信頼感が勝ったものだったが、幕を開けたRAKUGO MUSICAL『ANOTHER WORLD』は、まさに作家谷正純が大劇場で放ったクリーンヒットと言える快作。捧腹絶倒の中にホロリとさせる感動もある宝塚ならではの娯楽作品になっている。
考えてみればANOTHER WORLD=あの世に行ってみて帰ってきたという人は誰もいない。人はどこから来てどこに帰るのかの真実を、知っている人はいないだろう。だからこそその神秘には畏敬の念と共に恐れがあり、その恐れに救いを求める宗教が人にとって大きな拠り所ともなってきた。けれどもここで描かれるANOTHER WORLDには、とにかく前向きで明るい楽しさが詰まっている。「美人座」には古今の美女が集って舞を舞っているし、鬼が襲ってきても鬼退治で有名な桃太郎も渡辺綱も坂田金時も揃っている。更に、冥途歌舞伎座では十二代の市川團十郎が揃って各役を演じる「仮名手本忠臣蔵」が上演されているというのには爆笑させられたし、真打ち冥途歌劇団では男役スターが踊り、ラインダンスが華やかに繰り広げられて、『ベルサイユの蓮』が近日上演予定とのこと。この明るさ、煌びやかさはどうだろう。もちろん地獄八景の苦しみさえも笑い飛ばそうという落語噺の力強さを底本にしているとは言え、それが宝塚歌劇でしかできない華やかさに昇華されていて、ベテラン座付作家としての谷の力量を改めて感じさせた。何より大切な誰かを見送った経験のある人ならば、こんなに楽しい賑やかなところで愛する人が過ごしていると思えるだけで、温かい気持ちが満ちてくるはずで、これほど美しいANOTHER WORLDを堂々と描けるのは、宝塚歌劇を於いて他にない。

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そんな作家谷正純に会心作を生み出させる原動力になったのが、主演の紅ゆずるの存在そのものであることは論を待たない。これまではいくら紅ゆずるというスターが卓越したコメディーセンスを持ち、豊かなサービス精神で場を盛り上げることに長けているからといって、宝塚歌劇でセンターを張るスターに、いつまでもコメディーリリーフを期待するのは違うのではないか?という気持ちがどこかにあったものだが、この『ANOTHER WORLD』の登場で、そんな杞憂もすべて雲散霧消するのを感じた。それほど紅の康次郎は膨大な台詞を澱みなく話し、想い人を追って駆け回り、徹底的に上方の「つっころばし」の滑稽味を持ちながら、ちゃんとスターで、ちゃんと二枚目だった。この離れ業は誰にでもできるというものではなく、紅の当意即妙の変幻自在ぶりにはただ感嘆するのみ。一生懸命に生きようと決意するラストシーンまで、紅ワールドの力量全開で、揺るぎない代表作を勝ち得た快演となった。

その康次郎が恋するお澄の綺咲愛里は、ドラマの半ば過ぎという遅い登場でも康次郎が探していたのはこの人だ!という印象を保ち続けたのが、トップ娘役の矜持を感じさせる。お澄という役柄は時にギョッとするような発言もしているのだが、持ち前の愛らしい顔立ちでなんとなく騙されて、あくまでも愛らしい「嬢さん」におさまってしまえるのが綺咲の綺咲たる所以。声質が意外にもアルトなのも今回の役柄には効果的で、愛くるしさの中に密かな良い意味の毒が潜む綺咲の個性が活かされたヒロインぶりだった。

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現世の放蕩三昧に飽き飽きして「あの世」へやってきた徳三郎の礼真琴は、上方の二枚目の康次郎に対して江戸のいなせを担う役どころ。キメにキメた所作も粋だし、何より高い歌唱力が実は相当難易度の高い持ちナンバーを、そうとは気づかせずに楽々と歌っているのに地力を感じさせる。遊びという遊びを尽くした人が「恋の為なら死ぬという奴は大勢いたが本当に死んだ人を見たのははじめてだ」と康次郎に肩入れするという流れも面白く、悠々と舞台に位置していた。

