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イプセンの名作『人形の家』が、5月14日から東京芸術劇場シアターウエストで東京公演を上演中だ(20日まで。5月23日・24日は兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホールで上演)
この舞台は、主人公ノラに北乃きいが扮し、その夫に佐藤アツヒロ、ノラの友人を大空ゆうひ、さらに松田賢二、淵上泰史、大浦千佳という、たった6人で演じる密度の濃い作品だ。

【あらすじ】
弁護士ヘルメル(佐藤アツヒロ)の妻ノラ(北乃きい)は、純粋で無垢な女性だった。若くして結婚し三人の子供も授かり、夫に守られ生きている。だがその幸せだったはずの生活に、あることから歪みが生じ始める。友人のリンデ夫人(大空ゆうひ)や、ヘルメルの部下クロクスタ(松田賢二)、ヘルメルの友人であり医師であるランク(淵上泰史)、それぞれの人々の運命も、同時に思わぬ方向へと動き始める…。決断を迫られたノラが最後に選んだものとは。

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ヘンリック・イプセンによって1879年に書かれた『人形の家』は、日本でも明治末の初演から幾度となく上演されてきた。三人の子を持つ幸福な家庭の若妻が、ある日、すべてを投げ捨てて家を出ていく。その行動は、おそらくこの戯曲が発表された19世紀末から21世紀の今日にいたるまで、男性にとって、いや女性にとってもどこか不可解だったり、理解しきれないものがあるにちがいない。それゆえに、いや、だからこそ何度も上演され、その意味を時代時代の社会と照らし合わせながら、読み解こうとしてきたのだろう。
 
今回の『人形の家』は、その意味では、女性の自立劇や社会劇としての側面よりも「愛」の物語として読み解いたことで成功している。どこの夫婦にもあるお互いへの幻想と期待、それが破られたときになお夫婦でいられるか、綻びの見えた相手でも丸ごと受け入れ、愛し続けることができるのか。現代の人間にもそのまま通用するそんな問いかけが、観終わったあとに観客の胸に残される。
 
とくに友人同士であるノラとリンデ夫人という2人に、女性としての対比が明確に打ち出されていることで、この作品のテーマが見えやすくなっている。
リンデ夫人はかつて銀行員のクロクスタと恋仲だったが、親の面倒をみるために政略結婚をして、恋人を捨てた。クロクスタはそれがきっかけで退廃的な生活を送るようになる。だがリンデ夫人は、自分の罪を自覚していて、またその後の暮らしの変化の中で自立した女性として生きている。そしてノラの事件をきっかけにクロクスタと再会したあとは、彼との愛を手に入れようと行動し、それに成功する。
一方、ノラは世間知らずであり、本能的に生きていて、純粋さや優しさはあるものの行動には無自覚で、夫の病気で大金を工面したときも罪を犯しているのだが、ノラはそれが罪だとは思っていない。いわば無知な人間なのだが、その無知ゆえに夫に愛されていると気づいたとき、ノラも覚醒する。人間として目覚めてしまったノラは、その自分を受け入れてもらえないなら出ていくしか道はない。もう無知なお人形さんには戻れないのだから。
 
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そんな主人公のノラに北乃きいを起用したことが、今回の成功の大きなファクターになっていて、まだ20代後半という若さでありながら、ドメスティックな女性性や母性を感じさせ、そこが夫だけでなく周りの人間からも愛されるノラの魅力にもつながっている。また、1日の中で大きく変化していくノラの状況や心境を、豊かな感情表現で伝えるとともに、ラストシーンにして最大の見せ場「ノラの自立」を、説得力をもって、力強ささえ感じさせながら演じきる。
佐藤アツヒロのヘルメルは、若くして銀行の頭取まで駆け上がるだけのクレバーな能力を感じさせるとともに、惜しみなく妻に注ぐヘルメルの無邪気な愛情を嫌味なく表現する。それがあるゆえに借金の件を知ったあとの卑小さへの豹変が効果的で、もともと役者としては定評のある人だが、この難しい役をリアリティをもって演じている。
リンデ夫人は大空ゆうひが扮していて、社会性を持った女性ならでの視野の広さと冷静さと行動力をみせる。クロクスタへの思いも、贖罪ではなく彼女自身の孤独と飢えを満たすために必要だと語るところにリンデの誠実があり、その愛の告白は聞く者にカタルシスさえ感じさせてくれる。
クロクスタは松田賢二で、ヘルメルへの対抗心やコンプレックスからノラを執拗に追い詰める男の歪んだ内面を、不気味ささえ醸しだしながら表現する。それだけに失ったはずのリンデ夫人の愛を得て、男としてのプライドを取り戻したあとのクロクスタは魅力が際立つ。
淵上泰史はノラの家に出入りしているランク医師。ランクは病を抱えているのだが、彼の憂鬱な日々を温かな光で照らしてくれるのがノラであり、そのノラが苦しみを抱えていると知って思わず愛を告白してしまう。そんなランクの情熱と苦悩、さらに哀愁まで漂わせて、淵上ランクは深い印象を残す。
ヘルメル家の女中ヘレーネは大浦千佳。ノラからの篤い信頼で子供たちの面倒を任せられている。主人であるヘルメルへの忠誠心も持ち合わせているだけに、夫婦の決裂を哀しく見守るしかない。大浦のヘレーネは善き使用人ならではの忠実と沈黙を表現する。
 
