不滅 愛月ソロ

宙組の男役スターとして進境著しい愛月ひかる、待望の東上初主演作品である、宝塚歌劇宙組公演ロマンス『不滅の棘』が、日本青年館ホールで上演中だ(29日まで)。

『不滅の棘』は、チェコの代表的な作家カレル・チャペックの戯曲「マクロプロス事件」をもとに、木村信司がヒロインの設定をヒーローに置き換え、新たな脚本として書き下ろした作品。2003年に当時の花組トップスター春野寿美礼主演で初演され、純白で統一されたセットと衣装、望まぬままに永遠の命を与えられた青年が辿る数奇な運命を描いた、非常に歌の比重が高いオペラティックな作風などが話題となり、大好評を博した。以来、約15年。新トップスター真風涼帆率いる新生宙組で、ますますの活躍が期待されている愛月ひかるを中心とした宙組選抜メンバーで、待望の再演の幕が開くこととなった。

不滅 椅子

【STORY】

1603年、ギリシャ・クレタ島。医師ヒエロニムス・マクロプロス(水香依千)は、国王ルドルフ2世を欺むき、不死の秘薬と偽って王に渡した薬の効力がないことが発覚し、王の差し向けた刺客に襲われ命を落とす。だが、1人残された息子のエリィ・マクロプロス(愛月ひかる)は、衝撃の事実を知り呆然としていた。父が研究していた薬の中で、ただ1つ本当に不老不死の効果をもたらす薬を、知らぬ間に自分が飲まされていたというのだ。望まぬままに不死の命を得てしまったエリィは、1人悲嘆に暮れる。

1816年、プラハのカレル橋。不死の身のまま今は、宮廷のお抱え歌手エリィ・マック・グレゴル(愛月)として生きる彼に、物乞いの女性が「施しを」と声をかける。その日自分が寝泊まりをするに足りる金額だけを残して、財布ごと女性に投げ与えてしまうエリィ。ところが、物乞いに身をやつしていたのは、彼を慕い続ける令嬢フリーダ・プルス(遥羽らら)だった。ひたすらにエリィの愛を乞うフリーダに、例え誰を愛してもその相手は自分を置いて世を去ってしまうと、自らに人を愛することを禁じてきたエリィの心は揺れ動き、二人は1つの影となってカレル橋を去っていく。

1933年、プラハ。4代前から引き継いだ、100年に及ぶ裁判の原告であるフリーダ・ムハ(遥羽・二役)は、弁護士コレナティ(凛城きら)の助言を無視し、訴えを最高裁に持ち込んだものの、敗訴の判決が下るのは確実との報せに苛立っていた。コレナティの息子アルベルト(澄輝さやと)は、確たる証拠もないまま訴訟を急ぐフリーダの姿勢の理解に苦しむが、フリーダは人は100%死ぬのだから、生きている間にお金が欲しいのだとキッパリと言い放つ。
そこへ突然、公演の為にプラハに滞在中の有名歌手エロール・マックスウェル(愛月)が現れ、呆気にとられる一同をよそに、フリーダの訴訟に興味を示したばかりか、100年も前の事件についての有力な情報を次々と明かしだす。
そんな彼の様子にアルベルトは強い不信感を抱くが、裁判の結論をひっくり返せるかも知れない新事実にフリーダは飛びつき、コレナティもその情報を裏付ける証拠さえあるなら、と言い募る。するとエロールは、証拠は訴訟相手のプルス男爵邸の書棚にあるはずだから、今夜盗みに行こうとこともなげに提案する。見ず知らずの、しかも大スター歌手が何故自分の訴訟に、そこまで協力しようとするのかを、さすがに訝しんだフリーダに、エロールは「お前には幸せになって欲しい」と、謎のような言葉を残し、アルベルト、コレナティと共にプルス男爵邸に向かう。

プルス男爵邸にはフリーダの訴訟相手の男爵未亡人タチアナ(純矢ちとせ)と、酒に溺れる日々に幻覚さえ見るようになっている息子ハンス(留衣蒔世)と、そんな兄を心から案じるクリスティーナ(華妃まいあ)が暮らしていて、泥酔したハンスを巡ってこの日も口論が続いていた。そこに忍び込んだエルーロたちは、折悪しくクリスティーナに気づかれ、アルベルトとコレナティを逃がしたエロールは、恐慌して銃を構えるクリスティーナを懐柔しようとするも失敗。背中を撃たれてしまう。人を撃ってしまったと取り乱すクリスティーナに、エロールは傷口をかばいながらも、明日の公演を必ず観に来て欲しいと告げて姿を消す。

