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日本でも発行部数300万部を超える巨匠ダニエル・キイスの名作『アルジャーノンに花束を』(早川書房刊)のミュージカルが、キャストを一新し、2017年に装いも新たに蘇った。
 
原作が発表されたのは1959年。以後、小説を元にアメリカ、カナダ、フランスで映画化され、日本でも02年、15年にテレビドラマ化されている。そんな作品群の中でも、荻田浩一演出による9人の出演者だけで紡がれるミュージカルは、06年の初演時からの美しい音楽と、幻想性も加えた演出があいまって大評判となり、14年にも再演。傑作ミュージカルとして人々の心に深く刻まれている。
初演の06年、再演の14年と浦井健治が挑んだ主人公のチャーリィ・ゴードンには、ミュージカル初主演の矢田悠祐、そんな彼を見守り続けるヒロイン、アリス・キニアンには、元宝塚雪組トップスターで女優の水夏希を迎えて、演出は今回も荻田浩一が、この新メンバーでの再々演に挑んでいる。

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【あらすじ】
32歳で6歳の知能のパン屋の店員チャーリィ・ゴードン。そんな彼に、夢のような誘いがあった。とある大学の偉い教授が頭を良くしてくれるというのだ。この申し出を受けたチャーリィは、先に脳手術を受けて天才的な知能を得たハツカネズミのアルジャーノンを見て、自分も脳の手術を受けることを決心する。そしてチャーリィは天才に変貌していくのだが…。

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まず初めにスポットライトが当たる舞台に登場するのは、女性教師アリス・キニアン。シックな紅色のシルキーな服装の佇まいが美しくエレガント。そして、そっと慈しみ溢れる微笑みで手を差し伸べ、チャーリィを研究所に案内する。
チャーリィは脳の手術を受けて、6歳児の知能の人間がわずか数週間の間に60歳以上の知能へと変化していく。だが知能の爆発的な発達と、感情、つまり内面の成長がバランスが取れないことも、この作品の大きなテーマでもあるのだが、舞台の序盤では、彼の知能の発達ぶり、目に見える変化に注目が集まっていく。動きは子供特有の激しく体当たり的な状態から、大人びてシックになり、着る服は子供のような服装から、ジャケットを羽織るなどダンディな様子へと変わっていく。
知能が発達していくチャーリィに芽生えていくのは、自我であり、エゴであり、そして自分が他人とは違うという「自分は誰か」という問いだ。それらが数週間という短い時間に詰め込まれるために、感情と答えが追いついていかない。なぜ、人は人を傷つけるのか? そしてどうして自分は他人を見下したりするのか? 自分とは何か? そんな思いに悩み始めてしまうチャーリイ。

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矢田悠祐は、そんなチャーリィの知能の発達の喜びと混乱を演技と歌で見事に伝えてくる。もともと歌唱力では定評がある矢田だけに、チャーリィの内面の変化をその時々で歌い分けて圧巻だ。美しいバリトンボイスで朗々と歌う箇所、また感情を込めて歌う場面では喉をめいっぱいしならせ、場面によっては伸びやかに優しく、そして悲しく、やるせなく、歌声を響かせる。ピュアな顔、高慢な顔、そして絶望、浄化、チャーリィの様々な顔がその歌声から見えてくる。

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水夏希のアリスは、チャーリィの成長を微笑ましく見守りながらも、同時に彼に芽生えたエゴや自我、あるいは自分に向けられた愛に戸惑う姿を、人間的に表現する。苦悩、煩悶、幸せ、愛、慈しみなどの感情の表出を、めまぐるしく展開していく音楽に合わせて変化させる。声質や感情の込め方なども含め、その転換が鮮やか。年上の女性が持つ包容力を感じさせながらも、どこか少女のような繊細さもあって、魅力的なアリス像だ。

