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トップ娘役愛希れいかの退団公演であり、宝塚歌劇『エリザベート』10回目の節目の上演でもある宝塚月組公演ミュージカル『エリザベート〜愛と死の輪舞〜』が東京宝塚劇場で上演中だ(18日まで)。

1996年に宝塚雪組によって初演されたこのウィーンミュージカルは、宝塚歌劇に歌だけで綴るミュージカルの可能性を拓き、上演回数1000回、観客動員数250万人を突破する人気演目として成長を遂げてきた。今回の月組公演はその10度目となる再演で、実に10回目にして、これまでの宝塚バージョンとは明確に異なる顔を作品が見せたことが、非常に大きな驚きと見応えを表出させるものとなった。

とは言え、その宝塚バージョンは2002年春野寿美礼トップスター時代の花組公演で、トートとエリザベートが互いの勝利を確信して歌い競うナンバー「私が踊る時」が加えられて以降、細やかな芝居や演出の調整はあるものの、大枠としてはこれまでの基本路線が踏襲されている。今回の月組公演もその意味で、大がかりな変更が加えられた訳ではないのだが、それでいて確かにこれまでの宝塚バージョンとは違う色合いを示したのが興味深い。これは最も下級生でトート役を演じることになったトップスター珠城りょうと、『エリザベート』史上最も長い主演経験を持ってエリザベート役を演じることになったトップ娘役の愛希れいかという、これまでの宝塚歌劇『エリザベート』上演史で初となる、両者の取り合わせがたくまずして描き出した、2018年月組版だけのカラーと言える。

元々ウィーン生まれのこのミュージカルでは、タイトルロールの皇后エリザベートが死に魅せられる願望の象徴として存在していた「死=トート」役を、エリザベートを愛してしまった「黄泉の帝王」と位置づけたのが、小池修一郎の宝塚版潤色の大きな仕掛けだった。人間に対して絶対的な優位、完全な勝利を握っているはずの「死」が、生きたままのエリザベートに愛されたいという願いを持ってしまう。この「禁じられた愛のタブー」を描く「愛と死の輪舞」のパラドックスが、ウィーンミュージカル『エリザベート』をトップスターが男役であることが揺るがない宝塚歌劇のシステムに添わせることを成功させた、今日わが国の『エリザベート』人気の根幹になった出発点だった。だから初代の一路真輝から、トートは妖しい幽玄のイメージを纏ったこの世ならぬ者として舞台に位置していた。それは直近の宙組公演で、太陽のような明るさを誇った朝夏まなとが演じてさえも、変わらずに引き継がれているものだった。

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だが、珠城りょうのトートは、それら歴代のトートとは明らかに異なる質感を持って舞台に登場してきた。それはゴールドに様々なカラーのメッシュを入れた新たな髪色や、小池自らがトートのテーマカラーの変遷について宙組版の制作発表会見の折「トートに例えば赤という訳にはいかない、やはり寒色でないと」という趣旨の発言をしていたにも関わらず、結婚式の赤いロングコートや、「私が踊る時」の赤いスカーフなど、トートの衣装に赤が登場してきたこととも、恐らくは密接に関係があるだろう珠城トートだけの新しさだった。それほど珠城トートは熱く、剥き出しの感情を露わにし、どこかではむしろ抑制された生活をおくっている皇帝フランツ・ヨーゼフよりも人間的に見えるほどに、エリザベートを求めていた。その姿は珠城の男役として恵まれた大柄の体躯のイメージも手伝って、この世ならぬ者と言うよりもむしろカリスマのロックスターを思わせた。端的に言って赤を着せたいトートには、実に斬新なものがあった。
 
一方愛希のエリザベートの劇中に芯として立つ存在感にも、歴代の宝塚版エリザベートの枠には到底収まらない強さがあった。それは、冒頭の自由を求める詩の朗読シーンから顕著に表れていて、初代の花總まりから実咲凜音までのエリザベートが、自由な魂への少女らしい憧れを表現していたのに対して、愛希のエリザベートの自由への希求には、祈りとも言える切迫感があって驚かされたものだ。この朗読にすべてが象徴されている、愛希エリザベートが自由を求めるエネルギーには、仮に彼女がオーストリー皇后にならなかったとしても、魂が求める自由には到達できなかったのではないか?とさえ思わせる渇望があり、それがダンサーとしての評価が最も高かった「娘役・愛希れいか」が、近年では最長の6年間というトップ娘役経験で培った歌唱力、演技力と共に、舞台を覆いつくすパワーとなって迸っていた。やはり再び端的に言って、すでに宝塚のトップ娘役というカテゴリーから飛翔しているエリザベートがここにいた。

