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雪組の二番手男役として、更なる活躍が期待されている彩風咲奈の東京初主演作品、MUCICAL FANTASY『CAPTAIN NEMMO…ネモ船長と神秘の島…』〜ジュール・ヴェルヌ「海底二万里」より〜が、日本青年館ホールで上演中だ(4日まで。のち、大阪・梅田芸術劇場シアタードラマシティで、16日〜24日まで上演)。

MUCICAL FANTASY『CAPTAIN NEMMO…ネモ船長と神秘の島…』は、フランスの作家ジュール・ヴェルヌの海洋SF小説「海底二万里」の主人公ネモ船長と、潜水艦「ノーチラス号」を題材に、作・演出の谷正純が新たな視点で理想の世界を描いたミュージカル・ファンタジーとなっている。
 
【STORY】
19世紀後半。南極付近で相次ぐ、捕鯨船の沈没事故の謎を調査する為、イギリス政府は海軍将校ラヴロック少佐(朝美絢)の指揮の下、フランスの海洋気象学者レティシア(彩みちる)、アイルランドの海洋生物学者ジョイス博士(華形ひかる)、イタリアの新聞記者シリル(永久輝せあ)を拉致し、南極へと向かっていた。
だが、彼らを乗せた船は謎の衝撃により沈没し、4人は不思議な島に漂着する。そこは神秘の島マトカ。南極付近にも関わらず、科学の力で自然が管理され、南国の様相を示すその島には、イギリス、フランス、ロシア、トルコ、ハプスブルグなどの帝国軍の植民地支配から逃れてきた人々が、平和な暮らしを営んでいた。
このにわかには信じ難い地上の楽園と人々を護ってきた男こそが、ネモ船長(彩風咲奈)だった。島民から絶大な信頼を得ている彼もまた、ロシア帝国の侵略にあったポーランド貴族の末裔であるばかりか、世界屈指の物理学者としての才能をロシア帝国に利用され、英知を極めた潜水艦「ノーチラス号」を製造させられた過去を持っていたのだ。だが、科学が戦争の道具になることを拒んだ彼は、同じく世界中から集められた学者や技術者と共に、自らが開発した「ノーチラス号」でロシア帝国を脱出し、大国に虐げられる人々を救う為、マトカに地上の楽園を築き上げていた。
そんな深い事情は全く知らされぬまま、争わぬこと、命を大切にすること、立ち入りを禁じる岩場に近づかないことを条件に、マトカで暮らすことを許された4人は、楽天家のジョイス博士が早くも島の暮らしに馴染んでいく様を見ながら、それぞれの想いで日々を過ごしていた。そんなある日、禁止区域に立ち入ってしまったレティシアは、「ノーチラス号」と、10年間行方不明だった父親のモリエ博士(汝鳥伶)の姿を目にして驚愕する。モリエ博士もまた「ノーチラス号」開発の為に、ロシア帝国に拉致された科学者の1人だった。
科学の粋を集めた「ノーチラス号」を争いの道具に使わせない為には、ネモ船長をはじめ、乗組員たちは死んだとこにするしかなかったのだ、と訴える父の言葉に複雑な思いを抱くレティシアだったが、やがてネモ船長の崇高な理想に惹かれていく。だがそんな時、ロシア軍の不審船がマトカを目指しているという報告がもたらされ……。

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ジェンダーのボーダーレス化が進む現在では、おそらく事情は大きく異なっていることだろうが、ある時代までは確実に、少女が必ず読む小説と、少年が必ず読む小説が、互いに名著であることは変わらないながら、厳然と分かれてそそり立っていたものだ。少女たちが読む物語が「赤毛のアン」「若草物語」「あしながおじさん」などであれば、少年が読む物語は「八十日間世界一周」「十五少年漂流記」「トム・ソーヤの冒険」などであっただろう。
そんな少年が読む物語、本を開けば冒険の世界に連れ出してくれる小説の1つに、このジュール・ヴェルヌの「海底二万里」があり、劇作家谷正純は、かつてその物語に夢中になった少年の1人だったそうだ。そう、きっと谷少年は、本当にこの小説世界を愛していたのだろう。謎の多いネモ船長、水銀と海水から取り出した塩化ナトリウムを用いた電池により、陸地との交流を一切絶った海底探検の航海を続ける「ノーチラス号」。そうしたすべてのしつらえが好きで、好きで、心底惚れ込んでいたのだと思う。だからこそ、モネ船長と「ノーチラス号」を自分の理想の世界の中で活躍させたいと願った。なぜならかつての谷少年は、今、宝塚歌劇団の劇作家であり、無から理想の世界を舞台の上に立ち上げる機会を持っている大人に成長しているのだ。愛してやまない物語の登場人物たちの、あったかも知れない人生を描き出す、二次創作と呼ばれるジャンルが隆盛を極めるこの時代に、仕事としてその夢が叶う谷は紛れもなくとても幸福な人で、この舞台『CAPTAIN NEMMO…ネモ船長と神秘の島…』は、ジュール・ヴェルヌの「海底二万里」「神秘の島」に登場するネモ船長と、潜水艦「ノーチラス号」というキャラクターのみを取り出して創られた、ある種のパスティーシュものになっている。

