005_G0A0627

宝塚歌劇団花組トップコンビ明日海りおと、仙名彩世を中心とした花組選抜メンバーによる、宝塚オリジナルの新作ミュージカル『ハンナのお花屋さん─Hanna's Florist─』が、東京赤坂のTBS赤坂ACTシアターで上演中だ(29日まで)。

『ハンナのお花屋さん─Hanna's Florist─』は、宝塚歌劇団女性演出家のパイオニア植田景子が書き下ろしたオリジナルミュージカル。デンマーク人のフローリスト・クリスを主人公に、世界中から人が集まる街ロンドンと、自然豊かな北欧を舞台に、21世紀に生きる人々が求める本当の幸せ、人生の豊かさを問いかける、ハートウォーミングな内容となっている。

【STORY】
ロンドンの閑静な高級住宅地ハムステッドヒースの一角にある、デンマーク人のフラワー・アーティスト、クリス・ヨハンソン(明日海りお)が営む花屋「Hanna's Florist(ハンナのお花屋さん)」には、今日も彼の花選びのセンスを愛する人々が次々に立ちより活気にあふれていた。
ある日、クリスの元に栄誉あるヴィクトリアン・フラワーショー入選の知らせが舞い込み、クリスは将来を嘱望されるフラワーアーティストとして一躍注目を集め、大手百貨店からの出店話まで持ちあがる。またとないビジネスチャンスにクリスの学生時代からの旧友で、今は「Hanna's Florist」の経営面を担当しているジェフ(瀬戸かずや)をはじめ、多くの従業員たちは意気上がるが、当のクリスにはこのままトップフローリストとしての成功を目指すことが自分の真の望みなのだろうか?という迷いがあった。
そんな時クリスは、仕事を求めてクロアチアからやってきた娘ミア(仙名彩世)に出会う。内線の傷跡が深く残る故郷を離れ、異国の都会で不安を抱えながら懸命に生きようとしているミアの姿を見るうち、クリスは次第に自分の心に気づかされていく。それは、幼い頃両親と過ごした故郷デンマークの森への郷愁と同時に、父・アベル(芹香斗亜)との、拭い去れぬ確執を思い起こすことだった。
折も折、アベルの年の離れた弟でクリスの叔父のエーリク(高翔みず希)が「Hanna's Florist」を訪れる。父アベルの心臓の調子が悪いことを聞かされ同様するクリス。だが、クリスにはすべてを放り出してデンマークに戻ることをためらう思いがあった。アベルは若き日にリトアニアから逃れてきた移民の娘ハンナ(舞空瞳)と愛し合うが、王家ともつながるデンマークの名門貴族の長男のアベルがハンナと結婚することは許されず、結局密かに愛し合うしかなかった二人の間に生まれたのがクリスだった。しかもハンナはアベルが家を守る為に行った非情な経営から起こった、労働者たちとの軋轢による放火に巻き込まれて命を落としてしまう。花を愛し、例えどんな境遇であろうともアベルを愛した母ハンナを見捨てた父を、クリスは許すことができず、1人ロンドンに出て、母の名前で母が愛した花を扱う店を開いたのだ。その葛藤の中、アベルの危篤の報せがクリスに届き……

