台湾公演を大成功のうちに終えて、更に躍進を続けるトップスター明日海りお率いる、宝塚歌劇花組公演、宝塚グランドロマン『新源氏物語』〜田辺聖子作「新源氏物語」より〜と、グランド・レビュー『Melodia〜熱く美しき旋律〜』が、日比谷の東京宝塚劇場で上演中だ（27日まで）。
日本を代表する古典文学である紫式部の「源氏物語」は数多くの作家が、独自に読み解いた現代語訳を出版しているが、田辺聖子の「新源氏物語」は、その大胆な構成から単なる現代語訳ではなく、翻案小説としても捉えられている。この田辺版「新源氏物語」を基に柴田侑宏が宝塚グランド・ロマン『新源氏物語』を脚本・演出したのは1981年のこと。榛名由梨主演の作品は好評を博し、1989年に剣幸主演により再演。光源氏と言えば春日野八千代の代名詞でもあった宝塚に、新たな風をもたらす雅でいながらして、革新的な作品となった。
今回はそんな作品の26年ぶりの再演で、演出に大野拓史を迎えて、更にスピード感を増した平安宮廷の絵巻が繰り広げられている。分けても感心させられるのは、原作の宇治十帖の部分を除いたほぼすべての流れが１時間40分の上演時間の中にほぼ納まっていること。主人公光源氏をめぐる数多い女人たちも、舞台上で描かれなくとも台詞として名前は網羅するように出来ていて、「源氏物語」の入門編としても楽しむことができる。更に大階段に緋毛氈を敷き詰めて、出演者が雛飾りのように居並ぶ豪華絢爛なオープニングから、美しい装束と雅な香りが舞台いっぱいに広がる様は圧巻。これだけ煌びやかに平安王朝世界を表現できるのは、宝塚ならではのことだろう。その意味でも宝塚にとってやはり貴重な財産と言える演目だし、更に、ただ煌びやか、華やかと言うだけではなく、原作世界に描かれた巡る因果応報の虚しさ、政治劇としての一面もきちんと描かれていて、柴田侑宏作品らしい様々に思いを残す舞台となっている。
その作品世界の中にあって、明日海りお演じる光源氏の美しさがすべてを支えていると言って過言ではない。幼くして死に別れた生母桐壺の更衣の面影を、そっくりの面差しをした父帝の妻藤壺の女御に追ってただ一夜の禁断の恋に走り、その恋の苦しさから逃れるように女性遍歴を繰り返す。光源氏のこの行為が、単なる遊び人の今で言うプレイボーイに堕ちない為には、まず何よりも本人が輝くばかりに美しいこと、相手の心が己にないと知りながらも女性たちが恋焦がれるに相応しいほど美しいことが必須となる。この条件を軽々とクリアした明日海源氏は、だからこそ成就する術のない真実の恋に苦しむ人として存在していた。分けても自暴自棄になった瞬間の毒気が潜む、すさまじいまでの美貌は怖いほどで、明日海りおあってこその再演企画であったことを鮮やかに印象づけていた。
その光源氏生涯の思い人である藤壺の女御に扮した花乃まりあは、極めて印象的に描かれてはいるものの、決して多いとは言えない出番の１つ１つを丁寧に演じている。本来はもう少し現代的なものを得意とする娘役ではないかと思っていたが、この王朝絵巻の世界にもしっくりと馴染み、典雅で美しい姿を披露。トップ娘役として着実な進歩を遂げているのが頼もしい。
源氏の随身惟光に扮したのが男役二番手スターの芹香斗亜。初演と再演では、作品後半「十年後」に展開が飛ぶところで、光源氏の息子夕霧役として二役で出ていた役どころだが、今回の上演では惟光一役で通す。作品の中に軽やかな色合いを持ち込む人物でもあるのが芹香の持ち味によく合っているし、因果応報の無情だけでなく、明日へと一歩を踏み出す光源氏の姿も描かれた今回のラストシーンでは、一役で通す意義も十分に感じられ、作品を支える力となっていた。
一方、あっと驚く二役の起用だった源氏を取り巻く女人の一人六条の御息所と、十年後に源氏に因果応報を突きつける人物でもある青年柏木役とを演じた柚香光は、想像以上に巧みに二役を演じ分けた好演。源氏を愛するがあまり生霊となる六条の御息所、若き情熱の迸るままに突き進む柏木、いずれもが作品の中で強いアクセントとなる重要な役どころで、本来の個性が生きる柏木はもちろん、六条でも女役発声に違和感がなく、制御できない恋心に身を焼く女人の切なさをよく表現していた。まさに今が上り坂の勢いを感じさせる人だ。
