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美に執着する謎の女盗賊「黒蜥蜴」と、彼女を追う名探偵・明智小五郎の、スリリングな闇を伴った耽美な愛の世界『黒蜥蜴』が、日本でも絶大な人気を誇る英国気鋭の演出家・デヴィッド・ルヴォーの演出で、日比谷の日生劇場で上演中だ(28日まで。のち大阪・梅田芸術劇場メインホールで2月1日〜5日まで上演)

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『黒蜥蜴』は、日本に探偵小説の礎を築いた江戸川乱歩の長編小説を、戦後の日本文学界を代表する作家の1人三島由紀夫が戯曲化した作品。究極の美に執着する美貌の女盗賊と、犯罪に恋されていると豪語する名探偵とが繰り広げる、トリッキィで、アクロバティックでありつつ、退廃美に彩られた作品は、三島戯曲の最高傑作の1つと称され、これまでも数多くの俳優、演出家の手によって上演が重ねられてきた。
今回の上演は、『テレーズ・ラカン』『ナイン』『ETERNAL CHIKAMATSU』など、その独特の世界観で日本の演劇界に衝撃を与え続けてきたデヴィッド・ルヴォーの演出で、美貌の女盗賊黒蜥蜴に中谷美紀。彼女と追いつ追われつの犯罪という名の恋の駆け引きを繰り広げる名探偵・明智小五郎に井上芳雄という、魅力的なキャスティングが実現。ルヴォーの追求したグロテスク・ビューティーな世界が、濃密に展開されている。

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【STORY】
一代で財を築いた宝石商・岩瀬庄兵衛(たかお鷹)は、連日執拗に舞い込み続ける「娘の早苗(相楽樹)を誘拐する」という脅迫状に脅え、名探偵との誉れ高い私立探偵・明智小五郎(井上芳雄)を護衛に雇い、大阪のホテルに身を潜めていた。
父娘が投宿する部屋の隣室には、岩瀬の店の上客である緑川夫人が宿泊していたが、実は彼女こそが、誘拐予告をした張本人女賊・黒蜥蜴(中谷美紀)であった。
そうとは知る由もない早苗は、無聊を囲ったホテルの部屋で緑川夫人と語らうちに、すっかり打ち解け、意に染まない見合い相手の愚痴をこぼしていた。そんな早苗に緑川夫人=黒蜥蜴は、部下の美しい青年・雨宮(成河)を早苗に紹介すると見せかけ彼女を奪い去り、自ら早苗に変装して父親の岩瀬の目をも欺き、床についたと見せかけて部屋を忍び出る。更には、犯人を警戒し続ける明智の前に、大胆不敵にも再び緑川夫人として現れ、犯人が電報を寄越した「コンヤ ジュウニジヲ チュウイセヨ」との警告の時間まで、明智の話し相手を買って出る。
2人は、時間をつぶす目的を兼ねて、トランプの賭けに興じる。夫人は持っている宝石のすべてを、明智は探偵という職業を、カードの勝敗に賭けることになる。

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だが、時計が12時の時を過ぎても、部屋には何事も起こらない。安堵する明智に緑川夫人は「もう犯罪は行われているのでは?」と問いかける。果たして、早苗と信じていた人影は人形の首だった!
勝ち誇る緑川夫人。だがほどなくして明智は、見事早苗を奪還したばかりか、緑川夫人こそが真犯人=黒蜥蜴であることを言い当てる。しかし、おいそれと捕まる黒蜥蜴ではない、必ず早苗さんはいただきにあがりますと宣言し、黒蜥蜴は包囲網の中からまんまと逃れ去っていく。
半月後、更なる厳戒態勢が敷かれた東京・岩瀬邸では、軟禁状態にふさぎこんでいる早苗の体調を、家政婦ひな(朝海ひかる)をはじめとした使用人たちが案じていた。だが、その厳戒態勢の隙をついて、黒蜥蜴の魔手は岩瀬家に忍び寄り、明智との果てしない勝負は、報われぬ結末に向かって、更に熱量を高めていき……

