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クリント・イーストウッド監督・主演による大ヒット映画『マディソン郡の橋』が、珠玉のミュージカル・ラブ・ストーリーとして生まれ変わったミュージカル『マディソン郡の橋』が、3月2日〜21日、日比谷のシアタークリエで本邦初演の幕を開ける(2月24日〜26日北千住シアター1010でプレビュー公演。3月28日〜4月1日大阪・梅田芸術劇場シアタードラマシティでも上演)。

「マディソン郡の橋」はロバート・ジェームス・ウォラーの世界的な人気小説。アイオワの農家で夫と子供たちとの家庭を18年間営んでいた女性と、彼女の前に突然現れたカメラマンの男性との、たった四日間の、だが二人の心に永遠の楔を残した恋を描いたこの作品は、1995年に映画化。世界中で一大ブームを巻き起こした。更に、2013年に現代ミュージカルのヒットメイカーの1人、ジェイソン・ロバート・ブラウンの作詞・音楽によってミュージカル化がなされ、翌2014年にはブロードウェイに登場。その年のトニー賞オリジナル楽曲賞、編曲賞を受賞するなど、高い評価を得た。
そんな、文学、映画、演劇の三つのジャンルで愛される物語が、シアタークリエ10周年記念ラインナップの1本として、山口祐一郎と涼風真世というベストキャストを得て、数々の美しい世界観を紡いできた荻田浩一演出によって上演されるとあって、今、大きな期待が集まっている。

その待望の日本初演の舞台で、ロバート・キンケイド役を演じる山口祐一郎、フランチェスカ役を演じる涼風真世を囲んで、1月30日都内で合同取材会が行われ、主演の二人が作品への想いと意気込みを語ってくれた。

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1960年代の社会規範の中で生まれた「四日間の純愛」

──今、感じている作品の魅力を教えてください。
山口 この作品は原作、そして映画と本当に多くの方に楽しんで頂いて愛されているもので、ご覧になった方々それぞれが、その時のご自身の想いや立ち位置で、全く違うものを感じておられると思います。それだけ多くの方が見入ってしまう魅力を持った作品なので「ここが魅力です」とか「ここを是非観て欲しい」とかを申し上げるよりも、作品の中に入った自分が、毎日の稽古の中でどんな形になるのか?、そこで何が起こるんだろう?という思いでいます。なので「どうぞここです」と提供するものを決めるというよりも、自分もどうなるんだろうと思いながら日々稽古をしています。
涼風 山口さんがおっしゃった通りだと思いますし、四日間の恋と言われていますが、私は大人の初恋、純愛だと捉えています。その後の人生において、私が演じるフランチェスカは、ロバートと出会った四日間の純愛を大切に生きていったのではないか、そう感じて今はお稽古に取り組んでいる最中です。
山口 皆さん1人1人の中にもきっとあると思いますよね。日常生活とは別の「あの人との思い出」というものはね。
 
──有名な物語ではありますが、改めてお二人からそれぞれの演じるキャラクターについて教えてください。
山口 1960年代の物語で、皆さんは生まれていらっしゃらなかったと思うのですが、僕は生まれていたんです(笑)。60年代〜70年代にかけて「ウーマン・リブ」とかね、女性解放運動が全部終わって、今ここにも、こうして女性記者の方たちがたくさんいらっしゃるんですけど。でもこの時代って男女の役割分担が決まっていて、女性はこうしなければならない、という抑圧されたものや、無言のプレッシャー等が色々ある訳です。特にフランチェスカさんがいるのが、アイオワのコーン畑、僕もそこに行ってきましたけれど、時速80マイルで数時間走っても360度コーン畑なんですよ。その中で、朝から晩まで、晩から朝まで、ただ、牛とコーン畑の面倒をずっと見て、ご近所と言っても双眼鏡で見てようやく見えるかな?というほどのところで。にもかかわらず、本当にお互いがお互いを双眼鏡で見ていて、誰が街に来て朝ごはんに何を買ったかまで、皆わかっている。ちょっと前の日本の共同体や、地域社会にもあった暮らしです。そこに世界中を渡り歩いているカメラマンの僕がくる。彼は一応カメラマンという職業があるから、社会の中にはいるんですが、家族もなければ、地域のコミュニティの活動も何もなく、一度結婚はしたもののすぐに別れてしまって、ただ1人でずっとカメラマンを続けている。一般的な社会規範の中のギリギリにいる人物です。その彼が、典型的な農村地帯の家族の中にいるフランチェスカに、マディソン郡の橋で出会う。マディソン郡の橋、屋根付きの橋なんですね。この中に屋根付きの橋をご覧になった方いらっしゃいますか?、あぁ、いないんだね。僕は見たんですけど、屋根付きの橋ってね……
司会 山口さん、橋の話はそのくらいで(笑)。
山口 あぁ、そうですか?(笑)、では、そんな男です(爆笑)。
涼風 山口様が今フランチェスカのことも話してくださいましたが、イタリア出身の女性です。夫がいて、子供が二人、息子はマイケル、娘はキャロライン。何不自由なく生活はしているけれども、どこかに何かね。何かが起こって欲しい訳ではないのですが、皆様もたぶん日々の生活をしていく中で感じているだろう「何か」を思って生きている女性、というところです。そこにナショナル・ジオグラフィックの写真家である、ロバート・キンケイドさんが突然現れた。そこからドラマがはじまっていきます。
司会 フランチチェスカはイタリア人で、ナポリ出身。海のある街ですね。
涼風 そうです。
山口 ミラノではないんですね?(笑)
涼風 ミラノではなく、ナポリです(笑)。
司会 海の街から畑に来た人。
涼風 船に乗り、電車に乗り、最後はトラックで。楽曲の中にもあるのですが、300エーカー走ってアイオワについて、そこから18年間、夫と子供の為に頑張ってきた女性です。