092_G0A1248

舞台に接してまず感じるのは、近年の宝塚全般に言えることなのだが、宝塚歌劇の世界がここまで現代劇と親和するようになったのだな、という感嘆だった。かつて、女性だけで「男役」と「娘役」を演じる宝塚歌劇の様式美と、現代劇のリアリティーが最も遠いところにあるのは一種の常識になっていて、現代を舞台にしたドラマを扱うことはすなわち冒険に属していたものだった。もっとも、天海祐希という、様式美の中に収まらない稀有なスターが宝塚歌劇に「ナチュラル」を持ち込んだ一時期には、宝塚歌劇にも現代劇の風が吹いたこともあったが、それはあくまでも1人の歴史に残るスター個人が起こした変革で、宝塚歌劇全体の常識を揺るがすものではなかった。
けれども、それから更に時が流れ、創立100周年を超え、更に新世紀の歩みを続ける宝塚には、いつか静かに現代の物語を取り込める世界観が浸透してきている。それは宝塚の外の世界で「2.5次元」と呼ばれる人気漫画や、アニメの舞台化が隆盛を極め、ある意味のユニセックス化が進み、端的に言えば、汗臭さの全くない綺麗な男の子が現実世界に大挙して登場してきた時代の変化と確実に呼応したものだ。これによって、美を追求する「男役」と現代の「男優」との差異が日増しに小さくなっているからこそ、スマホやSNSといった現代のツールを、非現実世界の象徴だった男役が手にすることの違和感もなくなっている。
この作品は、そうした宝塚世界の新たな流れにすんなりと寄り添い、現代のツールをふんだんに取り入れただけでなく、難民問題や、内線、地雷といった、世界が抱える困難なテーマにも、果敢に筆を進めている。その一方で、そうした深い問題意識を直截に訴えるのではなく、多民族のるつぼであるロンドンの「お花屋さん」を舞台にしただけでなく、主人公の過去をどこか幻想世界のようなデンマークの森の中に置き、作品全体にファンタジー色を加味したのは、作・演出の植田景子の周到な仕掛けだった。これによって、作品が生の苦みを過度に抱えることが防がれていて、松井るみのバレエの世界にも通じるような美しい装置の中で、あくまでも宝塚ならではの夢の世界の物語として、作品を観ることができた匙加減が絶妙だ。
ただ、その周到な仕掛けの為に、どうしても「1970年代のデンマーク」で展開される、主人公の両親の若き日の物語の方に、ドラマチックなベクトルが向くのは否めず、こちらのパートに登場する人物たちがより印象に残りやすいのは、現代パートを支える明日海りおと仙名彩世の主人公カップルにとっては、負荷の大きいものだったと思う。この辺りには、やはり推敲の余地も残るが、作者が現実世界で今、この時も起きている様々な問題を静かに見つめた目線は、新しい時代を迎えている宝塚にとって貴重なものに違いなかった。

042_G0A0901

そんな作者の心意気を支えたのが、主人公クリスに扮した明日海りおだ。元々ファン諸氏の間では知らぬ人とてないお花好きの明日海が、花屋さんを演じる。この企画だけでまず心浮き立つものだったところに、冒頭深い森の大きな木の下でまどろんでいる明日海=クリスの姿が、まるで絵本の中の1ページのように浮かび上がる様の美しさには、目を奪われずにはいられない。この心象風景ひとつで、クリスという人物の人となりが浮かび上がるのは、まさに「花屋の王子様」に相応しい明日海の存在あったればこそだ。フラワーアーティストとして確かな才能を示しながら、自分が本当に求めているものを見つけ出せずにいるクリスが、決して一目惚れではないヒロインと交わすある種不器用な心の交流。そして両親への想い。それらすべてが現代の青年の生きざまとして共感できるだけでなく、あくまでも清心なのが、明日海の二枚目男役としての充実度を改めて感じさせる場となった。何より「花屋さんのエプロン姿」でカーテンコールをして、ちゃんとトップスターで、ちゃんと胸キュンなことは驚くばかり。文字通り明日海あったればこその企画だったと言えるだろう。

対するトップ娘役の仙名彩世のミアは、内線で心に深い傷を負い、自分だけが幸せになることは許されないと自分を責め続けている役どころ。しかも新天地を求めてきたロンドンでもクロアチア人であることで差別を受け、仕事も失い、終幕近くには住むところにも困っているという、宝塚のトップ娘役として珍しいほど過酷な状況に置かれていて、当然ながら美しい衣装もまとわない。このシビアさの中で、あくまでも透明感を失わなかったのは仙名の地力によるものだろう。ヒロインとして作中に立つことが大変難しい役柄を支えた、仙名の力量に拍手を贈りたい。
 