舞台美術は応接間のテーブルと椅子だけでシンプルなのだが、客席の通路に設けられたヘルメル家の郵便受けが大きな役割りを担っていて、ヘルメル家で起きているドラマに観客を巻き込む臨場感がある。また衣裳が秀逸で、ノラが着替える3着はそれぞれ彼女のそのときの内面を表現、リンデ夫人の地味な装いも、趣味の編み物ともども彼女の生き方を伝える効果を出している。それらのプランを含め、演出の一色隆司の「愛」によって読み解かれた名作『人形の家』の世界が、みごとに立ち上がっている。

【囲みインタビュー】

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佐藤アツヒロ、北乃きい、一色隆司

東京初日の5月14日の昼に、ノラ役の北乃きいと夫ヘルメル役の佐藤アツヒロ、そして演出の一色隆司への囲み会見が行われた。

──10日に新潟で初日を迎えましたが、いかがでした?
北乃 すごくドキドキしながらでしたが、皆さんがスタンディングオベーションをしてくださったので、嬉しくて涙が止まらなかったです。床が涙でビショビショになってました。
佐藤 僕もつられてちょっと泣きそうになりました。やはりこの名作『人形の家』を作る稽古はかなりハードでしたので、その思いは同じでした。ハードというのは、会話劇なのでその瞬間に起きることへの思いを台詞にのせるので、すごくたいへんな作業なんです。簡単に言うとノラはずっと喋ってますから(笑)。
北乃 (笑)ヘルメルもずっと喋ってます。ほとんど誰かと誰かの2人のシーンで、どちらかが絶対に喋ってるので、それで台詞が多くなるのと、ノラは出てないところがほとんどないので。
一色 ワンシーンだけ出てないけど、それ以外は出てるからね。
佐藤 ノラをやるということはそういうことなんです!
北乃 (爆笑)。
佐藤 つまりこの仕事を引き受けたときの決意は相当だったろうな。
北乃 そうです!恐かったです。
──取り組むために何か特別なことは?
北乃 いえ、とにかく成功することしか考えないで、失敗することは考えないで、自分を信じて一色さんを信じて、キャストの皆さんを信じて、それだけでここまできました。

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──佐藤さん、北乃さんのノラはいかがですか?
佐藤 稽古の後半からはノラの台詞に感情を乗せていたし、僕もこれだけ愛を表現することはないくらい「愛してる」ばかり言っていて、惜しむことなく愛情を表現しています(笑)。
北乃 (笑)「愛してる」と「可愛い」を、いっぱい言いますよね。
──それを言われてどうですか?
北乃 でもヘルメルからの「愛してる」は挨拶みたいなものですから、「おはよう」みたいな感覚です。
佐藤 僕は違いますよ(笑)。ヘルメルとしては「今日も愛してる」という気持ちですから。それが『人形の家』という作品なんですから。
一色 頼もしいです。2人ともすごいです。北乃さんは、日々ノラへと人格が変わっていって、今日のノラはどういうノラか?みたいな。アツヒロさんは、台本を一からプロデューサーと3人で何日もかけて、ヘルメルをどう作り上げるかというの話し合って。
──アツヒロさんは役になるためには?
佐藤 僕は台詞の裏を探すというか、どうしてこんな台詞を言うのかなと探しているうちにヘルメルになる感じです。とにかくこの作品のヘルメルは愛を伝えることしかないので。
──いつもと雰囲気違いますね。
佐藤 役が入ってるのかな(笑)。あとヘルメルは紳士なので、そうなってるかなと。
一色 みんな顔つき変わってますから。稽古に入ったときとは違ってる。

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──北乃さんから見てアツヒロさんは?
北乃 真っ直ぐな方ですね。このままで二面性がない。真っ直ぐで熱くて、すっっっごく真面目な方だと思います(笑)。
佐藤 まあ、そう言われることが多いですね。
一色 役に必要な繊細さを持ち合わせてますし。
北乃 本当にピュアですよね。
佐藤 愛を表現する中で、繊細さを出していく部分もあるので、ちょっと僕自身の繊細な引き出しも開けてます(笑)。
──北乃さんについてはいかがですか?
佐藤 これまで画面でしか見てなかったんですが、女優として華やかですし、天才的というか台詞覚えも早いし、それを自分のものにして表現するから、すごいです。
北乃 恐縮です(笑)。
──では最後に意気込みを。
北乃 色々な形の愛が描かれている作品で、女性の自立の物語でもあるのですが、今回、私たちが作り上げた『人形の家』は、やはり愛のお話で、さまざまな形の愛を届けられたらいいなと思っています。
佐藤 これほどまでの愛を、舞台でこれまで演じたことがありません。ぜひ観にいらしてください。

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〈公演情報〉
りゅーとぴあプロデュース『人形の家』
作◇ヘンリック・イプセン 
訳◇楠山正雄訳『人形の家』より 
上演台本◇笹部博司 
演出◇一色隆司 
出演◇北乃きい 大空ゆうひ  松田賢二 淵上泰史 大浦千佳 佐藤アツヒロ 
●5/14〜20◎東京芸術劇場シアターウエスト
〈料金〉7,500円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉エムティーピー 03-6380-6299 
●5/23・24◎兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
〈料金〉A 7,000円 B 5,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255(10:00〜17:00/月曜休 祝日の場合翌日)


【取材・文・撮影(会見)/榊原和子 舞台写真提供/りゅーとぴあ 撮影/石川純】

 

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