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世界初演から60年、我が国のミュージカル上演史の原点とも言える不朽の名作『マイ・フェア・レディ』が、池袋の東京芸術劇場プレイハウスで上演中だ(8月7日まで。のち名古屋、大阪公演もあり)。

ロンドンの下町の花売り娘が、言語学者の厳しいレッスンを受けて見違えるような貴婦人に変貌する、シンデレラ・ストーリーの決定版とも言えるこのミュージカル『マイ・フェア・レディ』が初演されたのは1956年のこと。レックス・ハリスンとジュリー・アンドリュースが主演した舞台は、戦後のブロードウェイを代表する大傑作と称され、トニー賞ミュージカル部門で、最優秀作品賞、作曲賞、脚本賞、演出賞、主演男優賞などに輝き、2717回、実に7年半ものロングランを続ける公演となった。この大成功を受けて、1964年舞台版と同じレックス・ハリスンのヒギンズ教授、オードリー・ヘップバーンをヒロイン・イライザに配して映画化。アカデミー賞の最優秀作品賞、監督賞など8つの賞を受賞し、今も世界に広く親しまれる作品となっているのは周知のことだ。

だが、何よりも注目すべきは、このミュージカル『マイ・フェア・レディ』の本邦初演が1963年、映画版の公開より1年早かったという事実だろう。江利チエミのイライザ、高島忠夫のヒギンズ教授によるこの舞台は、日本人が日本語で上演した初のブロードウェイミュージカルであり、今日、ブロードウェイ、ロンドン、ウィーン、またフランスなど、世界のミュージカルが日本人によって、日本語で上演されることが全く珍しくないどころか、日常にさえなった時代を拓いた、その輝かしい原点となった作品として、忘れることのできない貴重なレパートリーとなっている。王道のシンデレラ・ストーリー、作品を離れてスタンダート・ナンバーとしても定着している名曲の数々、ミュージカルという芸術の持っている魅力のすべてが、ここにあると言っても過言ではない。

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そんな作品の日本初演50周年を数えた2013年、翻訳・訳詞・演出がG2の手によって一新されたのは、ミュージカル界にとってあまりにも大きな出来事だった。「リボーン」(再誕生)と称されたその舞台は、クラシカルな英国の香りと華やかさはそのままに残しながらも、よりスピーディな舞台転換と細やかな心理描写を加えて登場してきた。何より50年間親しまれ、前述したようにスタンダード・ナンバーともなっている名曲たちの、その耳に馴染んだ歌詞を一新するというのは、並大抵の勇気でできることではなかっただろう。それはまさに革新的な挑戦でもあったのだ。

今回の上演は、そのリボーン版でヒロイン・イライザをWキャストで演じた霧矢大夢と真飛聖、ヒギンズ教授の寺脇康文など続投メンバーに、ヒギンズ教授の母親に高橋惠子、イライザに熱烈に恋する青年フレディに水田航生と、新メンバーを加えた再演で、より練り上げられた舞台が展開されている。

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まず、新たな劇場となった東京芸術劇場プレイハウスの空間に、作品の雰囲気がよくマッチしているし、リボーン版の再演という機会を得て、観ている側も言うなれば、直訳から意訳へと変換された歌詞に耳が馴染んできたことが、安心感につながっている。特にイライザが伝法に発する下町言葉を江戸弁になぞらえて、言葉の矯正をしていく経過の筋が通っているので、今回初めてこの作品に接するという観客にも、理解が容易なのは利点だ。ドラマから音楽に流れ歌になり、ダンスになる王道ミュージカルの輝きもやはり得難い。

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その中で、Wキャストでヒロインを演じる霧矢大夢と真飛聖の個性と役へのアプローチによって、全く異なる魅力を持った『マイ・フェア・レディ』が観られることは、このキャスティングがもたらした大きな喜びだ。
霧矢のイライザは、美しい話し方を覚えて、下町の花売り娘からきちんとした花屋の店員になりたい、という、スキルアップ志向が明確に見えるヒロインを理性的に作りあげている。だからこそ厳しい訓練に耐え、貴婦人に変貌した自分が、すでに下町の庶民には戻れず、かと言って上流階級の人間になれた訳でもないという、行き場をなくした心許なさと悲しみが際立つ。そこにヒギンズへの複雑な愛情がからむと、シンデレラ・ストーリーの決定版とも呼ばれる作品に、現代にも通じる感覚が強く立ち上り、作品の奥深さを伝えるヒロイン像ともなっていた。

