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ジュール・ルナールの傑作小説をミュージカル化した舞台『にんじん』が、38年ぶりに帰ってきた。
日本で世界初のミュージカル化として、1979年の夏、上演された『にんじん』。初演で「にんじん」役を務めたのは当時22歳の大竹しのぶ。今年還暦を迎えた大竹が、38年ぶりに再び「にんじん」役で、8月1日から始まった新橋演舞場の舞台を務めている(27日まで。大阪は9月1日から10日まで)。
 
脚本・作詞は、数々の大ヒット曲を生み出し、先日惜しくも亡くなった山川啓介。音楽は大人にも子供にも愛される曲作りに命をかけた山本直純。演出は、今年春の『フェードル』でも大竹と組んだ栗山民也が手がけている。
共演者には『ドリアン・グレイの肖像』の主演を始め、ソロコンサートも数多くこなし抜群の歌唱力を誇る中山優馬、テレビのみならず舞台でも美しいソプラノを披露する秋元才加、朝ドラなどに出演して若手注目株の中山義紘、元宝塚月組トップスターで女優・歌手・バラエティなど多彩な顔を見せる真琴つばさ、『レ・ミゼラブル』のバルジャン役をはじめミュージカル界で活躍する今井清隆、映像のみならず自らの劇団を率いて舞台でも精力的に活動する宇梶剛士、実力派女優として気を吐くキムラ緑子といった個性的な顔ぶれが揃っている。
その公開ゲネプロと囲みインタビューが初日前日に行われた。

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【あらすじ】
フランスの片田舎の小さな村。そこにかつては豪奢だったが、戦争後、落ちぶれてしまったルピック家がいる。どこにでもありふれた家族のように見えたのだが、末っ子の真っ赤な髪、そばかすだらけの顔で、通称“にんじん”と呼ばれるフランソワ(大竹しのぶ)は家族からバカにされ、時には理不尽に扱われていた。ルピック家には姉のエルネスティーヌ(秋元才加)、出入りする姉の婚約者で村一番の裕福な家庭のマルソー(中山義紘)、甘やかされてわがままな兄フェリックス(中山優馬)、父親のルピック氏(宇梶剛士)、母親のルピック夫人(キムラ緑子)がいた。ある日、そこへ新しい女中アネット(真琴つばさ)がやってくる。アネットはにんじんへの仕打ちを優しく慰めるのだが、ある日、ルピック夫人の貯金していた銀貨がなくなるという事件が起き、どういうわけかにんじんのせいにされ、ますます彼への仕打ちが激しくなっていく。しまいにはかつて幼いフランソワを育てていた「名づけ親」(今井清隆)までもが解決に乗り出してくる始末。ただ家族や兄弟から愛されたいとだけ望んでいたにんじんは、果たして……。

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鼓笛隊の派手な音楽から幕が開け、アンサンブルの統制のとれた合唱が終わる。草むしりをさせられていたにんじんの大竹しのぶが立ち上がり、「真っ赤な髪で/そばかすだらけ/そうさぼくは/みにくいにんじん!」と自虐とも取れる歌詞を力強く歌う。シャウトのような、まるで自分の存在証明のように聞こえる歌だ。舞台の照明はどこまでも明るいのに、大竹の歌とのコントラストが物悲しく美しい。どこかロック的な匂いのする歌唱が、夏のフランスの小さな村一面に響き渡る。
大竹しのぶは、小柄ということもあって14歳の少年そのものに見える。愛を求めているが満たされない、それでも笑顔を忘れない屈託のない表情が切ない。38年のブランクを感じさせないだけでなく、「新生にんじん」とでもいったみずみずしさがある。

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そこからにんじんの家の食卓のシーンに舞台が移る。ここで家族の関係性を一気に見せていく。兄のフェリックスは中山優馬、親にバレないように弟をいじめて、いいように利用する兄を丁寧に演じている。リアルに憎たらしさを感じさせる歌も絶妙。
姉のエルネスティーヌは秋元才加、彼女もにんじんを無視していて、心のない彼女の歌はにんじんには決して響かない。そんな歌を秋元はどこまでも美しいソプラノで劇場に響き渡らせる。婚約者マルソーの中山義紘は、いつもエルネスティーヌの顔色を伺い、険悪な家族の雰囲気に気押されて場違いなことを言ってしまう青年で、その天然ぶりがホッとする笑いを誘う。