魅力的であればあるほど、一筋縄ではいかない

──作品の音楽的な魅力はどうですか?
涼風 フランチェスカはイタリア出身ということで、オープニングの楽曲でフランチェスカがモノローグ的に、イタリアからアイオワに来た経緯を歌にのせて皆さんにお届けします。そこに、フランチェスカの不安や葛藤、将来どうなるんだろうという思いがあり、またイタリアの街を思わせるようなものがかなり盛り込まれています。主にフランチェスカの歌は三拍子なんですね。その三拍子の中にトニー賞をもらった作曲家の方の想いがこめられていると感じます。私は日本人なので、とても三拍子が難しくて、今闘っている状態ですし、素晴らしい曲であればあるほど、日本語を音符にのせた時の困難な部分がありますので、なんとか消化している最中です。
山口 魅力的な楽曲という意味で、ワルツが難しいというお話がありましたが、1曲の中で変拍子、拍子が変わっていくんです。四分の三から、四分の四になり、八分の七になって、また四分の四へとね。八分の七なんてやめてくれと思うんだけれども(笑)。でも、きっと皆さんも、コミュニケーションをとりたいのに、なかなか取れないとかいう局面があると思いますが、それって難易度が高いんですよね。魅力的な相手であるからこそ、自分でつかんだり、中に入り込むことをなかなか簡単にさせてもらえない。その代わり、そこに一体感を得られた時、その人と気持ちがカチッと合った!という時、楽しいでしょう?その感覚を今、僕もお稽古の中で味わっています。
 
──共演の多いお二人ですが、お互いの魅力をどう感じていらっしゃいますか?
山口 出会ったのが今で良かったなと思います。今だから、色々な意味でコントロールが効くんですけど、もうちょっと前に出会っていたら人生ダメにしてしまっていたかも知れない(笑)。特にこういうお芝居をやっていると、もうちょっと早く出会っていたら危なかったな、と思いますね。いいものって自然に見えるんですよ。何かそこでやっているとは見えない。だから女性の皆さん、是非涼風さんをよく見て、「あ、あれだな」というものを盗んでください(笑)。ようやく僕もこの年齢になって見えるようになってきた「あ、なるほどな」と思うテクニックね(笑)。それも無意識で出来ているというレベルに持っていく術を、今度の舞台を観ながら盗んでください。きっと皆さんのこれまでの人生の色や質感を変えてくれると思います。
涼風 何度か共演させて頂きましたが、山口様をこんなに間近に感じられるのが初めてなので、ドキドキしてます。
山口 僕もです。
涼風 今、顔が見られません!(笑)これが純愛なのかも知れないです。照れるな!(爆笑)っていう心境で、毎回お稽古に臨んでいる涼風真世です。
山口 若い頃、隣の劇場(東京宝塚劇場)でやっていたでしょう?あー!(惜しかった!というリアクションをするので、会場笑)