康次郎の冥途旅のはじめの供となる喜六の七海ひろきは、微笑ましい天然ぶりが板についていて、学年を考えると驚くほど可愛らしく、台詞のないところでもそのふわふわパタパタした動きに度々目を奪われた。渋いナイスミドルも堂々と演じる七海が、こういう役どころにも楽々と染まるのは驚異的で、宙組時代にいきなりヒロインに抜擢されていっぱいいっぱいだった『風と共に去りぬ』のスカーレットから、ここに至るまでに七海が示した進歩と進化には惚れ惚れするばかり。美しき実力派として更に貴重な存在になっている。
 
また専科から特出の華形ひかるの貧乏神は『くらわんか』で華形自身が演じた役どころで、知っている人には更に思い入れが深まる粋な配役。福の神になれて良かったねと心から思えるし、もちろんこの作品だけを観ても華形の温かい持ち味が活かされていて舞台の彩を深めている。「めいど・かふぇ」の茶屋娘・初音の有沙瞳は可愛らしい外見を裏切るドスの効いた役柄を巧みに演じ、歌唱力も万全。三途の河の船頭・杢兵衛の天寿光希が、渡し賃が六文から六両に値上がりしている!と息巻くのが、康次郎が持たされた借金の証文につながるのも面白く、天寿の手堅い演技が展開をよくつなげている。

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彼らを含めた康次郎ご一行様以外は、星組の多彩なスターたちがワンポイントで登場する上に、ほとんど特殊メイクに近い状態なので、あの人はどこ!?で大忙しになる公演でもあるのだが、その中でも大きな役どころ赤鬼赤太郎の瀬央ゆりあが、いくら凄んでもあまり怖くないのが瀬央らしさと共にスターらしさを感じさせるし、青鬼青次郎の麻央侑希のおおらかさも良い。閻魔大王の裁きの場で自らが裁かれてしまう右大臣・光明の漣レイラと左大臣・善名の紫藤りゅうも変化をよく現していて、ドラを叩く紫藤の姿の良さが光る。赤鬼赤三郎の桃堂純、赤鬼赤五郎の天華えまも冥途に最初に登場する鬼として目を引くし、桃太郎の極美慎の美しさがこの装束に生かされた。この公演で退団する小五郎の十碧れいや、蔦吉の白鳥ゆりやが特殊メイク班でないのも、座付き作者の配慮として美しい。それらの中で閻魔大王の愛人艶治の音波みのりが、現世では虞美人だったとわかる美貌の娘役ならではの役どころで、星組に音波がいる強さを感じさせる。

もちろん専科から特出の閻魔大王の汝鳥怜の存在感、廉次郎の母・於登勢の万里柚美、父・金兵衛の美稀千種のベテラン勢も適材適所。美稀には「冥途歌劇団」のスター役もあり、やり甲斐も大きいことだろう。何よりも桜の若衆と美女の「チョンパ」ではじまるオープニングから、徹頭徹尾宝塚の良さが生きたANOTHER WORLDが展開された、紅ゆずる率いる星組ならではの娯楽作品となったのが素晴らしかった。

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そんな楽しさに弾けた作品の後に控えたのが、タカラヅカワンダーステージ『Killer Rouge』で齋藤吉正の作。今年三回目となる宝塚歌劇台湾公演でも上演されるショー作品で、「素晴らしい」「格好良い」「魅了する人」などを意味するスラング“Killer”と、紅ゆずるのその名もズバリ紅色=“Rouge”をテーマに展開される、スピーディーなショー作品だ。
幕開けから「紅」が印象的な舞台は「Rouge」一色。もちろん場面によっては他の色も様々に出てくるのだが、観終わってみると「紅色」が脳裏に焼き付いているのは、紅ゆずるその人の多彩なエンターテイナーぶり故に違いない。芝居のつっころばしの雰囲気とはガラリと変わったキレの良いこれぞ宝塚スターのカッコよさを見せたかと思うと、ゴミ袋をさげた冴えないサラリーマンが一転してスーパー刑事「Killer Rouge」に変身する等、紅ならではのシーンがたっぷり。高価な宝石を奪う女怪盗「Mask of Rouge」に七海ひろきが扮したのも、美貌と共に良いアクセントになっている。

