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自殺した父親と同じ年齢になった娘が、父の死という大きな衝撃に改めて立ち向かい、自らの幼少時、学生時代、そして家族の思い出をたどりながら、心から愛しながらもすれ違っていった父親との絆を見つめ直そうとするブロードウェイミュージカル『FUN HOME  ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』が、日比谷のシアタークリエで上演中だ(26日まで。のち兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール、愛知・日本特殊陶業市民会館ビレッジホールでも上演)。

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ミュージカル『FUN HOME  ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』は、06年に出版されたアリソン・ぺクダルの自らの家族を描いた同名コミックを原作に13年オフブロードウエイで開幕し、高い評価を受け15年ブロードウエイに進出。ミュージカル作品賞を含む、その年のトニー賞5部門を獲得する栄誉を得た。
今回の日本版は、そんな作品の極めて早い段階での本邦初演で、今最も注目を集める演出家であり、18年9月より新国立劇場の演劇部門芸術監督にも就任が決まっている気鋭の演出家小川絵梨子が、初のミュージカルの演出を務め、瀬奈じゅん、吉原光夫、大原櫻子をはじめとした、豪華出演陣が揃った、力のこもった作品となっている。

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【STORY】
漫画家として活躍するアリソン(瀬奈じゅん)は、43歳。彼女にとってこの年齢は特別な意味を持っていた。アリソンの父ブルース(吉原光夫)が自ら命を絶ったのが、同じ43歳の時だったからだ。
父はなぜ自分達家族を残して死ななければならなかったのか。アリソンは父の死からずっと抱え続けてきた問いの答えを探しながら、家族と共に過ごしたアメリカの小さな町ペンシルバニアの家に思いを馳せる。
彼女の家族は父ブルース、母ヘレン(紺野まひる)、1才下の弟のクリスチャン(楢原嵩琉、若林大空Wキャスト)と、4才下の弟のジョン(阿部稜平、大河原爽介Wキャスト)、そして、小学生のアリソン(笠井日向、龍杏美Wキャスト)の6人家族。高校教師をしながらブルースが葬儀屋=FUNERAL HOMEを営む家を、家族は略して『FUN HOME』と呼んでいて、アリソンは父に軸になってもらい自らが飛ぶ飛行機ごっこ好み、弟たちとは「ファン・ホームへようこそ!」という葬儀屋のコマーシャルソングを歌い踊る遊びに興じ、元々ブルースの教え子で、卒業後にブルースに誘われ、庭仕事の助手兼ベビーシッターとしてベクダル家に出入りしているロイ(上口耕平)とも良好な関係を保っていた。 
だが、ブルースが最も愛情を注いでいたのは「家」そのものだった。古い家を改築して、アンティークの家具を修理し、完璧に整理整頓された室内は、彼の美意識そのもので、アリソンたちはしばしば家を見に訪れる客たちの為に、行動が制限されることにうんざりしていた。

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それでも、文学や芸術を愛するアリソンとブルースには共通点が多く、大学生のアリソン(大原櫻子)は、大学での授業内容のくだらなさや、求める至高の芸術について、電話や手紙でブルースと話し合う時間を多く持ち、アリソンは父を尊敬していた。
けれども、そんな日々の中でアリソンは自分がレズビアンではないか?という自覚に目覚め、否定と葛藤を繰り返しながらも、大学の友人ジョーン(横田美紀)との交流の中で、彼女を愛していると認めるに至る。このことを家族にいつまでも隠してはおけない。アリソンは両親にカミングアウトすることを決意し、手紙を書き送るが、帰ってきたのは思いもよらない母ヘレンからの答えだった。ブルースはゲイで、ヘレンはそのことにずっと悩み苦しんでいたのだと。
レズビアンであることを受け入れたアリソンと、ゲイであることを隠し通しながらも、衝動を抑えきれず遂に自死の道を選んだブルース。その原因が自分のカミングアウトにあったのでは?と呵責の念にかられながら、アリソンが追い続けた父の本当の想いとは……