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だから、この舞台には谷正純という作家が、これまでにも度々描いてきた、非暴力による博愛、争いのない桃源郷への憧れがたっぷりと詰まっていて、その真っ直ぐさがあまりにまぶしい。谷は愛するネモ船長と「ノーチラス号」を、彼の理想の世界で活躍させたかった。愛するキャラクターに、己の理想を託したのだろう。
そう思って見回せば、現実世界には残念なことに今、この瞬間にもあちこちで争いが続いている。地上の楽園マトカが、どこかに出現する可能性は悲しいかな極めて少ない。けれどもだからこそ、こんなファンタジーを真正面から描く作家が、いても良いのかも知れないと、ふと思わされてしまう。もちろんそうは言っても、作劇には粗さもあって、そもそもあの人が拉致されたのは、どういうからくりだったのか?とか、モールス信号が出て来たのは何の伏線だったのか?とか、あちこちに疑問は残るし、何よりも幻の楽園マトカを守るために、ネモ船長と乗組員が取った結末には、これ以外の終わり方はなかったのか?ネモ船長はあなたが惚れ込んだ大切な主人公でしょう?と、谷と話し合ってみたいような気持ちにもさせられる。それでも、フランスの作家であるジュール・ヴェルヌが、当時同盟国であり、ヴェルヌの本を出版していた版元の重要な市場でもあったロシアを悪役にすることが許されず、ロシア帝国に事実上占領されていたポーランドが、独立を目指した戦いによって家族を惨殺されたポーランド貴族という、ネモ船長に描いていた当初の設定を捨てざるを得なかったという、これぞ「大人の事情」を、谷が自分の理想の世界の中で復刻させたのだなと思うと、その一途さには脱帽するしかない。

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そう思わせた大きな要因に、ネモ船長を演じた彩風咲奈の存在が挙げられる。赤の群舞の中に白の衣装で、これぞ主役の登場!とゾクゾクさせられるようなプロローグでの初登場シーンから、たなびかせた金髪のロングヘア—の似合うこと、似合うこと。何しろ雪組は非常に多く日本物の作品に取り組んできた組だし、更にその間にあった数少ない洋物でも、彩風の役どころはスペイン人だったり、アジア系だったりしていた為に、金髪の彩風を見た自体がいつ以来だろうか?『ベルサイユのばら』新人公演のフェルゼン?かと、にわかに確信が持てなかったほどで、役柄がポーランド貴族であったが故の、このインパクトは絶大だった。しかも、折り紙つきのプロポーションで着こなす、青のロングコートの軍服姿、シックなジレとロングブーツ等々、どの姿もため息もの。早くから新人公演主演を幾たびも務めた雪組のサラブレッドの彩風だが、『ルパン三世〜王妃の首飾りを追え』の頃から、つまりは雪組が早霧せいな時代に入った頃から、一公演毎に殻を破り存在感が頭抜けてきて、人はこれほど長足の進歩を遂げるのものなのかと、ここ数年の変貌には感嘆するばかり。生来の芸風にある鷹揚さに押し出しが加わり、満を持した東京初主演を、堂々と務めた姿が頼もしかった。望海風斗時代に入った雪組で、更に大きな責任を担うことになるが、その準備はすでに万端だと示せたのが何よりだ。

そんな彩風の比重が大きいこともあって、ヒロインは2幕まで終わってみれば確実にレティシアの彩みちるだし、パンフレットの扱いも事実その通りなのだが、1幕終了時点では、ネモ船長に復讐しようとするという、衝撃的な登場をしたヴェロニカの野々花ひまりとどちらが相手役になるのだろう?としばし迷ったほどだったし、インドの王女潤花もよく書き込まれていて、期待の娘役たちがそれぞれ大きな為所を担っている。もちろんすでに東上する公演でのヒロイン経験がある彩の落ち着きに1日の長があるが、野々花も潤も十二分に目を引き、将来が楽しみな娘役たちが活躍しているのが嬉しい。

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更に、この作品の大きな注目ポイントの1つに、雪組に新加入となった朝美絢と、現在雪組若手男役の最大の注目株永久輝せあを、どんな役柄でキャスティングしてくるか?があったが、海軍士官の朝美には持ち前の硬質な美貌が生き、新聞記者の永久輝には華やかなスター性が生きるという、それぞれの特性をよく生かしつつ、2幕で大きな変化も与えてあるのが、座付き作家ならではの技で、これは大変面白い起用だった。この経験によって、それぞれ本公演でも活躍の場が更に広がるのではないか、期待したい。
他にも、舞咲りん、愛すみれの歌唱力、綺羅星揃いの航海士チームと、人を見る楽しさが満載。特に、かねてから注目株の縣千だけでなく、彩海せらがとても目立つポジションを得ていて、あの綺麗な男役は誰だろう?と思わせたのはなかなかに巧みな配置だった。モリエ博士の汝鳥伶の重厚感は言うまでもないし、ジョイス博士の華形ひかるなどは、あまりに贅沢な使い方でもったいないほどだったが、温かみのある演じぶりが、作品の理想を助けていた。

総じて、作家の愛と理想がひしひしと伝わる作品で、結末に議論はあるだろうが、主演の彩風以下、スターの魅力を改めて感じさせる舞台となっている。

〈公演情報〉
宝塚雪組公演
MUCICAL FANTASY『CAPTAIN NEMMO…ネモ船長と神秘の島…』
〜ジュール・ヴェルヌ「海底二万里」より〜
脚本・演出◇谷正純
出演◇彩風咲奈 ほか雪組
●8/29〜9/4◎日本青年館ホール
〈料金〉S席 7,800円 A席 5,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉宝塚歌劇インフォメーションセンター[東京宝塚劇場] 0570-00-5100
●9/16〜24◎梅田芸術劇場シアタードラマシティ
〈料金〉全席 7,800円 (全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場シアター・ドラマシテイ 06-6377-3888




【取材・文・撮影(2幕)/橘涼香 撮影(1幕)/岩村美佳】




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