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もちろんトップ娘役綺咲愛里も冒頭の銀橋からの初登場を含めて大活躍。童話の世界が様々に混線する「赤ずきんちゃん」の愛らしさと変身の妙も楽しめる。ここでオオカミに扮する礼真琴の茶目っ気も楽しいし、メインシーンの「TANGO ROUGE」では高い身体能力も示して盤石。この場面で相手役を務める音波みのりの礼とのバランスが抜群で、学年的には難しいと知りつつも、音波トップ娘役待望論が絶えないのも納得の美しさを披露している。歌唱力に優れた有沙瞳もますます洗練されてきて艶やか。

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また、瀬央ゆりあの存在感がひと際大きくなり、「POST ROUGE」では一場面を悠々と支えてより頼もしい男役になってきた。麻央侑希の男役スターとしての大きさはやはり魅力だし、いつまでも清新さを失わない紫藤りゅうに男役の色気が出てきたのも発見で、アピール力抜群の天華えま、美貌の極美慎と共に勢いを感じさせる。小桜ほのか、星蘭瞳の娘役有望株もよく目立っているし、専科の華形ひかるがショーにも出演して、持ち前のダンス力が活かされたのも嬉しく、見せる歌が歌えるようになったのはやはり経験の賜物だろう。

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何より退団の十碧れいやにサヨナラショーのようなシーンが用意され、白鳥ゆりやも特段に目立つ配置になっているのに、齋藤の宝塚愛と美徳を感じる。これがきちんとあるから、アニソンや図らずも追悼の趣を帯びた西城秀樹のヒット曲や、及川光博の「紅のマスカレード」などJPOPが多数織り込まれている齋藤好みの選曲が悪目立ちすることなく、宝塚歌劇のショー作品に融合した効果は見逃せない。「桜」にちなんだヒット曲のサビ部分をある意味臆面もなくつないだラインダンスの編曲もいっそ清々しく、攻めの姿勢を貫きつつ、台湾でもきっと喝采を浴びるに違いないと確信できる仕上がりのショー作品となった。

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初日を控えた通し舞台稽古のあと、星組トップコンビ紅ゆずると綺咲愛里が囲み取材に応えて公演への抱負を語った。

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で、作品の見どころを問われた紅は「芝居とショーのギャップ」を挙げて、多彩なショー場面を含めて本人も変身の妙を楽しんでいることが伺えた。また「関西弁のお芝居は少ないので、大阪をますます好きになってもらえるのでは?」と東京公演への意欲を見せた。

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綺咲は「お芝居もショーもスピード感があり、お客様が観終わった時に『ああ、楽しかった』と思って頂けるものにしたい」とこちらも意欲的なコメントを披露。

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自身のお気に入りと、互いのシーンで好きなところは?との問いには、紅と綺咲双方がフィナーレナンバーから続く、ラストのデュエットダンスを挙げ、囲み取材にこの衣装を選択した2人の息もピッタリ。紅から見た綺咲のお気に入りシーンが「赤ずきんちゃん」、綺咲から見た紅のお気に入りシーンがだめんずサラリーマンの「紅パパ」と、双方変身の醍醐味があるシーンを選んだところも面白く、トップコンビの絆の深さを感じさせる時間となっていた。

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尚、囲み取材の詳細は舞台写真の別カットと共に9月9日発売の「えんぶ」10月号にも掲載致します。どうぞお楽しみに!


〈公演情報〉
宝塚星組公演
RAKUGO MUSICAL『ANOTHER WORLD』
作・演出◇谷正純
タカラヅカワンダーステージ『Killer Rouge』
作・演出◇齋藤吉正
出演◇紅ゆずる、綺咲愛里 ほか星組
●6/22〜7/22◎東京宝塚劇場
〈料金〉SS席 12,000円 S席 8,800円 A席 5,500円 B席 3,500円 (全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉東京宝塚劇場 03-5251-2001




【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】  




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珠城りょうの正統派個性で光る作品のハッピーオーラ 宝塚歌劇月組公演『雨に唄えば』

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珠城りょう率いる月組選抜チームのパワー弾けるミュージカル『雨に唄えば』が、TBS赤坂ACTシアターで上演中だ(4日まで)。

