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宝塚歌劇で初ミュージカル化され、日本演劇界の雄小池修一郎が世に出るきっかけともなった記念碑的作品である、ミュージカル『グレート・ギャツビー』が、楽曲を一新し、井上芳雄主演による男女版として、日比谷の日生劇場で開幕した((29日まで。のち、6月3日〜15日名古屋中日劇場、7月4日〜16日大阪梅田芸術劇場メインホール、7月20〜25日福岡博多座での上演)。

原作は、F・スコット・フィッツジェラルドの代表作であると同時に、アメリカ文学をも代表すると称される同名の傑作小説。経済、文化が大きく発展し、大バブル時代を迎えていた1920年代のニューヨークで、真実の愛を求め続けた男が、破滅へと向かう悲しくも美しい物語は、時を超え今も輝き続けていて、1974年にロバート・レッドフォード、2013年にはレオナルド・ディカプリオ主演による映画化がなされている。
そんな作品の、世界初のミュージカル化が、小池修一郎による宝塚歌劇団での上演で、1991年に杜けあき主演で初演(『華麗なるギャツビー』として上演)され、その優れたオリジナルミュージカルとしての完成度が大きな喝采を集めた。この作品の成果により、小池は第17回菊田一夫演劇賞を受賞。当時、宝塚歌劇団の若き才能として評価されていた小池に、演劇界全体が注目した最初の機会がこの作品の成功だったと言って間違なく、『エリザベート』『モーツァルト!』『ロミオとジュリエット』『スカーレット・ピンパーネル』『1789〜バスティーユの恋人たち』等々、海外ミュージカルの優れた潤色・演出で、日本ミュージカル界の中心的存在となっていく小池の、謂わば土台を創った貴重な作品だった。
更に2008年には瀬奈じゅん主演で、『グレート・ギャツビー』とタイトルを改め、1本立ての公演として日生劇場で再演されている。今回はそれ以来、9年ぶりの上演で、『BANDSTAND』でブロードウェイ・デビューを果たした新星リチャード・オベラッカーによる全曲書き下ろしの楽曲に、井上芳雄を主人公ジェイ・ギャツビーに迎え、初めての男女版としての上演となった。

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【STORY】
1922年、空前の好景気に沸くニューヨークへやってきたニック(田代万里生)は、隣接する豪邸で、夜毎開かれている豪華絢爛なパーティーへの招待状を受け取る。主の名はジェイ・ギャツビー(井上芳雄)。だが館を訪れたニックは、パーティに参加している大勢の客人のほとんどがギャツビーの顔も知らず、招待状すら持っていないことを知る。禁酒法の時代に堂々と本物の酒を振る舞うこのパーティには、誰もが自由に参加することができるのだ。しかも、その場に警官が踏み込んでくると、ようやくギャツビーその人が現れ、パーティに参加していた警視総監を促してすべてはお咎めなし。酒と同時にこの非現実な空間に酔ったニックは、喧騒から逃れて外に出て、ひとり佇み、湾の向こう岸の灯りを見つめるギャツビーの姿を目にする。初めて隣人同士の挨拶を交わしたニックに、ギャツビーは自分の出身地や戦地での経歴を話す。勢い自分のことも話す流れになったニックは、ギャツビーが見つめていた向こう岸に、自分の美しい従姉妹のデイジー(夢咲ねね)、その夫で大学の先輩のトム(広瀬友祐)夫婦がいることを告げるが、その時ギャツビーの顔色が変わったことには気づかなかった。
だが、そんなニックの存在が、やがてギャツビー、デイジー、トム、デイジーの友人で女子プロゴルファーのジョーダン(AKANE LIV)、更にはトムの愛人のマートル(蒼乃夕妃)とその夫ジョージ(畠中洋)の運命を、大きく変えていく出会いをもたらして……