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映画のスタジオを思わせる、むしろガランとしたセットに、無尽に動く幾多のドアを通って、登場人物たちが誰かを追うように、また誰かから追われるように、出入りを繰り返すオープニングから、舞台にはルヴォーの美意識が炸裂する。大阪のホテル、岩瀬邸、明智小五郎の探偵事務所、と、時や場所を移していくセットはほぼ出道具だけで表現され、人と人との出会い、また心の動きを表すように、舞台は頻繁に回り続ける。しかも、時に明るく、時に乳白色の布を通して、本来見えないはずのものをシルエットで具現しながら運ばれる物語は、ダークな美とエロティックな香りを絶えず噴出してくるのだ。20分の休憩を挟んだ上演時間は約3時間15分。1幕だけで1時間45分を要する、この題材としてもかなりの長尺が、全く長さを感じさせないのは、軽やかに動き続けるセットが、心理的にも物理的にももたらすスピード感と、驚きの連続である様々な演出の仕掛け故だろう。

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実際、何しろあまりにも有名な原作であり、戯曲だから、物語の筋立ても謎解きも、更に言えば結末までも知り尽くしているはずの舞台で、これだけ先の展開への期待で、ドキドキさせられ、舞台に魅入られるとは、まさに望外の喜び以外の何ものでもなかった。これまでも日本に様々な衝撃とときめきを与えてきた演出家・デヴィッド・ルヴォーが、大舞台に相応しい演出の『黒蜥蜴』を披露して、これほどスリリングで、ミステリアスで、猥雑で、でも美しい舞台を、2018年の年頭に観せてくれたことは、日本の演劇界にとっても大きな収穫と言えるだろう。

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そんな舞台で、タイトルロールの黒蜥蜴を演じる中谷美紀は、まず何よりもこの役柄に必要な美貌に、一目で只者ではないと思わせる、ほの昏い狂気の片鱗をにじませて登場してきたのが素晴らしい。共演者と並んだ時などには、大柄でないことがわかるのだが、それがむしろ意外なほど舞台での存在感が大きく、全体を危険な美しさで染め上げていて、詩のようなモノローグの語りも実に見事。美に執着し、常に勝利者であった自信が、明智との闘い、惹かれあう想いの強さ故に揺らいでいく混乱も的確に表現していて、盤石の主演ぶりだ。
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その中谷黒蜥蜴に正面から対峙する、名探偵・明智小五郎の井上芳雄が、本人の資質を十二分に活かして、粋を極めたダンディーな名探偵を活写している。言わずと知れたミュージカル界のプリンスの井上だが、舞台では永遠のプリンスであり、オフと言うよりは、役を演じていない「井上芳雄」でいる時には、歯に衣着せぬ毒舌キャラという、彼が常に保ってきた表看板の、その意図したナルシシズムと、相反して内面にあるのではないかと思える非常に純粋なものとが、このダンディズムの権化のような明智役を、決して上滑りせずに表出することに成功している。実は現在の日本で、生身の男性が演じるにはかなり難しい役柄である明智小五郎は、だからこれまでも宝塚歌劇や新派といった、存在そのものが虚構性を持っている舞台で成功してきたものだが、井上には、本人そのものにその虚構性の資質があったのだ、と膝を打つばかりの名演。『ダディ・ロング・レッグス〜足ながおじさん』のジャービス・ペンドルトン、『グレート・ギャツビー』のジェイ・ギャツビーに続いて、果敢に取り組んで来たストレート・プレイでも井上が代表作を勝ち得た。

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岩瀬早苗の相楽樹は、フライヤーなどで世に出回っているポートレイトや、更に、制作発表会見などでのビジュアルの印象を、遥かに何倍も飛びぬけた美しさで舞台に登場してきて、目を瞠った。究極の美を愛する黒蜥蜴が執着するに相応しい、この役に必要不可欠な美しさを、演じている舞台上で最も発揮できるというのは、女優としての類まれな資質と言っていい。難しい展開もある役柄もよく表現していて、ますます注目していきたい逸材だ。

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家政婦ひなの朝海ひかるは、一見朝海とはとても思えない地味に造りこんだ登場が、役柄の変転に劇的な効果を生んでいる。元々の個性の中に、ガラスのようにひんやりとした無機質な美しさがあるのも、この謎めいた役柄に奥行きを与えていて、特に終幕に「朝海ひかるここにあり!」の鮮やかな動きを見せる秀逸な場面もあり、是非ラストまで注目して欲しい存在だ。

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岩瀬床兵衛のたかお鷹は、この作品の、特にルヴォーの演出の中で、俗世の匂いを一手に引き受けている役柄の、求められた役割を存分に果たしている。それでいながら早苗のことは心から愛している父親なのだ、ということが伝わるのも巧みで、作品の良いアクセントになっていた。

