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11月6日、都内のホテルにて「大浦みずきさんを偲ぶ会」が開催された。

大浦さんが亡くなったのはちょうど1年前の11月14日の早朝、病に倒れ入院してから1年余り、壮絶な闘病生活の果ての旅立ちだった。
宝塚の男役としては、洒脱で粋な雰囲気と美しいダンス姿で一世を風靡し、退団後は女優としてストレートプレイからミュージカルまで幅広く活躍し、演劇賞も受賞するなど、年齢を加えての展開がさらに楽しみになってきたところだった。
それだけに宝塚時代からの仲間や関係者に与えたショックも大きく、この「偲ぶ会」にも組という枠を越えて多くのOGたちが集まった。
また、退団してからの仕事仲間や友人、知人、ファンなど、大浦みずきを愛した人たちが大勢出席して、あらためて大浦みずきという希有なスターについて語り合い懐かしむ場となった。この「偲ぶ会」の模様をご報告する。


会場に入る前の控えの間には、子ども時代の写真からステージ写真まで、さまざまな大浦みずきが飾られている。クシャッと笑っているいかにも彼女らしい表情の写真もあれば、ほれぼれするような男役姿もある。そのどれもが彼女を知る人にとってはいっそう悲しみと寂しさをつのらせる。


「偲ぶ会」のスタートは午後6時からで、開会の挨拶は宝塚歌劇団の演出家である植田紳爾氏から、献杯の言葉は小林公一理事長から送られた。
その後、演出家の宮田慶子さん、作家の阿川佐和子さん、『NINE』の振付家であるグスタヴォ・ザジャックさんからそれぞれエピソードや思いが語られる。

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阿川佐和子さん
自分だけ「なっちん」と呼んでいたことを亡くなってから家族に指摘されたこと。4つ年下で、啓子さんと一緒に遊んでいると「なんでも一緒にやりたがって仲間に入るのに、できないとすぐギャーっと泣き出すので本当に困った(笑)」。バレエをするようになってしばらくぶりに見たら背が高くて外人のようになっていた。宝塚を退団すると聞いて観に行ったら銀橋で目線をもらい「くらくらした」こと。その後、中目黒駅の階段ですれ違って、「大きな影の気配を感じたらなっちん」で「ちいさな影を感じたと思ったらさばちゃんだ」という再会で、それからよく食事やお酒をともにしたなどを楽しく語った。

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宮田慶子さん
自分の大好きなミュージカル『長くつ下のピッピ』に出てもらったのが最初の出会いで、それ以来すっかり仲良くなった。『帰り花』の吉田松陰の役者が決まっていないときに、青年座のそばで大浦さんにばったり出会い、なにげない話をして別れた直後に「松陰にそっくりだ!」とひらめいて、すぐ電話した。「でもそっくりだからとは言えなくて(笑)、男とか女とかを超越した存在としての松陰像を描きたいと口説いた(笑)」。そしてまさに大浦みずきだからこそ成立した作品になった。声だけの出演作となった最後の『なつめの夜の夢』は、「なつめさんが子供の頃の話がいいと企画から考えた」。入院中のなつめさんに、父である阪田寛夫さんの詩を選んで朗読してもらったこと。忘れられない姿は「稽古場で演出の要求を聞いているとき、口をぽかーと半開きにして(笑)天井をきょろきょろ見るような落ち着かない目つきで、きっと阿川さんにいじめられてた頃はこんな顔だったのかなと思った(笑)」。そして「『帰り花』の再演をしたかった」と語り、今も「出かけるときは写真のなつめさんに声をかけてから家を出る」と語った。