ミュージカル『雨に唄えば』は、1952年に大ヒットしたジーン・ケリー主演の同名ミュージカル映画を1983年にロンドンで、1985年にブロードウェイで舞台化し、今尚愛され続けている作品。宝塚歌劇では2003年に安蘭けい主演の星組で初演、2008年に大和悠河主演の宙組で再演されていて、今回はその宙組公演から10年の時を経ての上演となった。

【STORY】
1927年サイレント映画黄金期のハリウッド。モニュメンタル映画の看板スター、ドン・ロックウッド(珠城りょう)は、リナ・ラモント(輝月ゆうま)とのコンビでヒット作品を連発していたが、時代や設定を変えただけで同じ内容のラブロマンス映画に出演し続けている自分の仕事と、ドン&リナの人気を煽ろうと宣伝部が仕掛けた「二人は私生活でもゴールイン寸前」というゴシップを信じこんでいるリナの恋人気取りの態度とに心底うんざりしていた。そんなドンを常に励ましていたのは、親友でピアニスト兼作曲家のコズモ・ブラウン(美弥るりか)。かつてボードビルの舞台で歌い踊っていた時代の相棒だった二人は、立場が変わり成功を納めても変わらぬ友情を育み続けていた。
そんなある夜、コズモに代役を頼み、1人街歩きを楽しんでいたドンは、目ざとく彼を見つけたファンから逃れる為、たまたま居合わせた1人の女性キャシー・セルダン(美園さくら)の恋人を装いその場をやり過ごす。だがキャシーはドンの振る舞いに抗議。スターならば何でも許されると思ったら大間違い、サイレント映画のスターは台詞ひとつなく、ただパントマイムをしているだけで到底役者とは言えない、と酷評して去っていく。だが、初めて自分を特別扱いしなかったキャシーの面影は、逆にドンの心に強く残り、やがて運命に導かれるように再会した二人は互いに恋に落ちてゆく。
そんな折も折、ハリウッドにもトーキー映画の波が押し寄せ、モニュメンタル映画もドン&リナの新作「闘う騎士」を急遽トーキー映画で撮影することになる。だがリナは人前で挨拶をさせることさえ宣伝部が避けてきたほどの悪声の持ち主だった。当然ながら「闘う騎士」試写会は大失敗。この映画が公開される6週間後には自分の名声も終わりだと落ち込むドンを、いつものように励ましていたコズモがある名案を思い付き、キャシーも諸手をあげて賛成するが……

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この作品と、その元になった映画を観る度に思うことなのだが、アメリカの古き良き時代のストーリーの逞しさと、あくまでもハッピーな在りようにはただただ感嘆させられる。映画がサイレントからトーキーへと生まれ変わった時代と言えば、映画界にとっては間違いなく革命が起きた時代で、新たなスターが生まれ、映画の可能性が大きく広がった影で、ルドルフ・ヴァレンチノをはじめとしたサイレント映画の大スターが「英語の台詞を流麗に話せなければならない」という新たな要求の前に、敗れ去っていった格闘の歴史がある。もちろんスタッフ陣にとっても、製作会社にとっても、この大変革がどれほど困難な挑戦の連続だったかは想像に難くない。
けれどもこの作品がそうした全てを、何もかもひっくるめて笑い飛ばして、あくまでも前向きで元気でハッピーなエンターテインメントに仕上げているのには恐れ入る。ドンがトーキー映画の大失敗に将来を悲観して自宅が抵当に取られると嘆くと、コズモが明日は日曜だから週明けまでは大丈夫だと保証(?)したり、ドンが職を失うと言えば、コズモがまた靴磨きでも新聞売りでもできるさと答える。それじゃあ全然励ましになっていない、という気がするのはこちらの感性がウエットなせいで、生きていれば必ず朝がきて、また良いことがある!と歌う「GOOD MORNING」の清々しさや、なくてはならないものだけれども、外出の日に降っているとちょっと憂鬱という雨の日を、最高のハッピーに変えてしまう「SINGIN' IN THE RAIN」には、アメリカのエンターテインメントがある時代まで確かに持っていた王道の力が漲っている。スーパーバレエダンサーとして一世を風靡したアダム・クーパーが、鮮やかなミュージカル俳優デビューを果たしたロンドン製作のバージョンでは、この雨の中のダンスに12トンもの本水が降り注ぎ、舞台も客席もずぶぬれで大騒ぎ!の一大ページェントが繰り広げられてもいて、これは2014年、17年と来日公演が行われているからご覧になった方も多いだろう。とにかく万事に陽気で、アグレッシブなパワーがあふれるミュージカルなのだ。

