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宝塚100周年という節目の年であった2014年は、盛大なイベントが数多く開催され、歌劇団の歴史の重みを再認識し、100年という足跡の厚みに改めて感動する年となった。その流れのなかで、歴代のスターたちにもスポットが当てられることになったが、なかでも宝塚の歴史に残るダンサーであり、屈指の男役スターと言われた「大浦みずき」は、彼女を偲ぶ2つの展示会が開催されたことで、より大きな注目が集まった。
展示会の1つは大浦の姉である内藤啓子さんによる、実家を会場にした「大浦みずき追想展」(2013年11月15日〜2014年11月8日)。もう1つは、宝塚大劇場内に設けられた歌劇の殿堂での「大浦みずき展」(2014年8月22日〜12月15日)である。この2つの展示会場での写真や映像は、長い手足でしなやかに踊り、粋で洒落た雰囲気を醸し出す男役・大浦みずきの魅力を、改めて伝えてくれた。

そんな「天性の男役スター」を愛する人たちに、彼女を身近に感じてもらえるようにと「Memorial Gift」が、今回企画された。その「Gift」の内容と、それにまつわる「大浦みずきの思い出」を、内藤啓子さんと、元宝塚歌劇団プロデューサーの飯島健さんに語り合ってもらった。
 
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思い出のラジオ・シティ・ミュージックホール公演

──まず今回の「Gift」の発想はどこから?
飯島 内藤さんが開催された「大浦みずき追想展」のことを知って、いろいろな方に紹介したところ、「Gift」商品を製作販売するナックの方が見にいらしてくれて、そこから「大浦さんのMemorial Gift」というコンセプトと結びついたんです。
内藤 お話をうかがって、なつめ(大浦さんの本名で愛称)を愛してくださった方々が懐かしんだり、思い出してくださるようなものができればいいなと思って、企画に参加することにいたしました。
──「Gift」には冊子が付いていて、なつめさんと相手役だったひびき美都さんの写真や、ひびきさん・飯島さん・内藤さんの座談会が載っていて、読み応えがあるのですが、飯島さんはNY公演のときにスタッフとして同行されたそうですね。
飯島 1989年10月のラジオ・シティ・ミュージックホールでの公演に、歌劇団スタッフの1人として付いて行きました。当時の阪急電鉄が最高に力を入れた公演で、小林公平会長が陣頭指揮をとって、坂治彦理事長が団長で、歌劇団が一丸となっての海外公演でした。宣伝のために5月の連休の頃に、大浦さん、ひびきさん、紫苑ゆうさん、洲悠花さん、こだま愛さん、天海祐希さんらが渡米して、ホールの入り口にある大きな階段を宝塚の大階段に見立ててプロモーションしたんです。アメリカ側は、ピーター・セラーズ(演出家)やトミー・チューン(俳優・振付家・演出家)、チタ・リベラ(女優)という方々が応援団になってくださって、一緒の写真に収まるという華やかなシーンもありました。大浦さんは、公演直前にもNYに飛んで、またプロモーションするなど大活躍でした。
──大浦さんは他にも海外公演が多くて、英語も強かったようですね?
内藤 強かったかどうかわかりませんが(笑)、好きだったような気がします。
飯島 どこかバタくさい雰囲気があって、親しみやすかったのか、取材の方たちにも好評でした。
──このときの公演は、先ほど名前の出た紫苑さんはじめ、各組の精鋭メンバーが沢山参加していましたね。
飯島 のちにトップスターになる人が10人も参加していました。天海祐希さんなど最下級生でした(笑)。
──すごいプロジェクトでしたね。和物ショーと洋物ショーを組み合わせた構成自体も好評でしたね。
飯島 それはショースターの大浦さんがいればこそで、ダンサー大浦みずきの力ならNYでも十分通用すると、小林会長も坂理事長も自信を持っていました。
──送り出すご家族としてはいかがでしたか?
内藤 私は留守番組でしたが、両親はあちらまで観にまいりまして、母などは「こんな大きな劇場でやるの?」と心配のあまり心臓が悪くなったそうです(笑)。でも実際に舞台を観たあとは、「よくやった」と申しておりました。
──大浦さんはリーダーとしても素晴らしくて、下級生たちの面倒もよく見ていられたそうですね。
飯島 人柄が優しいこともあって、本当に慕われていました。この企画でいろいろなOGさんと話をしたのですが、みんなが大浦さんを慕っていたのがよくわかります。

