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アルゼンチン大統領フアン・ペロンの妻で、国民に愛されたエバ・ペロン(愛称エビータ)は、わずか33年という短い生涯を鮮烈に生きた。そんな彼女の姿は、ミュージカル『エビータ』や、マドンナが主演した同名の映画で世界的に知られている。
そのエビータの波乱に満ちた生涯を、タンゴの仄白い情熱、深い情念とともに描き出す舞台『ラストダンス──ブエノスアイレス で。』が、石丸さち子演出、水夏希主演で、9月28日からDDD 青山クロスシアターで幕を開ける。(10月9日まで)
この作品は2015年3月、『サンタ・エビータ〜タンゴの調べに蘇る魂』というタイトルで朗読劇として上演され、エビータを新しい視点で捉えた物語として大きな反響を呼んだ。今回は福井貴一、伊万里有、SHUN(大村俊介)が共演、生演奏のタンゴ音楽も入り、歌とダンスで紡ぐ新しいストレートプレイとなる。
この注目すべき舞台で、朗読劇に引き続いて作・演出を手がける石丸さち子と、再びエビータ役に挑む水夏希に、今回の舞台とエビータという女性について話してもらった。

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水夏希・石丸さち子

「聖女と悪女」エビータの両面を見せていく

──水さんは、再びエビータ役に取り組むわけですが、今回、台本にどう向き合っていますか?
 今回は朗読劇ではなくストレートプレイになるわけですが、台本はほとんど変わらないんです。ですから最初の頃は朗読劇のときの亡霊に取り憑かれて(笑)、どうやってストレートプレイに立ち上げていくのか、想像もつかないでいたのですが、でも先日、一幕を全部通してみた段階で、「なるほど、こういう感じになるのか」というのがわかって、今はもう朗読劇は忘れました。
石丸 朗読劇とはハートのポジションがまったく違うのよね。
 そうなんです。動きがあるのとないのではまったく違ってくるんです。でも、今回の物語の枠組の変化とかシステムさえ体に入ってしまえば、その流れに乗っていけばいいので。
──石丸さんは、ストレートプレイに変えるにあたって、物語の外に1つ新しい枠を作っていますね。それがとても衝撃的で。
石丸 朗読劇を作ったとき、『エビータ』という有名なミュージカルがあって、そのうえで、エバ・ペロンのどんな物語を書いたらいいのだろうかと迷ったんです。でも色々調べていくうちに、聖なるエビータという部分が見えてきて、ミュージカルでは「批判されるエビータ、悪女エビータ」という部分が強かったのですが、それとは違う今まで語られなかった部分を語れるなと。なぜ彼女がここまでアルゼンチンの民衆に愛されたのか、今回のセットの中にもあるのですが、アルゼンチンの家庭では祭壇の横にマリア像と並んでエビータの写真を飾っているんです。なぜそんなにまで愛されるのだろうと考えたときに、「サンタ=聖なる」という言葉が出てきて、なぜ聖女と呼ばれたのかというところからスタートしたんです。ですから前回は、どこか彼女を紹介するというような面があったのですが、今回は立体で人間として立ち上げようとしたときに、彼女の悪業も見えてきますし、複雑な混淆した心のありかが見えてくるので、サブタイトルも「聖女と呼ばれた悪女」とつけて、エビータの両面を見せていこうと。そして両面を見せていくには、あの頃の政治状況や背景が重要だと思って、ペロンの正義党から軍部にまた政権が移った時期、そこをベースに作ってみようと思ったんです。
──それが幕開きの1976年の意味なのですね。
石丸 そこにホセ・アロンソという存在が出てきます。かつてエビータに救済と贈り物をもらったことで、人生が政治の方法へ向かっていった青年で、その彼が人生の終わりに自分の人生ではなく、エビータの人生を思い起こす。つまりエビータの人生を考えているうちに彼女の魂を呼び込んでしまうのです。その枠組の中でなら、エビータの両面を描き出すということができるのではないかと思ったので。