その点で今回10年ぶりに宝塚の舞台に蘇った『雨に唄えば』は、非常に正しいショーアップがなされていた。特に、「SINGIN' IN THE RAIN」のナンバーで本水が使われることが主流になり、役者の着替えや舞台の清掃などの為に、このタイトルナンバーまでを1幕に入れてしまう必要が生じて以来、この作品の難しさはドラマの大きな動きの部分がほぼ1幕で語られてしまうことにあった。物語のハッピーオーラが明確なだけに、リナの懸命の悪だくみが成功しないことは完全に見えていて、ドラマツルギ—としてのバランスは必ずしも良くない。だが、それが宝塚の手にかかると、2幕でコズモがミュージカル映画の構想を語る「ブロードウェイ・メロディ」のショー場面の華やぎが、謂わばお手の物の輝きを示すから、2幕にもちゃんと大きな山場があると感じることができる。特にショー作家として安定した作品を創り続けている中村一徳の演出が、ショーアップのツボを心得ていることが大きく、KAZUMI-BOYの振付と共に2幕を大いに支える力になった。他にも玉野和紀のタップダンス指導と振付、関谷敏昭の装置等、美しく軽やかなスタッフワークの良さが舞台に際立っている。

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そんなステージの中心に立つドン・ロックウッドの珠城りょうの持ち味が、この役柄に殊の外よく合っていて惹きつけられる。珠城の舞台には抜擢されはじめた下級生時代からすでに、骨太な貫禄が感じられていたものだが、特にサイレント映画の大スターという今回の役柄が、彼女の真っ直ぐで正統派の、これぞ王道のスターぶりに合致した効果は見逃せない。ドンが少年時代から大スターとなった現在までを語る序盤のシーンは、それこそ今なら「経歴詐称」と叩かれるに違いない粉飾だらけのものだが、スターにはプライベートを秘匿する権利があり、情報網も限られていた時代ならではの大物感の中に、生一本な真面目さという芯が通っているのが、珠城ドンのしっかりとした個性になっている。これによって、ドンがキャシーのことをずっと気にかけているという設定にも真実味が生まれて、非常に誠実な好人物のドンとして、月組の『雨に唄えば』を創り上げた功績には大きなものがあった。

そのドンの長年の盟友であるコズモ・ブラウンは、これまで主としてコメディ・リリーフとしての役割りを担ってきた大役だが、そこに美弥るりかが入ることによって、コメディアンとしてだけでなく、ドンの華やかな相棒としての側面がより深まって感じられたのが新鮮だった。ビッグナンバーの「MAKE'EM LAUGH」はもちろん、ドンとのタップダンス、芝居のやりとりすべてに華があり、ここまでドンとコズモにバディ感が生まれたのは、宝塚の過去の上演だけでなく、来日公演等を通じてもこの月組パーションが突出していたと思う。トップに次ぐ強力な男役がいることが、宝塚歌劇が面白くなる大きな要素のひとつだが、今の月組はその意味で群を抜いていて、美弥の存在はやはり月組にとって、ひいては宝塚にとって貴重の一語だ。

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この二人のコンビ感が強いだけに、ドンと恋に落ちるキャシー・セルダンの美園さくらは大変だったと思うが、歌唱力に秀でているという役柄に説得力を与える歌声がまず美しい。メイン3人に全員歌える人が揃ったのも、宝塚の過去の上演の中で初めてで、『雨に唄えば』のナンバーであることを離れて、スタンダードナンバー化している楽曲が非常に多いこの作品の魅力を伝えていた。芝居もよく考えられているし、フィナーレの珠城とのデュエットダンスの髪型が一番顔立ちに映えて美しかったので、ビジュアル面の研鑽も積めば更に伸びてくることだろう。

