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少女漫画史に燦然と輝く萩尾望都の傑作「ポーの一族」の初の舞台化である、宝塚歌劇花組公演ミュージカル・ゴシック『ポーの一族』が日比谷の東京宝塚劇場で上演中だ(25日まで)。

「ポーの一族」は少女漫画界の押しも押されもせぬ第一人者である萩尾望都が、1972年に「別冊少女コミック」にて第1作を発表して以来、多くの人々を魅了し、熱狂的なファンを世界規模で獲得している、少女漫画界の金字塔的作品の1つ。西洋に伝わる吸血鬼伝説を基に、少年の姿のまま永遠の時を生きるバンパイア=バンパネラ、エドガーを主人公に、個性豊かな登場人物たちが200年以上の時を駆ける連作漫画で、1976年に物語は完結していたが、2016年から2017年にかけて、40年ぶりの新作が書き下ろされ大きな反響を呼び起こしたことは記憶に新しい。
この傑作漫画に魅了され、いつかミュージカル化したいとの夢をもって、宝塚歌劇団に入団した小池修一郎が、萩尾望都との偶然の出会いの折に、上演を直談判。それが縁となって、小池作品を観劇した萩尾が、この人ならばと「いつでもOKです」と宝塚歌劇での上演を快諾。以来実に30年。主人公エドガーが宝塚歌劇のスターが通常演じる年齢設定よりも、年若い少年であることをはじめ、様々な要因で上演の実現に至らなかった間も、多方面からの度重なる上演依頼を「お約束している方がいますので」と萩尾が固辞し続けるという、想いの深さが僥倖となり、明日海りおという稀代のエドガー役者を得て、遂に宝塚の舞台に『ポーの一族』が登場することとなった。

【STORY】
イギリスの片田舎スコッティの森。当人たちには何の咎もない出生のいわれから、森の奥深くに置き去りにされた兄妹、エドガー(明日海りお)とメリーベル(華優希)は、薔薇の咲き乱れる館に住む老ハンナ・ポー(高翔みず希)に助けられ、健やかに成長していた。自分たちがもらわれっ子だと自覚しているエドガーにとって、メリーベルはたった1人の肉親であり、命に代えても守るべき者として慈しみ、メリーベルもエドガーを世界の全てのように慕っていた。
ある日、村の子供たちから捨て子だとからかわれてケンカ沙汰になったエドガーの前に、美しい貴婦人シーラ(仙名彩世)が現れる。傷の手当てをしてくれたシーラとの語らいに心弾ませるエドガー。それは初恋とも言えない、記憶にない母親という存在への思慕に似た想いだったが、その想いは一瞬にして儚くも萎んでいく。シーラは老ハンナの一族ポーツネル男爵との結婚の赦しを得る為に、薔薇の館を訪れたのだ。
その夜二人の婚約式が行われるから、離れから出ないようにと言い含められたエドガーは、婚約式に出られないのは「私達がもらわれっ子だから?」とのメリーベルの悲し気な問いを否定するように、婚約式をのぞき見る。だが、エドガーが見てしまったのは、老ハンナから首筋に口づけされ、人ではない一族に加わったシーラの姿だった。「ポーの一族」はすなわち、吸血鬼=バンパネラの一族だった。エドガーはその利発さと芯の強さを、将来の一族の長にと見込まれ、老ハンナに引き取られたことを悟る。
「大人になったら、我々の一族に加わるね?」
秘密を知ってしまったエドガーに誓約を迫る老ハンナの言葉に、エドガーはメリーベルを巻き込まないことを条件にうなづくしかなかった。エドガーの希望で、薔薇の館からメリーベルは養女に出され、エドガーは永遠に時を止める瞬間が迫ることにおののきながら生きることになる。だが、その瞬間は唐突にやってくる。かねてから館の住人に疑惑の目を向けていた村人たちが、一族の正体に気づき、杭と松明を手に館を取り囲んで、最初の犠牲者となった老ハンナが消滅する。妻の想いに応える為、一族の中で最も強く濃い血を持った大老ポー(一樹千尋)は、エドガーの首筋に口づけると、ポーツネル男爵夫妻にエドガーを託し、村人たちとの戦いの中で消えていく。
混濁した意識の中でエドガーは、自らが変化していくのを感じていた。時の流れが永遠に止まり、少年のままバンパネラとなったエドガー。永遠に成人しない彼はもう、1つ所に長く暮らすことは許されない。終わらない旅に出る前に、一目だけでもとメリーベルに会いに行ったエドガーだったが、兄が迎えに来る日を信じて待ち続けていたメリーベルもまた、エドガーに全てを委ねて共に行く道を選ぶ。
1879年。新興の街ブラックプール。まるで絵のように美しい一家と噂されるポーツネル男爵夫妻と、その「息子」エドガー、「娘」メリーベルは、男爵夫妻が密かに一族に加えるに相応しい人物を探していることを知っていた。永遠に続く旅路は、愛がなければ進むことができない。その時エドガーの前に、心の拠り所を持たず、愛を知らぬまま孤独に生きる少年、アラン・トワイライト(柚香光)が現れて……