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彼女の車輪はつねに回り続けていた

──今回はエビータの人生だけでなく時代を俯瞰する目線が加わったということですね。水さんはエビータという人についてどう感じていますか?
 エビータは、自分が生まれてきたことを認めてもらえなくて、祝福されないで生まれてきたわけですよね。
石丸 貧しく、私生児でしたからね。
 そういう人の思いというのが、私には想像できなかったので。ただ、エビータがリーダーとして、自分が正しいと思って邁進したことが、理解されなかったり、批判されたりする。そういう辛さとかたいへんな部分は、私も宝塚でトップだったから多少は想像できるんです。もちろんエビータと私では規模が違いますけど(笑)。
──石丸さんはエビータという人のどこが好きですか?
石丸 狂ったように働くところですね(笑)。常識とか普通ということに縛られない。今回、劇中で使っている「人生は車輪みたいなものよ。上になる時があれば、下になることもある。」という言葉が、私はすごく好きなんですが、彼女の車輪はつねに回り続けていて、前に何がいようと轢き殺さんばかりの勢いで進んでいくんです。そのかわり水たまりがあって自分に泥水がかかっても平気なんです。何があってもこの車は回り続けるんだ、そうでないと生きている気がしないというのが、エビータなんです。バランスをとって生きることなど考えたこともない。伝記を読んで、衝撃的なまでにシンパシーを感じました。
──つまり石丸さんは似ているわけですね。
石丸 そういうところがあるんだと思います(笑)。水さんもおっしゃったように、どこかで自分と重ねないと、人の人生というのは読み解けないですから。そして重ねれば重ねるほど、たいへんな人だなと。手の届かないほどの「恐れを知らなさ」で、私はこう見えてもバランスをとって生きていますし、演出家はそういう仕事ですから。ただ、エビータの他者を愛する強さ、本当に身を粉にして働き、自分を橋にして「皆さん渡っていってちょうだい」という言葉はあながち嘘ではないんです。そのくらい他者、弱者に対する愛が強い。それを本当に聖なる形にしたらマザー・テレサになるんですけど、エビータはもっと人間の色々な面を持っていたし、あまりにも巨大で、こんな女性と付き合えるのは演劇だからで、こういう本を書かせていただく機会があるからで。そして、こういう凄い女性に出会えて、その女性を水さんにやっていただくことで、その向こうにいる今の時代を生きている女性たちと出会える。そういう多重な層を持つ物語にすごく魅力を感じているんです。前回、これ難しすぎるかな、伝わるかなとちょっと心配していたのですが、お客様のキャッチ力は凄かった。
水 本当に!
石丸 ですから今回はお客様を信じて、さらに色々なことができるなと思っています。
──前回の公演が成功したのは、やはりリーダーという経験や、知的な部分や強さなど、水さんとエビータの共通部分が多かったこともあるのかなと。
石丸 今回それをすごく感じているんです。ハートのポジションと言いましたが、前回、水さんはエビータを伝える立場で、演じる立場は少なかったわけです。それが100%演じる立場になったのを見て、「あ、似てる!」と。でも、実際に動いているエビータの映像はほんの少ししか残っていなくて、その少しの映像と写真などで作られた私のエビータ像が、水さんによって動き出したんだと思います。だから似てるというより、私の中でこの人がエビータだと思いだした証でしょうね。
 そう言われると確かに、前回はエビータを伝える女だったと思います。でも今回は100%エビータを生きることになって、だったら、もっともっと掘り下げなくてはいけないし、まだまだ足りないなと。それに2年前より、自分が色々な女性の役を演じる中で変化して、たぶん2年前のほうが、男役時代ほどではないにしても、尖った部分も残っていたので、先ほど石丸さんがおっしゃった「踏みつぶしながら前に進んでいく」みたいな部分も、出せたのではないかと。今は色々な経験でバランスがとれてきて、それが逆に邪魔になっている気がするんです。私はこの道を狂信的なまでに信じて生きるんだという強さを、早く蘇らせないといけないなと。
石丸 演出家として見たら、もう蘇ってきてます(笑)。
 よかった(笑)。
石丸 そのうえで可愛らしく女性らしい水さんが新しく出てきています。
 エビータの女性的な部分はすごく大事だと思っていて、男性遍歴でのし上がっていったわけですが、でもそれぞれの男性たちとちゃんと恋愛して、魅力的に成長していったんですよね。そこも見せたいですね。

