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宝塚歌劇団宙組を2年半に渡って牽引してきたトップスター朝夏まなとの退団公演である、ミュージカル・プレイ『神々の土地〜ロマノフたちの黄昏〜』レヴュー・ロマン『クラシカル ビジュー』が日比谷の東京宝塚劇場で上演中だ(19日まで)。

ミュージカル・プレイ『神々の土地〜ロマノフたちの黄昏〜』は、ロシア革命前夜のロマノフ王朝で、ロシア最後の皇帝ニコライ二世の従兄弟ドミトリー・パブロヴィチ・ロマノフを主人公に、作・演出の上田久美子が、滅びゆく帝国の黄昏にそれぞれの信念を貫いて生きた人々を描いた、文芸作品の香り高い一編となっている。

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【STORY】
1915年冬、ロシア。時の皇帝ニコライ二世(松風輝)の妻、アレクサンドラ皇后(凛城きら)は、皇太后マリア(寿つかさ)を始め、異国から嫁いだ自分を疎んじてきた貴族たちに心を閉ざしているばかりか、血友病を患っている皇太子アレクセイ(花菱りず)の、唯一治療できる祈祷師である怪僧ラスプーチン(愛月ひかる)に心酔し、政の全てを彼の祈祷によって司っていた。この為ロマノフ王朝は、皇帝一家とマリア皇太后を中心とする勢力に二分され、更に、重税と第一次世界大戦による疲弊にあえぐ民衆の不満が鬱積し、テロルが頻発するという一触即発の危機に瀕していた。
そんな祖国の状況を憂える1人の有能な軍人がいた。彼の名はドミトリー・パブロヴィチ・ロマノフ(朝夏まなと)。皇帝ニコライ二世の従兄弟であるドミトリーは、民衆の憤懣を鎮める為には、ロマノフの一族が身を挺して前線で戦うべきだと考えていたが、皇帝一家の身辺警護の任務のために、ペトログラードへの転任を命じられ、釈然としない思いを抱えたまま、自身の出立を祝う壮行会に顔を出さず、雪の平原で鹿撃ちをしていた。そこへドミトリーを探して故セルゲイ大公の妃イリナ(伶美うらら)がやってくる。皇帝を狙ったテロルで命を落としたセルゲイ大公の未亡人のイリナは、アレクサンドラ皇后の妹で、夫亡き後もロマノフの一員として、この国の為にできることはないか?を考えながら、ロシアに留まっていた。肉親のないドミトリーは、伯父であるセルゲイ大公の許に身を寄せていて、二人は義理の叔母と甥という立場で出会ったが、共に暮らす日々の中で、実は心の奥底に秘めた、互いへの想いを抱いていた。「皇帝の傍で、この国を守って欲しい」イリナの言葉に動かされ、ドミトリーはペトログラードへ赴く決意固め、イリナもまた従軍看護婦として戦地へと旅立っていく。
だがペトログラードでは、ラスプーチンに奪われた権勢を取り戻そうと、マリア皇太后の許、青年貴族フェリックス・ユスポフ(真風涼帆)ら、多くの要人が加担したクーデターの計画が進んでいた。ラスプーチンを暗殺し、ニコライ二世を退位させ、ドミトリーを新しい皇帝に仰ぐ。突然クーデターの首謀者として白羽の矢を立てられたドミトリーは、計画に加わることを断固拒否し、まず二分したロマノフ王朝を再び一枚岩として、平和的な解決方法で、この危機を乗り切る術を模索する。その想いの中で、ドミトリーは皇太子アレクセイや、皇女オリガ(星風まどか)に、民衆の声や外の世界を見せようと努力し、いつしかオリガはドミトリーに惹かれていき、二人の間には結婚話が持ちあがるまでになる。
イリナの面影が胸に去来するのを感じながらも、ロマノフ王朝の為にオリガとの縁談を受け入れようと決意したドミトリーだったが、婚約披露の席上でラスプーチンに「この男の心には別の女性の姿が見える。この男はオリガ様を愛していない」と詰めよられ、答えに窮する。折も折、ドミトリーの婚約披露パーティに出席する為、ペトログラードにやってきたイリナが、ゾバール(桜木みなと)ら革命家たちの襲撃にあったという急使がもたらされ、九死に一生を得たイリナが憔悴しきった姿で皇帝の前に現れる。ドミトリーはオリガや皇帝一家が見つめる前で、イリナを強く抱きしめて……

