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珠城りょう&愛希れいか率いる宝塚月組が、宝塚歌劇としては極めて異色で、実験的な二本立てに取り組んだ宝塚歌劇月組公演、ミュージカル・プレイ『カンパニー』─努力(レッスン)、情熱(パッション)、そして仲間たち(カンパニー)、ショー・テント・タカラヅカ─『BADDY』─悪党(ヤツ)は月からやってくる─が、日比谷の東京宝塚劇場で上演中だ(5月6日まで)。

ミュージカル・プレイ『カンパニー』─努力(レッスン)、情熱(パッション)、そして仲間たち(カンパニー)は、伊吹有喜の小説『カンパニー』を原作に、石田昌也が脚本・演出を担当したオリジナル作品。合併騒ぎに揺れる製薬会社のサラリーマンが、社が協賛公演を行う全く畑違いのバレエ団に出向を命じられ、協賛公演を成功させる為に奮闘するうちに、自らも仲間を得て成長していく、現代日本を舞台にした宝塚歌劇としては非常に珍しい設定の作品となっている。

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【STORY】
現代の東京。有明製薬のサラリーマン青柳誠二(珠城りょう)は、病で妻に先立たれて以来、その運命を受け入れることができず、無為の日々を過ごしていた。そんなある日、有明製薬がヘルシーフーズと合併するという青天の霹靂の事態が起こり、社員は合併によるリストラや配置転換を予想して浮足立つ。そんな中、有明製薬の広告塔としてオリンピックを目指していたマラソンランナー鈴木舞(美園さくら)が、妊娠していることが発覚。引退して母になることを選択した舞の行動に、社のナンバー2脇坂専務(光月るう)は激怒。舞の専属トレーナー瀬川結衣(海乃美月)にも解雇を言い渡す。いきなりのクビ宣告に呆然とする結衣の処遇をなんとかとりなそうと、青柳は脇坂専務に掛け合いに行くが、自らも専務の逆鱗に触れ、有明製薬が協賛公演を行っている敷島バレエ団のプロデューサーという名目で、結衣もろとも出向させられてしまう。
その頃敷島バレエ団では、有明製薬のイメージ・キャラクターを務めている、敷島バレエ団出身で現在は世界的プリンシパルとして活躍中の高野悠(美弥るりか)を欧州から帰国させ、バレエ団のプリマバレリーナである有明製薬社長令嬢の有明紗良(早乙女わかば)のオデット姫と悠の王子で、合併後の新会社「有明フーズ&ファーマシー」発足記念公演「白鳥の湖」を上演する準備が進んでおり、紗良はこの公演を自身の引退公演にしようと考えていた。だが打ち合わせの時間になっても肝心の悠が現れない。そんな悠をホテルに出迎えにいった青柳は、ストーカーまがいのファンに手を焼いていた悠が、実は長年バレエダンサーとして酷使してきた身体に、数々の故障を抱えていることを知る。全幕を通じて踊らなければならない王子役を務めることは、できなくはないものの、本意ではない踊りを観客に見せたくはない。と語った悠は、敷島バレエ団代表である敷島瑞穂(京三紗)が、かつて同じようにバレエダンサーとして限界を感じていた夫の為に創った、悪魔ロット・バルトに焦点を当てた「新解釈・白鳥の湖」でロット・バルトを踊りたいと申し出る。
だが、社が公演に協賛するのは、イメージ・キャラクターの悠が主役を踊ることが大前提になっていて、それでは了解が得られないと訴える青柳に、悠は「それを説得してこそバレエ団のプロデューサーだ。君はもうイエスマンのサラリーマンではない」と諭す。一念発起した青柳は社長の有明清治郎(綾月せり)に直談判。なんとか了承を取り付けると、バレエ団の団員高崎美波(愛希れいか)の協力を得て、バレエの猛勉強をはじめる。そこで知ったのは、日本のバレエ団の置かれている厳しい現実だった。かつてバレエ留学もし、プリマの紗良のアンダースタディ—も務める美波でさえも、バレエを踊ることで収入を得ることはできず、コンビニでのアルバイトで生計を立てていた。そんな美波に青柳は亡き妻の面影を重ね、美波もまたコンビニの客として以前から見知っていた青柳に、恋心を抱くようになる。
そうして、悠の身体のメンテナンスを任せて欲しいという結衣の申し出こそ聞き入れられないものの、すべては少しずつ明るい方に前進しているかに見えた。だが、悠と踊って引退しようと考えていた紗良が「新解釈・白鳥の湖」の王子役に「有明フーズ&ファーマシー」のCMソングを担当するヴォーカル&ダンスユニット「バーバリアン」のボーカル・水上那由多(月城かなと)を指名したことから、事態は急展開。「新解釈・白鳥の湖」はコンテンポラリー寄りの振付で、かつて4年間バレエを習った経験があり、筋も良い那由多なら王子役が務められる上、話題性も十分と考えた青柳だが、バレエ団の上層部の意見にどうしても納得がいかない悠が、公演を降りると宣言してウィーンに帰国してしまい……