翌日の夜、エロール・マックスウェルが負傷したらしいというゴシップ記事をよそに、エロールは何事もなかったかのように舞台に姿を現わした!100年前の事件を詳細に語り、背中に銃弾を受けたはずなのに、華麗に歌うエロール・マックスウェルは何者なのか?。フリーダ、アルベルト、クリスティーナ、タチアナ、ハンス、コレナティ。彼をめぐる人々の渦の中で、事態は次第に不穏な様相を呈していき……。

不滅 全景

永遠の命を得る、不老不死を扱った物語は、古今東西数多く創作されていて、奇しくも現在宝塚大劇場で上演中の『ポーの一族』を含めて、宝塚の舞台にも幾たびか登場している。ただ、それらの多くは所謂「吸血鬼伝説」を基にしていて、永遠の命をつなぐ為には、人の生き血を、つまり、同時代に生きる人の命を奪う必要がある、人外の者の苦悩と、当然ながら人々に弾圧される姿が描かれていくものがほとんどだ。そこには不老不死=人ならざる者という図式が横たわっていて、それ故に、永遠の命を得た者は、鏡に映らない、太陽の光に弱い、十字架に含まれた信仰を恐怖するなどの、様々な弱点も抱えている。
一方、この作品『不滅の棘』が描いているのは、不老不死の身となる秘薬によって、人ならざる者でなく、人として300年以上の年月を生きている男の物語だ。老いることもなく、病に倒れることもなく、死ぬこともない。如何に若く美しくいられるかを、非常に手近なものでは化粧品から、高度なものでは整形手術などによって、追い求める人々が決して少なくない、アンチエイジング全盛の現代の目から見れば、『不滅の棘』の主人公は、人類の究極の夢を叶えた人物とさえ言えるかも知れない。

けれども、作品が決してハッピーな色合いのものではなく、更に、主人公のエリィ=エロールが、全く幸福に見えないのは何故かと考えた時、やはりいくら肉体が永遠に老いず、死なないとしても、人の精神がそれだけの年月を健全なまま耐えることはできないのだろうという、想いに至らざるを得ない。誰を愛しても、誰と友情を育んでも、その相手は必ず老いていき、やがて天寿を全うし、去っていってしまう。そんな数限りない別れをただ見送るばかりで、自分だけが変わらないまま、永遠に置き去りにされるのだ。それは想像しただけでも、背筋が凍るほど恐ろしい終わりなき時間に違いない。主人公の目に映る世界のすべてが、凍り付いた白に覆われているのも理解できる。

だからこそ、別れを恐れ、他者と行きずりでない関わりを持つことを禁忌としていた主人公が、ただ1人愛した人の面影さえ、今はおぼろになってしまった哀しみと、それでも尚300年の時を経て、その「愛した記憶」が時折胸を疼かせる『不滅の棘』として、永遠に残る、というタイトルに帰結するロマンの香りが、なんと切なくも美しいことか。ここには、こうした永遠の命を描いた物語のある種のセオリーとも言える、限りある命の尊さに帰結するだけに留まらない、人を愛することへの想いの深さと、畏敬の念がある。木村信司という劇作家が描くテーマや、書く言葉には、しばしばこちらの心の襞のようなものを、真っ直ぐに射抜いてくる、成人男性がつまびらかにするには、ためらいも大きいのではないかと思うほどの清らかさがあるが、その純なものがこの作品の中に、それこそ棘のように潜んでいて胸に染みる。それでいて、エンターテイメント性や、宝塚の男役ならではの気障さや、ポップな遊び心もあって、作品のバランスも良い。改めて、15年ぶりにこの作品が、愛月ひかる主演によって蘇ったことに、喜びを感じる仕上がりとなった。