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小池修一郎がこの作品をミュージカル化した最初は、宝塚歌劇の定番上演形態である、ドラマものとショーとの二本立ての1本としての上演だったので、作品は1幕もの約90分で出来上がっていた。この90分の中に、愚直なまでに、人生でただ1人愛した女性、デイジーを再びこの手に取り戻そうとするギャツビーの思いの深さと、それ故の軋みと掛け違いが悲劇を生んでいくドラマ世界が、宝塚歌劇の特徴である銀橋をはじめとした、盆、セリという舞台機構を駆使してひと時も止まらずに描かれる様は圧巻で、主題歌「朝日の昇る前に」は主演者である杜けあきの絶唱と共に、実に鮮烈な印象を残したものだった。それから17年後、宝塚歌劇の所謂外箱公演(宝塚大劇場、東京宝塚劇場以外の劇場で行う宝塚歌劇の公演全般)としての、日生劇場での再演では、休憩を挟む2幕ものの1本立てとして大幅に加筆され、楽曲もプラスされての上演となり、特に、その17年間の間に、海外ミュージカルの潤色・演出のジャンルで、大きな名声を得ていた小池の「ミュージカル」のノウハウが随所に加味されていたのが印象的な仕上がりとなっていた。
それから更に9年、今回の男女版の脚本と構成は、大きくはその08年の日生劇場上演時のものを踏襲していて、冒頭に結末を持ってきたことと、何よりもやはりミュージカルの要である楽曲が全く新しくなっていることととで、十分な新鮮さはありつつ、小池が本来この作品を描こうとした作劇の原点が揺らいでいないことに、まず大きな感動と感慨があった。それは演劇界の巨人とも言っていいだろう存在となった小池が、劇作家として確かな歩みをはじめた時の、謂わば非常に無垢でピュアなものを、未だ大切に心に持っていることの証でもあったし、更に、日本のミュージカル界のスターたち、特に男優たちが、ここまでダンディズムを描けるようになったことの、やはり証でもあった。

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というのも、近年、海外ミュージカルの大作が、まず宝塚歌劇団で初演され、のちに東宝や梅田芸術劇場の製作で、男女版で上演されるという形態が、全く珍しくなくなった日本の演劇界に於いても、(それは小池修一郎という日本のミュージカル演出の第一人者が、宝塚歌劇団に在籍したまま外部のミュージカル作品の演出も精力的に手掛けていることが、まず最も大きな要因ではあろうが)、宝塚歌劇団のオリジナル作品が、改めて男女版で上演されるという今回の『グレート・ギャツビー』の持つ意味合いは、全く別の側面を持つものだったからだ。敢えて女性が男性を演じることで、確実に1つのファンタジー性と様式美を有する宝塚歌劇では、日本人が外人を演じることも、男性が1人の女性への愛の為に命を落とす様を、愚かな行為ではなく愛に殉じた至高の美しさとして描くことも、ある意味で容易だ。宝塚歌劇には「美しいものは正義である」という絶対的なセオリーがあり、それを最上のものとして理解し、賛美する観客が劇場を埋めている現実がまず大きな前提として現実にある。。宝塚歌劇が「舞台と客席が共犯関係になって創り出す幻想空間」と呼ばれるのはその為で、あの世界には−、報われぬ愛に殉じる男を愚かだと指さす者は誰もいない。
けれども、男女版のミュージカルとなれば話は全く違ってくる。この作品のジェイ・ギャツビーが、かつて家柄の違いの為に引き裂かれた愛する女性、ディジーを取り戻す為に、裏社会とも通じ財を成し、裕福な青年と結婚し子供までいるデイジーの家の対岸に豪邸を建て、彼女が訪ねてくる日を待ちながら、招待状不問の豪華なパーティを夜毎開き続けるという行為は、1歩間違えばストーカーとも取られかねない執念に違いない。しかもそうまでしても、思いが叶わないストーリー展開と、あまりにも孤独なラストを、リアルな男女が演じる舞台で同じように提示した時、ギャツビーが客席の共感を得られるか否かには、宝塚歌劇団での上演よりも遥かに高いハードルがあったはずだ。だからこそ、そこを脚本・構成がどう描いてくるのか?に注目もし、どこかで案じていた部分も確かにある。
だが、そうした構成上の配慮や、小手先の技巧に走ることなく、若き日の小池が作品に魅了され、宝塚歌劇の為に書き下ろしたミュージカル作品としての骨子をほぼ踏襲した状態のままで、井上芳雄のギャツビーは、その高いハードルを実に悠然と越えてきた。それはまさに目を瞠るほどの完璧な主演ぶりだった。 