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宝塚歌劇団にとって「現代もの」が最大の冒険だった時代はそう遠いことではない。女性だけで究極の非現実の世界を創り上げる宝塚歌劇の世界は、男装の麗人があくまでも現実にはいない、理想の男性像を演じることを骨子としている存在だから、そこに現実感を双肩に担った普通の男性が登場することに、ほとんどメリットがなかったからだ。だが、近年では、所謂イケメン俳優がアニメや、漫画の世界を具現化する「2.5次元」と呼ばれる舞台が一大勢力となった時代の流れも手伝って、宝塚歌劇団の男役と現実の綺麗な男の子たちとの差異が急速に縮まってきている。その為、かつては宝塚の世界に入ってきただけで、その浮きっぷりにとまどった現代のツール=スマートフォンや、パソコンの類を、男役が舞台上で操ることにも違和感がなくなっているのに驚かされることもしばしばだ。現実に「平凡な普通のサラリーマン」が主人公だった『Shall we ダンス?』もすでに宝塚の舞台に登場している。
ただ、そうした現代のツールを持ち込んだ舞台も、これまでの宝塚歌劇作品では必ず、海外を舞台にして登場人物を外国人に設定するという、現実ではありつつも隣のお兄さんではない、ひとつのフィクションのとしてのフィルターをかけることを常にしてきている。それは前述した、周防正行監督の同名映画『Shall we ダンス?』の舞台化の折にも踏襲された戦略で、平凡なサラリーマンだけれども、骨格も容貌も異なる外国人。現実だけれどちょっと非現実、という宝塚得意の世界に寄せる作業はなされていた。
そこからすると、今回の『カンパニー』─努力(レッスン)、情熱(パッション)、そして仲間たち(カンパニー)のド直球ぶりには、改めて驚かされるものがあった。もちろん原作の『カンパニー』の主人公青柳誠一は、会社ではリストラ要員で、家では妻に先立たれたのではなく妻に離婚を迫られている、家庭も仕事も崖っぷちの人物で、そう比較すれば、気は優しくて力持ち、誠実を絵に描いたようなこの舞台の主人公・青柳誠二は(微妙に名前も変えている)、かなりカッコよい人物に描かれているし、その改変は至極妥当なところだろう。宝塚で「できちゃった婚」だの「コンビニ弁当廃棄問題」だの「合併によるリストラ、配置転換」だの、という話を聞くことがあるとは、正直これまであまり予想してはいなかったが、104年の歴史の中で常に宝塚はなんらかの形で「はじめて」を繰り返してきたのだと思えば、これも新しい何かにつながるひとつなのかも知れないとも思う。