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このミュージカルはチャーリィの知能の発達が早いので、場面展開もそれに合わせたスピーディになっているのだが、それを語りで伝えるだけではなく、シーンごとに異なった曲調の歌で構成することで、違った表情の場面を見せて、観客を置いてけぼりにしない萩田浩一の演出が素晴らしい。そして、そんなジェットコースターのようなシーンを1つ1つ確実に生きていく9人の役者たち。
役柄は、矢田のチャーリィと水のアリス、そしてアルジャーノンの長澤風海だけがほぼ固定されて、他の6人は何役も演じながらストーリーが展開していくのだが、なんといっても歌のアンサンブルの統一感が見事。激しい稽古の果てに得たチームワークで出来上がったカンパニーの結束力を感じる。

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チャーリィの妹・ノーマ役は過去と現在を2人の女優が演じている。現在のノーマ・皆本麻帆は、母親役も同時に演じていて、知能が遅れている我が子への焦りで苛立つ母と、ノーマ役ではそんな母を今は介護しながら、過去のチャーリィへの仕打ちに苦しむ姿を表現する。
過去のノーマ・吉田萌美は、チャーリィに自分の立場で立ち向かって忌み嫌う。彼女が求めているのは、自分が注目されていたい、愛されたいという渇望でもある。そんな内面を演技と歌で伝えてくる。

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チャーリィの脳手術の責任者であるニーマー教授の小林遼介は見事な歌唱力。教授ではチャーリィの成長ぶりに驚きながらも、彼を実験対象としかみない科学者のエゴイズムを表現する。小林のもう1つの役のチャーリィの解雇のきっかけを作るパン屋の店員では、知能が発達したチャーリィを疎ましく思う人間像を演じている。
ニーマー教授の右腕であるストラウス博士役の戸井勝海は、チャーリィの苦悩を理解してくれる存在だ。ストラウス以外にも、チャーリィを雇ったパン屋の主人、床屋を営む父親役など、一貫して父性を感じさせる役柄で温かみを感じさせる。それだけに成長したチャーリィと父のすれ違う思いが切ない。二幕ラストのソロではその歌唱力の素晴らしさを感じさせる。

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研究員のバート・セルマン役は和田泰右で、チャーリィとアルジャーノンの良き理解者として常に彼らを守ろうとする。ニーマー教授から身を呈してチャーリィを守り、彼を解放しろと歌うさまがかっこいい。ほかにもパン屋の店員やニューヨークの若者など、さまざまな場面で存在感を示す。
 
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天才となったチャーリィが自我に目覚め、アルジャーノンと単身ニューヨークに渡り放蕩生活を送るとき、隣の部屋の住人で束の間の恋人となるのが、絵を描く女性フェイ・リルマン。奔放でキッチュでモダンな女性を、蒼乃夕妃がチャーミングに演じている。 

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そしてアルジャーノン役の長澤風海。まるで身体の重さがないようなその動きはなんと魅力的なことだろう。チャーリィとアルジャーノンはいわば映し鏡であり、アルジャーノンはチャーリィの心象風景、混乱、喜び、期待、失望そのものだ。その揺らぎや波を、長澤は美しい照明や音楽の中で豊かな身体表現で見せてくれる。そう、長澤アルジャーノンの動きは、感情は生き物だということを教えてくれるのだ。
 
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音楽を手がけているのは斉藤恒芳で、葉加瀬太郎や竹下欣伸と共に「クライズラー&カンパニー」で活躍。クライズラー&カンパニーは、1曲の中でクラシックをポップスにアレンジしたり、ジャズをファンクにしたりと、ポリリズムや転調で激しく曲調を変えるダイナミックなバンドだ。そんな斉藤が、まだ宝塚の演出家だった時代の荻田浩一と積み重ねてきた共同作業が、1つの大きな成果として結実したのが、この『アルジャーノンに花束を』で、だからこそこのミュージカルの音楽が素晴らしいのだと、改めて頷くのだ。

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この作品は知能を人工的に発達させた時、人は本当に幸福になり得るのか?という重いテーマを突きつける。同時に、「自己承認の物語」であるとも言えるのだ。チャーリィが手術をしてまで自分の存在を認めてもらいたいのは、「愛」を求めているからだ。幼い時に親や妹の不理解によって得られなかった家族からの「愛」、そしてアリスの「愛」。そして、ひたすら愛を求めた彼が最後に自らの「愛」を差し出す。
そんなチャーリィの願いが届いたかのように歌われるラストの合唱。すべての感情が瓦解して、喜びの歌となって、聴くものの心に深く静かに沁み入ってくる。