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宝塚最高のダンサーで有数のシンガーだった

──冊子には旅先での写真も載っていますが、ジーンズ姿の脚の長さがすごいですね。
飯島 脚は本当に長かったですね(笑)。そして、踊る姿がエレガントで。大浦さんは牧阿佐美さんのところでクラシックバレエを習っていたそうですが、牧先生が、そのままバレエを続けていたら日本を代表するプリマの1人になっていただろうと、おっしゃっていました。
内藤 それはどうでしょうか(笑)。背も高くなってしまったので、宝塚に入ることにしたんです。
──大浦さんが宝塚に入ってくださってよかったです。天性の男役のセンスがありましたね。
飯島 黒いサングラスがすごく似合うんです(笑)。とにかくカッコよかったですね。僕はその頃、月組のプロデューサーをしていて、月組では大浦さんと同期の剣幸さんがトップをつとめていました。僕の幸せは、大浦さんと剣さんという、人柄がよくて才能のある2人のスターの方と、一緒に仕事ができたことなんです。
内藤 なつめのほうこそ、周りの方々に恵まれていたと思います。大きな視野を持った方々がいらしたからこそ、NY公演という素晴らしい機会を与えていただけたのだと思います。
──大浦さんは、先ほども話に出たように、世界的に通用するダンサーであるだけでなく、宝塚でも破格のスターでしたね。
飯島 宝塚最高のダンサー、そして有数のシンガーでした。彼女はダンサーとして語られがちですが、シンガーとしても素晴らしくて、初演の『心中・恋の大和路』で歌った「この世にただひとつ」など、今でも耳に残っています。
──ジャズのフィーリングも素晴らしくて、たしか水島早苗さんに歌を習っていたと聞きました。
内藤 偶然、同じアパートに水島先生がお部屋を持っていらしたので、そこに習いに行って、東京から先生がレッスンに来られるとお手伝いしたり、住み込み状態だったんです(笑)。
飯島 そのフィーリングがあったから、NYでも通用したんです。新聞の劇評などでも誉められていました。
──今回の展示などで、また大浦さんの素晴らしさが再認識されたと思うのですが?
内藤 あまり身内を誉めるのは得意ではないのですが(笑)。たとえばリーダーシップなども、下級生の方達を引っ張るというタイプではなく、自分がやっている姿を見て自然に付いてきていただく、そういうタイプだったと思います。
──踊っている姿を観て「すごい」とか思われたことは?
内藤 星組時代まではいつもハラハラしていて、いつトチるか、歌詞を忘れたりしないかとか、そればっかり心配でした。けっこう忘れるんです(笑)。でも花組に行って2番手をさせていただくようになってからは、落ち着いて観られるようになりました。妹ではなく「大浦みずきさん」として冷静に観ていたと思います。

