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市村正親8回殺される!? という目を奪われずにはいられないキャッチコピーで、大きな注目をを集めている話題作、ミュージカル『紳士のための愛と殺人の手引き』が、日比谷の日生劇場で上演中だ(30日まで)。

『紳士のための愛と殺人の手引き』は、2014年のトニー賞で作品賞、脚本賞他4冠に輝いたブロードウェイミュージカル。エドワード朝時代のイギリスを舞台に、伯爵家の爵位継承順位8番目の男が、上位の邪魔者たちを次々に手にかけていく、その「殺されるサマ」の馬鹿馬鹿しさが、観客を爆笑の渦に巻き込む、ブロードウェイらしいウイットに富んだ作品で、今回の上演が本邦初演となっている。

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【STORY】 

優しい母に突然先立たれ、仕事のあてもなくどん底に落ち込んでいる青年モンティ(ウエンツ瑛士・柿澤勇人、Wキャスト)のもとに、亡き母の古い友人ミス・シングル(春風ひとみ)が訪ねてくる。彼女が持ってきたのは、なんとモンティの母が実は大富豪の貴族「ダイスクイス・ファミリー」の血縁であり、モンティにも爵位継承権があるというビッグニュースだった。とは言ってもモンティの継承権は8番目。つまり現伯爵を含めた、ダイスクイスのメンバー8人(いずれも市村正親)が死ななくては、伯爵にはなれない。
はじめは、途方もない夢物語としか思えなかったモンティだが、せめてこの血縁を利用して就職口の斡旋をしてもらえないかと、打診の手紙をダイスクイスメンバーに送るものの、相手にもされない。しかも、亡き母も彼らに生前援助を願い、冷たく拒絶されてきた事実を知り、モンティはついに決意する。「もしも8人全員が死んだなら、自分が伯爵に!莫大な財産と城をこの手にできる!」

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目標に向かって歩み出したモンティは、1人、また1人と奇妙で奇抜な方法でダイスクイスメンバーを手にかけていく。モンティを愛しているが、文無しの男とは結婚できないと金持ちに嫁いでいたガールフレンドのシベラ(シルビア・グラブ)とのよりも戻り、一方で継承権上位の1人ヘンリーの妹フィービー(宮澤エマ)とは結婚の約束が整い、人生の上昇気流に乗るモンティ。そしてついに、最後の1人をあの世に送り、晴れて念願の伯爵に!と思ったその時、モンティはあまりにも意外な殺人の容疑で逮捕、投獄されてしまう。絶体絶命のピンチに立たされたモンティの運命は…!?

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舞台に接してまず感じるのは、あぁブロードウェイミュージカルだなというシンプルな思いだった。何しろ人の死を、それも例えば、壮絶な復讐の果てのやむにやまれぬ行動などと言った、良い悪いは別にして犯人の心情にも寄り添えるような設定も何もないまま、次々と殺されていく登場人物たちの、死にざまの馬鹿馬鹿しさを笑い飛ばそうという感覚は、日本人の資質からはなかなか生まれ出ないものに思えたからだ。

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けれども、それを如何にも軽快なウイットの効いたブラックジョークに変換したのがこの作品の眼目で、とにかくテンポ良く、物語が弾んでいて、その実にオシャレな感覚に引き込まれる。特に、ソロ、デュエット、重唱、コーラスと、多彩に展開されるナンバーがいずれも佳曲揃いで、例えば『レ・ミゼラブル』や『ミス・サイゴン』と言った、重さのあるオペラティック・ミュージカルにも全く引けを取らないスケールや、面白さがあるのには感心させられた。阿部裕、彩橋みゆ、高谷あゆみと言った、ミュージカルの常連組がアンサンブルに入っていて、ずいぶん贅沢な布陣だなと思っていたが、それもそのはず、彼、彼女らが歌うコーラスが、作品の面白さを何倍にもしているだけでなく、それぞれに大きな活躍の場があって、メインキャストだけでなく、全員で創り上げるミュージカルの醍醐味が満載。おとぎ話の絵本のように作られた装置(石原敬)や、カリカチュアされた振付(広崎うらん)が、作品の軽やかさを支えていて、それらをまとめた寺崎秀臣の演出にも日本人にも観やすい工夫が随所になされていて好感が持てた。

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そんな作品のウイットに富んだ楽しさを決定的なものにしたのが、次々と殺されていくダイスクイスメンバーを、早替わりに次ぐ早替わりで演じ分けた市村正親の怪演だ。もともとトニー賞受賞式を中継するテレビ番組に出演していたミュージカル界のプリンス井上芳雄が「日本でこの役を演じられるのは市村正親さんしかいない」と公言したことが、市村が作品を知った最初の機会だったそうだが、その後もブロードウェイで作品を観て来た誰もが「この役は市村さんにしかできない」と言い続け、市村本人がまだ作品を観ないうちに出演が決まったという逸話が、さもあろうと思える。この老若男女、時によっては数分しか出番のない役柄もあるダイスクイスの人々を、しかも数十秒レベルの早替わりにも関わらず、何の苦もなくと客席には思わせて、見事に演じ分けられるのは、確かに市村しかいないだろう。
特に、市村正親というミュージカルスターがもともと根底に持っているチャーミングさが、奇想天外な殺され方をするすべてのダイスクイスの人々の中に生きていることが、ブロードウェイ作品ならではのウィットを、日本の湿気に浸すことなくカラッと伝える力になっていて、あっという間に別人になって登場する市村を観るだけでも、十分入場料金以上の価値がある。何より、物語の主筋を担っているのは紛れもなくモンティなところを、こうきたか!と思わせるラストシーンで、すべてさらっていくのは、ミュージカル界のキングオブキング、市村正親ならではの離れ業。なんてシャレた終わり方!と思わせる観劇後の印象を、すべて市村が創り出しているのに脱帽だった。

