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大切な人を亡くした人々が、その悲しみと喪失感を超えて、新たな絆をつないでいく再生と希望のブロードウェイ・ミュージカル『シークレット・ガーデン』が、日比谷のシアタークリエで上演中だ(7月11日まで東京。のち神奈川、福岡、兵庫公演あり)

Musical『シークレット・ガーデン』は、「小公子」「小公女」等でも知られる小説家バーネットの「秘密の花園」を基に1991年ブロードウェイで開幕したミュージカル。同年のトニー賞ではメアリー役を演じたデイジー・イーガンが当時としては最年少の11歳で助演女優賞を受賞する等、3部門を受賞し喝采を集めた。日本ではアメリカのツアーバージョンによる来日公演が1993年に行われている。以来25年、最愛の妻を亡くした悲しみに心をと閉ざしている館の主人アーチボルトに石丸幹二、亡き妻リリーに花總まり、物語を動かすメアリーに池田葵と上垣ひなたのダブルキャストをはじめとした、日本ミュージカル界の錚々たる顔ぶれが集結し、満を持した日本版上演の幕が開いた。

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【STORY】
1900年代初頭。イギリス領インドで育った10歳の少女メアリー(池田葵・上垣ひなたダブルキャスト)は、両親を流行り病で亡くし、イギリスのノースヨークシャーに住む伯父・アーチボルド(石丸幹二)に引き取られる。だが、アーチボルドは身体に障害のある自分を真っ直ぐに愛してくれた美しい妻リリー(花總まり)を亡くして以来、癒えぬ悲しみに心を閉ざし、リリーの面影を留めた息子・コリン(大東リッキー・鈴木葵椎ダブルキャスト)とも距離を置き、病弱なコリンの治療をはじめ屋敷の管理は、医師であり弟のネヴィル(石井一孝)が一手に引き受けている状態だった。
そんな陰鬱な空気に包まれている館で、メアリーはメイドのマーサ(昆夏美))や、その弟のディコン(松田凌)と次第に打ち解けていく中「秘密の花園」の存在を知る。それはリリーが大切に世話をしていた庭園だったが、彼女の死後アーチボルドが鍵をかけ扉を閉ざしてしまったというのだ。メアリーはふとしたことからその鍵を見つけ出すが、蔦に覆われ尽くした庭のどこを探しても肝心の扉が見つけられずにいた。
ある日メアリーは、ネヴィルの言いつけにより自分の部屋から一歩も出ず、不自由な足で歩くこともできないまま、大人になることなく死んでいくのだ、という恐怖を抱え捻くれた少年に育っているコリンに出会う。互いに使用人が身の周りのことをしてくれるのが当たり前という環境で育ち、自分の意見を押し通そうとする二人は始めは激しく衝突するが、やがて友情を育み、メアリーはマーサやディコンの協力を得て、ネヴィルの目を盗んでコリンを外に連れ出し、彼にも大人になる未来がちゃんとあることを伝える。そんな二人を見守り続けていたリリーの魂に導かれ、メアリーは遂に「秘密の花園」の扉を発見。ディコンと庭師ベン(石鍋多加史)と共枯れてしまった花園を蘇らせようとするが……

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バーネットの「秘密の花園」はある時代までの少女ならほとんどが読んでいるだろう所謂「少女小説」で、両親に先立たれひとりぼっちになったヒロインが、引き取られた館で成長し奇跡を起こすという物語だ。だからドラマを運ぶのは当然メアリーで、トニー賞を受賞したのもメアリー役のデイジー・イーガンだったし、93年の来日公演の折も、アーチボルドたち大人たちの原作にはない設定が多く書き加えられている中でも、メアリーが主人公のミュージカルという印象が変わることはなかった。
だが、今回のシアタークリエの日本版に接して驚いたのは、ほぼ出ずっぱりのメアリーが物語を動かしていくことは同じでいながら、大人たちの物語が非常に色濃く舞台に立ち現れているということだった。最愛の妻を亡くした悲しみから立ち直れずにいるアーチボルド。その弟で密かに義姉を愛していて、今は忘れ形見の甥の治療をしているネヴィル。メアリーの協力者になるマーサとディコン。仕事を失うことを何より恐れてメアリーの行く手を阻む使用人たち。それら生きている人々に、すべてはこの人たちの死から始まったという重要な位置づけとなる、アーチボルドの妻リリー。メアリーの両親ローズとアルバートと言った、生死を分けている人々が舞台上に同時に表われ、それぞれの想いの中でメアリーを、コリンを想い、非常に緻密で難易度が高く美しいミュージカルナンバーを歌い演じて、次元を超えた舞台を紡いでいく。