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井上のギャツビーは、どんな違法な行為に手を染めていても、誇りを持ち、ただひたすらにデイジーを求め、愛に生き、愛に殉じる愚直な、それでいて圧倒的に美しい男性だった。それは、貧しい環境に生まれながら、自分が実は浚われたプリンスであり、いつか王国の使者が自分を迎えにくると信じながらも、その迎えを自分は断る。自分の王国は自分で創るのだと、空想の世界で自分を鼓舞する青年を、大の男がそんな夢物語に逃げ込んで…と笑い飛ばすのではなく、頑張れと素直に応援する気持ちにさせたほどの威力だった。それはドラマのどんな局面でも常に貫かれている、確かな実力に裏打ちされた上での井上のスター性のなせる技に他ならず、ミュージカル界の新星として彼がこの世界に登場してから、若き二枚目スターとして、プリンスとして走り続けてきた道のりがあったからこそ、成し遂げられた成果だった。彼の芝居にはかねてから、良い意味で宝塚のトップスターに通じる煌めきとオーラがあると感じていたが、この作品でその資質が最大限に生かされたと言っていいと思う。そうした意味で、井上なくしては成立しなかった舞台であり、彼がこのミュージカル『グレート・ギャツビー』のギャツビーを演じたことは、作品にとって、小池にとって、ミュージカルファンにとって、もちろん宝塚歌劇ファンにとっても幸福なことだった。「朝日の昇る前に」ほどには、キャッチーで圧倒的な主題歌としてそそり立つ楽曲がない中で、リチャード・オベラッカーの書き下ろした如何にも今の時代のミュージカルの楽曲、まず豊かな声量がなくては歌いこなせないナンバーを余裕たっぷりに歌ったのはもちろん、ジャズエイジの時代を巧みに表したジャジーな楽曲も、粋に歌いきった歌唱力も特筆すべきものだった。

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そのギャツビーが文字通り命を賭けて愛し抜いたデイジーの夢咲ねねは、何よりも美しくなくてはならない役柄をよく支えている。この人が美しくないと、すへてを凌駕するほど美しくないと、愛に殉じるギャツビーが愚かに見えてしまう。その最も大切な部分をきちんと示したのは、やはり宝塚歌劇の「美は正義なり」の世界の中で、長くトップ娘役を務めた彼女ならではの力量だろう。音域がやや合わないようで、歌唱に苦戦のあとが見受けられるのが気がかりだが、ギャツビーとの純愛を引き裂かれたあと「女の子は綺麗なおバカさんでいるのが一番幸せなのよ」と、自分に言い聞かせている、その実決して綺麗なおバカさんではない繊細さを秘めている、小池版『グレート・ギャツビー』ならではのデイジー像に相応しい存在だったことを、まず評価したい。