そしてもう1人、この作品に欠かせない重要な役どころリナ・ラモントには輝月ゆうまが扮した。これまでも真飛聖、北翔海莉と男役の期待株がこの役柄を演じてきたが、それだけに難しいポジションを輝月が十二分に演じたのは賞賛に値する。まずまさかこの顔からこの声が出るとは!?と驚かせられるほど綺麗でないと成り立たない上に、完全なヒールになってしまうとまた違う、適度にヌケている必要もあるという役柄をちゃんと造形して、輝月の力量を改めて示す場になった。特に公演初日から終盤にかけてどんどん華やかさが増したのは、実力派だけに脇に回ることが多かった輝月のキャリアに、センターにいることの経験値が増えた証で、作品にとっても本人にとっても幸運な出会いになったことが何よりだった。
 
また、映画監督ロスコ—・デクスターの蓮つかさは、台詞、仕草全ての間に快調なテンポがあり、ここまで上手い人だったのか!と感嘆させられたし、リナの「友達〜」のゼルダ・サンダースの叶羽時が、歌にダンスに技術の高さを見せていて、ヘアメイクのセンスも抜群。リナの発声指導者ミス・ディンスモアの玲実くれあのカリカチュアされた役作り、映画宣伝部ロッドの春海ゆうの地に足の着いた演技双方が、作品のバランスを絶妙に支えている。惜しくも休演となった佳城葵の代役で、発声コーチを務めた朝陽つばさの大健闘も特筆もので、この公演で退団するメイク係の茜小夏にフィナーレでも目を引く配慮がなされているのは、これぞ宝塚の美徳で作品同様に心温まるものだった。

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ベテラン勢では、撮影所長シンプソンの光月るうが月組副組長となって、ゆったりとした演じぶりと役柄の据わりが格段に良くなったし、この時代を象徴する存在である映画コラムニスト、ドラ・ベイリーで専科から特出した五峰亜季が纏っている宝塚の品格が、この古き良き時代の作品の世界観を創り上げたのはさすが。スターダンサーだった五峰が経験を重ねて貴重な演技者になっていることが素晴らしい。

ひとつ、少年時代のドン白河りりと少年時代のコズモまのあ澪がとても愛らしく目立つだけに、すぐ続くシーンでも少年役として出てくるのがちょっと混乱を招くのが気になったものの、深刻な時代も事柄もすべて歌と踊りで笑い飛ばす、徹頭徹尾ハッピーなミュージカルを月組選抜メンバーが力強く支えたパワーの光る舞台となっていた。

【囲みインタビュー】

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初日を翌日に控えた舞台稽古の後、珠城りょうと美弥るりかによる囲み取材が行われ、二人が公演への抱負を語った。

珠城 皆様本日はお忙しい中お集まり頂きましてありがとうございます。今なんとか無事に舞台稽古を終えてホッとしております。とてもやることが多くてちょっとバタバタしてはいるのですが、でもすごく自分自身もやっていて楽しいなと感じている作品ですし、ご覧になられたお客様にもきっとハッピーになって劇場を後して頂けるるような作品になるのではないかなと思いますので、心を込めて明日から頑張りたいと思います。よろしくお願い致します。 
美弥  (司会に「美弥さんどうぞ」と振られて「え?私も?そうなんだ」と、一瞬笑いながら)本日はお忙しい中ありがとうございます。通し稽古が終わって本当に作品を観て頂く方には、気楽に楽しく観て頂きたいなと思うのですが、意外と結構裏はバタバタしておりまして(笑)、自分が観ていた頃はこんなに大変だとは思っておらず、改めて大変さを実感しております。梅雨の季節ではありますが、皆様に雨が好きになって頂けるような素敵な作品に、(珠城)りょうちゃんを中心に皆で頑張っていきたいと思います。よろしくお願い致します。 