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原作となった萩尾望都の「ポーの一族」は、いくつものエピソードが連なる1篇1篇が、連作漫画として発表され回を重ねた作品で、200年以上に渡る物語が、時系列には並んでいない。美しい絵柄と、詩篇にも似た言葉が綴られたエピソードが、時代を自在に行き来しながら、エドガー、アラン、メリーベル、ポーツネル男爵夫妻、等「ポーの一族」が、如何にして一族となっていったのかが、少しずつパズルのピースのようにはまっていくのだ。そこには、作品の発表のされ方自体にすでに、深い霧に包まれた森の中から忽然と現れる、薔薇の館にも似た神秘性があり、そのミステリアスな独特の世界観に熱狂する少女たちを世界中に生み出した。
今、改めて考えると、携帯電話もインターネットもない、容易に求める情報が得られない時代に、永遠の少年の深い孤独と、愛を乞う想いを、敏感に察知していった少女たちの感性には、研ぎ澄まされた独特の嗅覚が備わっていたのだなと、つくづくと感じさせられる。そしておそらく、溢れかえる情報の海の中で、瞬時に画一的な答えが出ることが当たり前になってしまった今の時代では、このような作品の発表の仕方そのものが極めて難しいだろう。物語を紡ぐ側だけでなく、受け取る側に余白を楽しむ豊かな想像力と文学への素養があった、「物語」にとって幸福な時代にこの作品は生まれ出て、今尚、愛され続けているのだ。

その「物語」を人が演じる時に、宝塚歌劇の幻想性が最も相応しいと、宝塚の座付作家への道を歩みはじめた小池修一郎が夢を見て、原作者の萩尾望都がその夢を信じた、その一致した想いには、「物語」にとって幸福な時代に、ジャンルは違えど稀有な才気を持って生まれてきた者同士の、やはり嗅覚が働いていたのは間違いない。二人の天才は、共に天才故の洞察力で「ポーの一族」の命運を、宝塚歌劇に託した。この物語を具現化できるのは、この世ならぬ美を描き続けてきた、宝塚歌劇という世界しかないと。
だが、ことはそう簡単には進まない。実際に宝塚歌劇の劇作家となって、小池は気づく。宝塚の男役トップスターが「少年のまま」という作品は、ほぼ例がないことに。更にその永遠の少年は「バンパネラ」だ。彼が永遠に生きていく為には、人のエナジー=生き血を必要とする。彼ら「ポーの一族」は単純に異端の者ではなく、人にとって害をなすものだ。ここには自分と同じ思想や、宗教を持った者たちを排斥しようとする狭量さを批判するだけでは、解決できない問題が横たわっている。侵害されるのが思想や民族の絆ではなく、命そのものであった時に、一族の館を襲撃する村人たちを、誰が責めることができようか。つまり主人公が人にとって負の存在であること。これは、稀有な例外を除いて、主人公が等しくヒーローである宝塚にとって、極めて困難なハードルだと言わざるを得ない。
だから小池は「ポーの一族」の宝塚化の夢を封印し、実に30年の時が流れた。その間の心境を、萩尾がいみじくもパンフレットに書いている。「私は思った。(私の生きてるうちには、見られないかもなぁ)そしたら天国で見るかなぁ。それでもいいか」
原作者をして、生きているうちには実現しないかも、と思わせた企画。それでも尚、宝塚歌劇にしか託せなかった企画。その企画が遂に実現したこの舞台を、奇跡と呼んでも、これは決して大げさではないだろう。その奇跡を起こしたのが、他ならぬ花組トップスター明日海りおであり、現在の花組の面々だ。