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ただ、この作品を舞台芸術=バレエの側から見た時に、常に高野悠が言っていることが正論で、主人公たる青柳をはじめ、プリマの紗良、団長の敷島、宇月颯演じるバーバリアンのリーダー阿久津仁、ヴォーカルの那由多、等々が無理難題を言い連ねているように見えることは、トップスターを頂点とする宝塚歌劇のセオリーとして良いのだろうか?と、居心地の悪さをどうしても覚えてしまう。その座りの悪さがどこからくるのかと言えば、コンテンポラリー寄りの振付や、新解釈との理由をつけてはいるものの、やはり「バレエ団」の公演、しかもプリマバレリーナの引退公演で、世界的プリンシパルを相手役に招聘したほど大がかりな公演に、バレエ歴4年のアイドル歌手が全幕王子役を踊る、という設定そのものだと思えてならない。
たぶんこれが「ミュージカル劇団」が舞台なら通ったと思う。現実にテレビで人気のアイドル歌手が次々に舞台で重要な役柄を務めるのは、日本では非常によくあることだし、それこそ舞台を日本に設定する大きな理由にもなっただろう。ただやはりクラシックバレエ団でとなると、途端に厳しさを孕んでくる。特に、新解釈と何度も解説をしていながら、肝心のバレエ公演のシーンの衣装が極めて一般的な「白鳥の湖」のイメージを踏襲している為に、この違和感が強まったのは否めなかった。いっそ那由多の衣装をそれこそ宝塚ならではの、男役の王子様スタイルにもってきてしまっていれば、ずいぶん印象も違ってきたと思うだけに、もったいなさを感じる。
もちろん、これらは原作小説「カンパニー」に提示されている設定で、宝塚の舞台もその展開に添っているのに違いない。実際全体がサラリーマン夢物語と言っても良い、一種のお仕事ファンタジー小説である原作世界では、これらはそこまで大きな引っかかりには感じられない。バレエという芸術が、ファンタジーのある意味道具として機能していてもカタルシスは得られる。けれども宝塚歌劇はそれ自体が舞台芸術だから、同じ舞台芸術に敬意や愛が感じられないと、観ている側が苦しくなる。バーバリアンの阿久津の発言はほぼ論外としても、悠がバーバリアンのメンバーに「君たちの活動を馬鹿にしているんじゃない。ただ俺が命を賭けた世界に足を踏み入れて欲しくないだけだ」という台詞があまりにもまっとう過ぎて、孤高のバレエダンサーのワガママには到底見えない。見えないから、公演を成功させたい一心で悠を説得に行く青柳の行為の方が、下手をすると打算的に映ってしまい、観ている側の苦しさが更に強くなっていく。スターに舞台への愛や理解のない台詞を言って欲しくない。それほど宝塚は、舞台も客席も等しく愛が循環している世界なのだと、スタッフ諸氏には是非わかってもらいたいと願う。

そんな中で青柳誠二を演じた珠城りょうが、その持ち味と存在感ひとつで、役柄を支えた様にはただ頭が下がる。あまりにも美丈夫で、冒頭から無気力に生きているようにこそ見えないが、とにかく朴訥で誠実で実直で一生懸命で、この男性に心を寄せるヒロインの美波の気持ちが理屈抜きによくわかる。この設定のこの役柄で、トップスターとしての矜持を維持した珠城は只者ではない。これもかなり珍しいことだと思うが、劇中で主題歌「カンパニー」ただ1曲しか歌っていない中で、語りに近い冒頭、メロディー、サビと、歌い方を巧みに変える歌唱力も立派で、トップスターとしての力量を改めて感じさせていた。

ヒロインの高崎美波の愛希れいかも、物語展開だけを観ていると、トレーナーの瀬川結衣、プリマの有明紗良と、誰がヒロインになってもおかしくない流れの中で、しっかりと美波こそがヒロインだと提示できたのは、愛希本人のトップ娘役としての経験あったればこそ。青柳への恋心もいじらしく、バレエシーンも盤石で、バレエ団のリアルを懸命に支えていた。

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高野悠の美弥るりかは、この公演で新たに美弥の熱烈なファンになった人がどれくらいいることか…と思えるほど、役柄を活かした惚れ惚れとするプリンシパルぶり。バレエに誇りを持ち、プライドもありつつ、青柳へ、紗良へ、結衣へ、那由多へ、関わる人々にかける言葉のひとつひとつに重みがあり、他者を認める度量もある。バレエシーンも、一瞬1本立ての「フィナーレの歌手」を連想した銀橋のソロも華やかにこなし、この公演はほぼ美弥オンステージ。つくづくと、この人の貴重さを再認識できる舞台になっているのが、この作品の示した最大の利点だったと言えるだろう。

それに続いたのが有明紗良の早乙女わかばで、後援会社の社長令嬢である限り、プリマとして舞台に立っていることを色眼鏡で見られるのは覚悟の上と言い切り、悠への直截なプロポーズ?も、美波の恋を見破る言葉もサバサバと気持ちが良い。悠と踊ることができないなら、と、冒険に出たものの、プリマとして当然の踊りに難癖をつけられたことから起きたアクシデントにさえ、自分に非があると認め美波の背中を押す。この公演で退団の早乙女にとっては最高の花道で、裏表が少しも感じられない伸びやかな美しさが魅力の早乙女の、集大成に相応しい役柄になったのが何よりだった。