【囲みインタビュー】

この『アルジャーノンに花束を』の公開舞台稽古と囲みインタビューが、初日前に行われ、矢田悠祐と水夏希が登壇した。
 
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矢田悠祐(チャーリィ・ゴードン役)
初めての主演という立場ですが、意識しないようにしているのですが、どうしても意識してしまって、ようやくなんとか初日を迎えるという感じです。これまでとの違いは、自分から変えようとしなくても、演出の荻田さんが役者それぞれの個性に合わせた舞台作りをしてくださいますし、演じる人間が違うので自然と違うものになっているのかなと。今は、まだ初日前なので、とにかく無事にということだけです。稽古中から周りの皆さんが気づかってくださって、水さんは、いつもご飯のタイミングを測っててくださったり、有り難かったです。
原作は、役が決まった時に読みました。すごく面白くてSF的な要素があるし、登場人物の心の動きが面白かったんです。そこに美しい音楽やダンスなどがついて、それを荻田さんがうまくまとめてくださっています。苦労したのはチャーリィはすごいスピードで階段を登っていくので、その成長や心の動きに追いつかない時があって、それに食らいついていくのが、すごく大変で、今も大変です。演出家の萩田さんから言われたのは「1人の人間の知能が良くなっていくというより、子供から老人になるまでと思ってくれればいい」と言われて、わかりやすくなりました。
座長としては、体調に気を付けたいです。やれることは全部やったと思うし、長い期間の稽古を経て、徐々に積み重ねてきて、ようやく初日を迎えられたので、自信を持って臨んでいきたいと思います。素敵な作品に仕上がってます。

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水夏希(アリス・キニアン役)
矢田くんは、主演で出番も歌もたくさんあるのにいつも和やかでした。すごいなと。私は自分が初主演をさせて頂いた時が、ちょうど彼ぐらいの年齢で、宝塚の新人公演やバウホールに主演させて頂いて、主演になると急に出番が増えて、自分の椅子に座る暇もなくて、いつも誰かに呼ばれて衣装合わせやセリフや歌とか、水すら飲めないという状況でした。矢田くんもそういう状態で、ヘトヘトなのに笑って帰っていくんです(笑)。素晴らしいなと。私と戸井勝海さんとで初主演の矢田くんを盛り立てていこうと思っていたのに、むしろ矢田くんに引っ張られて、重荷ですみません、みたいな(笑)。
役については、原作ではチャーリィより年下なのですが、このミュージカルでは年上で、チャーリィを包み込んで支えていく役だと思っていたんですけど、チャーリィと一緒にすべてが初めての経験で、不安や、自己嫌悪に陥ったり、不安定なものが欲しいと荻田さんに言われました。原作はSFですが人間ドラマなので、どの瞬間も、どの関係も、誰もが体験したことがあるようなリアリティが詰まっていて、身につまされたり、嬉しかったり、悲しかったり、励まされたり、その瞬間瞬間が、お客様1人1人の心を揺さぶる作品だと思います。素晴らしいストーリーと素晴らしい楽曲、そして爽やかで可愛くてかっこいい矢田くんを見に来てください。
 
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〈公演情報〉
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ミュージカル『アルジャーノンに花束を』
原作◇ダニエル・キイス 
脚本・作詞・演出◇荻田浩一 
出演◇矢田悠祐 蒼乃夕妃 皆本麻帆 吉田萌美 小林遼介 和田泰右 長澤風海 戸井勝海 水夏希
3/2〜12◎天王洲 銀河劇場 
〈お問い合わせ〉銀河劇場チケットセンター 03-5769-0011(平日10時〜18時) 
3/16◎兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
〈お問い合わせ〉芸術文化センターチケットオフィス:0798-68-0255(10時〜17時)



【取材・文・撮影:竹下力】




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