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この手法は舞台芸術にしかできない表現方法で、その幻想性の高さが、例えば「鳥や草木と会話ができる」というディコンの設定を、全く絵空事に感じさせない力になっている。特に感心したのが、冒頭流行り病に倒れていく人々を赤い薔薇で象徴していたことで、その薔薇が咲き誇る終幕、秘密の花園の再生が登場人物すべての再生につながっていくことに見事にリンクした、優れた効果をあげていた。その中で、ラストシーンだけはもう少し写実的な装置の表現でも良かったかな?という気持ちも僅かにはあるが、すべてを幻想性の中で展開していたからこその美しさも確かにあり、演出のスタフォード・アリマがこの舞台に貫いたものを感じさせていた。

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そのMusical『シークレット・ガーデン』を少女メアリーだけでなく、大人たちの物語としても表出し得たのが、この日本版カンパニーの贅沢な布陣にあることは言うまでもなく、その筆頭がアーチボルドの石丸幹二。背中に障害があり、歩き方も生き方も鬱屈している人物で、登場シーンから暗い面影をずっと纏っているという、作品の看板を支えるのには難しい役柄だし、出番もミュージカルのセンターとしては決して多くはない。だが、石丸幹二というスターであり、優れた役者がアーチボルドを演じることで、彼にとって最愛の妻リリーがどれほど大切な生きる希望であったか、リリーさえ生きていたならアーチボルドはこんなに後ろ向きの人物ではなかったはずだ、という背景がストレートに伝わるから、彼になんとか立ち直って欲しいという気持ちが素直に湧いてくる。しばしば挿入されるというよりは、タペストリーのように織り込まれていく回想シーンでの、リリーとの眩しい日々が輝けば輝くほど、リリーを忘れられないあまり息子や姪にも心を開くことができないアーチボルドの悲嘆に涙せずにはいられない。夫婦に限ることなく、大切な誰かを失った経験のある、またその日がくることを心のどこかで憂いている、人が生を受けて誰かと絆を結んで生きていく限りつきまとう想いに寄り添う、誰でもが共感できるアーチボルド像を創り上げた、石丸の力量と常に変わらぬ歌唱力に深い感銘を受けるパフォーマンスだった。

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その妻リリーの花總まりは、開幕した時にはすでに亡くなっているという役柄を、持ち前の美しい立ち居振る舞いと完璧なドレスの着こなしで、まず視覚的に支えたのが花總ならでは。リリーがどこまでも美しくないと、妻を失った喪失感に囚われているアーチボルドや、彼女を密かに愛していたネヴィルの心情に説得力が得られないことを考えても、花總のリリーはまず最も大切なところをきちんとクリアしていて、幻想的な女神のような在り方で舞台の花となっていた。何しろ亡くなっている役柄なので、台詞もないままふっと舞台に登場している瞬間が多いのだが、そこにちゃんと視線を集める姫役者ぶりが光るリリーだった。

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リリーを密かに愛していた医師で、アーチボルトの弟ネヴィルの石井一孝は、役柄の設定自体がほぼミュージカル版オリジナルで、その厳格さと意固地さがメアリーにとっては脅威ともなる役どころ。だが、その想いが決して屋敷の管理をすることで兄の権利を奪おうとか、リリーを妻にした兄に嫉妬しているとかいう負の要素から立ち上がったのではなく、密かに愛していた義姉の忘れ形見のコリンをなんとか救おう、無為の日々に引きこもっている兄に代わって、屋敷を守ろう、と務めている不器用な人間故の過ちにちゃんと映ったのは、役者石井一孝が持つ人間臭さと熱量があってこそ。石丸と歌う「Lily's Eyes」の絶唱もこのミュージカル全体の大きな聞きもので、大人たちの物語でもあるMusical『シークレット・ガーデン』に大きく寄与していた。

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その中で、やはりこの少女がすべての奇跡を起こし、ドラマを運ぶメアリーは池田葵の回を観たが、ミュージカル『アニー』のアニー役を含め、数々の大舞台を経験しているならではの舞台度胸の良さ、芝居、歌、ダンスすべてに高いレベルをキープしている実力がこの大役に活きている。わがまま放題に育った娘として登場する描写からどこかで微笑ましさがあり、メアリーの成長とそのパッションが周りの人々を変えていく過程を鮮やかに描き出していた。彼女の生き生きとした姿は、日本版初演の舞台を輝かせた殊勲者と言える。やはりミュージカル『ライオンキング』でヤングナラ役を演じた経験者である上垣ひなたが、どんなメアリーを演じるのかも大変楽しみだ。

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そのメアリーの1番の理解者となるメイドのマーサの昆夏美は、本能で自分を思ってくれる人をちゃんとかぎ分ける子供が、真っ先に信頼する人に相応しい温かさと、ただ優しいだけではない毅然とした態度とのバランスが絶妙。このミュージカルの日本版上演があと何年か早かったら、メアリーを演じていたのは昆だったのでは?と思うほど愛らしい人が、今マーサ役を誠実に演じていることには深い感慨があるし、マーサがメアリーを鼓舞するビッグナンバー「Hold On」の見事な歌唱はスタンディングオベーションもの。この1曲を聴くだけでも劇場に行く価値があると思わせる素晴らしさだった。