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実際、エドガーの魅力は、美しさの中にある毒に他ならない。この美しい少年の中には、極めて危険な香りがある。でもだからこそ惹かれる。彼の孤独をひと時癒す為ならば、文字通り命を捧げても構わない。氷の刃に身を委ねてしまって悔いはない。そう思わせた時に初めて、人に対して負の存在であるバンパネラの姿は、鮮やかに反転し「美は正義なり」の宝塚世界に、主人公として降り立つことが可能になる。その離れ業を、明日海りおはやってのけた。幼少の時に妹と共に無残に捨てられ、望まぬままにバンパネラとならざるを得ず、愛を求めて永遠の時を彷徨う。エドガーの哀しみと、葛藤と、心の渇きを、明日海が繊細に描き出し、旅の道連れを求める姿に心を寄せられた瞬間、この異色の主人公が、宝塚歌劇のトップスターが演じるに相応しい役柄となった。30年、小池と萩尾と、何より作品そのものが、明日海りおを待っていた。最早、それ以外に言葉がない。

しかも、その同じ時代の、同じ花組に柚香光がいたことが、この奇跡を完全なものにする。エドガーが最後にその手を取るアランは、約束された未来がありながら、真実欲しているものを何1つ手にすることができずにいる少年だ。その孤独を演じるのに、柚香の美しさと、内にある少年性が、どこか空恐ろしいまでに共振し、未だ発展途上の、多分に粗削り故の勢いも、アランという役柄全てにプラスとなった。しかもこれまでのキャリアで明白だった、人外の者を演じさせたら右に出る者のない柚香独特の空気感が、ラストシーンでほぼ立っているだけのアランが、すでにバンパネラであることをものの見事に表出してくる。やはり30年の歳月は伊達ではない。ここまで完璧な一対が、再び宝塚に揃うことが果たしてあるだろうか。

更に小池が、バンパネラが生きていく為に欠くべからざる、共に永遠の時を生きる「愛する者」の存在を、よりロマンティックに色濃く描き出したことが、宝塚版『ポーの一族』の顕著な点で、その象徴として、トップ娘役の仙名彩世に、愛の為に自らバンパネラとなることを選択した貴婦人シーラをあてたことも、作品の宝塚らしさに大きく寄与している。愛の為に迷いなくバンパネラとなるシーラの強さは、ある意味尋常ならざるものだ。作品の中で、冷静な状態でバンパネラになることを選んだ、唯一の人物と言っても良いシーラが、仙名が演じることでよりクローズアップされ、疑似親子だったエドガーとの関係に、真の絆を結ぶ場面が殊更胸に響くのは、仙名の高い地力と共に、キャスティングの妙。彼女と永遠に結ばれ共に散るポーツネル男爵の瀬戸かずやの、ダンディーで怜悧な誇り高さも印象的で、原作とは描き方の異なる二人の最期も実に幻想的で美しい。

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また、エドガーが最後まで守ろうとし、アランも真っ直ぐな心を寄せるメリーベルの華優希は、ピンクのドレスと金髪の鬘が抜群に似合い、まるで生きて動いている人形のよう。エドガーがこよなく愛するに相応しい、ひたすらに可憐で、美しくいてくれることが必須命題のメリーベルとして、文句のつけようのない造形を示した。この人の存在もまた、作品の重要なピースとなっている。

彼ら「この世ならぬ者」の空気感に伍して、極普通の人間臭さをきちんと出したクリフォードの鳳月杏の、嫌味なくプレイボーイを演じる達者さは貴重だし、その婚約者ジェインの桜咲彩花の、自らの負の感情を戒めようとする慎み深さの表現も見事。はじめ物語全体を外から見ているストーリーテラーであり、やがて時代を遡り、血続きの祖先として登場するバイクと、バイク4世を演じる水美舞斗の存在感が大きくなったことが、この二重構造を支えている。同じ役割りで冒頭を担うドン・マーシャルの和海しょうは、過去のシーンで歌唱力を、マルグリットの華雅りりかはキュートさをと、それぞれ持ち味が生かされ、ルイスの綺城ひか理が、新人公演での主演経験を経て、スター性を増し、ラストシーンの展開を印象的につなげている。原作からそのまま抜け出したかのような小生意気なマーゴットを、十分に美しい城妃美伶が思い切りの良い演技で描写している健気さも、宝塚ならではの美徳。バンパネラを憎む村人ビルと、アランの伯父ハロルドという、共に重要な役柄を演じ分けた天真みちるは、ますます良い役者ぶりに磨きがかかっているし、村の牧師とオルコット大佐の二役の羽立光来も、持ち前の歌唱力だけではなく演技者としても着々と進歩していて頼もしい。原作では大きな役どころであるグレンスミスの優波慧、オズワルドの冴月瑠那、ユーシスの矢吹世奈が、ピンポイントの出番で役柄の存在感を示したのには、本人たちの力量を感じる。優れたダンサーでもあった矢吹の、新人公演学年での退団が惜しまれる。そのユーシスの母を、やはりこの公演で退団する紗愛せいらにあてたのも粋なはからい。物語後半の展開にスピード感を与える降霊術師ブラヴァツキ—の芽吹幸奈の、良い意味のアクの強さを、やはりこの公演で退団するイゾルデの菜那くららの、純朴な持ち味がより引き立てる効果になっている。バンパネラとなったエドガーが初めてその手にかける、デイリーの音くり寿も美しい歌声を響かせた。

