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幕末の動乱に揺れる京都・伏見を舞台に、維新の嵐が吹き荒れる激動の時代を生き抜いた寺田屋お登勢とその夫伊助を描いた物語『京の螢火』が、日本橋浜町の明治座で上演中だ(26日まで)。

『京の螢火』は1971年に明治座で上演された『京の螢火〜お登勢と竜馬〜』を、脚本家・演出家として活躍するわかぎゑふが、初演の良さを残しつつも、2017年に相応しい幕末ものとして新たに書き下ろした。黒木瞳演じる伏見の船宿「寺田屋」の女将お登勢と、筧利夫演じるその夫伊助を中心とした夫婦の物語を軸に、藤本隆宏演じる坂本龍馬、のちにその妻となる、田村芽実演じる若き日のおりょう、渡辺大輔演じる幕末の志士ら、多彩な登場人物たちが織りなす、動乱の時代の中にあってもひたむきに生きる市井の人々の、人間味あふれるドラマが展開されている。

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【物語】
安政の末、初夏の京都、伏見。
蛍の光が美しい夕刻、伏見の船宿「寺田屋」の跡取り息子・伊助(筧利夫)の元に、彦根から1人の娘が嫁いでくる。彼女の名はお登勢(黒木瞳)。白無垢姿も美しい彼女は、寺田屋に骨を埋める覚悟で婚礼に臨もうとしていたが、伊助の母お定(沢田亜矢子)は、この縁組が気に入らず祝言の席には出ないと言い張り、姿を見せようともしない。更に肝心の伊助も箒を手に掃除をし続けている有様で、お登勢に付き添ってきた叔父、叔母は立腹。お登勢を連れ帰ろうとするが、お登勢は「ひとたび嫁ぎ先の敷居をまたいだからには、自分は寺田屋の人間。戻る実家はありません」とその場を動こうとしない。そんなお登勢の健気さに打たれた寺田屋の親戚筋に当たる医者・玄庵(伊藤正之)のとりなしで、ようやく祝言があげられることになり、お登勢は晴れて寺田屋の若女将となる。

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だが、姑のお定だけでなく、伊助の妹お椙(桜乃彩音)もお登勢が気に入らず、恋仲の五十吉(河相我聞)と計ってお登勢を追い出そうと画策するが、やはり玄庵の機転で図り事が露見し、ここが潮時と伏見を後にした五十吉を追って、お椙は駆け落ち。老いには勝てなくなってきたお定、商売には全く身が入らない伊助に代わって、お登勢が店を切り盛りするようになり、番頭の佐市(深沢敦)をはじめ、奉公人たちも女将としてのお登勢を認めていく。
嫁入りから四年後の文久二年の春、お登勢は店の前に捨てられていた赤ん坊を拾い、居合わせた討幕派の薩摩藩士・有馬新七(渡辺大輔)は、この赤ん坊の為にも自分たちが良い世の中に変えていく、と語りかけるが、直後に穏健派の薩摩藩士の一党が現われ、味方同士のはずの薩摩藩士が互いに斬り合いとなり、新七は壮絶な最期を遂げる。心優しい青年が目の前で命を落としたことに、お登勢はただ慄然と立ち尽くす。

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事件から更に四年。捨てられた子供を我が子として育てていたお登勢の前に、変わり果てたお椙が現われ、思いもかけぬ真実を語り、祭りの喧噪の中に走り去ってしまう。必死で後を追ったお登勢は、元土佐藩の浪士・坂本龍馬(藤本隆宏)と、おりょう(田村芽実)という若い娘に出会い、龍馬からおりょうを養女として預かって欲しいと託される。新七の死から、新しい時代の胎動に目を向けるようになったお登勢は、おりょうを預かることにする。
そんなある日、龍馬を訪ねて薩摩から中村藤次郎(渡辺・二役)がやってくる。新七に面差しがそっくりの藤次郎にお登勢は驚きを隠せなかったが、薩摩と長州が手を結ぶことに奔走する龍馬と志を同じくする藤次郎を、快く迎え入れる。そんな寺田屋に、幕府守護職の新選組の一団が御用改めだと踏みこみ、藤次郎をかくまったお登勢と新選組の間で、押し問答が続いているのを、とっさの機転で伊助が助け、難を逃れる。だが伊助は、寺田屋が討幕派の隠れ家になることを好まず、天下国家がどうなろうと、自分たちはここで生きていくしかないのだと語るが、維新へと向かう時代の嵐は、確実にお登勢と伊助の夫婦を巻き込んでいき……

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作品の原作の1つである司馬遼太郎の『竜馬がゆく』は、やはり司馬の作品である新選組副長・土方歳三の生涯を描いた『燃えよ剣』と並ぶ、幕末ものの揺るぎない最高傑作として読み継がれている小説だ。特に坂本龍馬、土方歳三、沖田総司など、幕末の永遠のヒーローたちの人となりや、性格を、日本人のほとんどが、司馬の小説の造形そのままに信じ、認知しているのは思えば驚異的な話で、司馬遼太郎という作家の鬼才ぶりは、この一事だけでも揺るぎようのないものだろう。

だがその一方で、2017年に没後20年を数えた時代小説家・藤沢周平の、歴史上のヒーローを扱うのではなく、架空の小藩の名もなき武士や、市井の人々がただひたすら真摯に、懸命に生きる姿を描いた時代小説群が、空前の大ヒットとなり愛され続けているのも、現代の確かな潮流となっている。それは、この作品の元になった『京の螢火〜お登勢と竜馬〜』が上演された1971年当時からの大きな変化で、実在したヒーローたちだけではなく、歴史に名を残してはいないが、確かに生きていた市井の人々に、今、現在の日本人の心が共振している証でもあった。