一方、バーバリアンのボーカル水上那由多の月城かなとは、非常に難しい役柄だが、この人も本人にどこか朴訥な香りがあるのがキャラクターを助けていて、天然な考え方をするだけで、鼻持ちならないアイドルには見えなかったのが良い効果を生んでいる。その那由多をプロデュースする立場でもある、リーダーの阿久津仁の宇月颯は、自身がとびっきり優れたダンサーでもある宇月が、この役柄の物言いを自分の中に落とし込むのは容易ではなかったのではないか?と推察される中、尚きちんと無神経な上に筋違いな人物を無頼に演じているのが、退団公演なだけに涙を禁じえない。いっそ悪役ならまだ演じやすかったと思うが、それでも阿久津が自分の非を認め、堂々と謝るその頭の下げ方に、重心を落とした印象的な工夫があり、舞台のどこにいても真摯だったこの人の美点が浮かび上がっていた。そのバーバリアンには月組期待の若手が多く入っていて目に楽しいし、やはり退団の貴澄隼人がアクシデントのショックで動けない那由多に代わってソロを取り、美声を聞かせたのも良い配慮だった。

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他にバレエ団の若手ダンサー長谷山蒼太の暁千星は、劇中のバレエシーンで一番踊っているのは彼女だと思うが、改めて踊る暁の素晴らしさを認識させているし、トレーナーの瀬川結衣も、ほとんどのシーンでジャージ姿という宝塚の娘役としては相当異例な状況でも、猪突猛進の賢明さを健気に見せていて地力を感じさせる。社長の有明清治郎の綾月せりが、青柳の無気力を心にかけている辺りは、本来大きな企業としてはあり得ないことだが、そんなファンタジーは「カンパニー」としての宝塚に打ってつけで、やはり退団の綾月の優しさのある持ち味が良く出ている。紫門ゆりや、輝月ゆうま以下会社側、京三紗、憧花ゆりの以下バレエ団側、双方に一言の台詞や場面でも、凝った芝居をする面々が数多く観られるのは、さすがに月組の伝統を感じさせて、所謂小芝居を観る楽しみも大きい。
何よりも、芝居そのものの設定以上に、心と心をつなぐ仲間、カンパニーの素晴らしさ=宝塚の素晴らしさを感じさせる団結力が舞台に漲るのは、宝塚歌劇の美点そのもの。バレエシーンも美しく、舞台にいる真摯で真っ直ぐな1人1人に愛おしさを感じる舞台だった。

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そんな異色作品の後だからこそオーソドックスなショーであれば、ずいぶん全体の印象も異なったと思うが、更に攻めに出たショー・テント・タカラヅカ─『BADDY』─悪党(ヤツ)は月からやってくる─が控えたことが、この月組公演の先鋭的なムードを決定づけている。宝塚104年の歴史で初めての女性演出家のショー作品で、更に担当が上田久美子となれば、オーソドックスなものがくるはずはないのは十分に予想できたが、これがまたとびっきりとんがった作風になっている。

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TAKARAZUKA-CITYを首都とするピースプラネット地球では、飲酒、喫煙、戦争、犯罪、すべてのワルイことが駆逐され、国民は天国に入ることを目指して善き人生を歩んでいる。その秩序を守っているのは女捜査官グッディ(愛希れいか)。今日も地球はこともなし…のはずだったが、月からポンコツロケットが着陸し、降り立ったのはバッディ(珠城りょう)。地球にいられなくなったワルイ人間の巣窟である月の中の、悪党中の悪党バッディとその一味は、早速喫煙をはじめ地球の秩序を乱す。そうはさせじとバッディを追うグッディ、二人の戦いが今はじまった!
という、全体に貫かれたSTORYに基づき、登場人物はほぼ通し役。それでいて、プロローグ、中詰め、ラインダンス、デュエットダンス、パレードというセオリーはきちんと組み入れている手腕は買うし、特にバッディによって「怒り」という感情を知ったグッデイを中心に繰り広げられるラインダンスは非常に面白い。ピースプラネットの首都がTAKARAZUKA-CITYであることも、ワルイことの象徴を敢えて喫煙に持ってきていることも、上田が言わんとしているのだろう「窮屈な時代への抵抗」を、ある意味暗喩が透けて見えやすいように、敢えてしていることもよくわかる。芝居でも感じたことだが、宝塚104年の歴史は、こういうとんがった作品が批判を浴びることもありながらも、そのパワーで築き上げてきたものだし、ショーにテーマ性をもたせるのも時にはあっても良いと思う。
ただ、非常に気になるのが、このショーの世界観、設定、展開を上田がすべて台詞説明に頼っていることだ。最初から最後まで、登場人物たちは言葉で状況や心境を語っていて、そうなると、この世界観を上田がショー作品で表現しようとした意図が曖昧になってしまう。特に宝塚歌劇の場合、芝居とショーの二本立てを基本としているから、ショーにストーリー性があっても良いが、それが「ダンスがたくさん入るだけの芝居」に近いものとなると、興行の構成上効果的でなくなるという問題もある。宝塚に傑作ショーの金字塔として輝く『ノバ・ボサ・ノバ』も、ストーリーがあり大方が通し役だが、台詞はほぼなく、それでいて誰にでも設定も話の流れもテーマも伝わる。実際上田自身が、今回のショーの中でバッディの一味クールの宇月颯と、ピースプラネットの王女早乙女わかばとの出会いから、互いが惹かれていく過程、けれとも決して相いれない二人の立場、というサブストーリーを、全く台詞もなく、メインの場面でさえない中できちんと提示している。しかもおそらく宝塚ファンで、このサブストーリーを見逃している人は、ほとんどいないと思う。退団の二人に、こうしたあくまでもサブストーリーを用意して、気づく人だけ気づいてください、と観客を信じることができた上田なのだから、せっかくショー作家としてデビューする機会に、もっと観客の理解を信じても良かったのではないだろうか。基本的には文学の人である上田が今後もショー作品に挑むのだとしたら、その辺りを是非考慮して欲しい。
そんな作品の中で、バッディの珠城が悪党というよりは、ちょっと強面の警察幹部に見えたのは、珠城の珠城たるゆえん。彼女の公明正大な魅力が更にハッキリと表れて、これは良かったと思う。グッディの愛希は、初登場から刻々と変化していく役柄に加え、怒りのダンスの身体表現が見事で目を奪われる。互いが命を賭けた大階段のデュエットダンスというのも、記憶にない斬新さだった。