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その物語の芯となる、モンティをWキャストで演じたウエンツ瑛士は、まず何よりも美しい二枚目として登場してきて、客席の視線を集める力がこの役柄に相応しい。失意の中にいるモンティが、思いもかけない自分の出自を知らされる。それでも彼はすぐに人を殺そうとする訳ではない。はじまりはほとんど偶然だし、綿密に立てられた計画もないまま、どこか運命のジェットコースターに乗ったかのようなウエンツのモンティは、深刻には悪びれずに、常にユーモアの香りも醸し出す。この感覚は、人が次々に死ぬことを笑い飛ばすこの作品に打ってつけで、観客が早替わりを続ける市村に興じると同時に、ウエンツのモンティを応援する気持ちに自然になれる魅力となっていた。次々と人を殺していくモンティが、全く予想外の容疑で足をすくわれる終盤の、非常に良くできた作劇の展開にも、モンティはどうなるの?という関心が高まるのも、このウェンツの魅力あってこそのこと。歌唱力も十二分だし、何より多くの役柄を鮮やかに演じ分ける市村に真向うから渡り合った経験は、大きな財産となるだろう。これからも積極的にミュージカルの舞台に関わって欲しい人材だ。

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一方の柿澤勇人は、1幕の序盤では、どちらかといえば声も弱々しく、動きも最小限に抑えて、社会の風に晒されていない子供のような無垢な演技を心がけていた。シルビアとのデュエット「あなたがいなきゃ」も透き通ったピュアな歌声だ。しかし、この作品では、殺人を犯すに連れて心が成長し、大人のモンティになっていく。柿澤はどちらかといえば、表情や動きで、モンティのずる賢さ、悪意や野望を表現するのではなく、心の機微を繊細に表現しようと、声のトーンを少しずつ地声に近づけて自信ありげな声を出したかと思えば、動きも少しずつオーバーにしていく。あくまで派手なリアクションやアクションは抑えめに、市村正親のダイスクイスを支える優しい演技だった。少しずつ心が成長し、モンティが変わっていく様を、伸びやかな歌で表現していたのが彼の特徴で、2幕の最後には、深みのあるバリトンを日生劇場の最後列まで響かせた、歌声の張りの強さはさすがというほかなかった(※柿澤勇人評・竹下力)。

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そんなモンティをめぐる女性たち、モンティを愛しているが、お金のない結婚はその愛を破壊すると、愛していない裕福な男と結婚するシベラのシルビア・グラブは、真剣な話をしようとしているモンティに「ドレスをまだ褒めてくれていない」と訴える、幼さと色っぽさを上手く共存させている。ピンクで統一された衣装も美しく着こなし、コミカルでありながら、愛のない結婚に覚える焦燥をにじませる按配も巧みだった。

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モンティが狙うターゲットの1人ヘンリーの妹フィービーの宮澤エマは、おとぎ話感を高めるシーソーに乗るシーンがピッタリの愛らしさの中に、役柄のやはりこの人もダイスクイスの一員だと感じさせる自意識過剰な振る舞いを、本人が大真面目故の可笑しみに持っていくことに成功している。これだけ可憐できちんと歌える宮澤は、ミュージカル界にとって貴重な存在。モンティをめぐるシベラとフィービーのやりとりも、もう1つの笑いどころとして楽しめるし、ドラマティックな歌声のシルビアに対してリリカルな歌声の宮澤が、良い対比となっていて、終盤近くに2人が歌う「邪悪な女」の盛り上がりに寄与していた。

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もう1人、モンティが次々と人を殺していく、つまりはこの物語を転がしていくそもそものきっかけとなる、ミス・シングルの春風ひとみは、洋画の世界から抜け出したかのような「老嬢」を生き生きと演じている。冒頭の出番から、再登場までに相当の時間が経過する中で、作品が求めるインパクトをきちんと残したのは、宝塚時代から長きに渡る女優生活を通じて、優れた演技派としての地位を確立し続けている春風ならでは。伸びやかな歌声が健在なのも嬉しい。

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他に、前述したようにアンサンブルのメンバーの活躍も素晴らしく、市村を筆頭に総力をあげた舞台が、出演者の力量によってあくまでも軽やかに弾んだことを喜びたい、優れたブロードウェイミュージカルの本邦初演になっている。

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 〈公演情報〉
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ミュージカル『紳士のための愛と殺人の手引き』
脚本・歌詞◇ロバート・L・フリードマン
作曲◇スティーブン・ルトバク
演出◇寺秀臣
出演◇市村正親、ウエンツ瑛士/柿澤勇人(Wキャスト)、シルビア・グラブ、宮澤エマ、春風ひとみ、阿部裕、小原和彦、香取新一、神田恭兵、照井裕隆、安福毅、彩橋みゆ、折井理子、可知寛子、伽藍琳、高谷あゆみ、RiRiKA
●4/8〜30◎日生劇場
〈料金〉S席13,000円、A席8,000円、B席4,000円(全席指定・税込)
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777(9:30〜17:30)
 
 

【取材・文・撮影/橘涼香(ウェンツバージョン) 取材・文・撮影/竹下力(柿澤バージョン)】



ミュージカルレビュー『歌会』 




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