023_G0A0774

一方前述したように非常に大きなドラマを背負っている「1970年代のデンマーク」パートで、クリスの父アベルを演じた芹香斗亜は、宝塚世界を体現したかの如くの貴公子ぶりで目を奪う。芹香が明日海の父親役と聞いた当初はいささかの驚きがあったが、蓋を開ければすべてが回想シーンのみの出演で、若く美しい姿のまま。しかも貴族の御曹司が、身分を超えた運命の恋に落ちたものの、周囲の猛反対の中ついに愛する女性を妻とすることができず、図らずもその命さえ失ってしまう、という、アベルのドラマだけで1本の作品が作れるほどの役柄を得て、恵まれたプロポーションと優しい面差しのすべてを活かした造形に成功している。この作品を最後に宙組への転出が決まっているが、これは間違いなく芹香の花組時代の掉尾を飾るに相応しいベストパフォーマンス。新天地での活躍がますます楽しみになった。

そのアベルの運命の恋人ハンナには、新進娘役の舞空瞳が抜擢された。初舞台当初からその美少女ぶりに注目の集まっていた人だが、まるで森の妖精さながらの登場シーンから愛らしさが全開。歌のキーがやや合わないところこそ散見されたものの、歌い出した時の笑顔も輝くようで、アベルが一目で恋に落ちることに説得力がある。上流社会でのお披露目に美しいドレス姿になるシーンまで用意され、思えばタイトルロールだから当然とはいいながら、破格のザ・ヒロインぶり。芹香との並びも絵のように似合い、このまま一緒に組替えをしても良いのではと思わされたほどだったが、それはまた後の話として、なんとも将来有望な娘役が現われたものだ。このままどこまで駆け上るか、期待して見守りたい。

059_L3A0853

また、役柄が大変多いのもこの作品の特徴で、クリスの営む「Hanna's Florist」は、売り物の花よりも花を売る店員の方が多いのでは?と思うほどの賑やかさだが、だからこそ座付き作家の植田景子の行き届いた目配りを感じる。
クリスの旧友でビジネスパートナーのジェフの瀬戸かずやは、店のマネージメントを担当していながら、有名百貨店への出店依頼に慎重なクリスの気持ちを優先してやる男気を、さり気なく表現しているのはさすがに場数を感じさせる。その妻サラの乙羽映美の、すべてに気配りと機転の利く女性としてのスマートさも魅力的で、優れた歌唱力だけでなく演技力にも磨きがかかってきた。多くの店員たちにも、それぞれにカップルやドラマがあり、所謂小芝居を観る楽しさも大きい中で、Web担当のトーマスの優波慧は、ストーリーテラーの役割を口跡の良い台詞で活写。雰囲気もずいぶん柔らかくなってきた。野心家という設定がそれほど描かれていない中で、ライアンの綺城ひか理の姿の良さはやはり際立ち、黒髪を選択したのも良い判断だった。ヤニスの飛龍つかさの磊落さと、ヨ—ジェフの帆純まひろの闊達さに、ちゃんと個性が乗ったのも役を支えている。故障で夢を断念した元バレリーナ・アナベルの音くり寿にバレエシーンが用意されているのも、音の実力を活かす場になった。アジア女子チェンリンの美花梨乃、失敗続きの新米店員雛リリカも、集団の中でよく目立つ。

老舗百貨店の三人組、羽立光来、更紗那知、千幸あきは、作品が求めるコメディリリーフの役目をよく果たしたし、老婦人に扮した菜那くららも、ただのお得意様だけではない役割をきっちりと押さえている。図書館職員の真鳳つぐみも、ある意味ステロタイプな役柄にストレートに取り組んだ潔さが良い。クリスの子供時代の茉玲さや那の愛らしさは貴重で、悲劇の鍵を握る労働者ヘルゲの航琉ひびきのインパクトも作品を波立たせる効果になっている。