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この二人の関係性を俯瞰した時に、真っ先に思い出すのが本家ウィーン版の『エリザベート』の存在なのは、思えばあまりにも運命的だ。最も若いトップスターの珠城演じるロックスターのようなトートと、最もトップ娘役としてのキャリアを積んだのちの愛希演じる生命力の塊であるエリザベートとの真っ向勝負が、宝塚歌劇10回目の上演にして、作品を本家の趣に帰還させたことは、いったい何のはからいだったのだろうか。ただひとつ言えるのは、ミュージカル『エリザベート』は今も生きているということだ。そんな作品としてのしぶとさ、ひいては宝塚歌劇の奥深さを、この2018年月組バージョンは見事なまでに噴出させた。その作品と劇団の力がこの壮絶なチケット難を呼び、宝塚歌劇の財産演目としての『エリザベート』の価値を改めて知らしめる上演になったことは、愛希れいかの退団公演でもある10回目の『エリザベート』に、最も相応しい輝きを与えていた。珠城率いる宝塚歌劇月組と、宝塚のトップ娘役の立場から飛び立っていく愛希の双方の、今後の活躍に期待が膨らむ時間だった。

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また、今回は専科生の応援を頼むことなく、月組生だけでこの大がかりな作品が上演されていることにも、現在の月組の底力が感じられる。
その筆頭、皇帝フランツ・ヨーゼフの美弥るりかは、エリザベートを深く愛しながらも生まれながらの皇族であるが故に、古い仕来たりの矛盾や皇后の鬱屈に気づけない、高貴な生まれの人間だけが持つある意味の鈍感さを気品高く描き出している。元々初代の雪組のスター分布図が高嶺ふぶきと轟悠で、双方のカラーから必然的に二番手の男役がフランツを演じることになった、というはじまりのキャスティングがそれこそ宝塚の仕来たりとして踏襲されているだけで、二枚目男役としては相当な辛抱役であるフランツを、皇帝としての務めと皇后への愛の狭間で葛藤する人物として成立させた美弥の地力がここで改めて証明されたのは喜ばしい。大劇場公演での休演で案じられたが、東京では盤石に公演を務め、高音域の歌い方にも進化を感じさせて、月組の柱の一角としての存在感を示している。

一方大役中の大役であるルイジ・ルキーニの月城かなとは、深い芝居心で狂言回しでもある役柄を自在に活写している。ルキーニがイタリア人であることに説得力のある美貌も生きたし、客席への語り掛けも当意即妙。課題だと感じられたフィナーレのダンスシーンも東京公演で長足の進歩を見せて頼もしい。
 
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皇太子ルドルフの暁千星は、母の愛に飢えた青年皇族の面が際立つ。卓越したダンスに生命力があるのが、ルドルフ役としては難しさも孕むが、それ故に凝縮した出番のルドルフがより輝くのも事実で、役替わりの革命家エルマーも含めて暁のスター性はやはりまぶしい。フィナーレナンバーの踊りっぷりにも胸のすく思いがして、目を離せない魅力がある。
その暁との役替わりでルドルフを演じた風間柚乃は、オーストリー=ハンガリー帝国の行く末に心傷める憂国の皇太子の色が濃い。新人公演、また代役で演じたルキーニ役での縦横無尽な演じぶりといい、このルドルフ、そして革命家シュテファンいずれでも非凡な演技力を披露していて、稀有な若手実力派としての末頼もしさが光り輝く公演になった。