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雨宮潤一の成河は、小劇場から大舞台まで縦横無尽に活躍している中で、様々に培ってきたのだろう表現の引き出しの多さが、この役柄を更に複雑で、見どころの多いものにしている。何故黒蜥蜴に付き従うのかの説明が、今回の舞台では子細に描かれていないが、だからこそ黒蜥蜴に魅入られた男という理屈ではない妄執が、滑稽なまでに浮かび上がり、ルヴォーの目指したグロテスク・ビューティの世界の住人に相応しかった。

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また、ダンサーの小松詩乃と松尾望を含めた、アンサンブルの面々にも各々大きな役割があり、1人1人が作品を支えるに欠かせない存在であることも、舞台の緊密な仕上がりに寄与していて、2018年の年頭に、何を置いても観ておくべき、と断言できる優れた作品が登場したことを、喜びたい舞台となっている。

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【コメント】

初日を前にメインキャスト6名から、現在の心境と作品の見どころを語ったコメントが届いた。

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黒蜥蜴(緑川夫人)役/中谷美紀
ルヴォーさん主催の演劇学校に、出演料を頂戴して通わせていただいたような、充実したお稽古を経て、いよいよ初日を迎えることになり、少々緊張しておりますが、「一字一句誤りの無い完璧な台詞で感情がこもっていないよりも、物語を生き、感情の発露によって多少台詞が乱れても、後者の演劇を観たいと思う。もちろんだからと言って、台詞をないがしろにしていいという訳ではないけれど」とおっしゃったルヴォーさんの言葉を信じて、井上芳雄さんをはじめとする共演者の皆さんの言葉に耳を傾け、表情を見逃さず、心と心の対話を最も大切に演じたいと思います。高尚なものと低俗なもの、喜劇と悲劇、美しいものと醜いもの、愛と憎しみ、エロスとタナトス、相反する2つの世界が混じり合い、拮抗し合う三島ワールドをぜひご覧いただきたいです。

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明智小五郎役/井上芳雄
ルヴォーさんとカンパニーのみんなと、この「黒蜥蜴」の世界にいられることが最高に幸せです。悲しいほどに美しい美紀さんの黒蜥蜴とご一緒できるのも光栄です。早く、皆さんに見て頂きたい。きっと今まで見たことのない、でも、心の奥ではどこかで知っていた愛の世界がそこにあるはずです!

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岩瀬早苗役/相楽樹
もう明日が初日だと思うと驚きです。ルヴォーさんの稽古は本当にあっという間でしたし、稽古というよりはカンパニー全員で「黒蜥蜴」の世界を探求しながら冒険しているような時間でした。ルヴォーさんの演出する「黒蜥蜴」は、さまざまな表情や魔法であふれていて目が離せなくなるはずです。お楽しみください。

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家政婦ひな役/朝海ひかる
ルヴォーさんの指揮の元、カンパニー全員で「黒蜥蜴」の世界をお届けできる様、精一杯頑張ります。

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岩瀬庄兵衛役/たかお鷹
やる事はやった。後は本番のライブ感を楽しむのみ。

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雨宮潤一役/成河
不思議と緊張もなく穏やかな気持ちです。大きな見所は、想像力を刺激するシンプルで力強い演出。デヴィッド・ルヴォーの美意識が行き届いた、演劇ならではの「空間の使い方」に是非注目して欲しいと思います。三島由紀夫への新しいアプローチとして、きっと沢山の人に受け入れられるだろうと期待しています。

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〈公演情報〉
『黒蜥蜴』
原作◇江戸川乱歩
脚本◇三島由紀夫
演出◇デヴィッド・ルヴォー
出演◇中谷美紀、井上芳雄/相楽樹、朝海ひかる、たかお鷹/成河 他
●2018/1/9〜28◎日生劇場
〈料金〉 S席 12,500円 A席 9,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉 梅田芸術劇場  0570-077-039(10:00?18:00)
●2018/2/1〜5◎梅田芸術劇場メインホール
〈料金〉 S席 12,500円 A席 9,000円 B席 5,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉 梅田芸術劇場メインホール 06-6377-3800(10:00?18:00)
〈公式ホームページ〉http://www.umegei.com/kurotokage/




【取材・文・撮影/橘涼香】


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