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時間は飛ぶ、場所が飛ぶ、位相が変わる舞台


──エビータは何歳から演じるのですか?
 7歳です。お兄ちゃんに文句を言って、「ブエノスアイレスへ行くの!」って言う女の子からやります(笑)。兄のファンシートは初共演の伊万里有さんで、だいぶ年下のお兄ちゃんです(笑)。
──今回の台本では、兄の役割が大きくなっているようですね。
石丸 そうなんです。彼がエビータ33年の生涯を演出してみせるという形になっています。
──そして福井貴一さんは、5月の『パンク・シャンソン〜エディット・ピアフの生涯〜』でも共演していますね。
 でも朗読の稽古は回数が少なかったので、今回ずいぶんイメージが変わりました(笑)。お茶目で楽しいかたです。
──福井さんは夫のフアン・ペロンや、エビータが出会った男たちなど、そして外枠のホセ・アロンソも演じるのですね。
石丸 ホセ・アロンソとSHUNさんが演じるデスカミサドス(労働者たち)が外枠で、エビータたちの魂を呼んできたということになっているんです。デスカミサドスの表現はとても素敵なダンスになっています。何役もやる福井さんは一番たいへんですが、でも皆さんたいへんで、時間は飛ぶわ、場所は飛ぶわ(笑)、しかも魂として喋ることもあれば、生きている人間として喋ることもあって、位相が変わりすぎなんですが(笑)、福井さんはそこに沢山の人格まで入ってきますからね。
 今回、セットもすごいんです。正方形に作った舞台上で色々な事が起きるんですけど、それがすごく面白い。車輪の映像も出てきますし。
石丸 車輪にエビータの人生を託していて、その中で彼女はさまざまな人生を生きていく。エビータの人生の象徴として回り続けるわけです。
──石丸さんの美術のセンスは『Color of Life』で実証されていますが、より以上に演劇的な空間が観られそうですね。
石丸 そのぶん演じる人たちはたいへんですけどね(笑)。
 本当に! 脳がたいへんなことになってます(笑)。それに歌もダンスもありますし。
石丸 タイトルにダンスと入ってますから。そこに描くべきことが詰まっているんです
──色々うかがっていると、外枠のアルゼンチンの悲劇の歴史なども含めて、今の日本にも刺さる物語になりそうですね。
石丸 そうなればいいと思っています。エビータを描く以上、その後の時代、軍事政権時代のアルゼンチンも描かないわけにはいかないので。
 ピアフのときも思いましたけど、そんなことが本当にあったの?と思うようなことがいっぱいあって、知れば知るほど衝撃を受けます。
──そういう歴史的に有名な女性を次々に演じられるのは幸せですね。
 本当に光栄です。
──石丸さんから見て、水夏希という女優はどこが魅力ですか?
石丸 知的、と言う言葉だけではちょっと通り一遍ですが、ちゃんと台本を分析して、自分の心身と声、自分の現在というようなところまで分析して、今の自分がこの役をどう演じるかきっちり理解したうえで、板の上ではそのことを忘れて没頭する。それはある種理想なんです。ただただ役に没頭するタイプの人もいますし、徹底的に研究するけど舞台ではもっと爆発してほしいというタイプの人もいて、エビータだから狂ってほしいというときに狂ってくれないと物足りないので。水さんはその両方を持っている。それが私にとって大きな魅力ですね。
 私は理路整然と理解していないとだめなんです。感覚で言われても出来ないので。今も毎日、質問ばかりしてて、私は誰と喋ってるんですか?何に向かって喋ってるんですか?とか。
石丸 知性的である一方、舞台でのカタルシスを知っているから、さすが真ん中にいた人だなと思いますね。そこが魅力だし面白い。