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休憩なし100分の中に展開される物語は、極めてソリッドで挑戦的な仕掛けが施されている。何よりも卓越しているのは、劇中に43歳のアリソン、大学生のアリソン、小学生のアリソンが、全く自然に共存していることで、43歳のアリソンが時系列でなく、一見思い付くままに様々な時代を行き来しながら、過去をたどっていくのに無理がない。こういう時系列をまたがる物語というのは、往々にして映像に優位なものだが、この表現は逆に舞台空間でなければ成立しないもので、この作品がブロードウエイで高い評価を得たことに納得がいく作りになっている。

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しかも、性的マイノリティLGBTの抱える苦悩や、ぶつかる壁を極めてドライに描き出しつつも、ミュージカルナンバーが入ることによって、役者の歌声やメロディーの美しさ、軽快なリズムに乗って、純粋に音楽を楽しめる時間があるのが、作品の重いテーマをある意味で緩和する役割を果たしている。実際物語世界だけを見ると、これは彼我の感覚の違いも大きいと思うが、深くリアルに現実に踏み込んだ展開を「ある家族の悲喜劇」と呼ぶことにも若干の違和感を覚えるほどだ。だがそれだけに、観る者にも相当な体力を要求してくる重い物語を描くのに、ミュージカルという手法が最適だったことを改めて感じさせた。
特に、日本版演出の小川絵梨子が、ミュージカルだからこうしなければならない、と言った固定観念に惑わされることなく、ストレートプレイと同じく、作品と役柄に真摯な目線を注ぎ、きめ細かい展開を施しているだけでなく、この作品のテーマを単に一家族の物語である以上の、普遍的な人間すべてに関連する大きな物語として捉えていることが伝わるのが、舞台を引き締めている。ここにある現実を直視しながら、どこかで俯瞰もしているという表現が、より観る者に作品を深く考えさせるよすがとなった。

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その直視と俯瞰の象徴でもある43歳のアリソンに扮した瀬奈じゅんが、作品の根幹を支えている。瀬奈が演じるアリソンは、所謂ストーリーテラーとして作品世界に常に存在しながら、この作品全体を回想している、現実の時間軸にいるのは彼女1人という、非常に難しい役柄だ。何しろ作品のドラマチックな部分の大半を外側から見つめているだけで、所謂ミュージカルの主人公とは、全く違う舞台での立ち位置を要求されている。だが、そこはやはり宝塚歌劇団でトップスターの重責を担い、退団後も多彩な作品で主演を務めてきた瀬奈ならではの華とスター性が、舞台面のどこにいても現実のアリソンの存在が完全に消えてしまうことを防いでいる。もちろん出すぎてもいけないながら、現実のアリソンを観客が忘却してしまっては成り立たない劇構造中で、瀬奈の果たした役割は大きく、劇中の状況を「補足説明」と言いながら解説していく数々の台詞が、軽やかでコミカルだった前半から、後半になるに従って懊悩していく変化も見事。難役を果敢に表出した瀬奈に拍手を贈りたい。

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ブルースの吉原光夫は、本人の持ち味にビジュアルからくる強面系の雰囲気と、内実にある真摯な優しさとが同居しているのが、このブルースという役柄にベストマッチ。芸術に造詣の深い高校教師であり、良き夫であり、良き父親であろうとする表の顔と、同性の美しい青年たちに持つ抑えきれない衝動を抱える謂わば裏の顔とが如実に表れていて、ブルースの葛藤が真に迫る。思えば『レ・ミゼラブル』で、バルジャンとジャベールという光と影の象徴のような役柄を演じ分けることができているのも、吉原のこの資質故で、改めて貴重な役者だと感嘆させられた。

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大学生のアリソンの大原櫻子は、彼女の持つとびっきりの愛らしさと、持ち前の歌唱力だけでなく、豊かな身体表現と深い演技力が、自分自身と向き合うアリソンが己を受け入れていく様に生きている。何よりもアリソンがチャーミングであり、人間臭くもある存在感が抜群で、喜びを爆発させるソロナンバー「私のテーマはジョーン」の伸びやかな歌声も素晴らしい。決してとっつき易いとは言い難い新作ミュージカルに、彼女が登場してくれたことによる効果にも大きなものがあったはずで、是非今後も積極的に舞台活動を続けて欲しい逸材だ。