グスタヴォ・ザジャックさん(薛珠麗(せつしゅれい)さんの通訳付き)
「日本にくるたびに会っていたみずきさんに、また今日も会えて嬉しい。きっとこの場に彼女もいると思う」と語り、自分にとって彼女は特別な存在であり、アルゼンチンのダンスを誰よりも美しく踊ってくれたと讃えた。「情熱、才能、敬いの気持ち、献身、自己規律、技術、個性、カリスマ性、その全てを持っていた人であり、そして謙虚だった」。「舞台に立つために大事なすべてを知っていて、またそれを周りの人達に惜しみなく与えた。いつも光の中を歩いているような人であり、最高のダンサーだった」と語った。そして最後に「あなたと仕事した日々は最高に美しい日々だった。そしてこれからも、たとえば月の輝く夜、ブエノスアイレスの人気のない路を歩いているときに、どこからともなくメロディが聞こえてきたら、みずきさん、二人でタンゴを踊りましょう」と結んだ。

会の半ばに後方に設けられたスクリーンに大浦さんの舞台が映し出される。
『NINE The Musical』の初演映像。美しい脚線と迫力ある歌とダンス。
コンサートでピアソラのタンゴを踊るしなやかなダンス映像、アストロリコが生演奏をつける。
いつもアンコールで歌っていたオリジナル曲『鏡の中のつばめ』を歌う映像に、アストロリコが生演奏をつける。
そのあいまにアストロリコのタンゴ演奏や、福麻むつ美さんが歌う『ママ私、恋人が欲しいの』(大浦さん作詞)などが披露される。

指揮者の西本智実さんからも、演奏会のために駆けつけることができないということで、メッセージが読み上げられる。
「なつめさんのことを考えると涙がぽろぽろ出て寂しいです。風がそよいだり感動的な光景に出会うと自然になつめさんに話しかけています」。そして今はカーネギーホールのコンサートのためにアメリカにいるので参加できないこと、コンサートの当日はなつめさんが来てくれると思っているということなどが綴られ、「私は魂は消えることはないと信じています。音楽の向こう側、たくさんの有り難う」という言葉が届けられた。

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最後に姉の内藤啓子さんより挨拶がある。

「皆様、今日はこんなに大勢の皆様にお集まりいただきありがとうございました。この会を開くにあたってお力をくださった皆様に感謝いたします。今日は晴れてよかったなと思いました。希代の雨女だったなつめですから。でも「別れの会」のときも良いお天気で、なつめも宗旨がえをしたようです(笑)。大浦が亡くなりましたとき、この発起人でもいらっしゃる三浦朱門先生にお電話をしました。そのときに電話に出られた奥様の曽野綾子さんが「お幸せでしたね」と。平和な日本で立派な病院で手を尽くした看護を受けられたことは幸せだとおっしゃったので、ああ本当だなと。そして幸せに逝ったなつめの思いとして「別れの会」でたくさんの方々にいただいたご芳志を、3つの活動に寄付いたしました。
これで終われば美しいのですが、私どもは物書きの家族でございます。父は身内を次々にモデルにして小説を書いて、なつめには「今度書いたらぶっ殺す」と言われ(笑)、父の兄には「まるで屍肉にたかるハイエナみたいだ」と言われました(笑)。そのハイエナの娘がこのたびハイエナ・デビューをいたしました(笑)。帯は豪華で阿川佐和子さんが書いてくださいました。また装丁は小雪さんに、なつめの大好きな阿部真理子さんのイラストを文中で使わせていただきました。阿部さんも3月に亡くなり、今頃はなつめとおしゃべりをしているのではないでしょうか。
本当になつめは幸せな人生を送れたなと思っております。たくさんの皆様に愛していただき、たくさんの皆様に支えていただき、出会った皆様すべてが彼女を生きさせ、力をくださったと思っています。今日いらっしゃれなかったかたも、大浦に思いを寄せてくださったすべてのかたに、感謝の気持ちを捧げたいと思います。皆様本当にありがとうございました」

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『赤毛のなっちゅんー宝塚を愛し、舞台に生きた妹 大浦みずきにー』

内藤啓子著/中央公論新社刊

税込価格1800円/全国書店で発売中

 

【取材・文/榊原和子】