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エネルギーとか勇気を抱えて帰っていただける

──水さんから見て、石丸さんの演出のすごさは?
 エビータのイメージとかビジョンとか方向性とかが、一切ブレないんです。そして、こっちかなあっちかなと迷ったら「こっちです」と言ってくださるので、「あ、わかりました」と。それからビジュアルがすごいですね。空間に仕込むアイデアがいっぱいあって、それが次々に出てくる。朗読劇のときでさえ、色々な場所に譜面台を置いたり、でもちゃんと朗読劇で、こういう使い方するんだ!と思いました。今回はそれどころではないので、面白くて(笑)。
──師匠の蜷川幸雄さんは、ありとあらゆる手法を駆使されて、空間を彩る方でしたね。
 そう!石丸さんも空間を彩るんです。
石丸 私は、もとは本が好きな少女で、演劇も言葉からスタートしているんです。それが蜷川さんとの長年の仕事の中で、言葉を捨ててもいいから絵が欲しい、ビジュアルが欲しいということがあると教わりました。「世界が見たい」と。演出するための大きな力をいただきました。
──そんなお二人のこの作品の成果を楽しみにしています。改めて観る方へのアピールを。
 前回観た方には、同じ台本でこんなに変わるんだというのを観ていただきたいし、初めての方には、あの時代のアルゼンチンの空気を存分に味わっていただけたら。そして200人のお客様と、小さい空間だからこその特別な空気を共有したいと思っています。ぜひ濃密な空気感を味わいにいらしてください。
石丸 今回、朗読劇から立ち上げて本当に良かったと思っています。新しいエビータ像が必ず見えると思います。すごく抑圧がある陰鬱な時代の中で、いかに人間が自ら解放されていく力を持っているか、自らの力で扉を開けていくか。その力がエビータは本当に強くて、それを1つ1つ、水さんが体現していきます。死んだ人も出てきますし、政治的なことも描かれていますが、最後にはきっと大きな解放とカタルシスを感じていただいて、エネルギーとか勇気を抱えて帰っていただけると思います。そしてなにより、美しい瞬間が観られると思います。私は、演劇には一瞬でも美しい瞬間があればいいと思っていて、水さんと一緒にそれを作りますので、ぜひ観てください。


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いしまるさちこ○演出家・劇作家。早稲田大学演劇専攻を卒業後、蜷川幸雄作品に、俳優/演出助手として数多く参加。2009年に独立後、自主企画作品のためのTheatre Polyphonicを立ち上げる。2013年、ニューヨークの国際演劇祭に招聘されたNew Musical『Color of Life』が、フェスティバルアワードで、最優秀ミュージカル賞、最優秀演出賞、最優秀作詞賞などを受賞。日本でも2016年初演、2017年再演、読売演劇大賞の作品賞と演出賞にノミネートされるなど好評を博した。今後の予定としては、11月にミュージカル『スカーレット・ピンパーネル』(演出)、来年2月に『マタ・ハリ』(演出)が控えている。
 
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みずなつき○93年宝塚歌劇団入団。07年『エリザベート』のトート役で雪組トップスターに就任、10年に宝塚を退団。女優として活躍中。最近の舞台は、ブロードウェイミュージカル 『CHICAGO 宝塚歌劇OGバージョン』、プレミア音楽朗読劇『VOICARION〜女王がいた客室〜』、『サラ・ベルナール』〜命が命を生む時〜、『エリザベートTAKARAZUKA20周年スペシャル・ガラ・コンサート』、ミュージカル『アルジャーノンに花束を』、越路吹雪三十七回忌特別追悼公演『越路吹雪に捧ぐ』、ドラマティカルシリーズ リーディングvol.1『パンク・シャンソン〜エディット・ピアフの生涯〜』、ミュージカル・コメディ『キス・ミー・ケイト』など。この公演のあと、10月に『Comcierto del Tango』、12月にCosmos Symphony『Pukul』-時を刻む愛の鼓動-への出演が控えている。


〈公演情報〉
ラストダンスーブエノスアイレスで。_キービジュアル_0809
 
『ラストダンス──ブエノスアイレス で。』聖女と呼ばれた悪女 エビータの物語
脚本・作詞・演出◇石丸さち子
出演◇水夏希、福井貴一、伊万里有、SHUN(大村俊介)
演奏◇渡辺公章(バンドネオン)、大西孝明(ギター)
●9/28〜10/9◎DDD AOYAMA CROSS THEATER
〈料金〉7,800円(全席指定・税込) 
〈お問い合わせ〉東京音協 03-5774-3030(平日11:00〜17:00)
〈オフィシャルHP〉http://santa-evita.com/




【取材・文/榊原和子 撮影/岩田えり】


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