観客と同じ空気と時間を共有する、舞台だからこそ伝わる作品の機微

──原作本も、映画も大ヒットした作品ですが、舞台作品ならではの特徴や感じていることは?
山口 舞台の最大の魅力は、今のこの空間と同じで、皆様の息遣いや、体温を1つの空間で共に感じ、同じ時間を過ごすことができるということですよね。それがあるが故に、感じてもらえるものがあると思います。映画ではある一定の効果を持たせる為に、登場人物を脚色している面があります。我々二人の関係をピュアに見せる為に、例え家庭を持っていようと、例え社会生活の中である一定の役割を担っていようと、そのつながりに背くことになるかも知れないめぐり会い、出会ったことによって始まる人間関係は、1960年代においても、ただ否定するだけのものではない。ということが際立つように、最初の一般的な家庭関係の中で、コミュニケーションが上手く取れていない夫婦関係ですとか、置かれている環境が全く文化に乏しい、図書館もなければ、映画館もなければ、本当に何にもない。あるのはコーンの貯蔵庫と牛の道具を売っている店だけだとか。それらを強調すると、ロバートというカメラマンがポンと登場してきた時に、二人の関係が映えるんです。でもそれは今の情報コントロールと一緒で、作品が持っている色々な魅力を、提供している側が選択して、最初からテイストを決めて相手に出しているんです。まず原作があって、その原作から映画にいった時に、二人のラブストーリーが単なる背徳的なものではないと見せる為に、家族から全く無視されているフランチェスカを描くんですが、今回の舞台の場合はそうではないんです。登場人物の1人1人が、本当に誠実に生きていて、魅力的なんだけれどもちょっとかみ合わない。良いお父さんだし、良い娘だし、息子なんだけれども、ちょっとかみ合わない。皆さんも持っているかも知れない、決して特殊ではない兄弟や、親子の関係なんです。だから本来それだけで良いはずなのに、そのちょっとかみ合わないところをクローズアップして、全く孤立している寂しい女性に描かれていたフランチェスカを、舞台はそうは描いていないんです。皆が魅力的なんだけれども…という、その機微は舞台の魅力ですね。
 
──誰もが誠実に生きているのだけれども、微妙なズレが繊細に表現されているのですね?
山口 あとは日本ですから、宗教観が違うということもあると思います。アメリカでは、子供を持つまでの夫婦の関係はこうあるべき、母親と父親になった夫婦はこうあるべき、親子の関係はこうあるべき、というものが濃厚に出るので、それに背いた時の批判というのはやはり原作にもあちこちにあります。映画でもそうですね。だから、僕たち二人の関係を美しく見せようとすると、家族の描き方が頑迷になる。でも、2018年の今、日本の僕たちが観ると、母親はこうあるべきだと思っているお父さんだとしても、その人はその人なりに一生懸命生きているとわかるし、何か物足らないけれども、いったん引き受けた家族なのだから、私はここで生きていかなければ、と思っているフランチェスカの気持ち、その双方を理解できる。そして、どんなに誠実な良い人であっても、新しい出会いによって、ポッと生まれてしまった気持ちというものは止められない。それをどうやって止めるのか?なんですよね。だから今稽古場でね、涼風さんに対して「ごめんなさい、僕がこんなところに出てきたばっかりに」と思いますね。しかも、僕はその場から消えますから。無理難題を女性に与えておいて、僕はその現場からいなくなる。で、その後、すべてを引き受ける女性、と思うと、本当になんてけしからん奴だ!と思うんですが(笑)。でも、僕はそれを忘れて、ロバートはロバートなりの生き方をしている、というところを演じたいです。
 
──涼風さんは舞台ならではの魅力についていかがですか?
涼風 ミュージカルということで、やはり歌を聞いて楽しめるということがまずありますし、ライブなので、同じことをしていても日々違う、お客様と共に作られる空気感、世界観の中で上演できるというのは、舞台になった時の魅力だと思います。

今の時代の日本でこそ、作品を通してクリアになるものが多くある

──先ほど現地に行かれたというお話もありましたが、それぞれの役作りで特になさったことは?
涼風 私は田舎育ちなんですね。フランチェスカはイタリアからアメリカに行きましたが、私は宮城県石巻市で生まれ、北海道の釧路に行き、富山に行き、そこで宝塚を観て、受験の前にやはり父の転勤で大阪に移り、宝塚に入って生活をして、今は宝塚を退団して東京に住んでいる。全く違うようで、どこか自分に似たところのあるフランチェスカなので、親しみもありますし、同じ女性ですから気持ちもわかります。料理も洗濯も掃除ももちろんしますし。皆さんがフランチェスカをどう感じていらっしゃるのかはわかりませんが、私としては、私がフランチェスカを演じるというよりも、舞台に立っている私の姿そのものが、フランチェスカであれば良いな、と思ってお稽古に臨んでいます。
山口 カメラマンという職業で、芝居の中の台詞にもあるのですが、現場に行って、現実そのものに関わった仕事をしているんですけれども「自分は常に客観的にしか人を見ない」とロバートは言うんですね。よく戦場や、災害の写真を撮られる方の中には「写真を撮っている前に何故助けなかったんだ」と言われて、自殺してしまわれた方もいらっしゃる。そういうロバートのような仕事をしている方は、以前は極限られていたんだけれども、今は多数派になっていて、今、ここにいらしている方たちは皆さんそうですよね?
涼風 さっき皆さんが撮影されているのを見た時に、そう思いました。
山口 基本的に、共同体や家族関係が、今の時代は薄まってきていて、原作では社会の端っこにいるロバートが、いつの間にかある意味多数派になってきている。そういう意味では、彼の持っている疎外感とか、孤独とかには、皆さん共感できるんではないかな?と思ってやっていますね。一方で、夫がいて、子供がいて、親がいて、すべてが満ち足りていると見える人ほど、心の中にふっと隙間を感じることもあると思います。ロバートは1人で死んでいく訳ですけれども、この物語の1960年代、僕が子供の頃ですが、1人で亡くなる方は本当に少なかったんです。でも今は、1人で亡くなるということをベースに、物事を考えて行きましょう、という時代になっている。だからむしろ、今の時代の日本でこそ、なんとなくうっすらと見えていたものや、とりあえず考えないように横に置いていたものが、この作品を通してクリアになるんじゃないかなと思います。ちょうど良い時期に、日本で観て頂けることになったのでは?と思いながらやっていますね。
 