また、光源氏の盟友頭中将を演じた瀬戸かずやの存在感が頭抜けていて、この人の大人な個性が現在の花組に如何に貴重かを改めて印象づけたし、夕霧役に回った鳳月杏の爽やかさも良い。専科から特出の汝鳥伶、京三沙は言うに及ばず、高翔みず希、紫峰七海、天真みちるらの好助演も光る。紫峰はつくづく退団が惜しまれるし、天真の演技力は最早脱帽もの。そしてこの題材ならではのこととして、娘役の活躍の場が数多あるのがこれからの花組にとって何よりの糧になったことだろう。光源氏の正妻葵の上に扮した花野じゅりあをはじめ、桜咲彩花、仙名彩世、華雅りりか、城妃美伶、朝月希和、などなど娘役陣が大活躍。それぞれに多彩で魅力的だったが、若紫に扮した春妃うららの可憐さは特筆すべきで、彼女たちがこの経験を経て組に与える輝きに期待せずにはいられなかった。
そんな、雅やかな王朝絵巻に続いたのがグランド・レビュー『Melodia〜熱く美しき旋律〜』で作者は中村一徳。『新源氏物語』の上演時間が若干長い関係で、通常よりも５分間短い構成だが、更にもっと短いように感じられるほど、花組一同がフルパワーで押してくる熱気に溢れている。
中でも中村一徳作品らしい、総踊りの場面に迫力があるだけでなく、芝居の題材がどうしても娘役に働き場の多いものだったことをさらりと補って、鳳真由、水美舞斗などにもセンターを務めるシーンがきちんと用意されている公演全体を俯瞰した目配りが見事だった。場面を任された面々もそれぞれに立派にスターオーラを放っているし、だからと言ってトップスターの明日海の出番が少ないという訳でもなく、実によく考えられた人材配置が素晴らしい。意表をついた鳳月の女役も美しかったし、退団の紫峰、真輝いずみ、姫歌ひな乃への餞の目線も嬉しい。華やかなプロローグから、現代的なジャズ、黄金卿、スパニッシュとそれぞれのシーンも多彩で、ストーリー性のあるトップコンビのデュエットダンスまで、一気呵成に駆け抜けるスピーディなレビューが堪能できる仕上がりになっている。
初日を控えた11月27日通し舞台稽古が行われ、明日海りお、花乃まりあのトップコンビが囲み取材に応えた。
まず明日海が「本日は、お集りいただきまして誠にありがとうございます。花組の明日海りおでございます。 今、通し舞台稽古が終わったところです。また宝塚大劇場の時とは色々と仕様も変わり、それにだんだん慣れて来たのかなぁという感じでございます。初日には、更に集中力を高めて臨みたいと思います」
続いて花乃が「本日はありがとうございます。花組の花乃まりあでございます。大劇場公演１カ月を終えてからの東京公演ということで、更に進化したものをお客様にお届けできますよう、 精一杯務めて参りたいと思います」とそれぞれ挨拶。記者の質問に答えて、作品への抱負を語った。
明日海は源氏物語の平安時代の煌びやかな世界観の中に違和感なく在りたいこと、また光源氏を単なるプレイボーイではなく、説明のつかない部分を持った自分なりの光源氏にしたいという思いを語った。
花乃は藤壺の女御を光源氏の心の中そのものだと作者の柴田侑宏から教えられたので、それに相応しい存在でありたいという抱負を述べた。
また２人から同じように、花組の熱いエネルギッシュさが感じられるレビューに、全員が一丸となって臨んでいることに思いを馳せた言葉があり、充実の二本立てにそれぞれが覚えているのだろう手応えが感じられていた。
更に明日海が、「台湾公演もあった１年を改めて振り返って？」という質問に対して「本当に１年あっという間だったのですが、沢山のことを経験させていただいたなという思いです。台湾公演に行かせていただいて、舞台に立つ時の感覚も少し変わりましたし、この１年間で学んで来たことの集大成を、この東京宝塚劇場にいる間に、更に深めてお客様にお届け出来たらと思っております」と語り、東京宝塚劇場2015年締め括りの公演に賭ける意気込みの伝わる時間となった。
尚、囲み取材の詳細は、１月９日発売の「演劇ぶっく」２月号にも掲載致します。どうぞお楽しみに！
〈公演情報〉
宝塚花組公演
宝塚グランド・ロマン『新源氏物語』〜田辺聖子「新源氏物語」より〜
脚本◇柴田侑宏
演出◇大野拓史
グランド・レヴュー『Melodia〜熱く美しき旋律〜』
作・演出◇中村一徳
出演◇明日海りお、花乃まりあ ほか花組
●11/27/〜12/27◎東京宝塚劇場
〈料金〉SS席 12,000円、S席 8,800円、A席 5,500円、B席 3,500円（税込）
〈問合わせ〉東京宝塚劇場 03-5251-2001（劇場・月曜休み）
【取材・文／橘涼香 撮影／岩村美佳】
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☆粟根まこと、松永玲子ほか、キーポイントQ&A【演劇人の活力源】など連載中！
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