皇太后ゾフィーの憧花ゆりのもこの公演が退団公演。これまでも謂わばスター組長として数々の大役を演じてきた憧花の集大成に相応しい役柄を得て、君主制を守り抜こうとする皇太后、ただの嫁いびりの姑に堕ちては成立しない「宮廷でただ1人の男」を十二分に表現して有終の美を飾った。
エリザベートの自由への憧れを体現する父・マックスを、愛希の同期生の輝月ゆうまが演じられるのが月組の豊かさで、粋でダンディーな自由人をセンターにいない時にも闊達に表す輝月の芝居心と歌唱力が共に活かされた。同じく愛希の同期生の晴音アキがリヒテンシュタインに扮したのも手厚い布陣で、やはり歌唱力に秀でる晴音の力量が光る。またグリュンネ伯爵に紫門ゆりやが配役された時には、宝塚世界での時の流れに感慨も覚えたが、品良く姿も良いスターがこの役柄を演じる妙味はむしろ感動的。ヒューブナ—男爵の響れおな、ラウシャー大司教の千海華蘭、シュヴァルツンベルク侯爵の颯希有翔ら、ゾフィーの取り巻きの要人たちがそれぞれに個性的なのも良い効果になっている。 
また、各革命家エルマーとシュテファンを役替わりで演じた蓮つかさの非常に優れた役者ぶりが、このかなり難しいだろう二つの役柄の演じ分けでより鮮明になったのも嬉しいことだったし、夢奈瑠音以下黒天使も充実。中でもマデレーネの天紫珠李に注目株の勢いがある。ツェップスの光月るう、ヘレネの叶羽時が役柄を的確に表現し、マダム・ヴォルフの白雪さち花、少年ルドルフの蘭世恵翔もそれぞれの歌声で作品の重要なパートを支えた。
中でも特筆すべきはヴィンディッシュ嬢の海乃美月で、自分をエリザベートだと信じている精神を病んだ女性を歴代最もあざとさのない、美しい表現で描き出してこれは出色の出来。自由を追い求める真実のエリザベートと魂が確かに共振した場面は、この2018年版月組バージョンの大きな成果のひとつと言え、着実に力を蓄えて来た貴重な娘役である海乃を改めて大切にして欲しいと感じた。

更に、フィナーレナンバーで次期トップ娘役に決定している美園さくらを珠城と踊らせるなど、細かい配慮も行き届いていたが、ここのアレンジはいくら珠城が異色のトートを熱演しているにしても、やはりラテンでない方が良かったのではないか。これは音楽監督の吉田優子に一考して欲しい点だが(『エリザベート』のフィナーレナンバーにはそもそも定型の魅力があり、仮にアレンジも出尽くしたのであれば歴代の良かったものの再演でも全く問題はないと思う)。

宝塚歌劇10回目の『エリザベート』が、珠城と、大輪の花を咲かせて宝塚を去っていく愛希による、唯一無二のバージョンになったことが、長く記憶に残るに違いない舞台となっている。

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また初日を前に月組トップコンビ珠城りょうと愛希れいかが囲み取材で、記者の質問に応えた。

【囲み取材】

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まず珠城が「今の月組だからこそできる『エリザベート』をお客様へお届けしたいと思っておりますし、今回10回目の節目の公演でもありますので、『エリザベート』という作品への思いも大切に胸に留めながら公演を務めて参りたいと思います」と挨拶。

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続いて愛希が「私ごとではありますが、この公演で宝塚歌劇団を退団させていただきます。最後の日まで、皆様への感謝の気持ちを忘れずに精一杯務めて参りますので、どうぞよろしくお願い致します」と、自身の退団への想いも重ねての挨拶を述べて、特別な公演への想いが場に溢れる。

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その中で、歴代と違う自分ならではの役作りを問われて珠城が、一言で表すのはとても難しいと述べつつ、自身が身長もあり、男らしい男役と称されることも多いので、トートの絶対的存在を力強く出し、そのトートが感情を露わにするところを明確に出していきたい、という趣旨の方向性を語ると、愛希も私らしさとは何かを常に模索していて、エリザベートの強さと儚げな弱さを意識していると、それぞれに役柄のコントラストを追求していることが印象的だった。

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また、愛希の退団に際して、これまでお互いの気持ちや月組の仲間との気持ちの共有を大切にしてきたので、愛希との集大成を観て頂くのに、『エリザベート』はとても良い作品だったと感じていると珠城が語ると、珠城のトートの胸の中に終幕飛び込んでいける、安心してそこへ行けると愛希が答え、二人のトップコンビの集大成に相応しい作品への手応えを感じさせる時間になっていた。

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尚、囲み取材の詳細は、舞台写真の別カットと共に2019年1月9日発売のえんぶ2月号にも掲載致します!どうぞお楽しみに!
  
〈公演情報〉
宝塚月組公演
三井住友VISAカードミュージカル『エリザベート〜愛と死の輪舞〜』
脚本・歌詞◇ミヒャエル・クンツェ
音楽◇シルヴェスター・リーヴァイ
オリジナル・プロダクション◇ウィーン劇場協会
潤色・演出◇小池修一郎
出演◇珠城りょう、愛希れいか ほか月組
●10/19〜11/18◎東京宝塚劇場
〈料金〉SS席 12,000円、S席 8,800円、A席 5,500円、B席 3,500円(税込)
〈お問い合わせ〉0570-005100 宝塚歌劇インフォメーションセンター



【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】


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