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斬新と言えば、スイートハートの美弥るりかの設定も、二番手男役としては相当に斬新だが、本当に何をやらせても上手い上に、ミステリアスな魅力を放つのが素晴らしい。月城かなとの終幕の驚きにも、本人の個性が生きている。
ただ、何しろほとんどのメンバーが通し役なので、退団者だけで銀橋を渡るなどの場面がなかったのは残念だったが、前述のデュエットダンスでの宇月のカゲソロの絶唱は忘れ難い。『アルジェの男』の終幕のカゲソロで、すでに当時から定評があったダンス力だけでなく、歌唱力も印象づけた宇月の、宝塚での「歌手」としての記録がカゲソロで終わるのも何かのはからいのようだが、遅咲きの実力派が花開いたところで去ってしまうのは、惜しみてもあまりある。  

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両作品を通して、宝塚らしさとは?という問題とは、別の部分で考慮すべき点のある作品ではあったが、それだけに月組全員の果敢なチャレンジが、深く記憶に残る公演となっている。

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また初日を前に通し舞台稽古が行われ、月組トップコンビ珠城りょう&愛希れいかが囲み取材に応えて公演への抱負を語った。

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その中で、珠城が「お芝居は宝塚では珍しく現代の日本を舞台にした作品、ショーは今までとは全く違うストーリー仕立てのショー作品ということで、大劇場が始まる時には、皆様にどのように受け入れていただけるのかと不安もあったのですが、すごく温かく見守ってくださいましたので、東京公演もこの勢いで、より熱い舞台をお届けできますよう、気合十分頑張って参ります」

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また愛希が「お芝居もショーも本当に新たな挑戦をさせていただいております。東京のお客様に楽しんでいただけますよう、精一杯努めて参りたいと思います」
と、それぞれ挨拶。やはり、異色の作品に挑戦する気概を各々が持っていることを感じさせていた。

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また役柄に共感できるところは?という問いに珠城が「関わっていく1人1人に対して、真っ直ぐ向き合っていく人だというところ」と答えると、愛希が「舞台に携わる姿勢や、カンパニーの中での色々な感情や人々との出会い」と答え、それぞれの役柄から伝わってくる美点と、演じる本人が共感している部分が一致していることに、深く納得できる時間となっていた。

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尚、囲み取材の詳細は、舞台写真の別カットと共に5月9日発売の「えんぶ」6月号にも掲載致します。どうぞお楽しみに!  

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〈公演情報〉
宝塚月組公演
ミュージカル・プレイ『カンパニー』─努力(レッスン)、情熱(パッション)、そして仲間たち(カンパニー)
原作◇伊吹有喜
脚本・演出◇石田昌也
ショー・テント・タカラヅカ─『BADDY』─悪党(ヤツ)は月からやってくるミュージカル
作・演出◇上田久美子
出演◇珠城りょう、愛希れいか ほか月組
●3/30〜5/6◎東京宝塚劇場
〈料金〉SS席 12,000円 S席 8,800円 A席 5,500円 B席 3,500円 (全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉東京宝塚劇場 03-5251-2001




【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】