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初演も再演も観ていて、そのたびに、このミュージカルのもとになった『贋作・罪と罰』の野田秀樹の言葉と、謝珠栄のミュージカル演出の剛腕ぶりに心地よく打ちのめされた覚えがある。

 

今回は、ちょうど同じ時期に野田秀樹が新作『ザ・ダイバー』を地下の小ホールで公演していて、奇しくも同じように女性の殺人者を主人公にすえていたこともあって、改めて2つの作品のなかに、野田の作品の変遷や、時代の変化を突きつけられる感覚があった。

1995年に書かれた『贋作・罪と罰』、そして2009年の『ザ・ダイバー』、思想と大義をまがりなりにも振りかざした三条英から、愛憎の果てに狂気の海に潜り込んだ“女”へ。2つの作品に描かれた「罪」のありようは、14年という歳月以上に隔たっている。

そんな時代的な変化は『天翔ける風に』の演出家、謝珠栄のなかにも何らかの作用が働いていたのではないだろうか。三演目の今回は、これまでの二回より情緒に流れるのを排して、いわば社会的な視点が前面に押し出された『天翔ける風に』になっていた。

 

物語は、ドストエフスキーの「罪と罰」を下敷きにしている。社会の変革をめざす女塾生三条英(さんじょうはなぶさ)は、金貸しの老婆殺害を実行に移す。だがその殺人を目撃した老婆の妹まで手にかけてしまう。思いがけない結果に動揺し自分自身を苦しめる英。そんな彼女を事件を捜査する刑事・都司之助がさらに追いつめる。改革の同志で英を愛する才谷梅太郎は、彼女の犯罪を知って自首をすすめる。そして牢獄の外で英を待ち続けると誓うのだが…。

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抽象化されたセットは赤がベースで、流される血の色と革命の情熱を感じさせる。盆の転換で大川べり、英の下宿、金貸しの部屋、警察署、酒場などにテンポよく移り変わる。その転換を縫うように行われる緊張をはらんだ老婆殺しと、暴力的に弾ける民衆や志士たちの「えーじゃないか」。2つの狂気の対比がみごとで、ストーリーの核は押さえながら、たたみかけるように盛り上げていく演出は、まさに謝珠栄らしい見せかただ。

そんな流れのなかで、三条英という女性が見た時代の混沌と、それに巻き込まれる人間たちの野心やあがき、そして志が浮かび上がる。その誰もが精一杯生きていて哀しく愛しく思えるのは、謝の舞台ならではの懐の深さだろう。

 

相澤裕史主演として三度目の英に挑んだ香寿たつきは、もう彼女以外には考えられないほどこの役を自分のものにしている。取り巻く男優たちがほとんど新しい顔ぶれになったこともあって、香寿も取り組みが変わったのだろう、より内面の葛藤が見える。殺人を犯す前の緊張とおびえ、犯行後の恐怖と錯乱、やがて自分の罪を知り「もうあの頃のように無邪気な心で大川の美しい風景をながめられない」と語る切なさなどが、リアルに伝わってくる。テーマ曲の「大川の向こう」も、場面の変化に応じて自在に歌いこなしている。

 

才谷梅太郎こと坂本竜馬は山崎銀之、歌い手ではないことを考えれば、ミュージカルのメインキャストとしては十分実力を見せたといえるだろう。持ち味のワルがかった裏にある誠実さが、才谷という男のスケールにつながった。

英を追いつめる刑事・都司之助は戸井勝海で、知的ななかに色気と余裕があり、英にどこか愛を抱くような面が見えて新鮮だった。

a-812今拓哉は金で世を渡る溜水石右衛門、英の妹である智を手に入れようと閉じ込めて迫る場面や、去られてからの絶望感をややパラノイアックな演技で見せてくれた。

阿部裕は英の父の甘井聞太左衛門、時代の変化に流されるうちに事件に関わってしまう凡人の卑小さと哀しさを感じさせた。この阿部と戸井、今という3人の歌唱力は、このミュージカルのグレードを上げるのに大きく貢献している。

志士ヤマガタの平澤智は初演から同じ役だが、今回はよりパワフルで民衆のエネルギー全体を引っぱる力になっていた。

溜水と婚約する智は剱持たまき、凛とした乙女の強さで溜水と対峙するシーンを熱演。ソロも美しい。

福麻むつ美は、母親の三条清と金貸しのおみつの2役。この2つの役は最後のシーンの「なんの役にも立たない年寄りは早く死んだほうがいいんだろうね」と、英に問いかける母の言葉で存在が重ねられるのだが、その見せ場をきちんと締めた。

a-395そのほかに12人の男性ばかりのアンサンブルが、志士として民衆として登場するのだが、1人1人の身体能力の高さは圧倒的で、謝作品のもっともエンターテイメントな部分を背負っていたのは彼らだといっても過言ではない。

 

そんな優れたメンバーで三演目を成功させた謝珠栄のカンパニー「TSミュージカルファンデーション」は、大資本に頼らない手作りの公演を、もう24年も続けて、実績を積み重ねてきた。この『天翔ける風に』も、主宰の謝の思いだけで上演した初演の頃を思えば、今回はまさに名作の凱旋公演という趣きで、出演者にもスタッフにも上演することの喜びと誇らしさがみなぎっていた。その熱気のなかで、ヒロインの香寿たつきはひときわ幸せそうに三条英を生きていた。

 

 

TSミュージカルファンデーション

『天翔ける風に』

2009/8/21〜30◎東京芸術劇場中ホール 他

原作◇野田秀樹「贋作・罪と罰」より 

演出・振付 謝珠栄

出演香寿たつき 山崎銀之丞 戸井勝海 今拓哉 阿部裕 平澤智 剱持たまき 福麻むつ美 他

                         【文/榊原和子 撮影/相澤裕史】