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宝塚歌劇団専科の凪七瑠海を主演に迎え、類い稀なる美しさで中国の歴史に名を残す皇族・高長恭の数奇な人生を描いた宝塚歌劇花組公演ロマンス『蘭陵王─美しすぎる武将─』がKAAT神奈川芸術劇場で上演中だ(10日まで)。

ロマンス『蘭陵王─美しすぎる武将─』は、6世紀の中国にそのあまりの美貌故に、戦場で兵士たちの士気が下がることを恐れ、仮面をつけて戦ったという伝説で知られ、京劇はもちろん、日本では雅楽の演目としても親しまれている。その蘭陵王の謎多い人生に想像の翼を広げた木村信司の作品だ。フィナーレナンバーの作曲、また本編の楽曲演奏録音に雅楽師の東儀秀樹が参加し、「昔語り」とも呼びたい作品世界が展開されている。

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【物語】
今から1500年前の中国、斉と周が争っていた頃。身寄りも行くあてもない美貌の少年(凪七瑠海)は、繰り返される戦いの中で常に勝った者から類稀なる美しさを愛でられ、命の保証と引き換えに我がものにされるという運命に甘んじて生きていた。幼い彼にはこれが自分だけに起こっていることなのか、誰にでも起こっていることなのかさえはっきりとはしていなかったのだ。そんなある日、北斉軍に捕らえられた少年は、行方知れずになっていた高家の王子・高長恭であることがわかる。この日を境に激変した生活の中で、強い者だけが生き残るという現実を知る高長恭は武術の鍛錬に励み、彼を見つけ出した将軍・斛律光(悠真倫)や、段韶(舞月なぎさ)が一目も二目も置く武術を身につけていく。
そんな最中再び戦乱が始まり、皇太子・高緯(瀬戸かずや)率いる軍の一員として初陣を果たした高長恭は、彼の美しさを見た途端に一瞬ひるみを見せる敵兵を次々に倒して軍を大勝利に導く。その功により皇帝から蘭陵の領地を与えられ「蘭陵王」となった彼は、同時に国中から集められた二十人の美女を下賜されるものの、ただひとり洛妃(音くり寿)のみを賜る。洛妃の振る舞いから彼女が周の間者であることを見破っていた蘭陵王は、正体を言い当てられ自害しようとした洛妃に生きろと命じる。
その後も武勲を立て続ける蘭陵王のずば抜けた強さ、兵士はおろか馬までもが彼の美貌に見惚れ、戦いを忘れてしまうことから、面で顔を覆って戦う将軍として、民の間でも伝説が語り継がれる存在になっていく。他でもない皇太子・高緯すらも蘭陵王に夢中になるが、その人気ぶりがいつか皇太子の立場を危うくすることを恐れた、重臣・逍遥君(帆純まひろ)ら、皇太子の取り巻きたちは蘭陵王を排除すべく画策をはじめる。だがその企みにいち早く気づいたのは、自身も蘭陵王の命を狙った過去を持ちながら、自分と同じように陰惨な幼少時代を過ごしていた彼に、いつしか惹かれていた洛妃で……

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物語は京三紗が語る、のちの蘭陵王=高長恭の幼少時代からはじまる。名も、身よりもない美しい少年だった高長恭が見舞われる過酷な運命は、宝塚歌劇での表現としてはかなり珍しいと思えるほどストレートに描かれているが、状況や本人の感情が直接交わされる台詞以上に、京の「語り」と歌で説明されることがひとつのクッションになっていて、目を覆うという陰惨さを巧みに回避している。その後、少年が実は高貴な身分の生まれであることが判明し、斉の国で立身出世を遂げていく過程や、その絶大な人気故に巻き込まれる陰謀術数の過程でも、常にこの「語り」が舞台を運んでいく為に、作品自体に「日本昔ばなし」ならぬ「中国昔ばなし」と表現したくなる、絵巻物的な物語性が保たれる独特な質感を与えていた。これによってあまりの美しさ故に敵兵ばかりでなく、味方の兵士や馬までもが戦意を喪失する、という主人公の伝説や、皇太子の立場に生まれながら性自認は完全に乙女という、これも宝塚の二枚目男役が演じるにはかなり難しい設定の登場人物が歌う、ある意味ぶっ飛んだ歌詞も「物語」の中に収斂されていくのが興味深い。可能な限りそぎ落とした現実感の薄い装置も、所謂「白髪三千丈」に通じる中国独特の誇張表現の壮大さを、限られた舞台空間に出現させる効果になっていて、何よりそこから最後の最後に「人が嫌がることをしてはいけません」という現代につながるテーマが、ポンと投げ渡されたのには、虚を突かれたような想いがした。
誰もが自由に意見を発することができ、しかも事件性と認められない範囲では匿名性も保たれるネット社会が、あまりにも急速な広がりを見せたが故に、個々の良心や倫理観だけが頼みでは様々に起こる問題に制御が効かなくなっている現代で、最も大切なことは、「自分がされて嫌なことはしない」「面と向かって言えないことは書き込まない」「自分と同じではない他者の感性を認める」等を一人ひとりが心に置くことだと思う。けれどもこうした正論というのは、実は正論であるが故に声をあげにくい面を確かに有している。それを正面から言い切れるのが、『王家に捧ぐ歌』の「世界に求む」から連綿と続いている、木村信司という劇作家の稀有な個性であることが、今回の作品で改めて浮き彫りになった。作品の展開にある種の強引さや、つじつまの合わなさがないではないが、そうした細部を超えた真っ直ぐさがそれらを覆う様はなんとも清らかだ。