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ルピック氏とルピック夫人は宇梶剛士とキムラ緑子、倦怠期さえ超えてお互いを憎んでいるような夫婦で、互いをルピック氏、ルピック夫人と呼び、何をするにもにんじんを介してコミュニケーションを図ろうとする。しかし母親は徹底的ににんじんをいじめ、父親もにんじんをネグレクトしている。だがルピック夫人にも、にんじんを本当は愛しているのに、愛せないでいる自分が許せない母親の葛藤があり、「それでも」の歌にその切なさが滲み出る。ルピック氏にも、子供にどう接していいのかわからない父親のもどかしさがあり、愛したいのに愛せない、そんなアンビバレンツな感情が、この夫婦の通奏低音となっている。

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そこに現れる真琴つばさ扮するアネットは、まさにコメディエンヌであり、安らぎの存在で、細かい表情と仕草で楽しい笑いを引き出してくれる。アネットは自分の仕事に誇りを持ち、3回離婚していることも気にしない豪胆さがあり、男勝りな歌を堂々と聴かせる。にんじんを誰よりも気にかけて勇気づけてくれる力強い存在だ。

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にんじんの育ての親で「名づけ親」の今井清隆は、ルピック夫人の大切にしていた銀貨がなくなった事件で、にんじんを助けるために登場する。心からにんじんのことを気にかけ、産みの親より親たらんとするその迫力に心打たれる。歌声のバリトンは伸びやかで、劇中で何回か「青空を見ることの大切さ」について言及するシーンがあるのだが、本当に青空を突き抜けてしまいそうな宇宙的な広がりを持つ歌声となっている。人間は不器用で誰もがうまく愛を表現できないでいる、悲しいのは、にんじんだけではないという、その歌の普遍性が心に響いてくる。

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追い詰められたにんじんは、どこからか「自殺すればいい」という声を聞いて、何度か自殺未遂を図る。また彼は、自分がいなくなったら世界がなくなってしまうという感覚に陥る。自己と世界が相対化してしまう実存主義のように、にんじんの中では、自らの存在が世界との関係の間で常に不安定に揺らいでいるのだ。だから彼は「フランソワ」という本当の名前を呼んで欲しいと切に願う。それこそが自分がこの世界にいることのできる絶対的な証明になると信じているからだ。

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やがて、にんじんは命令ばかりする両親に反抗し始め、兄のフェリックスはパリを目指し旅立ち、姉は結婚していなくなってしまう。そして父性と母性は、解決策を見出せないまま放り出される。この舞台はその在りどころを観客に問いかけているようにも見える。
 
そんな深い問いを含みながら、もちろん子供が見ても楽しい舞台だ。山本直純の音楽は、ポップで柔らかいメロディで、山川啓介の歌詞はわかりやすく誰でも一緒に口ずさめる。そして演出の栗山民也は、静謐に感情過多にならずに舞台を進行させる。見方によってはひどい惨状が繰り広げられているのに、それを凛とした佇まいで静かに突きつけてくる。

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名づけ親はにんじんに、青空をよく見ろという。にんじんは空を見上げて歌う。たとえ親に名前を呼ばれなくても「にんじん」は「にんじん」でいいじゃないか。舞台には十字架のような装置が出てきたり、あるいは十字架の形になった光が差し込んでくる。それは実存という相対的な世界と自分の感情だけでは片付けられない、この世界にあるはずの絶対的な希望のようにも見える。その気持ちを胸に、にんじんは、そして人々はまた歩き始めるのだ。

【囲みインタビュー】

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前列/キムラ緑子、大竹しのぶ、宇梶剛士 後列/中山義紘、秋元才加、真琴つばさ、今井清隆 
 