不滅 主演コンビ

と言うのも、愛月の持つどこか素朴で、人間らしい温かみのある個性と、宝塚の二枚目男役になる為に生まれたかのような抜群のプロポーションで繰り出す、気障にキメた男役度の高さという、二つの魅力の色合いの差異が、300年の時を生きることになるエリィ=エロールの造形に生きているのだ。特に、冒頭永遠の命を得てしまったことに慟哭する青年という、実に短いが、大変重要なシーンで愛月が見せる純粋さ、真っ直ぐさが、役柄が永遠の時を生きる間に、澱のようにたまっていく虚無感との落差を鮮明に表してくる。更にそれでいながら、宮廷歌手のエリィや、大スター歌手エロールの中にも、300年の時のはじめには、純粋で温かい青年だった、という人物の根っこが透けて見えるのが、愛月が演じるならではの主人公像として、新鮮かつ魅力的だった。初演の春野寿美礼の、これぞカリスマの大スターぶりももちろん魅力だったが、愛月の人間味の垣間見える造形が、また新たな作品の輝きを生んだことは、再演に当たっての大きな成果と言える。何より、宙組の前任トップスター朝夏まなとの時代に、二枚目男役としては稀有な、振り幅の大きい個性的な役柄を次々と演じてきた愛月が、その経験を肥しにして、尚かつ「これぞ宝塚の二枚目スター!」と呼びたい、胸のすくカッコよさを見せたことは、男役愛月ひかるにとって貴重なポイントとなるに違いない。名歌手の誉高かった春野に合わせて書かれた、まるでオペラのような楽曲の数々をきちんと歌いこなしたのも好印象で、宙組の新たな時代に、貴重な生え抜きスターとしてますます活躍してくれることだろう。その道程に注目していきたい。

相手役のフリーダを演じた遥羽ららも、新人公演ヒロインや、バウホール公演での準ヒロインを経て、東上公演の初ヒロインの座を勝ち取った。彼女の個性に適っているのは、1816年に登場し、主人公の心に永遠の棘を残すフリーダ・プルスの方だが、出番としては圧倒的に「お金が欲しいの!」と直截に言い切る、1933年のフリーダ・ムハが多い。こうした現代的な役柄では、しばしば苦戦の跡を感じさせていた遥羽だけに、成果に注目していたが、今回は思い切りの良い演技で、相当な進歩が見られるのが何より。1場面の出番のフリーダ・プルスが印象的なのも作品にとって必要なことだし、フリーダ・ムハが最後に取る行動が、主人公の積年の虚しさをある意味浄化するのに、遥羽の湿度の高い演技が生きてもいて、宝塚のヒロインとしてはかなり難しい設定をよく支えていた。

フリーダ・ムハを愛するアルベルトの澄輝さやとは、美しいマスクの中に、常に知的なものがあるのが、役柄に新たな効果を生んでいた。初演の瀬奈じゅんの陽性な個性は、春野のクールを互いに照射して高め合ったものだが、愛月の根底にある温かみと、澄輝の精巧なカットグラスのような個性もまた、違った意味で照射しあっていて、これはキャスティングの妙。その澄輝に対して、かなり若い時の子供なのだろうなとは思わせるものの、飄々と父親として位置できる凛城きらの力量も貴重だ。

不滅 二番手澄輝イン

また、準ヒロインとも言えるクリスティーナの華妃まいあが、如何にも宝塚の娘役らしい愛らしさと、健気さを見せていて、宙組は現トップ娘役・星風まどかの快進撃の影で、下級生の娘役にやや光が当たりにくかった時期があるが、華妃を含めて、今後また新たな娘役たちが台頭してくることだろう。そんな期待を抱かせるに十分な存在感だった。その兄、ハンスの留依蒔世は、今回は彼女の盤石の武器である歌唱力以上に、演技力で目を惹きつけたのが収穫。欲を言えばやはりもっと歌って欲しい人だが、作品の大切なアクセントになっていて、成長を感じさせた。二人の母タチアナの純矢ちとせは、一癖も二癖もある食えない母親でありつつ、十分に魅力的な女性でもあるという役柄を、いとも軽々と演じていて、もうこういったポジションは彼女の独壇場。主人公が辿った足跡を証明する存在でもある、老女カメリアの美風舞良は、思い切った年輪の造形で、脚本が求めた役割をきっちりと果たしていて手堅い。

他にもエロールのコーラス・ガール愛白もあ、花咲あいり、桜音れい、花菱りず、道化の星月梨旺、掃除婦の里咲しぐれ等印象的な役柄や、楽曲の極めて多い作品の中で、ソロを担う人材も多く、カンパニーも充実。15年ぶりの再演が、作品を新たに磨き上げ、鮮烈な印象を残す舞台となったことを喜びたい。


〈公演情報〉
宝塚宙組公演 ロマンス『不滅の棘』
原作◇カレル・チャペック
脚本・演出◇木村信司
出演◇愛月ひかる ほか宙組
●1/23〜29◎日本青年館ホール
〈料金〉S席 6,800円 A席 5,000円 (全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉宝塚歌劇インフォシメーションセンター[東京宝塚劇場]0570-00-5100
公式ホームページ http://kageki.hankyu.co.jp/



【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】




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