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マーサの弟ディコンの松田凌は、非常に透明感のある清々しい個性が、前述したように「鳥や草木と会話ができる」というディコンの能力に大きな説得力を与えている。優しさにあふれた演技、伸びやかな歌唱にも将来性を感じさせ、ミュージカル界次世代のスターとしてますます注目が集まりそうだ。
 
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アーチボルドとリリーの息子コリンは、ダブルキャストの大東リッキーで観たが、ほぼ車椅子に座ったままという制限の多い芝居の中で、コリンの不安や恐れをよく表現している。希望を得ていく過程の笑顔も晴れやかで、わがまま放題の登場シーンもむしろ爆笑を誘う愛らしさで魅了した。異なる愛らしさを持つ鈴木葵椎の表現も楽しみだ。

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メアリーの母でリリーの妹の笠松はるは、メアリーとアーチボルドをつなぐ役どころ。メアリーへの想いが佇んでいる表情からもよく表れていて、回想シーンでリリーを案じる心根も誠実に描き出している。歌唱力も安定していて、リリーとメアリーの場面は元宝塚歌劇と元劇団四季のヒロイン役者同士という興趣もあり、存在感を発揮していた。また彼女の夫でメアリーの父アルバ—トの上野哲也は『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』等の大役経験はもちろん、わらび座に在席していた人だという来歴に深く納得する、朴訥な温かさが印象的。終幕近くメアリーを抱きしめる姿の切なさには涙を誘われた。

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また、リリーが信頼していた庭師ベンの石鍋多加史は、土の匂いのする男性の実存感が抜群で、他にも様々な役柄を演じ作品を支えている。その石鍋を筆頭に、太田翔、鎌田誠樹、鈴木結加里、堤梨菜、三木麻衣子がアンサンブルという言葉ではとてもくくれない大きさで、それぞれの役割を果たし作品を魅力的に彩った力が、この舞台の魅力を倍加していてそれぞれ喝采に値する。何より、少女だけでなく、どの世代の人が観ても、必ず誰かに共感し勇気を得られる作品として、日本版Musical『シークレット・ガーデン』が創り上げられ、シアタークリエ10周年の寿ぎに更なる輝きを与えたことは喜ばしく、1人でも多くの人に観劇し、何かを感じて欲しい舞台となっている。

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初日を前に、石丸幹二と花總まりから公演への意気込みのコメントが届いた。

【コメント】

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石丸幹二 アーチボルド役
舞台稽古に入り、演出の“マリア・マジック”に掛かりながら『シークレット・ガーデン』の世界観がより深まっていくのを感じています。原作小説は子供の目線で描かれていますが、このミュージカル版は大人の物語でもあり、人生の喜び、哀しみを深く味わえる作品になっています。
アーチボルドという一人の男が、伴侶の喪失から再生していく…。誰しもが経験する肉親との別れ。人生の最大の危機を乗り越えるための鍵穴がここにあります。アーチボルドに心を添わせて観てください。皆さんの心の中に堅く閉ざされた扉があるなら、きっと鍵を見つけて頂けると思います。

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花總まり リリー役
原作の「秘密の花園」を子供の頃に読んだことのある女性は多いと思います。
ミュージカル版も観れば観るほど心に響いてくる作品になりそうだなと、お稽古をしながら日々感じています。
一度だけではこの作品の全貌を知ることが難しいかもしれません(笑)。ぜひ何度でもご覧ください。そして、皆様それぞれの人生と重ね合わせて、何かを感じていただけるととても嬉しく思います。劇場でお待ちしております。

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〈公演情報〉
Musical『シークレット・ガーデン』
脚本・歌詞◇マーシャ・ノーマン
音楽◇ルーシー・サイモン
原作◇フランシス・ホジソン・バーネット「秘密の花園」
演出◇スタフォード・マリア
出演◇石丸幹二、花總まり
石井一孝、昆夏美、松田凌、池田葵・上垣ひなた(Wキャスト)、大東リッキー・鈴木葵椎(Wキャスト)、石鍋多加史、笠松はる、上野哲也
太田翔、鎌田誠樹、鈴木結加里、堤梨菜、三木麻衣子
●6/11〜7/11◎東京・シアタークリエ
〈料金〉S席1,2500円 A席9,500円
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777
●7/14〜16◎神奈川・厚木市文化会館
〈料金〉S席1,1500円 A席7,500円
〈お問い合わせ〉厚木市文化会館チケット予約センター 046-224-9999
●7/20〜21◎福岡・久留米シティプラザ ザ・グランドホール
〈料金〉1,2500円
〈お問い合わせ〉ピクニックチケットセンター 050-3539-8330
●7/24〜25◎兵庫・兵庫県芸術文化センター 阪急中ホール
〈料金〉S席1,1500円 A席9,000円
〈お問い合わせ〉芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255
http://www.tohostage.com/secretgarden/
 


【取材・文・撮影/橘涼香】




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