公開舞台稽古の前に囲みインタビューが行われ、大竹しのぶ、中山優馬、秋元才加、中山義紘、真琴つばさ、今井清隆、宇梶剛士、キムラ緑子が登壇した。

──いよいよ1日から初日が始まりますね。
大竹 この格好で普通に答えるのがいたたまれなくて(笑)。
優馬 そんなことないですよ。
大竹 お芝居しているときはいいんです。でも素になると恥ずかしい。
──取材陣からも可愛いと声が上がっていました。
優馬 お芝居では兄貴役で、いろんな意地悪なことをやらせていただくんですけど、稽古中やお芝居じゃないところは少女のようで…。
大竹 もう嘘ばっかり!(笑)
──キムラさんからご覧になっていかがですか。
キムラ 私はにんじんにいじめをするお母さんなんです。でもいじめたくないぐらい大竹さんは可愛いでしょ。稽古場で隣の席でしたが、稽古が終わって帰ってくると、おばさんに見えなかった?とずっと気にしていましたが、どう考えても14歳に見えましたよ。
──篠山紀信さんの撮られた写真も少年ですね。
大竹 この作品が好きなので、自分の歳は忘れてにんじんとして演じられるんです。ただ、ふと、何しているんだろう私は?と思ったりすることもあって、その戦いです。怖いもの見たさもあるのかなあ。
優馬 ふふっ(笑)。
大竹 笑うところじゃない!(笑)みんなそれぞれ愛を求め合って、そこがよくできているお話だと思うし、栗山さんが初演よりも細やかに演出してくださった。山川啓介さんがご本と歌詞をお書きになりましたが、天国から見てくれたら喜んでくれただろうなと思います。
──38年経って、大竹さんにはこの役はどう響きますか。
大竹 以前よりも子供の気持ちがわかるようになりました。
──大竹さんが人生を重ねてきてからでしょうか。
大竹 それもあるでしょうし、当時は社会的にいじめという問題は頻繁に行われている時ではなかったので。今は、よりリアリティを持って、子供たちはこんなにSOSの信号を出していたんだとわかります。
──他の方々から見て、いかがですか。
宇梶 稽古場の時から、しのぶさんなのかにんじんなのかわからなかった。可愛らしいですね。密にご一緒するのは初めてですが柔らかくて自然な方です。
真琴 私は、ルピック家では唯一暖色系かなと思っています。大竹さんは、客席から拝見させていただくと、恐ろしいほど純粋無垢な少年になる瞬間があるんです。これが『にんじん』という作品の魅力ですね。大竹さんのどこかに「にんじん」がいるんだと思います。
今井 大竹さんは、この間までギリシャ悲劇の女王様をやっていたわけで、スタンスが広くて、どんな役でも内から湧き出るものがあって、自然とこなす女優さんだなとびっくりしました。 
秋元 私はお姉さんをやらせていただきますが、どういう風に大竹さんのお姉さんをやるんだろうと、最初は聞き違いだと思いました(笑)。ただ、稽古をしていくうちに光栄だと思えるようになりました。最初は、張り詰めて黙々とした稽古場なのかなと思ったのですが、楽しみながら一生懸命やるところはやって、緩急のつけ方がしっかりしていたので、そういう稽古を通してもっと自由に、楽しみながらお芝居ができたらいいと新たな自分を見つけました。
──その婚約者マルソーが中山義紘さんですね。
義紘 食卓のシーンがたくさんあるんですが、マルソーはしきたりを知らない天然系なんですね。周りから何を言っているの?という反応をされてしまう。
秋元 張り詰めた空気感の中でも、どこかゆったりとした希望が見えたらいいなと2人で話していたから、中山(義紘)さんはその雰囲気を出してくれています。
──大竹さんは還暦を迎えました。
大竹 還暦だからもう一度やりたいという思いもあったんです。
──カンパニーではお祝いしたんですか。
大竹 ケーキをもらってハッピーバースデーを歌ってもらいました。
優馬 僕はまだプレゼントをあげてないんです。畏れ多くて。
大竹 なんで?なんかちょうだいよ。
優馬 ラブ(LOVE)を。
大竹 ラブはいらない(笑)。
キムラ 魚をさばいてくれるから。
大竹 さばけるの?
優馬 じゃ、ピチピチのやつを持ってきます(笑)。
──ジャニーズのさかなクンと言われていますからね。
優馬 なんでやねん!このタイミングでそう思われると本番に支障が出ます。
──では最後にファンの方に一言。
大竹 38年前にやったお芝居を、このメンバーで、栗山民也さんのおかげで新しい作品になって生まれ変わったと思うので、大人も子供も恋人同士も、繊細で元気がでる芝居を観にきてもらいたいです。

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※この公演のチケットを販売中!
http://enbu.shop21.makeshop.jp



〈公演情報〉
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ミュージカル『にんじん』
原作◇ジュール・ルナール
訳◇大久保洋(「講談社文庫版」より)
脚本・作詞◇山川啓介
演出◇栗山民也
音楽◇山本直純
出演◇大竹しのぶ、中山優馬、秋元才加、中山義紘、真琴つばさ、今井清隆、宇梶剛士、キムラ緑子 他
●8/1〜8/27◎東京 新橋演舞場
〈料金〉1等席 13,000円 2等席 8,500円 3等席A席 5,500円 3等席 B席 3,000円 桟敷席 14,000円 《子供料金》2階1等席 6,500円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉チケットホン松竹 0570-000-489(10:00〜18:00)
●9/1〜10◎大阪 松竹座
〈料金〉1等席 13,000円 2等席 7,000円 3等席4,000円 《子供料金》2階1等席 6,500円(全席指定・税込)
※《子供料金》は4歳から小学校6年生以下対象
 

 

【取材・文・撮影/竹下力】



妃海風コンサート2017






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