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──ハッピーな気持ちになれるとのことですが、見どころを教えてください。
珠城 見どころは全部と言いたいところなのですけれども、本当に1人ひとりのキャラクター、役名がある人たちだけではなく映像を撮影しているスタッフとか、ちょっとした役で出ている子たちも、細かいところまで役づくりをして、生き生きとお芝居をしてくれています。また、ミュージカルナンバーがすごく沢山ありますので、きっと『雨に唄えば』という作品をご覧になられていない方でも、曲だけは知っているという方もたくさんいらっしゃると思いますので、 そういったダンスナンバーも魅力なのではないかと思います。 
美弥 りょうちゃんが言ってくれたように、沢山の名曲があります。 1幕ラストは本当に雨が降っていて、舞台稽古で初めて私たちも雨が降っているのを見たのですが、結構どしゃ降りで(笑)。大雨警報が出そうなくらいの雨なのでドキドキしながら見ていたのですが、袖にハケてきたりょうちゃんは「楽しかった〜」みたいな感じで戻ってきたので「すごい!」と思ったのですが、(珠城に)どうですか?
珠城 そうですね。お稽古場では水があると想像してやっていたので、実際にやってみると気持ち良く、どんどん高揚していくというか、それによって自分もより嬉しくて幸せな気持ちになります。今まで雨って「憂鬱だな」と思うことが多かったのですが、この作品を通して「雨も嫌いじゃないな」と思えるようになりました(笑)。

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──雨は実際に体験してみてどうでしたか?
珠城 結構すごいどしゃ降りなんです!でもこの季節にはちょうどいい温度で。 
美弥  本当に!?
珠城 冷たすぎずぬる過ぎず気持ちがいいです。でも結構どしゃ降りなので、まつ毛だけは死守したいと思っていますが(笑)。最後は帽子も取ったりしていますし、あの場面の衣装は濡れると色が変わっていく生地になっているので、そこも見て頂けたらいいなと思います。 
──美弥さんは大ナンバーがありますが、その場面の感想を教えてください。
美弥 前回の星組さん、宙組さんとは、大道具や小道具がちょっと変わってニューバージョンなのですけれども、とにかくずっとマラソンを走り続けている感じで、とてもやりがいのあるナンバーです。本当に皆との息が合わないと完成しない場面なので、皆で色々なことを相談しながらタイミングとかを細かくやっていきたいです。でも観ている人にはこちらの大変さなんてどうでも良くて(笑)、クスッと笑って頂けるような場面になればいいなと思います。 

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──ショーとの二本立て作品と変わらないほどの体力が必要な作品ではないかと思いますが、特にタップダンスなどはいかがでしたか?
珠城 ここに来るまでが大変で、毎日美弥さんと「1日1回はタップシューズを履こう!」と言って、2人で毎日練習してきたので、その成果が少しでも出ていればいいなと思いながらやっております。(美弥に)どうですか?
美弥 ドキドキするよね!今回はタップシューズにもマイクをつけて頂いていて、すごく鮮明にね。
珠城 はい、音が!
美弥 ある意味失敗しても鳴ってしまうので、そこはちょっとドキドキしたりしますが、でも本当に2人で一生懸命お稽古してきたので、その成果が皆様に伝わると嬉しいです。 

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──2人のコンビがかなり重要になってくると思いますが、お互いの魅力は?
珠城 最近、お芝居を通して関係を深めていったり、『All for One』ではもともと仲間としてやっていたりとか、お芝居ですごく深い関係性の役をさせて頂いてからの幼馴染みという役なので、すごく安心感があります。 
美弥 ありがとうございます!私も学年の差はあるのですが、それをお互いが感じさせず、心の会話と言いますか。お芝居もそんなに2人で細かく相談をするタイプではなくて、お互いがやってきたことを 「そうやるんだ、じゃあ自分はこうしてみようかな」と自然とやっている感じなので、言葉が少なくても友情関係が見えていくというところに繋がればいいなと思っております。

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〈公演情報〉 
宝塚歌劇 月組公演
ミュージカル 『雨に唄えば』
演出◇中村一徳
出演◇珠城りょう ほか月組
●6/16〜7/4◎TBS赤坂ACTシアター
〈料金〉S席8,800円 A席6,000円
〈お問い合わせ〉宝塚歌劇インフォメーションセンター 0570-00-5100 (10時〜18時)



【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】



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