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そんな作品の色合いを決定的にしたのが、主演の凪七瑠海の清廉な個性なのは論を待たない。こういった物語の場合、少年時代は小柄な娘役が演じるというのが宝塚歌劇の定石だが、凪七は冒頭から自身で主人公の幼少時代を演じていて、しかもあれだけ長身の人でありながらまるで違和感がなく、澄んだ歌声を聞かせるのに驚かされる。しかも美しすぎるが故に怒涛の人生を送るという、非常に高いハードルの役柄を、感情の起伏を最低限に抑え、透明感のある美しさを保って演じてのけたのは、蘭陵王ここにあり!=凪七ここにあり!に他ならないベストパフォーマンスだった。タイトルロールを演じた『エリザベート』は言うまでもなく、これまでむしろ女役にヒットの多かった凪七が、専科に移籍後決して多いとは言えなかった出演機会の中で地力を蓄え、男役スターとしての代表作を勝ち得たのが喜ばしい。

蘭陵王と深く結びついていく洛妃の音くり寿も、単純な恋愛関係ではないだけに宝塚の娘役としては難しい役柄を巧みに演じている。武器である美声だけでなく、複雑な感情表現にも長足の進歩を見せていて、新進娘役の台頭が著しい花組の中で、子役が最も似合う娘役から、大人の女性が演じられる存在へと見事に脱皮した音の力量が確かに示されたことも、この作品の大きな収穫だった。

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皇太子・高緯の瀬戸かずやは、性自認は女性と言うよりも、やはり乙女と言いたい難役中の難役に体当たりで取り組んだ様に目を奪われる。元々明日海りお率いる花組で、ダンディーで大人な役柄が似合う男役として重用されてきた人だけに、面食らったに近い感覚に陥ったが、だからこそのインパクトは絶大。高緯の抱える悲しみもきちんと表現し、ラストシーンにつなげる役割も果たしていて、実はあとから振り返るとさほど出番が多くないことに再び驚かされる存在感だった。

その高緯を常に庇護している重臣・逍遥君の帆純まひろが、蘭陵王への複雑な感情をにじませ、学年差のある凪七、瀬戸と互角に渡り合って見応えがある。煌びやかなこの時代の装束もよく似合い、凪七とはタイプの異なる美しさが舞台に際立った。将軍・斛律光の悠真倫の、人に心を閉ざして生きてきた蘭陵王が信頼を寄せるのもうなづける、温かな舞台ぶりは貴重だし、武術の師となる段韶の舞月なぎさが、専科勢に位負けしなかったのも作品を支える力になった。蘭陵王に下賜される美女たちの美花梨乃、若草萌香、桜月のあ、詩希すみれ、美里玲菜、の娘役陣は男性役の兵士も務めるし、人の好い皇帝の航流ひびき、皇太子の取り巻きとして陰謀を巡らす澄月菜音、和礼彩、翼杏寿、南音あきら、颯美汐紗、珀斗星来、刺客の青騎司、礼哉りおんをはじめ、それぞれ何役も演じる男役陣が、最下級生に至るまで働き場を得ているのは、こうした少人数の公演ならではの妙。様々な経験がのちに活かされることだろう。

分けても「語り部」としてこの作品を静かに牽引した京三紗の滋味深い語り口と、広寧王の妻という役柄ではあるが、実質的にはもう1人の語り部である花野じゅりあの、目に見えない戦闘と大軍勢を確かに舞台上に具現させた迫力の語りとの対比も効果的だった。もちろんフィナーレナンバーを含めた、東儀秀樹の音楽と演奏も作品に雅さと共に異空間を演出する材料となっていて、「美しかったが、悪いか」とさらりと言ってのけた凪七と、言わせた木村双方に感嘆する作品となっている。


〈公演情報〉
宝塚歌劇花組公演
ロマンス『蘭陵王─美しすぎる武将─』
作・演出◇木村信司
出演◇(専科)凪七瑠海、ほか花組
●12/4〜12/10◎KAAT神奈川芸術劇場
〈料金〉S席 7,800円 A席 5,000円
〈お問い合わせ〉宝塚歌劇インフォシメーションセンター[東京宝塚劇場]0570-00-5100
公式ホームページ http://kageki.hankyu.co.jp/



【取材・文・撮影/橘涼香】


『暗くなるまで待って』


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