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一方真飛のイライザは、ぐっと夢見勝ちで、もちろんスキルアップ志向も持ち合わせているが、「いつか王子様が」への想いも心の真ん中に抱いている王道のヒロインぶり。ヒギンズに惹かれて行く様子もストレートにわかりやすく、期待していた賞賛やねぎらいの言葉が得られず、失意の淵に沈んでいく様子に、思わず情が移る感情の起伏が瑞々しい。端的に言ってとても女の子らしいイライザで、感性に訴える作りになっている。
と、観てくると、霧矢と真飛で、全面に出るものが謂わば理性と感性に分かれるので、どこか違う作品を観ているかのような面白さがある。2人共に宝塚男役トップスターだった人たちだが、ハイソプラノの多いミュージカルナンバーも、2013年上演時よりも着実にレベルアップして歌いこなしていて、是非両方を観て欲しいWキャストになっている。

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対するヒギンズ教授の寺脇康文には、言語学者として研究に熱中するあまりに、どこか自分が常識から逸脱していることに気づいていない男の愛らしさがあるのが良い。女心がわからないばかりでなく、自分の心もわかっていない、少しマザー・コンプレックスの入った男が、偏屈でありながら十二分にチャーミングなのが、作品の胆を支えている。持ち味そのものに明るさがあって、アドリブにやり過ぎ感や嫌味がないのもこの人ならではだ。

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また、英国紳士を象徴する役柄であるピッカリング大佐の田山涼成に、舞台を楽しんでいる余裕が感じられるし、飲んだくれのイライザの父親ドゥーリトルの松尾貴史に、この役に不可欠の憎めなさがあるのが重畳。ヒギンズ教授宅の家政婦ピアス夫人の寿ひずるの格の高い演技も場を引き締めた。新加入のメンバーでは、ヒギンズの母高橋惠子が、役柄に相応しい気品と、鷹揚さを備えて作品を豊かにしているし、フレディの水田航生は、まず姿が良いし、地に足が着いていない浮遊感が必要な役柄をよく捉えている。
 
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そして、コーラスの厚み、またダンス力とアンサンブルメンバーも充実。イライザとのナンバーでの男性コーラスのハーモニーなども実に美しく、王道ミュージカルの芳醇な楽しさを全員で創り上げた舞台となっているのが何よりだった。

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初日前日の7月9日、霧矢大夢、真飛聖、寺脇康文、田山涼成、松尾貴史、高橋惠子が囲み取材に応えて、公演への抱負を語った。

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【囲みインタビュー】

──明日から初日を迎えるということで、まず一言ずつ意気込みをお願い致します。

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霧矢 再びイライザ役をさせて頂くのは本当に幸せでございます。今回演出のG2さんがまた新たにすごく丁寧にお稽古を重ねてくださいまして、今現在まだ舞台稽古の最中なのですが、まだまだ発見や気づくことがあって、奥の深い作品だなと改めて感じております。世界中の皆様から愛されている名作ということで、今の私達ができることを精一杯千秋楽までお届けしていきたいと思っております。

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真飛
 一緒です(笑)。前回は3年前になるので、2回目とは言えどほぼ忘れてしまっていて、また新しいもの作りという感じでスタートしたのですけれども、霧矢さんがおっしゃったように本当に3年前には同じ台詞なのに気づけなかったことですとか、あ、こういう風に感情って違う方向にも動くんだなという、色々な発見をしている日々なので、3年前にご覧になったお客様もご覧になっていらっしゃらない方も、とても楽しめる、幸せになれる作品だと思いますので、楽しみにして頂きたいと思います。