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ヘレンの紺野まひるは、夫が同性の愛人を持っている妻の苦悩を、台詞の端々、目線、受け答えのトーンなどで的確に表現していて、なんとか理性を保とうとしてきた感情が、娘のカミングアウトによって爆発する様の痛みがすさまじい。何をもって普通というのか、同性を愛することは普通ではないのか?というのは、常に考えられていることだし、偏見や差別がなくなってはいないものの、そうした考えが不適切なものだということまでは、ずいぶんと世の中に浸透してもいる。ただ、ヘレンの立場に立った時に、夫が同性の青年に惹かれていく様に苦しみ続けていた女性が、娘からも自らが同性愛者だと告白された混乱がいかばかりなものかは想像に難くないし、それは古い考えだと諭すことなどとてもできはしない。そのヘレンが直面した痛みがストレートにつたわり、尚家族を愛そうとする女性を、紺野が気丈に演じきったことが、作品にとっても尊いものになった。

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ブルースの元教え子であり愛人のロイを演じた上口耕平は、ブルースの本心をわかっていてむしろ翻弄していく美しい青年の残酷を巧みに表現している。素の温かさが活かされる役柄で放つ上口の魅力はよく知られているものだが、こうした魔性の表現にもゾクッとさせられる毒と色気があり、これは大きな収穫。他にもブルースに関わる役柄を数役演じ分けるが、その演じ分けの興趣と共に、それらを上口がすべて演じることも意味深長で、演劇的な面白さを生む力になった。

ジョーンの横田美紀は、女性に愛情を感じることにためらう大学生のアリソンをリードし、尚決して押しつけがましくない、サバサバとした大人の女性であることが、何をもって普通というのか?の問いに自ずと答えを出す存在になっている。アリソンの家族に「良い子だ」と受け入れられることも自然で、作品の重要なピースとなっていた。

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更に、ある意味でアリソンと父親の関係に於いて、最も重要なパートを握っているともいえる、小学生のアリソンをWキャストで演じる笠井日向と龍杏美が、実に達者な芝居を見せて、日本のミュージカル界の子役たちの地力の高さを改めて示している。ドレスを着せられることにとことん抵抗することが示唆するもの。はじめて同性への思いを感じる様を歌い上げる「鍵の束」のソロナンバー。そして、ブルースとの飛行機ごっこに込められた想い。それら全てを適確に描き出し、歌ったのには恐れ入った。一見幸福な家庭である描写に欠かせない、弟たち、クリスチャンの楢原嵩琉と若林大空、ジョンの阿部稜平と大河原爽介を含めて、子役陣が作品の熱量を高めた力にも、大きなものがあった。
 
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何よりも、決して派手さがある訳ではない、端的に言って相当な歯ごたえを持つブロードウエイ・ミュージカルをいち早く上演したことは、東宝ととりわけ10周年を迎えたシアタークリエという劇場が担ってきた、今日本で、この劇場で作品を上演する意義に、真摯に向き合った姿勢の表れに他ならず、シアタークリエ10周年の記念の年に相応しい舞台となっている。

〈公演情報〉
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ミュージカル『FUN HOME  ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』
原作◇アリソン・ベクダル
作曲◇ジニーン・テソーリ
脚本◇作詞:リサ・クロン
翻訳◇浦辺千鶴
訳詞◇高橋亜子
演出◇小川絵梨子
出演◇瀬奈じゅん、吉原光夫、大原櫻子、紺野まひる、上口耕平、横田美紀
笠井日向・龍杏美(Wキャスト)、楢原嵩琉・若林大空(Wキャスト)、阿部稜平・大河原爽介(Wキャスト)
●2/7〜26日◎シアタークリエ
〈料金〉10.800円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777(9時半〜17時半)
●3/3〜4◎ 兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急 中ホール
〈お問い合わせ〉お問い合わせ 芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255
●3/10◎愛知・日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール
〈お問い合わせ〉キョードー東海 052-972-7466



【取材・文/橘涼香 写真提供/東宝演劇部】




帝劇ミュージカル『1789』
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