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図らずも彼らの恋の橋渡しをするキーマンであり、ドラマを俯瞰する語り手でもあるニックの田代万里生は、ギャツビーとの距離の取り方が絶妙なのに瞠目した。宝塚歌劇の初演ではこの役柄は所謂、組の準トップスター、二番手の男役と呼ばれる人材が演じていて(初演キャストは一路真輝)、その演者同士の関係性から、ギャツビーとニックがかなり早い段階から親密な友情を育んでいるように感じられたものだが、田代のニックは初めは明らかにギャツビーに対してうさんくささを抱いている人物として登場する。それが徐々にギャツビーにシンパシーを感じて行き、最後には完全にギャツビーの側に立つ、その変化が自然で明確なのがドラマを奥深いものにしていた。井上との個性の違いも実に効果的で、作品の語り部としての役割も的確だった。
また、デイジーの友人ジョーダンのAKANE LIVは、プロゴルファーという作中随一の自立した女性を、適度なドライさを見せて活写している。ニックとの恋の顛末に納得がいくトータルに芯の通った役作りで、見事な頭身バランスと美貌にショートカットのヘアスタイルがよく似合った。

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デイジーの夫トムの広瀬友祐は、上流の男の無意識に表す傲岸不遜の表現が巧みで、上背もありマスクも整った持ち前のビジュアル面の強みだけではない、演技面の充実が頼もしい。かなり歪んではいるものの、トムなりにはデイジーを愛してもいるのだろうと思わせたのが、役柄に奥行きを与えていた。

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そのトムの愛人マートルの蒼乃夕妃は、刹那的なフラッパーを気取りながら、意に染まない今の暮らしからトムが助け出してくれるのを、実は待っている一途さと、必死さの表出が巧み。そんな妻の心を知りながら、なんとかやり直したいと願う夫のジョージの畠中洋が、悲劇へと転げ落ちていくドラマ後半の展開を一手に握って、鬼気迫る演じぶりがすさまじくさえある。これもまたキャスティングの見事な勝利だと感じられる好演だった。

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他に、ギャツビーと裏社会とのつながりを表すウルフシャイムの本間ひとしの、常の軽やかさとは打って変わった迫力は嬉しい驚きだったし、デイジーの母エリザベスの渚あきも、楚々とした持ち味とは遠いところにある、厳格な女性の権高さをよく表現していて、作品の重要なポイントを締めていた。マートルの妹キャサリンの音花ゆり、デイジーの乳母のヒルダの七瀬りりこと女キャストの主要な役柄を、ほぼ宝塚OGで固めた小池の意図が、この作品の場合確実に生きていて、宝塚の為に書かれた作品を男女版の作品として構築する橋渡しの役割をそれぞれがよく果たしている。何よりも、男役が体現するダンディズムと美学を、生身の男性が表現してグロテスクにも、ましてや欠片も滑稽にもならなかったのは画期的で、宝塚から生まれたミュージカル界の雄小池修一郎の原点たる優れた作品が、男女版舞台との交感という、新たな可能性を拓くもう1つの原点となったことを喜びたい。

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〈公演情報〉
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ミュージカル『グレート・ギャツビー』
原作◇ F・スコット・フィッツジェラルド 
音楽◇リチャード・オベラッカー 
脚本・演出◇小池修一郎 
出演◇井上芳雄、夢咲ねね、広瀬友祐、畠中洋、蒼乃夕妃、AKANE LIV、田代万里生  他
●5/8〜29◎日生劇場
〈料金〉S席 13.000円、A席 8.000円、B席 4.000円
〈お問い合わせ〉帝国劇場日生公演係 03-3213-7221(10時〜18時)
●6/3〜15◎中日劇場
〈料金〉A席 13.000円、B席 7.000円
〈お問い合わせ〉0570-55-0881(10時〜18時オペレーター対応 24時間音声自動対応)
●7/4日〜16◎梅田芸術劇場メインホール
〈料金〉S席 13.000円、A席 9.000円、B席 5.000円
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場 06-6377-3800(10時〜18時)
●7/20〜25◎博多座
〈料金〉A席 13,500円 特B席 11,000円 B席 8,000円 C席 5,000円
〈お問い合わせ〉博多座電話予約センター 092-263-5555(10時〜18時)




【取材・文/橘涼香 写真提供/東宝/梅田芸術劇場】


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