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寺脇
 3年ぶりの再演なのですが、お二方がおっしゃったように人間ドラマとしてより深く掘り下げられておりまして、人間の心情は深く掘り下がり、芝居は盛り上がりということなのです。上手いこと言いましたね(笑)。前回新たに誕生したリボーン版をお届けしましたが、それをなぞるのではなく、今回また新たに誕生する「リ・リボーン」版
(笑)と名付けております。幸せな気持ちになることができる作品です。今、胸のつぶれるようなニュースが多い中ですが、是非幸せな気持ちになりに劇場にいらしてください。よろしくお願いします。
 
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田山
 今、お三方がお話されたことと全く同意見でございまして、私自身は、3年前には初めてに近いミュージカルでしたので、自分の中では袖で見ている方がすごく楽しくて、皆さんの歌や踊り芝居が楽しくて、自分のことは精一杯だったのですけれども。今はお稽古をずっと重ねて参りまして、自分としてもミュージカル楽しいんじゃないの?特にこの『マイ・フェア・レディ』面白いんじゃないの?と、稽古をやっていても楽しくて仕方がありませんでした。それがそのまま舞台の上からスーッと客席に流れていって、おそらく、いえ、絶対に楽しい作品になっております。お三方がおっしゃったように、作品的にも人間的にも深くなっております。普通の僕でも楽しいものでございますから、是非ご覧になって頂いて同じ時間と空間を共にできたら嬉しい限りでございます。よろしくお願い申し上げます。

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松尾
 名作中の名作ですが、僕は映画などを観ていてちょっと納得いかないところもあったんです。それは翻訳の関係で、言葉の発音を鍛える為の歌なのに、直訳してしまうとそれが機能していなかったりして、そこを前回のリボーン版の段階で工夫に工夫を重ねて、意味合いから何から全てが綺麗にピタっとハマるようになった作品として生まれ変わったんですね。それを観ていて、大人のおとぎ話というところもあるのですが、夢のあるというか景気の良い話なので、景気はなかなか良くなりませんけれど、これを観て頂いて気分を高揚して頂いて、前向きに出発するような。もちろん笑いながら、音楽を楽しみながら、美しいものを見ながら盛り上がっていけるという、セラピーにも恰好の作品でございますので、足を運んで頂ければと思います。

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高橋
 初めてミュージカルに出演させて頂きます。歌も踊りもありませんのでご安心ください(笑)。稽古場で皆さんの歌、踊り、演技を拝見していて、本当にミュージカルってこんなに楽しかったんだと。もちろん名作ということもありますし、皆さんが先ほどおっしゃっていたようにリ・リボーンした(笑)?
寺脇 リ・リボーンです(笑)
高橋 ドラマを深めたりしておりまして。私の出番はちょこちょこちょこですので、見学している時間が結構ありましたので、ミュージカルにまだ親しんでいらっしゃらない方にも是非観て頂きたい作品です。これはどなたが観ても、幸せを感じて景気も良くなる(笑)。本当にこの年齢で初めてミュージカルに出演させて頂けたことに心から感謝しております。素敵な皆様ですので、是非ご覧になってください。
──高橋さん初めてのミュージカルというのは、ご自分で避けておられたのですか?
高橋 全く声がかからなかったんです(笑)。
──ではこれを期にミュージカルにも積極的に?
高橋 もう是非!もちろん内容にもよりますけれど、でも是非にと。
──歌などにも自信が?
高橋 ないです(笑)。自信はないですが、でも皆様の歌を聞いて家に帰ると自然に口ずさんでいますね。あ、この歌も知っている、この歌も、と。さすがに『マイ・フェア・レディ』は身体に染み込んでいるような作品ですね。
──田山さんも、前回はお酒が入らないと歌えないとおっしゃっていましたが、今回は?
田山 これが楽しいんですよ。何もいりません(笑)。この空気さえあれば、お酒も何もいらず、とても長い時間稽古をしているのですが、本当に楽しい時間で仲間のおかげです。僕は今年から年金生活に入って、どうしようか?というところで、申し訳ございません、楽しい毎日でございます(笑)