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好きだった赤ワインとなつめブランドの香水

──そういう大浦さんのいろいろなエピソードのなかから、今回の具体的な品々が企画されたわけですね。
飯島 たとえば大浦さんは赤ワインが好きで、よく飲まれていたということから、別荘があった長野のワインにしようと。
内藤 野尻湖に祖父の代からの別荘があって、歌劇団の先輩の方や同期の方など、たくさんの方に来ていただきました。
飯島 北信州にあるワイナリーがとても有名で、そこで造っていただいたオリジナルの赤ワインです。
内藤 ラベルが阿部真理子さんのイラストになっているんです。なつめが宝塚のバウ・ワークショップ公演『ハロー!ダンシング』(07年)の「Benny Rides Again」の振付アドバイザーとして宝塚に行ったとき、同行した阿部さんが「旅の絵日記」というようなものを描かれていて、阿部さんが亡くなったときに、それを私が形見としていただいたんです。踊っているなつめのイラストです。
飯島 ちょっとユーモラスで、なつめさんらしい絵ですよね。
──もう1つの品がオードトワレですが、こちらはなぜ?
飯島 なつめさんはミハイル・バリシニコフが大好きで、NY公演のとき、ご本人に会えることになったら、すごく興奮してたいへんだったんですが(笑)。彼の名前のついた「ミーシャ」というブランドの香水の話を、なつめさんとした記憶があるんです。それで「なつめ」ブランドの香水を作れないかと。でも日本では、個人のオリジナルな香水を作るところがほとんどなくて、私の知り合いで、セントスケープ・デザインスタジオの小泉祐貴子さんがその専門の方で、お願いしたら引き受けてくださったんです。でも出来上がるまでがたいへんでした。まず、こちらのイメージをお伝えするところから始まって。
内藤 フェミニンではないもので、爽やかなものとか。
飯島 そんな漠然としたイメージから作っていただいて、そのものすごい数の香りを内藤さんに1つ1つ嗅いでいただいて、絞り込んでいったんです。
内藤 最終的に、男性でもつけられるような、あまりきつくない、爽やかな香りのものになりました。
──その「オードトワレ」と「赤ワイン」、そして、ひびき美都さんのお話が載っている冊子が付いたセットは、大浦さんをさらに身近に感じさせてくれます。最後に、大浦さんのどんなところをこれからも伝えていきたいですか?
内藤 宝塚時代も退団してからも、とにかくひたすら舞台に一生懸命だったんです。なつめが愛した宝塚の後輩の方に、そういう思いを引き継いでいっていただけたら幸せだなと思います。その意味で『ハロー!ダンシング』に関われたこと、『DANCIN'CRAZY』(07年)に出られたこと、この2つができたことはよかったなと思います。
──なつめさんの美しい燕尾の着こなしや手の添え方など、今では男役の手本になっていますね。
内藤 この前も花組の下級生の方が、「まだちゃんと伝わっています」とおっしゃってくれて、嬉しかったです。
飯島 大浦さんは『ベルサイユのばら』のフェルゼンから現代劇の芝居まで、男役のフィールドを広げたと思います。それに、安寿ミラさんや若央りささんなどが劇団の振付をしていますが、そのなかで大浦さんの心根を受け継いでいると思います。大浦みずきという、まさにレジェンドと呼ぶにふさわしい、最高のダンサーで、素晴らしい男役がいたことは、いつまでも皆さんに憶えていてほしいですね。
 

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内藤啓子○大浦みずき(阪田なつめ)の姉。作家・阪田寛夫氏の長女。2010年に『赤毛のなっちゅんー宝塚を愛し、舞台に生きた妹 大浦みずきにー』を中央公論新社から上梓。

飯島健○元宝塚歌劇団プロデューサー。月組、花組を担当。1989年、NY公演のプロデューサー。現在は東急シアターオーブのチーフプロデューサーを勤める。



■商品情報■
「FOREVER NATSUME」Memorial Gift 【限定販売】
花組のトップスターとして一世を風靡、退団後も女優としてミュージカルなどで活躍した大浦みずき(本名/阪田なつめ)さんの追想展を機に、大浦さんを懐かしんで下さる方々のために、赤ワインとオードトワレに「FOREVER NATSUME」と名付けて企画されたギフトです。
価格/10,800円(税込)
〈問合わせ〉0120-013-999(受付時間:9:00〜18:00 土・日・祝日を除く)
〈注文ページ〉gissemble.com




【取材・文/榊原和子 撮影/アラカワヤスコ】


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