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ロシアに起こった20世紀最大の人民革命、ロシア革命は、その革命によって成立した政権が、史上初めて社会主義の名のもとに新しい社会体制をつくり出し、反資本主義、反帝国主義の革命運動を全世界に拡大させる火元となり、世界史に革新的な作用を及ぼした変革として、歴史に大きな名を残している。だがその一方で、私有財産制による社会の不平等を批判し、生産手段の共有と共同管理による、平等な分配を目指した社会主義社会の思想と運動が、ロシア革命後この100年間でほぼ頓挫したのも、また歴史の事実に他ならない。端的に言って人類は「みんなの幸せは私の幸せ」という、性善説に基づく思想を共有するほどには、成熟していなかったのだ。
このことが、同じ革命を背景にしていながら、宝塚歌劇団が頻繁に取り上げてきたフランス革命ものと、この作品との色合いを決然と異にする源になっている。作品の最後にロマノフ王朝は滅びるが、王朝を倒した革命の思想もまた歴史の中に、ある意味で敗れ去っていくことを私たちは知ってしまっている。つまりここには本当の意味の勝者はいない。人類のどんな思想にも、支配にも、何者にも左右されず、ただ変わらずに残るのはロシアの大地のみ。それがタイトルの『神々の土地』であり、真の主人公はロシアの大地という作品の根幹となっている。
 
こう考えると、スターシステムを敷く宝塚歌劇で、このような作品が生まれ出たことには驚きを禁じえない。何しろ誰1人として勝利しない、カタルシスのない物語を、宝塚スターが演じるのだ。これが冒険でなくてなんだろうか。だが同時に、作・演出家の上田久美子の凄味をここまで感じさせた作品も、また初めてのことだ。
実際、舞台は非常に重厚で深みがあり、時にストレートプレイのような、更にはロシア文学そのままのような展開を見せ、観る側にも相当の体力を要求してくる。それでいて、場面、場面がまるで一幅の絵画のように美しく、その美しさにも壮絶な凄味があることによって、作品が宝塚世界の中に降り立つことを可能にしている。雪原で踊るドミトリーとイリナ。エルミタージュ宮殿の大広間。緋色の大階段でのドミトリーの任官式。ジプシー酒場の群衆の嵐のようなダンスと、その凄まじさに立ち尽くすドミトリー、オリガ、フェリックス。オケボックスから這い上がってくるラスプーチン。そのラスプーチンが、皇后アレクサンドラのマントを捧げ持ち銀橋を行き、やがて緋色の階段で繰り広げられるドミトリーとの死闘。すべての魂がロシアの大地に集う終幕。こうして思い返しても、まるで鮮明な絵柄がフラッシュバックするかのように、各場面が脳裏を駆け巡るのには恐れ入るしかない。上田の計算されつくした美意識と、強固な意志が、この格調高い文芸作品を骨太に描き出したのだ。相当な決意と自信がなければ、この作品を宝塚歌劇で創るのは難しかっただろう。作者の気概をもって瞑すべきだ。

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そんな作品が宝塚のトップスターとして、男役としての集大成となった朝夏まなとが、主人公、ドミトリー・パブロヴィチ・ロマノフを実に魅力的に活写している。懐も深く、社交的で、誰からも愛される軍人であり、皇族であり、深く国を憂いてもいる。この男性を担ぎ上げて、ロマノフ王朝を立て直そうとする人々がいること、この作品の中だけの創作の設定に素直に納得できるし、朝夏の持つ輝かしい明るさが、役柄を更に膨らませていて、ドミトリーという人物の陰影も深まった。何よりも、ドミトリーが完全無欠なヒーローではないこと。心に深く秘めた恋があり、その思いに足を掬われるが、決して後悔はしない主人公の、明るさの中にあるからこそ際立つ、陰りと純粋を表出し得たのは、朝夏という存在あったればこそだ。「ここに残す我が思いを」というドミトリーの歌う歌詞と、去りゆく朝夏その人とがオーバーラップする姿が、いつまでも目に残るラストパフォーマンスだった。