──特に印象に残るシーンはありますか?
涼風 今回の舞台は出演人数がとても少ないんです。これまでのミュージカルですと、アンサンブルの方がいらして、プリンシパルがいるという構成なのですが、今回は全部で9人だけの出演者で作られている舞台なんです。ですから、1人1人が自分の役柄や、歌などの役割分担に、今まで以上の責任感と集中力を持ちながら臨んでいるお稽古場だと感じていて、私はフランチェスカに集中しています。その中で印象的なのが、今は山口祐一郎さんとの場面を1時〜4時までお稽古し、4時から他の皆さんとのお稽古をしているので、濃密であると言えば、祐様との場面、フランチェスカとロバートとの場面が1番深く進んでいる状態です。昨日の段階までですが。なので、ここからまた1人1人のお稽古がどのように進んでいくのか、2月が勝負だと今は思っています。答えになっていますでしょうか?(笑)
山口 だいたい作品と個人的なことというのは、どこかで自分で見つける時に引き寄せたり、また忘れたりしながら作品に向かっていく訳ですけれども、この作品には色々な台詞があって、個人的にすごくフィットする場面があるのですが「それはここと、ここです」と言ってしまうと、僕の一番パーソナルな部分だから、できれば触れたくない(笑)。ですからそれはどこか?というのを、是非舞台を観ながら探してください。「あ、今、額に汗が流れた」とかね(笑)。「こんなところで流れる訳ないのでは?」とか、「なんでこんな、なんでもないところで言いよどむんだろう?」とか。でもなんでもないからこそ、その人個人の、こっそりと誰にも知られずにいたい、静かな部分であったりするんですよ。自分でも芝居をしながらそのことに後で気づくんです。後で気づくというのはどういうことかと言うと、帰宅して夜中にまた台本を見る訳です。その時にスーッと記憶が流れていって「どうしてあそこでひっかかったんだろう?」と反芻すると、理由はやっぱり僕自身なんです。「あ、この台詞なんだな」と。するとその台詞をきっかけに、自分でも見ないようにしていたものが「祐一郎君、君はこのことにこだわっているじゃないか」とか「このことがそんなにまだ心に刺さるのか」と自問自答するものがいっぱいあります。だから是非、そういうのを見つけて頂いて、ちょっと汗の分量が増えたな?と思ったら、この部分かな?と思ってください。
 
──では、最後に公演への意気込みを。
涼風 私はたぶん生まれてはじめて「演劇とはこういうものだ」とか「演じるとはこういうことなんだ」とか「ミュージカルとはこうなんだ」とかではないところからスタートしています。自分がどうなるのかが、まだわからないです。是非劇場に足をお運びください。
山口 以下同文です。
涼風 ダメ!(笑)
山口 いえ、以下同文です(笑)。どうぞよろしくお願い致します!

〈公演情報〉
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ミュージカル『マディソン郡の橋』
脚本◇マーシャ・ノーマン
音楽・詞◇ジェイソン・ロバート・ブラウン
原作◇ロバート・ジェームス・ウォラー(「マディソン郡の橋」)
翻訳・訳詞・演出◇荻田浩一
出演◇山口祐一郎、涼風真世
彩乃かなみ、石川新太、島田彩、加賀谷一肇、戸井勝海、伊東弘美、石川禅
●3/2〜21◎シアタークリエ
〈料金〉S席 11,800円  A席 9,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777(9時半〜17時半)
プレビュー公演
●2/24〜26◎シアター1010
〈料金〉11,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉シアター1010チケットセンター 03-5244-1011(9時半〜18時)
●3/28〜4/1◎梅田芸術劇場シアタードラマシティ
〈料金〉12,500円 (全席指定・税込) 
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ 06-6377-3888 


【取材・文/橘涼香】




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