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今回、『京の螢火』を新たに書き下ろしたわかぎゑふは、その時代が求めている風を確実にとらえている。ここには、「寺田屋事件」の現場となったことで後世に知られる「寺田屋」を舞台にし、坂本龍馬をはじめとした実在の幕末の志士たちを多く登場させながらも、主人公はあくまでも「寺田屋」に嫁いだお登勢という女性であり、その夫の伊助であるという、市井の人々を中心にした視点がある。そのため舞台には、非常にわかりやすい嫁姑の確執や、小姑の駆け落ち騒動などの、人間ドラマが内包されつつ、登場人物たちが逃れ難く歴史の荒波にもまれる様と、だからこそ拠り所になる夫婦愛が描かれていて胸をうつ。そうした視点を持ったことで、この作品は、こんな人たちが確かにいたかもしれないと思え、絵空事にならずに共感できる、時代ものの芝居の在り方としての、ひとつの形を指し示したものとなった。明治座初登場という演出家わかぎゑふの力が、2017年ならではの時代劇を生み出しているのが素晴らしい。

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そんな舞台の中心、ヒロインお登勢に扮した黒木瞳の力量が、作品の陰影を深めている。白無垢姿で登場する初々しい花嫁姿から、姑、小姑との軋轢に耐え、幕末の志士に共感し、やがて度量の深い大女将として成長していく。まるで絵に描いたような女優芝居を、十二分に支える黒木の演技力に、持ち前の愛らしさ、美しさが加わり、押しも押されもせぬ主演ぶりだ。こうした女優芝居が、減少の一途をたどる時代にあって尚、黒木瞳が女優芝居の華を咲かすことのできる、数少ない大女優だと改めて示した快演となっている。

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その夫伊助の筧利夫が、飄々と舞台に位置しているのも、作品のカラーを助けている。あっちもこっちも汚いと、いつも掃除ばかりしている伊助が、つまりは世の中が汚いと言っていることを、きちんとわからせた上で決して説教臭くならないのは、筧の軽やかさあったればこそ。それでいていざとなると頼りになる夫の造形が見事。

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この夫婦に関わる歴史上の有名人たちでは、坂本龍馬の藤本隆宏の骨太な造形が面白かった。これまでの龍馬像からすると、もう少し軽みのある人物を想像し勝ちだが、それは前述した通り司馬史観が生み出した龍馬像であって、こうしたどっしりした人物が坂本龍馬でも何も間違っていないし、むしろ新鮮だ。
特に藤本の持ち味に鷹揚な温かさがあるのが、おりょうと結婚する前の作中の流れに相応しく、明治座初登場となった田村芽実のおりょうの、真っ直ぐに体当たりの演技を包み込んでいて、田村の清新さも生き、良い並びだった。田村にとっても女優としての大きなステップになるはずの、この舞台は長く記憶に残るものとなることだろう。

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また、有馬新七と中村藤次郎の二役を演じた渡辺大輔の美丈夫ぶりが、なんとも爽やかで強烈に目を引く。寺田屋騒動で、自分が盾になる形になった為に、敵を倒せない同志に「おい(俺)ごと刺せ!」と叫び、敵方と共に串刺しになって命を落としたというエピソードが、あまりにも有名な有馬新七なだけに、せっかく当代の若手人気俳優である渡辺の出番が、これだけなのかと案じられたが、そこはさすがのわかぎゑふが、有馬に面差しがそっくりという設定の薩摩藩士・中村藤次郎として2幕にも登場させ、お登勢との芝居も実に効果的。殺陣も美しく決まり、ミュージカルでの活躍が顕著な渡辺の、和物の芝居での可能性も、さらに広がっていくのを感じさせた。

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また、黒木と同じ元宝塚歌劇団トップ娘役だった桜乃彩音が、出産後の復帰舞台として伊助の妹お椙を演じ、ただ綺麗な小姑ではない、ドラマチックに変化していく役柄を巧みに魅せている。お登勢に辛くあたっている時でも、徹底的に嫌な女にならないのが、桜乃のたおやかな美しさならではで、やはりこの人の華は貴重。今後も是非様々な舞台で活躍して欲しいものだ。

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そのお椙と恋仲の五十吉の河相我聞は、ヤクザ者の持つ危ない魅力を発揮。寺田屋の姑お定の沢田亜矢子の権高さも当を得ている。一方、番頭・佐市の深沢敦と医者・玄庵の伊藤正之は、お登勢の味方になり、観客から見て親近感がわく役柄を、温かく造形して舞台に人情の香りを立ち上らせた。

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演出面でも、回り舞台や幕前、花道の芝居を絡ませながら、適度にスピード感がありつつも、明治座ならではのゆったりとした芝居の流れを上手く残したわかぎの功績が光り、黒木を中心に全員が歌い踊るカーテンコールの趣向も洒落ていて、2017年の、更に明治座ならではの、親しみやすく楽しく、心に沁みる時代ものの舞台となっている。

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〈公演情報〉

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明治座11月公演『京の螢火』
原作◇織田作之助「螢」司馬遼太郎「竜馬がゆく」脚本 北條誠より
脚本・演出◇わかぎゑふ
出演◇黒木 瞳、筧 利夫、藤木隆宏、渡辺大輔、桜乃彩音、田村芽実/深沢 敦、伊藤正之、河相我聞、沢田亜矢子   ほか
●11/3〜26◎明治座
〈料金〉 S席(1階席・2階前方席)12,000円 A席(2階後方席・車椅子スペース)8,500円  B席(3階席)6,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉明治座チケットセンター 03-3666-6666(10時〜17時)





【取材・文・/橘涼香 写真提供/明治座】



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