そのドミトリーの永遠の想い人、大公妃イリナには、やはりこの公演をもって退団する伶美うららが扮した。前任トップ娘役実咲凜音の退団後、宙組はトップ娘役を空位としていたので、パンフレットなどの扱いこそヒロイン格ではないが、作品を観ればイリナが揺るぎないヒロインであることは明白。宝塚歌劇団にどのような事情があって、こうした措置が取られたのかはわからないし、今この時それを詮索するのは無意味だと思うから、ドミトリーと、愛情と共に信念でも結ばれているイリナに、ヒーローの心に忘れ得ぬ楔を残している女性に、伶美の美しさこそが相応しかったこと、この舞台にとって、伶美が何者にも代えがたい存在だったことだけを記しておきたい。この人の美はただそれだけで、すでにして芸だった。記録以上に、記憶に深く残る美しき娘役が、相応しい役柄を得て花道を飾ったのを喜びたい。

ドミトリーの旧友フェリックス・ユスポフの真風涼帆は、名門貴族の嫡男で、芸術を愛する遊び人の表の顔の中に、深い思慮を秘めている人物の造形が巧み。この人の個性には常に悠揚迫らぬものがあって、それが母親を「ママ」と呼ぶ男性像に全く違和感を与えない上に、ポイント、ポイントの出番を印象的にしている。ドミトリーへの思いを、友情以上、愛情未満のラインでまとめていたのも効果的で、二番手スターとして朝夏時代を共に走った真風ここにありの好助演だった。

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ドミトリーに恋する皇女オリガの星風まどかは、まるで絵に描いたような、宝塚の娘役らしいプリンセス像を愛らしく演じている。ドミトリーへの浮き立つような想いが、イリナの存在によって砕かれる。けれども、彼女の行動がただ嫉妬から発せられたものではなく、家族への思いとの狭間で悩み苦しんだことがわかる。皇后アレクサンドラとの芝居に深みが増し、成長を感じさせた。リリカルなソプラノも美しく、真風の相手役となる次公演への期待を高めた。

また非常に演じ甲斐のある役柄が多いのも、この作品の特徴。皇太后マリアに組長の寿つかさ、皇后アレクサンドラに凛城きらと、いずれも大役に敢えて男役を持ってきたのは、押し出しと同時に、宝塚の娘役という幻想世界を担っていない、生の女優に通じる実存感を求めたからだろう。その思惑は奏功していて、二人共に作品の重要なアクセントになっている。特に寿は、終幕この作品の真の主役である「ロシアの大地」に思いを馳せる台詞を明確に聞かせる役割を見事に果たした。

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ドミトリーの友人では、コンスタンチンの澄輝さやとが、高貴な身分の人間が示す全く悪気のない行為が、虐げられている側には嫌味にしか映らないという、大きなキーポイントをノーブルな二枚目像の中で体現していて美しい。ウラジミールの蒼羽りくの明るさ、ロマンの瑠風輝の弟分的な居ずまいと、互いにキャラクターをきちんと演じ分けていてそれぞれが引き立った。コンスタンチンに思われ、やがて彼を愛することで図らずも嵐を呼ぶジプシー酒場の歌姫ラッダの瀬音リサは、低音域から高音域までの難しいソロを見事に聞かせている。『銀河英雄伝説@TAKARAZUKA』の少女時代のアンネ・ローゼで聞かせた美しいソプラノの上に、この年月の進化が積み重ねられたこれも有終の美となった。ラッダの弟で、革命の活動家ゾバールの桜木みなとは、野性的なキャラクターに体当たりした迫力が際立った。これまで気品のある役柄での成果が目立った人だったが、こうした色の濃い役も手中に納めて、着々と役幅を広げているのが末頼もしい。同じ革命家のマキシムの和希そらの口跡の良さは群を抜いていて、踊りのキレも見事。エルモライの秋音光の、どこか破滅的な個性も役に生きている。

冒頭から、人物関係や舞台背景の説明役も担う、クセニヤの美風舞良、ジナイ—ダの純矢ちとせ、アリーナの彩花まりの貴婦人ぶりは見事で、特に純矢の一癖も二癖もある役柄の、適度なアクを交えた造形には惚れ惚れさせられる。ニコライ二世を徹底的に穏やかに演じた松風輝も、この温厚さが悲劇を生んでいく要因になっていることをきちんと示しているし、ロバト二コフの美月悠、ポポーヴィッチの星吹彩翔、イワンの風馬翔等、個性派がきちんと要所を固めているのも見逃せない。