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もちろんベテラン勢の活躍は大きく、老ハンナの高翔みず希は、最早男役女役を問わない優れた役者として全体を引き締めているし、アランの母レイチェルの花野じゅりあの、母である前に女である存在が、過度に嫌味にならない弱さの表出が巧み。贅沢な起用になった専科勢は、大老ポーの一樹千尋が、余人に代えがたい骨太の存在感を表せば、医師カスターの飛鳥裕が、この人ならではの穏やかな人柄がにじみ出る演じぶりで、個性的な役柄の多い作品の中にあって殊更に目を引く。これだけのキャリアを重ねて尚、優しさにあぶれた役柄、良い人の造形に最も真価を発揮することがブレなかった飛鳥が、役者としてだけでなく、組長として長く重用されてきたことに得心がいく、この人らしい温かい有終の美だった。

この幽玄の世界観から、シャープなフィナーレにつながって違和感がないどころか、二度美味しいと思わせてくれるのも宝塚ならではで、KAORIaliveの振付も新鮮。また、作品の世界観からして太田健の楽曲に、もうひとさじ複雑さがあっても良かったか?とは思うものの、平易なメロディー故の覚え易さという利点があったのも確かで、原作世界を時系列に添った物語としてわかりやすく提示した、小池の脚色との相性も良かった。
総じて、明日海りお率いる今の花組でしかできない、一期一会の作品として『ポーの一族』が宝塚歌劇の舞台に具現された、あらゆる意味での「奇跡」に想いを至す舞台となっている。

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初日を前に通し舞台稽古が行われ、花組トップコンビ明日海りおと、仙名彩世が、フィナーレのデュエットダンスの衣装で、囲み取材に応えて公演への抱負を語った。

囲み・明日海

その中で、不朽の名作の宝塚ならではの見どころは?と問われて、明日海が原作世界への敬意を改めて語りながら「宝塚の生徒にしか出せない団結力が見どころです、と言えるようにできたらいいなと思います」と、花組を率いるトップスターとしての力強い意欲を語る。

囲み 仙名

同様に仙名が「舞台の上でそれぞれのキャラクターが呼吸をして息づいている姿、そのエネルギーを皆様に感じて頂けたらと思います」と、やはり花組全員への想いを語り、トップコンビとしての同じ目線を感じさせた。

囲み 明日海&仙名 1

そのトップコンビとしては、今回の役どころの関係性が異色のものになったが、演じる側としては?という質問に、明日海が、普段のスタイルとは異なる関係性だからこそ新鮮で面白いと感じると語り、劇中刻々と変化していく感情があり、最後にデュエットダンスで出会った時にまたいつもと違う感覚があるので気合が入ると、今回ならではの心境を解説すると、仙名も最初のエドガーが「体育座りをしていて」と実際にドレス姿でポーズを取る一幕も。

囲み 明日海&仙名 体育座り

その状態から上を見上げて笑う明日海のエドガーを「キュッと(抱きしめたくなる)」と表現し、この作品の互いの関係性を、二人が深く楽しんでいることが伝わる時間となっていた。

囲み 明日海縦位置

尚、囲み取材の詳細は、舞台写真の別カットと共に、5月9日発売の「えんぶ11号」(6月号)にも掲載致します!どうぞお楽しみに!
 
囲み 明日海&仙名 縦位置
囲み 明日海&仙名 全身


〈公演情報〉
宝塚歌劇花組公演
ミュージカル・ゴシック『ポーの一族』
原作◇萩尾望都「ポーの一族」(小学館フラワーコミックス)
脚本・演出◇小池修一郎
出演◇明日海りお、仙名彩世 他花組
●2018/2/16〜3/25◎東京宝塚劇場
〈料金〉SS席12.000円 S席8.800円 A席5.500円 B席3.500円
〈お問い合わせ〉0570-005100 宝塚歌劇インフォメーションセンター
〈公式ホームページ〉 http://kageki.hankyu.co.jp/




【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】



雑誌「えんぶ」2018年4月号販売ページ


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