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──寺脇さん、Wキャストのイライザと日々向き合われていかがですか?
寺脇 本当にお2人のイライザが全然違う魅力を持っていまして、2人のイライザに引っ張られて我々の感情も変わってくる、台詞の言い方も変わってくるので、2回公演がある日でも、普通だったらもう1回あるのか大変だな…と思うところで、次は霧やん(霧矢)のイライザに会える、次はまとぶん(真飛)のイライザに会えるということで、新鮮さを感じてやっていますので、皆様お時間とお金に余裕がもしございましたら、両方観て頂くと全然違ったイライザが観られると思います。
田山 寺脇さん、どちらの方が好きですか?(笑)
寺脇 だから言ったじゃないですか(笑)、本当に皆の顔も変わるくらい、演じる人によって全然役って変わるんだな、同じ台詞なのにと思う好対照のお2人ですので、両方すごく楽しいです。
田山 結構アドリブも飛んでくるらしいですけれども。
寺脇 そんなことないですよ!
霧矢 いえ、そんなことありますよ(笑)。結構対応が、いつもドキドキしながら。
寺脇 台本通りやってますよ(笑)
真飛 そうですね〜(笑)。たまにアドリブで言われると、イライザが言葉が違ったり、発音が上手くできないはずなのに、アドリブで来られるとつい返しが普通の言葉になってしまって(笑)、「今、言えたじゃない」と突っ込まれたりして(笑)。まだまだダメです。
霧矢 レッスンが足りません(笑)
真飛 はい、足りません(笑)

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──早口言葉もあるんですよね?
寺脇 はい、あります。お2人が1番大変なのは、ビー玉を口の中に6個お入れになりまして(笑)、早口言葉を言うシーン、あれ、実際に口の中に入ってますので、これがまた2人が違うところで。霧やんは頬っぺたにためるので、両頬にたまってますからちょっとリスっぽくなって(笑)、まとぶんは前にためるので2人の顔が全然違うんですよ(笑)──お2人は前回、女性の役が不慣れとおっしゃっていましたが、今回は慣れて?
真飛 初演よりは、ですね。
霧矢 着たことがある衣装ということでね。今この帽子はやや顔の向きなどに難航しておりますが(笑)。まぁそれでも「女って大変やな」と袖でつぶやきながらね(笑)
真飛 そうですね。
寺脇 前回の名言は「女のポーズわからん」。今回の名言は「女って大変やな」です。
田山 ただ、僕はこういう美女たちには恵まれておりませんで、エスコートするようなことは私生活でもなかった訳ですけれど(笑)、エスコートする仕方を「こうした方が綺麗ですよ」と教えて頂きましたね。
霧矢 今回田山さんはダンスシーンが!
松尾 軽やかなステップで。
田山 気持ちだけですけれども(笑)楽しいです。

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──では、最後にメッセージをお願いします。
霧矢 2016年版『マイ・フェア・レディ』まずは最低2回、観て頂きたいです。皆様に本当に幸せな気持ちを舞台から思いっきり、出演者一同お届けしていきたいと思いますので、是非劇場に足をお運びください。
真飛 オーケストラが奏でる素晴らしいメロディに私達の芝居が乗せられていく、その空気感というのは劇場でしか味わえないので、霧矢さん版、そして真飛版、観れば観るほど、噛めば噛むほど味が出るメンバーになっておりますので、この夏暑いですけれども、劇場に笑いに来て一緒に暑い夏を乗り越えてください。よろしくお願いします。

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〈公演情報〉
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ミュージカル『マイ・フェア・レディ』
脚本・作詞◇アラン・ジェイ・ラーナー
音楽◇フレデリック・ロウ 翻訳・訳詞・演出◇G2
出演◇霧矢大夢/真飛聖(Wキャスト) 寺脇康文 田山涼成
松尾貴史 寿ひずる 水田航生 麻生かほ里 高橋惠子 他
●7/10〜8/7◎東京芸術劇場プレイハウス
〈料金〉S席¥12,500 A席¥8,000(全席指定・税込) 
〈お問い合わせ〉東宝テレザーブ 03-3201-7777
●8/13〜14◎愛知県芸術劇場大ホール
〈お問い合わせ〉キョードー東海 052-972-7466 
●8/20〜22◎梅田芸術劇場メインホール
〈お問い合わせ〉梅田芸術劇場メインホール 06-6377-3800
http://www.tohostage.com/myfairlady/ 


【取材・文・撮影(囲み会見)/橘涼香 舞台写真提供/東宝】


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