そして、個性派とか、アクが強いとかいう言葉の中には納まらないのが、ラスプーチンの愛月ひかる。歴史に名を残す稀代の怪僧であり、創作世界の中でも度々取り上げられている人物を、禍々しく、おどろおどろしく演じきっていて、宝塚の二枚目男役の粋を完全に超えた、まさに怪演。ここまでやりきってしまうと、二枚目男役としてのアイデンティティに響かないかだけが心配になるのが、宝塚という世界の特殊な面でもあるが、愛月のラスプーチンが強烈であればあるだけ、朝夏のドミトリーの行動が正義に映る訳で、朝夏を美しく送り出す為の、影のMVPとも称せる存在だった。思えばこの人が突き抜けた役柄を演じたのは、朝夏のプレお披露目だった『TOP HAT』が最初だから、朝夏時代の集大成に、愛月のこうした異端な役柄の集大成が重なったとも言えるだろう。果敢な取り組みに拍手を贈り、次の時代での正統派二枚目にも期待している。
他に民衆の革命へのうねりを表現した群舞も素晴らしく、噛み応えのある重い作風に全力で取り組んだ宙組全員のパワーを強く感じさせる舞台だった。
 
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そんな作品の後に控えたのが、宝石の輝きをテーマに繰り広げられるレヴュー・ロマン『クラシカル ビジュー』で稲葉太地の作。冒頭から、ターコイズの真風、パールの伶美、翡翠の星風、ルビーの愛月、トパーズの桜木と、それぞれ宝石=ビジューを表した面々が踊ると、エルドラドの王・ダイヤモンドの朝夏が現われるという、贅沢な布陣。朝夏の太陽のような輝きを「太陽色のダイヤモンド」と表現したのがなんとも秀逸で、朝夏のキラキラと輝く笑顔が眩しい。

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そのまま、スーツにソフト帽、華やかな変わり燕尾、煌めく総スパンコールなど、様々な場面で、長い手足を駆使して、踊り続ける朝夏の姿が、「ダンサートップスター」の称号を手にしたこの人ならでは。なんの飾りもない正統派の黒燕尾で踊る終幕まで、朝夏の真骨頂が如何なく発揮されたレヴューになっていて、惜別の思いが募る。

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更にそれだけでなく、次世代の真風&星風はもちろん、愛月にも、更に桜木や和希にも大きな見せ場があるのが新鮮で、朝夏時代の集大成である作品から、次代の息吹も感じられるのは、これぞ宝塚歌劇のマジック。伶美をはじめとした、朝夏と同時退団の娘役たちにも餞があり、朝夏が築いた宙組の歴史と財産がキラキラと輝くレヴューとなっている。

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また、初日を前に囲み取材が行われ、宙組トップスター朝夏まなとが公演への抱負を語った。

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まず朝夏が「本日はお足元の悪い中、お集まりいただきまして誠にありがとうございます。千秋楽まで全身全霊で頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします」と挨拶。続いて記者の質問に答えた。

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その中で作品について、大劇場公演中は様々に悩みもあったが、今は自分の中に降りてきていて、ロシアのうねりを全員で表わす芝居なので、宙組全員で作っている。と語り、またショーについては、皆様に元気になっていただける作品だと思うので、それを感じていただけたらと、熱く語った。

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また、最後の初日前会見に黒燕尾服で臨んだ心境を問われて、男役として自覚が芽生えた、宝塚という伝統の中で、黒燕尾の踊りを継承していきたいという思いが強くあったことを挙げ、やはり最後はこの姿でと思った。全く飾りのない皆と同じ黒燕尾でも、何か発するものが違うスターになりたいという憧れがあったことを語り、その目標通りのスターとなった朝夏の清々しさがあふれる時間となっていた。
 
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尚、囲み取材の詳細は、舞台写真の別カットと共に、2018年1月9日発売の「えんぶ」2月号にも掲載致します。どうぞお楽しみに!

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〈公演情報〉
宝塚歌劇宙組公演
ミュージカル・プレイ『神々の土地〜ロマノフたちの黄昏〜』
脚本・演出◇上田久美子
レヴュー・ロマン『クラシカル ビジュー』
作・演出◇稲葉太地
出演◇朝夏まなと ほか宙組
●2017/10/13日〜11/19日◎東京宝塚劇場
〈料金〉SS席12,000円 S席8,800円  A席5,500円 B席3,500円 
〈お問い合わせ〉東京宝塚劇場 03-5251-2001




【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】


『えんぶ8号』
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