もちろん、クリスに父親の真実を伝えるエーリクの高翔みず希の誠実な温かさと、はじめにミアを雇い入れるエマの花野じゅりあが、本人の存在感で役柄を更に大きく見せた力が、作品の重要な重石になっているのも見逃せない。その意味でもう1人アベルの妻ソフィアの白姫あかりが、夫の心がハンナにあることに葛藤した年月を超えて、アベルの心情に深く思いを致す妻を絵空事にならずに見せたことが、作品にとって大きなポイントになり、力のある人だと改めて知らしめたのが喜ばしい。

何より、生演奏の音楽、矢車草の花束、アンデルセンとリトルマーメイドなど、植田景子の美意識が貫かれた舞台で、明日海以下花組生がそれぞれの力を発揮しているのが嬉しく、美しいヒューマニティにあふれた作品となっている。

109_L3A1017

初日を前に、囲み取材が行われ、花組トップコンビ明日海りお&仙名彩世が、記者の質問に応えて公演への抱負を語った。

まず明日海が「本日はお忙しい中お集まり頂きましてありがとうございます。 いよいよ明日初日を迎えます。お客様に喜んで頂けるように頑張りたいと思います。よろしくお願いいたします」と、決意をこめて挨拶。
続いて仙名が「本日はお集まり頂きまして、ありがとうございます。 いま舞台稽古を終えて、これから公演を重ねるごとにどう変化していくのか、どう進化していくのか、とても楽しみな気持ちでいっぱいです。よろしくお願いいたします」と高揚感を込めて挨拶。
 
119_L3A1055

その中で、大好きなお花屋さんに扮する為に花屋修行にも出向いたという明日海が、水切りや葉を落とす力加減が難しく、トゲも刺さるなど、花屋さんの重労働ぶりを改めて知った話を披露しつつ、自分の大好きな花を花束にアレンジするのがとても楽しかった、花は贈られても嬉しいし、贈った人の笑顔が見られることも嬉しいと語ったのが印象的。無類のお花好きの明日海の面目躍如といった会見となった。

120_L3A1056

最後に明日海が「これだけオリジナルのお芝居にたっぷりと向き合えることを、本当に幸せだと思います。でも自分が幸せだけではなくて、ちゃんと勉強をして、お客様にも、さっき言った私が花に対して感じていることじゃないですけど、私たちの舞台がちょっとしたハピネスに繋がればいいなと思います。芹香(斗亜)も花組公演に出るのが最後になりますし、今のメンバーでしかできない作品を、心を込めて、毎日新鮮に演じていきたいと思います」

116_L3A1041

また仙名が「今明日海さんがおっしゃったように、小さなハピネスがたくさん溢れている作品ですので、お客様にも『こんなところに幸せがあったな』と思い出して頂いたり、気づいて頂けたり、感じて頂けたらなと思います。私自身も、この役に真正面から向き合って、深めていけたらと思っておりますので楽しみにしていてください」
とそれぞれの意気込みを語り、和やかな時間となっていた。

112_L3A1029


尚、囲み取材の詳細は11月9日発売の「えんぶ」12月号に、舞台写真の別カットと共に掲載致します。どうぞお楽しみに! 

124_L3A1080

〈公演情報〉
宝塚花組公演
ミュージカル『ハンナのお花屋さん─Hanna's Florist─』
作・演出◇植田景子
出演◇明日海りお、仙名彩世 ほか花組
●10/9〜29◎TBS赤坂ACTシアター
〈料金〉S席8,000円 A席6,000円
〈お問い合わせ〉宝塚歌劇インフォメーションセンター[東京宝塚劇場] 0540-00-5100
公式ホームページ http://kageki.hankyu.co.jp/



【取材・文/橘涼香 撮影/岩村美佳】





誰か席に着いて
kick shop nikkan engeki